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ロータリー・デイズ ⑧

    第十四章 それでも回り続ける日々

    朝。スマホのアラームが、夢と現実の境を乱暴に引き裂く。

    ぎりぎりまで布団のぬくもりにしがみついたが、観念して体を起こした。
    カーテンの隙間から差し込む光は、今日も変わらない。

    起きる。
    いつもと同じ時間に身支度を整え、メイクをし、いつもと同じものを食べる。
    そして、いつもと同じ道を歩いて駅へ向かう。

    エントランスを出る前に、一度だけ振り返る。
    駐車場の奥、朝日を受けたシルバーの車体が静かに光っている。

    それだけで、今日も始められる気がした。


    出社して、いつもの席に座る。

    以前の私なら、ただ波風を立てないように、一日をやり過ごすことだけを考えていた。
    ミスをしない。迷惑をかけない。空気を壊さない。
    それだけが、私の仕事だと思っていた。

    でも最近、少しだけ違う。

    先週、会議で意見を求められたとき、黙らなかった。
    自分の考えを、短くでも、言葉にした。
    うまくはなかったと思う。それでも、言えた。

    上司が「そういう視点、助かる」と言った。
    以前の私なら、その言葉を素直に受け取れなかった。
    「お世辞だ」「たまたまだ」と、すぐに打ち消していた。

    今は、少しだけ、そのまま受け取れる気がする。

    完璧じゃなくていい。
    足りないところがあっても、ここにいていい。
    そう思えるようになったのは、あの車に出会ってからだ。


    仕事終わり、先輩と並んでホームのベンチに座った。

    あの夜と同じ場所だ。
    私がスマホで「おすすめ 車」と検索していた、あのベンチ。

    「実家、どうだった」

    先輩が聞いた。

    「良かったです。父親が昔RX-7に乗りたかったって、初めて知りました」

    「へえ」

    先輩は少し意外そうな顔をして、それからどこか嬉しそうに笑った。

    「車って、そういうことあるよね。話したことなかった話が、急に出てくる」

    「はい。ずっと近づきがたいと思ってたけど、そうじゃなかった」

    「自分が距離を置いてたんだ」

    先輩の言葉は、問いかけではなかった。
    ただ、静かに確認するような言い方だった。

    「……そう、だと思います」

    電車がホームに滑り込んできた。
    今日は、二人とも乗った。


    帰宅して、少し休んでからRX-8に乗り込んだ。

    特に行き先は決めていない。
    ただ走りたかった。

    夜の道は空いていて、エンジンの音がよく聞こえる。
    ロータリー特有の、滑らかで澄んだ音。

    信号で止まるたびに、少しだけアイドリングが揺れる。
    その微かな振動が、ハンドルを通じて手のひらに伝わってくる。

    生きてる、と思う。
    この子も、私も。

    あの頃の私は、毎日が同じことの繰り返しで、どこかに「しこり」を抱えていた。
    何かが足りない気がして、でも何が足りないかわからなくて。
    帰り道に「これでいいんだっけ」と呟きながら、ホームのベンチでスマホを眺めていた。

    今も、日常は変わらない。
    同じ時間に起きて、同じ道を歩いて、同じ仕事をこなす。

    でも、胸の中に空白がない。

    アクセルを踏む。
    エンジンが応える。

    答えはまだ、全部出ていない。
    自分のことが、全部わかったわけでもない。
    それでも今は、この道を、この子と走り続けたいと思っている。

    夜の街が、窓の外を流れていく。

    これからも、私の日常は回り続ける。RX-8のロータリーエンジンが回り続けるように、静かに、確かに。

    きっと、これで終わりじゃない。
    家族と向き合えたから終わり、じゃない。自分のことが少しわかったから、それで全部解決するわけでもない。

    たぶんここから先も、私は迷う。立ち止まる日もあるし、また自分を見失いそうになることだってあると思う。
    それでも――この子となら、まだ知らない場所へ行ける気がした。

    もっと遠くへ。
    もっと、自分の知らない景色の方へ。

    赤信号で車を止める。フロントガラスの向こう、都会の灯りが滲んでいる。
    その光のどこかに、まだ私の知らない「次」が待っている気がした。

    青に変わる。
    私は息を吸い込み、アクセルを踏んだ。

     
     
    アニメ業界の撮影監督。 『生徒会にも穴はある!』『るろうに剣心』『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』などに参加。 会社とフリーランスの両方で活動しています。 このnoteでは業界を目指す学生や新人スタッフに向けて、撮影の仕事、就活、現場で必要になる考え方を書いています。

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