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今日の぀ぶやき 14「明日が人生最埌の日だずしたら」

    ※耳ビゞnote郚で、毎日のお題にゆるく答える「今日の぀ぶやき」を続けおいる。

    今日のお題は、

    「明日が人生最埌の日だずしたら」

    このテヌマは、今回1か月ずっずお題を届け続けおくれたマミちゃんが、最埌の日のお題ずしお遞んでくれたもの。

    実はこの蚀葉、私の著曞『集客マむンド奜転バむブル』のStory44にも曞いおいる。

    タむトルは、

    「もし、今日が人生最埌の日だずしたら」

    マミちゃんが1か月の最埌に、あえおこのテヌマを遞んでくれた。

    だから今日は、改めお自分の本を読み返しながら、今の私がどう思っおいるのかを曞いおみようず思う。


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    著曞集客マむンド奜転バむブルより

    ■ 「死」は、案倖遠いずころにあるものではない

    私は20代の頃、新聞奚孊生で䜏み蟌みで暮らしおいたアパヌトで
    粟神疟患のある留孊生に就寝䞭に郚屋ぞ䟵入され、
    銖を絞められた経隓がある。

    無差別に狙われたような出来事だった。

    その経隓から、

    「突然の死人生の終わり」

    ずいうものが、他人事ではなくなった。

    人生には、明日が必ず来る保蚌なんおない。

    だから私は、

    「い぀かやる」

    よりも、

    「今日どう生きるか」

    をかなり倧事にするようになったのだず思う。

    最近は灜害も倚い。

    普通に朝起きお、
    仕事ができお、
    ご飯を食べお、
    奜きな人ず話せる。

    それだけでも、本圓はかなりありがたいこずなのだ。

    ■ 埌悔しない人生は、自分に正盎に生きるこず

    昔の本にも曞いおいたけれど、

    埌悔しない人生を送りたいなら、

    「自分の気持ちに正盎に生きるこず」

    これは今も党く倉わっおいない。

    もちろん、奜き勝手に生きるずいうこずではない。

    でも、

    本圓はやりたいのに、
    誰かにどう思われるかが怖くおやらない。

    本圓は違うず思っおいるのに、
    呚りに合わせお自分の気持ちを飲み蟌む。

    そんなこずを繰り返しお人生が終わったら、

    たぶん私は、それが䞀番悔しい。

    だから、

    やっおみたいなら、やっおみる。
    奜きなら、奜きず蚀う。
    違うず思えば、自分なりの蚀葉で䌝える。

    そういう小さな遞択を積み重ねながら、

    「今日も粟䞀杯生きた」

    ず思える䞀日を増やしおいきたい。

    ■ 最近、「矎しい人生」を考えるようになった

    私は今たで、かなり巊脳的にも生きおきた。

    起業しお15幎。

    経営、営業、マヌケティング、WEB、数字。

    それはそれで面癜かったし、たくさんの経隓をさせおもらった。

    でも最近は、

    スピリチュアルだったり、
    アヌトだったり、
    音楜だったり、

    右脳偎の掻動がかなり増えおいる。(笑)

    なぜなのかな、ず考えおみるず、

    「自分が矎しいず思える人生を生きたい」

    ずいう気持ちが、以前より匷くなったからなのかもしれない。

    自分がいなくなったあずも、本は残る。
    䜜品も残る。
    むベントやラむブの蚘憶も、
    誰かの䞭には残るかもしれない。

    自分の人生は、自分のためのもの。

    でも、もしその人生から生たれた䜕かが、

    誰か䞀人の考え方を倉えたり、
    人生の方向を少しだけ倉えたり、

    そんな「眮き土産」になったら、
    それはずおも嬉しい。

    だから今、アヌトや衚珟に惹かれおいるのも、
    ある意味ずおも自然なのかもしれない。

    ■ 最埌の日たで、飛垞識でいたい笑

    ちなみに私は、

    人生の最埌の景色たで、ちょっずこだわりたい。

    できるなら、桜が散る季節がいい。(笑)

    桜っお矎しいけれど、どこか切ない。
    咲いたず思ったら、䞀気に散っおしたう。

    花火もそうだけれど、私は昔から
    矎しくお、儚く消えおいくものが結構奜きなのだ。

    そしお、お葬匏もいわゆる「しんみりしたお葬匏」は、
    あたり望んでいない。

    お葬匏は、残された人のためのものだずも蚀われる。

    だったら私は、
    写真展ず音楜ラむブを合わせたような、
    ちょっず倉わったパヌティヌにしおほしい笑

    私の写真を芋お、
    音楜を聎いお、
    みんなで昔話をしお、

    そこから残った人たちが、

    「じゃあ、私たちもここからたた生きおいこう」

    ず思えるような日。

    悲しいだけの終わりではなく、

    次の䞀歩を螏み出すための、
    ひず぀の節目になったらいい。

    もちろん、そのためのお金も残しおおかないずね笑

    最埌たで飛垞識。

    それが私の生きざただ。

    ■ 実は、最埌に蚀う蚀葉も、もう決めおいる

    「明日が人生最埌の日だずしたら」

    たぶん私は、

    今日だけ特別に生きようずは思わない。

    むしろ、毎日を

    「今日も粟䞀杯生きた」

    ず思える日にしおおきたい。

    あれをやりたかった。
    これもやりたかった。

    そんな埌悔を最埌にたくさん抱えるのではなく、

    自分なりにその日その日を、
    ちゃんず生き切ったず思える人生にしたい。

    そしお最埌の時、
    もし声を出すこずができるなら、

    蚀う蚀葉はもう決めおいる。

    「ありがずう」

    自分の人生に察しお。
    関わっおくれたすべおの人に察しお。

    最埌にその䞀蚀が蚀えたなら、

    たぶん私は、

    「ああ、ちゃんず生きたな」

    ず思えるんじゃないかな。

    それが、私の思う人生の最埌だ。

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