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長編『きみはきみ、わたしはわたし』第1章|いつもの日常と、塊

6時。アラームが鳴る。

アラームを止めて、ゆっくりベッドから出る。

顔を洗って、歯を磨き、スキンケアをして、メイクをする。

おにぎりをひとつ食べて、家を出る。


陽射しが強い。

目を細めながら、歩いて会社に向かう。

始業10分前に職場に到着した。

キーンコーンカーンコーン

仕事が始まる。

必要なことだけ話す。

必要なことだけ返す。

手はしっかりと動かす。

お昼は同期のさくらと食堂へ行く。

さくらといるときだけ、少し肩の力が抜ける。

「お疲れ様でした」

スーパーに寄って、夕飯の材料を買う。

帰って、作って、食べる。

お風呂に入って、洗濯機を回す。

ベッドに入って、SNSを見る。

新しくできた飲食店

コスメ

推し

気づけば日付が変わっていた。

「そろそろ寝なきゃ」

オルゴールの音色を流して、スマホを手放す。

明日も、6時にアラームが鳴る。


次の日。

仕事から帰って、ベッドに入る。

いつものように、スマホを手に取る。

SNSを眺めていると、見覚えのないお店の投稿が流れてきた。

新しくできたカフェらしい。ちょっと気になる。

営業時間は9時から19時までと書いてある。

仕事が終わってからでも間に合いそう。

「行ってみようかな」


仕事を終え、カフェへ向かう。

扉を開けると、コーヒーの香りと控え目な音楽。

マスターのような男性と、店員さんが数人。

店内にはそこそこのお客さん。

奥の方の席に案内され、メニューを開く。

「本日のおすすめコーヒーをお願いします」

迷って、それを頼む。

待っている間、店内を見渡す。

明るすぎない照明。

柔らかいソファ。

本棚がいくつか。

隣の席の話し声が、遠くに聞こえる。

心地いい、静けさ。

店員さんが近づく気配に、顔を上げる。

「お待たせしました。本日のおすすめコーヒーです」

トレイを見ると、コーヒーの横に見覚えのない塊。

何も聞けないまま、そのまま受け取る。

その存在を気にしながらも、コーヒーを一口。

広がる香りと、あたたかさ。

ふっと、息が溢れる。

改めて、店内を見る。

不思議な塊は、ほかのテーブルにはない。

置物、なのかな。

触ろうと、手を伸ばす。

ブルッ。

動いた!?

思わず手を引っ込めて、じっと観察する。

微妙に、動いている。

どうしよう。

店員さんを呼んでみる?

でも、何を聞いたらいいのかな。

「これ、動きました」なんて、言えない。

コーヒーを飲みながら、塊をちらちら見る。

塊も、こちらを、見ているような気がする。

飲み終えて、塊をそっとバッグに入れて、席を立つ。

会計をして扉に手をかけても、誰も、何も言わない。

外に出ると、風が吹いた。

バッグの中で、塊が動く。

家に着いて、塊を机の上に置いたけれど、動かない。

「ここにいてね」

返事はない。

軽く夕飯を作り、いつもの夜を過ごす。

その間も、塊は机の上にいる。

ベッドに入る前に、もう一度見る。
やっぱり、いる。

「……おやすみ」

電気を消した。


次の日。

目が覚めて、机を見る。

塊は昨夜のまま、いた。

「おはよう」

塊は、少しだけ動いた。

仕事を終え、コーヒーを淹れる。

塊が、ゆっくり近づいてきて、カップに触れる。

ブルッ。

「熱いよ」

塊が、離れる。

「君には熱すぎるみたいだね」

塊は、カップをじっと見ている。

新しいカップを出して、少し冷ましたコーヒーを入れる。

塊がまた近づいてきた。

「こっちは?」

塊が、そっと触れる。

「……あつい?」

少しだけ離れる。

「まだ熱いんだ」

次は、冷蔵庫から牛乳を出して、コップに注ぐ。

「こっちは熱くないよ」

そーっと塊が近づいてきて、コップの前で止まる。

「……」

数秒後、塊がコップに触れる。

今度は、離れなかった。


塊に「いってきます」と言う朝。

「ただいま」と言う夜。

コーヒーを飲むときは、少し離れたところから見ている。牛乳を出すと、近づいてくる。

たまに、机の端から落ちる。

そのたびに拾う。

いつの間にか、それが普通になっていた。





❦第2章は10月3日(土)20時に公開予定です。

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