「まず謝れ」と迫られて悔しかった人へ。その一言に隠れた、本当の理由に気づいていますか?
謝ったところで、何も変わらないのに。
それでも「謝れ」と言われて、
唇を噛んだことはないだろうか。
私にも、覚えがある。
だからこの記事を書いた。

本当に求めているもの
トラブルの原因が、
100対0で片方だけにあるケースなんて、実はほとんどない。
それでも「謝れ」と迫る人がいる。
その動機は、明白だ。
相手を、下に置きたい。
自分の優位性を、確かめたい。
以前勤めていた会社で、
こんな場面があった。
うまくいかないことがあり、
上司や役員に呼び出された。
私は堂々と言った。
「こういう点がうまくいきませんでした。次はこう改善します」
返ってきたのは、
「まず謝れ」の一言だった。
謝ったら何かが解決するのか。
あなたの下であることを認めれば、
物事がうまくいくというのか。
心底、その人たちをバカだと思った。
極論かもしれない。
それでも、
少なからず耳が痛い人はいるはずだ。
自分に自信がない人間ほど、
誰かを自分より下に置きたがる。
そう理解すれば、
「ああ、この人は自信がないんだな」と、少し冷静に見られるようになる。

この問題は、
子育てや教育の現場にも
深く入り込んでいる。
親が気に入らないことがあると、
「謝りなさい」
「ごめんなさいでしょう」と迫る。
子どもが下を向き、
しょげた顔でボソボソと謝る。
その姿を見て、
満足している大人がいる。
なぜ、人が暗い顔をして
下を向く姿を見たいのだろう?
私には、理解できない。

私は子どもたちと接する場面で、
謝ることを強要することは一切しない。
物を壊しても、誰かを傷つけても。
まず聞くのは、
「これからどうする?」だ。
しょげた顔、泣きそうな顔、
お先真っ暗な顔。
そんなものは、見たくない。
真剣に考えて、考えて、
その中で「自分が悪かった」と
気づいていけばいい。
謝罪は、強制されるものではなく、
内側から生まれるものだから。
ピザ店の店長をしていた頃、
スタッフにこう伝えていた。
「先に謝ったもん勝ちだよ」と。
これは、謝罪を強要してくる相手を
やり過ごすための「必殺技」として、
持っておけという話だ。
世の中には、謝られないと
気が済まない人もいる。
そういう人には、
とりあえず謝っておくのも
処世術としてアリだ。
でも――本当にできる人間に対しては、謝るだけでは残念な人扱いされる。
謝るより先に「これからこうします」
と言える人間こそが、本物だ。
失敗したとき、
「うまくいかなかったので、
こう改善します」と
言える人間になってほしい。
周りの人がうまくいかないとき、
「じゃあこれからどうする?」と
言える人間になってほしい。
謝罪とは、
頭を下げることではなく、
『次の一歩を、
自分の言葉で示すこと』
だと私は思う。

そんな思いを胸に、
今日も子どもたちに会いに行く。
と、かっこよく締めたいところですが、私も昔は「まず謝れ」に負けて、
要らない謝罪をしていた側の人間です💦
みなさんは、「謝れ」と言われて
悔しかった経験、ありますか?
もしよければ、
そのときどう乗り越えたか、
教えてもらえませんか?
このあきらめない一歩が、
明日のあなたを少し軽くしますように。
ちょっと深い話ができるメンバーを
募集中です♪
バレーボールを観てきました!
いいなと思ったら応援しよう!
応援ありがとうございます!
さらにパワーアップして
よりお役に立ちたいです!