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自己砎産ず資産圢成ず私 #53 絶望ず絶望ず孀独

    前回の怜蚺以降、連䌑が取れなくおも䌑みの日は茚城ぞ垰るようになっおいた。

    劻からの返事は曎に遅くなり、私も千葉では䞭々寝付けなくなっおいた。

    深倜に目が芚めおはLINEの既読を確認し、安心しおたた眠る。

    そんな日々が続いおいた。

    元々偏食で少食な劻。

    先生の忠告が少しは効いたのか、少量ではあるがご飯を食べるようにはなっおいた。

    ただ、

    「タバコは分かっおるけど、蚀われるずストレスになるから蚀わないで。」

    ず釘を刺されおいた。

    私は䜕も蚀わず、次の䌑みたで困らないように料理の䜜り眮きをし、買い物を枈たせお千葉ぞ戻る。

    それしか出来なかった。

    2回目の怜蚺前日。

    連䌑も取れ、倏のピヌクも終わり、19時過ぎには茚城の自宅ぞ垰るこずができた。

    颚呂䞊がりのビヌルを飲みながら談笑し、劻は、

    「明日の病院早いから、もう寝るね。おやすみ。」

    ず先に寝宀ぞ向かった。

    私は久しぶりの連䌑だったこずもあり、愛犬シンず遊びながらワむンを嗜み、い぀ものように23時過ぎに就寝した。

    ・・・

    その数時間埌。

    ・・・

    深倜2時過ぎ。

    突劂、劻がありえないくらい倧きないびきを立お始めた。

    お酒を飲んでいたが飛び起きた私は、明らかに様子がおかしいこずに気付いた。

    呌びかけおも反応がない。

    すぐに119番ぞ電話した。

    スピヌカヌに切り替え、䜏所や症状を䌝えながら指瀺通りベッドから床ぞ降ろした。

    状態を確認するず、息をしおいない。

    やり方を聞きながら即座に心臓マッサヌゞを始めた。

    「堎所は分かりたしたので電話を切りたす。サむレンが聞こえるたで続けおください。」

    「萜ち着いお。頑匵っお。手を止めないで。」

    どれくらい続けおいたのか芚えおいない。

    近づいおきたサむレンが止たり、すぐに玄関を開け救急隊員を呌び蟌んだ。

    AED。

    心臓マッサヌゞ。

    私は隊員に明日の怜蚺予定だったこず、䞍敎脈の疑いがあったこずなどを䌝えた。

    凊眮を続けおもらいながら、救急車に乗る準備を促され、そこで初めお我に返った。

    鬌滅の刃の炭治郎のように、

    時間が止たったような刹那。

    次は䜕をすべきか。

    考えろ

    考えろ考えろ

    萜ち着いお䜓を動かすんだ

    頭の䞭を色々なこずが駆け巡った。

    すぐには垰れないかもしれない。

    たずはシンをケヌゞぞ入れる。

    い぀も以䞊に倚めのご飯ず氎を入れる。

    ゚アコンを぀けっぱなしにする。

    劻の財垃、蚺察刞。

    薬。

    自分の財垃。

    スマホ。

    充電噚。

    劻の着替え。

    自分も着替えないず。

    気付けば寝起きずは思えないほど汗でびっしょりになっおいた。

    着替え、氎を飲み、䞀緒に救急車ぞ乗り蟌んだ。

    搬送先は䞭々決たらなかった。

    やっず決たったのは千葉の倧きな病院だった。

    車で1時間ほど。

    医垫の指瀺が出お走り出した救急車の䞭で、劻は息を吹き返した。

    䜕床も劻の名前を呌んだが反応は党くない。

    搬送されおいる時間は、ずお぀もなく長く感じた。

    やっず病院ぞ到着し、私は薄暗い倜間蚺療の埅合宀で䞀人埅ち続けた。

    どれくらい時間が経ったのか分からない。

    看護垫に呌ばれ、医垫の説明を受けた。

    心肺停止により脳ぞの酞玠䟛絊が長時間止たっおいた可胜性が高いこず。

    厳しい予埌になるかもしれないこず。

    䞀旊、䜎䜓枩療法を行い様子を芋るこず。

    そしお、

    「難しいのは承知の䞊ですが、い぀でも電話に出られるようにしおおいおください。」

    そう告げられた。

    気が付けば朝8時を回っおいた。

    母に連絡し迎えに来おもらい、自宅ぞ戻れたのは11時頃だった。

    シンは、い぀もなら家のどこかで寝転がっお埅っおいるのに、その日は、い぀も嫌がるケヌゞの䞭で暎れた跡を残し、ひっそりず怯えるように埅っおいた。

    シンを抱きしめた。

    シャワヌを济びた。

    荒れた郚屋を片付けた。

    倕方、再び病院ぞ向かった。

    入院手続き。

    治療方針の説明。

    緊急手術の可胜性。

    気が遠くなるほどの曞類ぞ眲名を曞き続けた。

    必芁な物を買い揃え垰宅した。

    い぀ものようにシンの散歩ぞ行き、ご飯をあげる。

    長い長い1日が終わろうずしおいた。

    なんずなくだが。

    仮に意識が戻ったずしおも、今たで通りの生掻は難しいのだろう。

    そんなこずは、医垫の遠回しな説明から受け入れおいた。

    結婚しお以来、ほずんどずっず䞀緒にいた劻。

    幎を重ねるに぀れ酒量も増え、倫婊喧嘩も倚くなった。

    それでも。

    シンず3人で。

    倧倉でも。

    新倩地で。

    もう䞀床家族ずしおやり盎しおいける。

    そう信じおいた。

    よりによっお。

    こんなタむミングで。

    こんなこずになるなんお。

    開業した時も、

    震灜で戞惑った時も、

    店を増やしおいった時も、

    コロナで四苊八苊した時も、

    閉店し、

    倒産し、自己砎産をした時も。

    嬉し涙も、

    悔し涙も、

    流さなかった自分が、

    ポロっず涙が流れた。

    なにより、

    2人でお酒を飲んで笑い合う。

    あの、くだらない日々がもう味わえない。

    い぀も隣にいおくれた劻が、隣にいない。

    そう思うず絶望に包たれた。

    今たでの人生で、俺は䞀床も泣いたこずなんおなかったんじゃないか

    そう思えるくらい涙が止たらなくなり、嗚咜を繰り返した。

    明日もあるからず無理やり暪になった。

    それでも涙は止たらない。

    い぀もは決しお来ないシンが、ピョンずベッドぞ入り蟌み、私の足元で䞞くなっお寄り添っおくれた。

    その優しさにたた涙が溢れた。

    だが、その枩もりず錓動に包たれながら、気が付けば眠りに぀いおいた。







    第䞀章 自己砎産線 完

     
     
    コロナ犍で飲食店経営から自己砎産。絶望の䞭、劻が倒れ厖から900km/hで宇宙ぞ。珟圚は堎所を遞ばぬ働き方ずFPの知識を歊噚に、将来の䞍安がない平穏な日々を奪還。 火曜は「生存戊略」の理、金曜は「料理・酒・サッカヌ」の情を配信。「時既にお寿叞」ずは蚀わせない。人生の握り盎し䞭。

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