
うちの大仏、ソファに座る
いきなりメッシがゴールを決めた。
「うおおおお! メッシきたー!」
私たちは歓声を上げた。
山口くんの写真を、もっとテレビがよく見えるところに移す。
「メッシゴール決めたよ! 山口くん、見てる?」
写真の彼もなんだか興奮しているよう…かな?
学生時代から一緒にいた夫のことを、私は今でも「山口くん」と呼んでいる。
子どもが生まれても、その呼び方は変わらなかった。
マンガとアニメとゲームが大好きで、
「おう」と「うん」しか言わない大仏のような山口くん。
ゲームをするために家事を片づける私。
何を考えているかわからない長男と、
ウィリアムズ症候群のある次男のぽぽ。
ワンコのコタ。
四人と一匹で暮らしていた。
十月のある日、いつものように朝、山口くんを起こしに行った。
「山口くん、ご飯できたよ。起きな~」
「うう……う」
山口くんは左手と左足だけで懸命に体を起こそうとしていた。
「え?」
何が起きているのかわからない。
ただ、普通じゃないことだけはわかった。
なんとか動こうとする彼に、私は言った。
「いいよ! 起きなくていい! 体、横にして!」
安心したように、彼はどさっと体を布団に投げ出した。
意味もないのについ聞いてしまう。
「大丈夫? 頭痛いの?」
彼はしかめた顔で小さくうなずいた。
私はすぐに救急車を呼んだ。
電話で状況を説明しながら、ぽぽを起こし、コタをケージに入れ、
言われたものを慌ただしく用意する。
山口くんのところへ戻ると、彼は変わらず眉間に皺を寄せていた。
狼狽するぽぽにも、山口くんにも、
「大丈夫だよ。大丈夫」
そう言うことしかできなかった。
救急車が到着し、山口くんはストレッチャーで運ばれていった。
救急車にはひとりしか同乗できない。
しかしぽぽをひとりで残すわけにもいかない。
すると、騒ぎに気づいた隣の奥さんが、ぽぽを預かってくれることに。
私は急ぎ救急車へ乗り込んだ。
搬送先が決まるまでの間、当時ひとり暮らしをしていた長男へ電話をかけた。
「お父さんが倒れた。今、救急車で病院に向かってる」
長男はまだ事の重大さがわからなかったのだろう。
「大したことないんでしょ? 何かわかったら連絡して」
私は思わず言った。
「おじいちゃんと同じだよ!」
少し間があって、
「……わかった。すぐ行く」
そう言って電話は切れた。
病院へ着くと、山口くんはすぐに検査室へ運ばれていった。
私はひとり、静かな廊下に取り残された。
頭の中では、なぜかずっと
ミーーーーーー
という音が鳴り続けている。
やらなければならないことは山ほどある。
でも、その音が邪魔をして何も考えられない。
落ち着かなきゃ。
呼吸しなきゃ。
気がつくと、喉の奥までカラカラに乾いていた。
自動販売機で温かいお茶を買った。
キャップが開けられない。
両手で力を入れても、なかなか開かない。
その時初めて、自分が思っていた以上に動揺していることに気づいた。
しばらくして医師から呼ばれた。
検査の結果は左脳出血だった。
すぐに手術が必要だという。
助かるかどうかはわからない。
助かっても、元の生活に戻れる可能性は低い。
手術中に命を落とす可能性もある。
そんな説明を受けながら、私は何枚もの書類に何かを書いていた。
何をどう書いたのか、ほとんど覚えていない。
手術室へ向かう山口くんに近づき、顔を寄せて
「待ってるからね。待ってるからね」
と叫んだ。
そう言うと、山口くんは酸素マスクを少しだけずらし、何かを伝えようとした。
何を言ったのかは聞こえなかった。
でも、あの時の私は、
「みつこう」
と、私の名前を呼んだように思えた。
山口くんが手術室へ入ってから、私は待合室で時間を過ごした。
長かったのか、短かったのか。
少しだけ考えられるようになって、山口くんの勤め先へ電話をかけた。
部署の名前すら出てこない。
会社の代表電話にかけ、フルネームを伝えた。
「倒れて救急車で運ばれました。これから手術になります」
それだけ伝えるのが精一杯だった。
手術は無事に終わった。
でも、それで安心できるわけではなかった。
医師から説明を受けた。
「出血した場所が悪いです」
「右半身は動かないでしょう」
「感覚も戻らないでしょう」
「言葉も出ない可能性が高いです」
「歩けるようになる可能性も低いでしょう」
ひとつひとつの言葉が、静かに積み重なっていく。
不思議なくらい涙は出なかった。
先生の話は、ちゃんと聞いていた。
でも、頭の中にあったのは、たったひとつ。
生きてる。
山口くん、生きてる。
それだけ。
だから、
右手が動かないなら、左手でご飯を食べればいいじゃん。
歩けないなら、車椅子かな。
仕事はどうなるんだろう。
マンガは読めるのかな。
ゲームの続き、やらせてあげたいなあ。
そんなことばかり考えていた。
山口くんと次に会えたのはICUだった。
十一本の管やコードにつながれ、口には人工呼吸器。
聞こえるのは、心電図の電子音。
面会は一度にふたりまでなので、
私と長男、
私とぽぽ、
長男とぽぽ、
三人で順番に山口くんのところへ通った。
病室へ入ると、私は決まってこう声をかけた。
「山口くん、来たよ~」
すると、ぼんやりとしていた目が、足元にいる私たちを探すように、すうっと動く。
家族だとわかっていたのかどうか。
でも、あの目は、私たちの声を追っているように見えた。
つながる管を避けて左手をそっとさする。
指を握る。
すると、握り返すほどではないが、
それでも、そこには確かに反応があった。
少しずつ。
本当に少しずつ。
山口くんは、私たちが来ると表情を変えるようになった。
一般病棟へ移った頃には、私たちの顔を見るとうれしそうな表情も見せてくれるようになっていた。
ようやく少し安心しかけ、長男も一度アパートに戻ったある朝、
電話が鳴った。
病院の番号を見た瞬間、それだけで胸がざわつく。
「ご主人が心肺停止になりました。
すぐに来られますか?」
「すぐ行きます!」
そう返事をしたと思う。
感情より先に体が動いていた。
が、仕事中のぽぽを迎えに向かう車の中、涙が止まらなくなった。
いやだ。
いやだ。
いやだ。
一瞬だけ葬儀場のことが頭をよぎる。
でも、その考えは力いっぱい打ち消した。
ぽぽは職場から飛び出してきた。
「おとさん、大丈夫?」
「大丈夫!
おとさんは大丈夫!」
そう答えることしかできない。
病院へ着くと駐車場は満車。
送迎スペースへ車を寄せ、職員さんにお願いする。
「主人が危篤なんです!
お願いです。どこかへ停めさせてください!」
すると、それまで震えていたぽぽが叫んだ。
「おとさんが死にそうなんです!
入れてください!
会わせてください!」
職員さんはすぐに職員用駐車場へ案内してくださった。
今でも、あの時の対応には感謝している。
病棟へ駆け上がると、ナースステーションの一角で処置が続いていた。
先生から説明を受けた。
詳しい言葉は覚えていない。
ただ、「今回こそ難しいかもしれない」というような話だったと思う。
血の気がドンっと引いた。
それでも山口くんのそばへ行き、
「山口くん! 大丈夫だからね!
待ってるからね!」
そう叫び続けた。
やがて看護師さんに促され、その場を離れ、
山口くんは、再びICUへ運ばれていった。
二度目のICUは、一度目よりは短かった。
長男もまた帰ってきて、私たちは再び三人で交代しながら面会に通った。
ある日、ICUの看護師さんから、
「そろそろ一般病棟へ戻れそうです」
と声をかけられた。
私はお願いした。
「一般病棟へまた戻る前に、看護師長さんとお話ししたいんです」
引き継ぎの中で埋もれてしまわないように、
私は同じお願いを何人かの看護師さんにも伝えた。
後日、師長さんが時間を作ってくれた。
師長さんは、二度目の心肺停止について、
看護側にも至らない点があったことを認め、頭を下げた。
私は、その謝罪を受け入れた。
責めても仕方がない。
ただ、もう二度と、同じことは起きてはならない。
だからお願いした。
「もう少し、看護師さんたちの目が届く病室へ移していただけませんか」
師長さんは、
「わかりました」
と了承してくれた。
数日後、ICUの看護師さんから、
「今日はこちらのお部屋へ移ります」
と案内され、山口くんはナースステーションに隣接した観察室へ移ることになった。
観察室は、ナースステーションと同じ空間。
明るくて、いつも誰かの気配がする部屋。
最初の頃の山口くんは、ただ横になっているだけ。
でも少しずつ、ベッドの頭が起こされるようになった。
上半身が起こされた姿勢で過ごす時間が増えていく。
初めてその姿で会った日、目の光が少しだけ戻っていた。
「山口くん、来たよ~」
そう声をかけると、目を開けて、微かににっと笑う。
ここまでくると、私だとわかっているな、
そう確信できるようになっていた。
不思議なことに、二度目の心肺停止のあとからの方が、
私は山口くんを感じられるようになっていた。
毎日病院へ行く。
「山口くん、来たよ~」
昨日あったことを、一方的に話す。
「昨日ね、ぽぽがね」
「コタがね」
返事はない。
でも、それが私たちの時間。
冬を迎えるころ、
私はある協会の依頼で、二日間だけ通訳ボランティアをすることになった。
イベントジャンパーを着たまま病院へ向かう。
「山口くん、見て。
今日と明日、このイベントの通訳をしてくるね」
そう言って、くるっと後ろを向く。
山口くんは左手の人差し指で、ジャンパーの背中の文字をゆっくりとなぞった。
文字を読んでいたのか、
ただ模様として気になっただけなのか。
「じゃあ、頑張ってくるね。」
そう言って首に抱きつく。
山口くんは左手をゆっくり持ち上げ、私の腰をそっとさすってくれた。
「もっと触ってくれてもいいんだよ~」
私は頬をすり寄せた。
まだ、「山口くんが戻ってきた」と思ったわけではない。
でも、大好きな触感は、ちゃんとそこにあった。
数日後。
いつものように病院へ行く。
観察室へ入ると、山口くんは上半身を起こした姿勢で目を閉じていた。
「山口くん、来たよ~」
そう声をかけると、目を開けてにっこり笑った。
私はいつものように話し始める。
「昨日ね、長男がね」
「コタがね」
ふと、ベッドのテーブルの上に置かれた検査予定表が目に入った。
「あ、今日は採血あるんだね」
そう言った瞬間だった。
山口くんが左手の人差し指で、検査予定表の文字をゆっくりとなぞり始めた。
私は検査予定表を見ただけだった。
触ってもいない。
だからわかった。
山口くんは、この文字を見ている。
私は自分も指で文字をなぞりながら、
「○月○日。採血って書いてあるね」
と言った。
すると山口くんは、もう一度文字をなぞった。
やっぱり。
山口くんは文字に飢えている。
山口くんは、本が好きだった。
新聞が好きだった。
文章を読むことが大好きだった。
だったら、文字を読みたいに決まってる。
翌日から、私はニュースを持っていくようになった。
国内のニュース。
海外のニュース。
サッカーのニュース。
たまには経済のニュース。
インターネットの記事をA4一枚に収まるように印刷する。
最初は一枚二百文字くらい。
文字は十八ポイントほどだったと思う。
「山口くん、もう読み終わったの?」
そう聞くと、小さくうなずく。
音読してあげる必要はなかった。
山口くんは、自分で読んでいた。
少しずつ文字を小さくする。
一枚に入る情報量を増やす。
やがて読むニュースまで、自分で選ぶようになった。
海外のニュース。
サッカーの記事。
倒れる前と同じ好みのものを、真っ先に手に取った。
山口くんは楽しんでいた。
ふと思った。
ニュースが読めるなら、じゃあ次はマンガじゃね?
新聞は大きい。
雑誌は重い。
でも単行本なら軽いし、ベッドの上でも扱いやすい。
「山口くん、何かマンガ読む?」
そう聞いた瞬間だった。
うんうんうんうんうん!
首が取れるんじゃないかと思うくらいの、高速うなずき。
初めてあなたの意思をはっきり出したね、山口くん。
しかもマンガで。
私は帰宅して、真っ先に本棚の前に立った。
にやにやしながら。
*
急性期病院へ入院して二か月がたとうとする頃、
看護師長さんが少し申し訳なさそうに言った。
「そろそろ、リハビリ病院を考えていただけますか」
もちろん、その日が来ることはわかっていた。
観察室を出て大部屋へ移っていた山口くんも、その頃には落ち着いていた。
転院先は、家から車で十分ほどのリハビリ病院に決めた。
友人に相談したところ、ご主人が理事長をしている病院においで、といってくれたのだ。
ところがいざ転院してみると、その友人自身が山口くんの主治医だった。
そ、そうだったんだ。担当、あなたなんだ、という感じ。
転院の日。
山口くんはまだ車椅子にも乗れず、介護タクシーでストレッチャーのまま運ばれた。
案内されたのは個室。
「山口くん、病院変わったからね」
「家から近くなったしさ、また毎日来るからね」
山口くんは、小さくうなずいた。
「近くなったからさ、マンガもいつでも入れ替えてあげられるよ」
今度は、大きくうなずいた。
……あんたって人は。
病院が変わったことより、やっぱりマンガかい。
ぷぷぷ。
そのうなずきは、倒れる前の山口くんと何も変わらなかった。
それからまた毎日、病院へ通った。
マンガを持っていく。
ジェンガを持っていく。
側から見たら、面会に来て遊んでいる家族に見えたかもしれないなあ。
倒れる前に家族で楽しんでいたことを、目の前でやる。
ただ、それだけ。
遊び方なんて説明しない。
でも山口くんは、当たり前のように遊び始める。
ガシャン!
ジェンガが崩れる。
「わあ!」
一番喜んだのは、ぽぽだった。
病室で笑い声が響く。
私はその声を聞きながら、ベッドの周りを片づけたり、洗濯物をまとめたりしていた。
マンガを読む時間は少し減った。
その代わり、ベッドの端に並んで座って、一緒にテレビを見ることが増えた。
会話なんてほとんどない。
感覚がないと言われた彼の右側に座り、手の甲をさすっていた。
そんな日が一週間ほど続いたころ、ワンコのコタが虹の橋を渡った。
あっという間のことだった。
私たちは三人で写真を持って病院へ向かった。
「山口くん、コタが死んじゃったよ。
あなたが名前を付けたコタが」
山口くんは写真を見つめると、左手の人差し指で、そっとコタを撫でた。
そして、右の目から涙を流した。
「おとさん、泣かないで」
すでにしゃくりあげていたぽぽが、そっと山口くんに抱きついた。
個室を出てふたり部屋へ移る頃には、
右足に膝下装具をつけ、歩く練習も始まっていた。
理学療法士さんがかかとを軽く蹴る。
その反動で、右足が一歩前へ出る。
初めて自分の足で立つ山口くんを見た時は、珍しく涙が出た。
でも、そのかかとを蹴る音を聞くたびに、少しだけ切なかった。
私が車椅子への移乗やトイレ介助をしてもいいという許可が出た日、
個室にいた頃から約束していた売店へ、ふたりで行った。
いっしょにエレベーターに乗って一階へ降りる。
売店をのぞき、病院の出入り口まで行く。
外の空気を少し吸う。
山口くんは黙って外を見つめていた。
散歩できる範囲が少しずつ広がると、
病院中を歩きまわった。
スロープを上がり、窓から外を眺める。
道路を走る車を見つけては、
「山口くん、あれ、前に乗っていた車と同じだね」
コンビニを見つけては、
「あそこでコーヒー買ったよね」
山口くんは私の指さす方を見るばかり。
私は病院の前の道路を指差して言った。
「あの道を行くと、お家に帰れるよ。
早く帰って、みんなで過ごそうね」
山口くんは道路をじっと見つめたあと、
左手の二本の指で私のほっぺをぺちぺちと触った。
「うん。一緒に帰ろうね」
会社の方がイスラエル人の同僚を連れて、お見舞いに来てくれた。
山口くんは久しぶりの再会に、今にも泣きそうな顔をしていた。
英語で話しかけられても、頷くべきところでちゃんと頷いている。
イスラエルの同僚が言った。
「あなたは私の大切なビジネスパートナーだ。また一緒に仕事がしたい」
そう言葉をかけられると、山口くんは動く左手をブンブンと横に振った。
「いやいやいや、いいのいいの。俺はもういいの」
そんなアテレコができそうな、明らかな拒否である。
会社の方も、その同僚も大笑い。
私も笑った。
どうやら仕事に戻る気だけは、まったくなかったらしい。
その頃には、またマンガを読むようになっていた。
病室にはポータブルDVDプレーヤーを持ち込み、
ふたりで『ボヘミアン・ラプソディ』の上映会も開いた。
イヤホンを二股に分け、私は右耳、山口くんは左耳。
十五分くらいで飽きるかなと思っていたのに、最後まで夢中になって観ていた。
音楽に合わせて体を揺らしているようにも見えた。
この人の好きなものは変わらない。
しばらくすると病院でインフルエンザが流行し、面会が禁止に。
それでも私は毎日病院へ通い、洗濯物を交換し、差し入れを届けてもらった。
ある日、山口くん宛てに手紙を書いて看護師さんへ託した。
「本人に渡してください」
そうお願いすると、
「えっ?」
という顔をされた。
「彼は字を読めますから。
でも封筒から出せないかもしれないので、
中だけ渡していただけると助かります」
面会が再開して病室へ行くと、手紙は開かれたまま枕元に置かれていた。
月に一度、担当医でもある友人と話す時間があった。
「家は難しいと思うよ。専門の施設検討しなよ」
彼女は何度もそう言った。
「そうかあ。
自宅に連れて帰りたいんだけど、無理?」
「無理だと思うよ」
その繰り返し。
でも、ある日、
「連れて帰るわ」
と伝えた。
「失語だよ。キツイよ」
「山口くんもともと無口だから大丈夫」
すると彼女は、大笑いした後、
どうすれば私が無理なく介護できるかを検討し始めてくれた。
そのひとつが退院に向けたミーティング。
担当医。
ケアマネジャー。
介護用品のレンタル会社。
看護師さん。
理学療法士さん。
みんなが集まり、退院後の生活について話し合う。
担当医は最後まで、
「自宅介護は大変だと思う」
と言っていた。
本当にたくさんの患者さんを見てきたからこその、心からの言葉。
でも誰も私を止めなかった。
「何かあったら、すぐ連絡してください」
みんなが口をそろえて言ったのは、それだけだった。
「連れて帰る」
そう言ってからは忙しかった。
エレベーターを付けた。
手すりを付けた。
ベッドを入れた。
車椅子で通れるか、家中を歩いて確かめた。
長男が、思いもかけなかった行動をした。
「母がひとりでぽぽと父の世話をするのは大変でしょ」
そう言って、仕事や友人たちと離れて帰ってきてくれたのだ。
え? え? え?
一生分の誕プレをもらってしまった。
そしてこれで久しぶりの四人家族。
山口くんが帰ってくる家が、少しずつ出来上がっていった。
*
退院して家へ帰ってきた山口くんは、まず車椅子で一階を一周した。
玄関からリビング、ダイニング、台所。
家の中をひと回りすると、満足したようにソファへ移る。
「お帰り」
そう声をかけると、私はテレビをつけ、マンガを手の届くところへ置いた。
そして一番最初にやったこと、
それはおむつを脱がせてパンツに履き替えさせたことだった。
「さらっとして気持ちいいっしょ?」
北海道弁でそう言うと、山口くんはパンツを触りながらうなずいた。
これで元通り。
もちろん、病気になる前とまったく同じではない。
車椅子もあるし、介護ベッドもある。
お箸もスプーンも介護用に変わっている。
それでも、私たちは「病人との生活」を始めたつもりはなかった。
ちょっと動きづらくなった山口くんとの暮らしの続きを始めただけ。
朝起きると、「お〜い」と私を呼ぶ。
トイレを済ませると、まっすぐソファへ。
トマトジュースを飲んで、バナナを食べる。
テレビを見たり、マンガを読んだり、長男が買ってくれたiPadを眺めたり。
リハビリの日は施設へ出かけ、ない日は家の手すりにつかまって歩く練習をした。
お昼ご飯を食べると、またソファ。
たいてい、そのまま寝てしまう。
「ベッドで寝なよ~」
そう言うと、少し面倒くさそうにしながら、しぶしぶ寝室へ向かう。
起きると、また「お〜い」。
山口くんは、ベッドよりソファが好きだった。
テレビが好きだったのか。
リビングが好きだったのか。
それとも、ただ家族の気配がする場所が好きだったのか。
たぶん全部だろう。
今でも思い浮かべる山口くんは、いつもソファに座っている。
家に帰って二か月ほどたった頃だったか、
山口くんが、やたらとカレンダーを指さして「ん! ん!」と言うようになった。
何を伝えたいのか、さっぱりわからない。
誕生日が近かったので、
「免許の更新? 大丈夫だよ」
違うらしい。
リハビリ施設でも家へ帰ってきても、またカレンダーを指さす。
それが何日か続いたある日、
山口くんは自分で右足の装具をつけ、さっさと車いすで玄関へ行ってしまった。
「え? 出かけるの?」
聞くとうなずく。
靴を履かせろという。
慌てて車へ乗せると、今度は道案内が始まった。
右。
次はまっすぐ。
そこを左。
車線まで指示してくるので、言われるままに運転していく。
着いた先は、眼鏡屋さんだった。
そういうことだったのか。
実はそれより前に眼科を受診し、
「これ以上度数を上げても変わりません」と言われていた。
だから私は、もうどうしようもないものだと思っていた。
でも眼鏡屋さんは違った。
細かく調整してくれて、山口くんは以前よりずっと見やすくなったようだ。
テレビも、
マンガも、
iPadも、
以前よりずっと長い時間没頭している。
山口くんは、自分がやりたいこと、やりたくないことをしっかり主張する。
天上天下唯我独尊男をやめてはいなかった。
失語になってから、意味のある言葉はなかなか出なかった。
が、家族はそれに不自由を感じてはいなかった。
こちらから聞けば、Yes・Noの反応は返してくれていたし、
何せもともと無口だし。
そんな普段と何も変わらない暮らしの中で、山口くんが何か言おうとしている。
「bbbbbbbbbbbb……」
私たちは耳を澄ます。
そして次の瞬間。
「ぶぁ〜か!」
………⁉
それかい!
何がきっかけだったのかは、今となっては誰も思い出せない。
子どもたちに聞いても覚えていない。
でも、失語になった山口くんの最初の意味のある一言が「ぶぁ〜か!」だったことだけは、今でも語り草。
何度笑いながら思い出したことだろう。
その後何度か入院することもあった。
でも、それはこの家の日常を変える出来事にはならなかった。
退院して帰ってきた山口くんは、やっぱり山口くん。
外食にも行った。
花見にも行った。
お祭りにも行った。
車椅子で行ける場所、という制限はあったけれど、
「山口くんがいるからやめよう」と思ったことは一度もない。
むしろ、左手をぶんぶん振りながら、
「いいのいいの、オレは行かないから、家にいるからいいの」
と面倒くさそうにするのは山口くんの方だった。
そんな六年半だった。
*
ある日の夜中、山口くんの体は突然動くことをやめた。
「山口くん、大好きだよ! 大好きだからね!」
山口くんは私の目をしっかり見た。
そして彼は深い深い眠りについた。
あの時彼は何を言っていたんだろう。
ありがとう?
じゃあな?
またな?
どれも違う気がする。
「みつこう」と私の名前を呼んだと思う。
そしてそれは、彼が失語に陥ってから、ずっとお願いしていたこと。
「ねえ、みつこうって呼んで?」
最期に私のリクエストに応えてくれたんだ。
それから一年以上たったある日、
私は息子たちとともに彼の生まれ故郷を訪れた。
実家までの道。
水のきれいな公園。
うなぎ屋さん。
どこへ行っても、山口くんがいた。
「いやあ、どこに行っても山口くんがいるよ」
私がそう言うと、長男が言った。
「墓にはいないけどな」
三人で大笑い。
それもそうだ。
あなたがこんなところにいるわけがない。
今頃現地でワールドカップを全試合楽しんでいるもの。
そして同時に自宅にもいる。
いつものようにテレビでサッカーを観て、
大仏みたいにどっしりと、
横になって、
コタを侍らせて。
そんな山口くんと、私たちは一緒に暮らしている。
今でも。