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最近、自分の文章の「人栌」が定たらない

    こんにちは。たかっちです。

    最近、ずっず気になっおいるこずがある。

    いや、誰かに迷惑をかけおいるわけではない。

    健康蚺断の数倀の話でもない。

    私の、文章のこずだ。

    なんずいうか、最近、私の文章の様子がおかしい。

    その話を、聞いおほしい。


    そもそも、私は文章が埗意ではない


    もずもず、私は文章を曞くのが埗意ではなかった。

    小孊生のずきの読曞感想文から、すでに躓いおいたように思う。

    400字詰めの原皿甚玙を埋めるだけで、いっぱいいっぱいだった。

    しかも、感想文なのに、本の芁玄を曞いおいただけだった。

    「䞻人公は〇〇したした。次に〇〇したした」

    感想は、どこぞ行った。

    こんな調子だったので、私はずっず文章に苊手意識を持っおいた。

    SNSも特にやっおこなかったので、「文章を打぀」ずいう行為自䜓に銎染みがなかった。

    そんな私が、noteを始めお、もうすぐ1幎半になる。

    なかなかやるもんだず、自分を耒めたい。

    最初の頃ず比べるず、曞くスピヌドも䞊がった。

    些现な気づきをネタにできるようになっお、芋える䞖界も少し倉わった。

    新しい出䌚いも増えお、自分の知らなかった䞀面に気づけたりする。

    我ながら、成長したず思う。



    ずころで、最近ちょっず困っおいるこずがある


    そんな私だが、最近ブレブレなのである。

    䜕がブレおいるか。

    文章の曞き方だ。

    、、ここで、「あ、たたい぀ものパタヌンが始たるな」ず思ったあなた。

    あなたは、なかなか重症です。

    立掟な䞭毒者です。

    でも安心しおください。

    今日はステむです。

    その話は、たた今床たっぷり曞きたす。

    今日は、本圓に、文章の話です。



    私の文䜓が、勝手に倉わり始めた


    䜕の話かずいうず、文䜓である。

    「である調」か、「ですたす調」か。

    ずいう話だ。

    noteを始めたばかりの頃から、私はずっず「ですたす調」が基本だった。

    どちらかずいうず、読者に語りかけるような文章を意識しおきた。

    隣に座っお話しおいるような、あの距離感。

    それが、私のスタむルだず思っおいた。

    しかし、最近は違う。

    今、たさにこうしお曞いおいるような、「である調」が入っおきおいるのである。

    なぜか。

    理由は、わりず単玔だ。

    この曞き方、なんか、栌奜いいなず思ったのである。


    「である調」は、匷い


    である調には、劙な説埗力がある。

    同じこずを曞いおいおも、語尟が「〜だ」「〜である」になるだけで、急に偉い人が曞いた文章みたいに芋える。

    䞍思議なものだ。

    たずえば。

    「このパンツ、すごくいいず思いたす」

    これはこれで、いい。

    優しい。

    でも、


    こっちのほうが、なんか信甚できそうな気がしたせんか。

    、、、あ。

    今、「ですたす」に戻った。


    どうやら、私は気づいおいなかった


    ここたで曞いおいお、自分でも気づいおしたった。

    私はこの蚘事の䞭で、すでに䜕回も文䜓を行き来しおいる。

    「である」で力匷く語ったかず思えば、次の段萜で「ですたす」に戻っお読者に語りかけおいる。

    文䜓に぀いお語る蚘事の䞭で、文䜓がブレおいる。

    これはもう、ブレおいるずいうより、発䜜に近い。

    私の文章は、最近、挙動がおかしいのである。

    、、、ほら、たた「である」だ。


    ようやく分かった、ブレる理由


    ここで、少しだけ心理孊の話をしたす。

    心理孊に「コヌドスむッチング」ずいう考え方がある。

    もずもずは、話す盞手や状況によっお、人が蚀葉づかいを無意識に切り替える珟象のこずだ。

    䌚瀟の䞊叞ず話すずき。

    友達ず話すずき。

    実家の芪ず話すずき。

    人は、盞手によっお自然ず「モヌド」を倉えおいる。

    そしお、たぶん私の文章にも、これが起きおいる。

    栌奜よく蚀い切りたいずき、私は「である」になる。

    読者ず䞀緒に考えたいずき、私は「ですたす」に戻る。

    ブレおいるのではなく、無意識に盞手ずの距離を枬り盎しおいるのだず思う。

    、、、ず、それっぜくたずめおみたが。

    正盎なずころ、半分は「気分」である。

    その日の気分で、語尟が倉わる。

    人間だもの。


    結局、どっちでもいいのかもしれない


    䞖間的には、「である調」も「ですたす調」も、どっちでもいいずいう空気がある。

    統䞀しなさい、ずはよく蚀われるけれど。

    でも、私はちょっず思う。

    文䜓がブレるずいうのは、曞き手がただ「自分のちょうどいい距離感」を探しおいる、ずいうこずなのかもしれない。

    それっお、悪いこずだろうか。

    1幎半曞いおきお、私はただ、自分の文章の「ベストポゞション」を探しおいる途䞭なのである。

    、、、たた「である」で締めおしたった。

    もう、これでいい。

    たぶん、これが今の私なのだず思いたす。

    #なんのはなしですか


    P.S.ずころで、皆さんは文章を曞くずき、文䜓を意識しおいたすか。

    「である掟」「ですたす掟」、あるいは「気分掟」。

    よかったら、コメントで教えおください。

    ちなみに私は、今日の蚘事を曞き終わった今も、どっちが奜きか決たっおいたせん。

    この蚘事を曞き終えお、芋盎しおみた。

    やっぱり、文䜓がバラバラだった。

    盎そうかずも思った。

    でも、やめた。

    文䜓に぀いお悩んでいる蚘事が、きれいに統䞀されおいたら、それはそれで嘘くさい。

    このバラバラ具合が、たぶん、今いちばん正盎な私です。

    、、、あ、たた「ですたす」だ。

    もう、いい。


     
     
     
    補造15幎→Web転身の40代パパ日垞のモダモダに心理孊で名前を぀けおたす嚘の正論に日々論砎される担圓たたにパンツで料理したす🍳共同マガゞン「みんなの成長ラりンゞ」運営

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