
第40話 フランス流社交辞令と、まにうける日本人
だいぶ昔、30年前のことです。パリに勤務していた頃、何度か会ったことのある同僚や取引先から、「ウチに食事においでよ」とよく誘われました。
「うわー、フランス人のお宅なんて興味深いな」と期待する反面、「夫婦セットだから、話題持つかなー。フランス語大丈夫かな」なんて心配事も出てくる。心配が先に立つ日本人ですね、汗。
私はこの手の話をわりと真に受けるタイプで、誘われるたびにドキドキしていたのですが、その後会っても話が具体化せず、「あれ?あの話どうなったんだろう。妻とどうするか相談もしてるのに」ということがよくありました。
しかし半分くらいのケースでは、二、三週間以内にきっちりお誘いが来て、めでたくお呼ばれされていました。
面白いことに、ロンドンでは誘われるとほぼ100%お呼ばれされました。
この点、イギリス人の方がフランス人より日本人の感覚に近いのかもしれません。
この違いは一体どういうことなんだろう、と思っていましたが、実はこれは、フランス人の自然な振る舞いだと後でわかったのです。
「誘う」行為より、まず「気持ちを伝える」
つまり、そもそもこの発言というのは、
「あなたが気に入った。ぜひうちで食事しながらおしゃべりしたい!」
という、その場の盛り上がった気持ちから出るものなのですね。
だから後になって、「あー、あの時は本当に呼ぼうと思ったけど、いろいろ忙しくなっちゃったしな。また今度誘おう」くらいの感覚でフェードアウトしたって、彼らとしてなんらネガティヴに感じる必要はないのですよね。
生真面目な日本人からすると、一旦口に出したことは守らねば、というプレッシャーがありますが、彼らにはそれがありません。事情が変わるのはよくあることですよね。仕方ないのです。
ですので、こちらから「いつ遊びに行ったらいいのかな?」などと聞き出す必要は全くなく、何事もなかったかのようにお付き合いすれば良いのです。
嘘つきでもお調子者でもない
この状態は、嘘つきでもお調子者でもなんでもありません。「誘いたかったが、いろいろあって今は誘えていないだけ」。つまり、「今、誘いたい気持ち」——それを伝えることこそが、相手へのメッセージとなるのです。
むしろ「ウチにおいでよ」と口に出したほうが実現する可能性も出てくるわけですから、黙って好意を胸に秘めているよりポジティブなのだと思いました。
反対に、まにうける私は
日本人は「有言実行」、フランス人は「有言、実行できたらラッキー」。
誘われる側になった私は、この手の話を律儀にまにうけてしまいます。
ロンドンにMBA留学した取引先のシェアハウスにお茶の間感覚で押しかけたり、役員秘書が退職する際に言われた「ボルドーに来ることがあったら連絡してね」の一言を忠実に信じて、小さい娘を連れて本当に家まで訪ねて行ったり。
おかげで美味しいマグレ・ド・カナールをご馳走になり、忘れもしないシャトー・コス・デストゥルネルのマグナムボトルまで飲ませていただきました。
向こうにしたら「あら、本当に来たわ」くらいの気持ちだったかもしれませんが、今にしてみればいい思い出です。