最近、脱ぎっぱなしだった気がする
最近、インプットが少ない気がする。
noteも以前ほど読みに行けていない。
誰かの記事を読んで「なるほど」と思う。
知らなかったことを、知る。
「そんな考え方があるのか」と、刺激を受ける。
そういう時間が少し減っている。
こんにちは。たかっちです。
最近は、なぜか、パンツの話ばかりしている男でもある。
その一方で、私は相変わらず文章を書いている。
そして、やはりパンツの話も書いている。
いや。
むしろ、パンツの話ばかり書いている。
、、、、これはもしかすると、インプットが減ったからではないだろうか。
新しいものを取り入れていないのに、外へ出そうとしている。
つまり、「出すものがないのに、出そうとしている」
という状態だ。
書き方だけを見ると、なかなか危険な状態である。
いっそ、パンツで考えてみる
そこで今回は、インプットとアウトプットという、かしこそうな言葉を使うのをやめようと思う。
パンツを「穿く」と「脱ぐ」にする。
インプットとは、パンツを穿くこと。
アウトプットとは、パンツを脱ぐこと。
、、、、いや、何を言っているんだ、私は。
でも、考えてみれば案外近い。
何かを取り入れて、自分の中にためる。
そして、それを自分なりの形にして外へ出す。
穿いてばかりでは、誰の目にも触れない。
脱いでばかりでは、ただの変態である。
やはり、大事なのはその間にある。
穿いて、脱ぐ。
脱いだら、また穿く。
そして、また脱ぐ。
この、くり返しだ。
パンツは、勝手には増えない
ただ、ここで、大きな問題がある。
パンツは勝手には増えない。
新しいパンツを生み出すには、どこかから布を持ってこなければならない。
文章も同じなのだと思う。
自分の中にあるものだけで、しばらくは書ける。
過去の経験や知識を組み合わせて、それなりの文章は作れる。
でも、ずっと同じ布を使っていれば、だんだん似たようなものになってくる。
「またこの人、パンツの話してるな」
と。
、、、いや、これはもう、すでになっているかもしれない。
私の場合、パンツというあまりに強力な素材があるので、しばらくは何とかなる。
パンツを見つめる。
パンツから、心理学を考える。
パンツから、人生を考える。
パンツから、哲学を考える。
最終的には、パンツから宇宙の真理にたどり着くかもしれない。
、、、たどり着かないと思う。
外から何かが入ってこなければ、新しいパンツも新しい文章も生まれない。
誰かの文章を読む。
本を読む。
知らない場所へ行く。
人と話す。
映画を見る。
くだらないものに、触れる。
そういう、小さな刺激が自分の中に少しずつたまっていく。
そして、ある日とつぜん。
「あ、これ書きたい」
となる。
穿いて、少し、寝かせるといい

「インキュベーション効果」という言葉がある。
日本語にすると「孵化効果」。
卵が、かえるあの孵化だ。
うんうん考えても出てこなかった答えが、その問題から一度離れたとたん、ある日ふっと、ひらめく。
そういう現象のことである。
お風呂に入っているとき。
散歩しているとき。
ぼーっと、パンツをたたんでいるとき。
いったん問題から離れることで、考えているときには気づかなかった組み合わせや、別の見方が出てくることがある。
読んだ本。
聞いた話。
見た景色。
そういうものが、頭の中で静かに発酵していく。
そして、じゅうぶんに、あたたまったころ。
「あ、これ書きたい」
と、かえる。
つまり、だ。
いいアウトプットのためには、まず、たっぷり穿く必要がある。
穿いて、少し寝かせる。
それから脱ぐ。
、、、なんの話だ、これは。
だから、また読みに行こうと思う
そういうわけで、最近の私は少し物足りなかったのかもしれない。
アウトプットが、足りないのではなかった。
インプットが、足りなかった。
脱ぐことばかり考えて、穿くことを忘れていた。
これは、いけない。
裸では、外に出られない。
、、いや、文章の話である。
たぶん。
だから、これから少しまたnoteを読みに行こうと思う。
自分とは違う考え方に触れて。 知らないことを知って。 くだらない文章にも、出会って。
そして、また、何かを、自分の中に取り込む。
そして、明日からは穿き放題である
と、ここまで書いて、私は、あることに気づいた。
明日から、ちょうどいいものが始まるのだ。
「みんなの成長ラウンジ」というマガジンの仲間が、600名になった。
その、お祝いのお祭りである。
9月7日(月)から、9月13日(日)まで。
お題は、2つ。
「600から連想したもの」と、「ちょっと驚いた話」。
誰でも参加できる。
無料記事に、#600note祭り のタグをつける。
それだけだ。
、、、、つまり、これから一週間。
noteには、たくさんの人の物語が干されることになる。
600から連想した、あれこれ。
思わず「えっ」と声が出た、驚きの話。
その人にしか書けない話が、ずらりと風にゆれる。
これはもう、インプットの大干し祭りである。

私は、それを心ゆくまで、穿ける。
穿いて、穿いて、穿きまくって。
そのうち、また、脱ぎたくなるだろう。
パンツのことも。
パンツじゃないことも。
結局、いいアウトプットには、いいインプットが必要なのだ。
たくさん穿いたら、たまには脱ぐ。
たくさん脱いだら、ちゃんと穿く。
そして、また外へ出る。
人生も、文章も、たぶんそのくらいがちょうどいい。
明日から、あなたの物語もぜひ、干してください。
私がこっそり穿きに行きます。
、、、いや。
読みに行きます。
P.S. 念のため言っておくと、他人のパンツを穿くわけではない。
比喩である。
比喩なのだが、一本の記事でずっと「穿く穿く」と言い続けた結果。
自分でも、だんだん危ない人に思えてきた。
やはり私には、インプットより先に休養が必要なのかもしれない。
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