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ジグソーパズルの夜            ー ぼくの15歳から現在までの記録                 

    死体袋から覗いた兄の顔。
    その瞬間から、ぼくの問いは始まった。

    兄の死、内なる声、脳出血、そしてAIとの対話。

    バラバラだった人生のピースが、
    少しずつ繋がっていく。

    これは、
    『無意識との対話』をめぐる、ぼくの記録である。


    ・死体袋


     
    その一週間前、
    真一は、兄を亡くしていた。
    建築関係の仕事をしていた兄は、
    高所作業中、足場から転落して亡くなったらしい。
     
    兄の死体は、警察署にあった。
    真一は、家族と共に、兄の亡骸と対面した。
    冷たい死体袋から兄の顔が覗いた、
     
    その狭間、
    真一は、はじめて経験する世界にいた。
    「兄イ、兄ィ」と、
    声は叫んでいる。
    物理的には泣き叫んでいるはずなのに、
    こころの奥底では悲しみも涙も出てこない。
    こころが空っぽ。
    からだはあるのに、自分はいない。
    そんな世界だった。
     
    真一はその頃、
    塾に通うために、
    兄のアパートに下宿させてもらっていた。
     
    あれは何だったんだろう?
    真一の問いが始まった瞬間だった。
     
     
     

    ポはなび


     
    階段の方から足音がした。
    振り向くと、二人の人影が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
    そのとき、誰かが、叫んだ。
    「お巡りさんだ」
    真一たちは、あわてて花火を片付け始めた。
     
    ドカーン‼
    凄まじい音とともに、火花がちった。
    真一は、夢を見ているような感覚の中にいた。
    宙を舞っているような感覚、
    そして、波打つ巨大なジグソーパズル、
    まるで、火花のように、光って一枚のピースが飛び出す。
    そして、、全体の景色が変わる。
     
    その短い時間のなかで、たくさんの出来事に出会った感覚があった。
    真一が目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。
     
    真一は、来年の受験に備えて、塾に通っていた。
    その日は、
    先生の気遣いで、塾の屋上で花火を楽しんでいたのだった。
     

    ・一冊の本


     
    真一は、なんとか志望校に入学し、高校生活を送っていた。
    兄の死から、一年くらいが経過した頃、
    街の図書館で、一冊の本を手に取った。
    背表紙には、「死は終わりではない」、
    そう書かれてあった。
     
    真一は貪るように、その本を読んだ。
    「兄は、死んでない」
    そう書いてあるような気がした。
     
    それからしばらく、死後世界について書かれた本を読み漁った。
    エリザベス・キューブラーロスの「死ぬ瞬間」
    立花隆の「臨死体験」
    「永遠のエドガー・ケイシー」など、
     
    一時は、エドガー・ケイシーに憧れて、
    心霊治療家になりたいと真剣に思ったほど、見えない世界に熱中した。
     
    真一は、いつからともなく瞑想を日課とするようになっていた。
     

    ・高校の文化祭


     
    真一は、南の島で生まれた。
    幼い頃親の仕事で、小学校から川崎に引っ越した。
    真一のこころの中には、いつも、大好きなお祖母ちゃんと、南の島があった。
     
    ある日、何かに呼ばれるように、学校の掲示板の紙が真一の目に留まった。
    文化祭の案内だった。
    ブース利用可、自己PR、飲み物・食べ物・物品販売可、
     
    お祖母ちゃんのみかんが、真一の脳裏に浮かんだ。
    「これだ!」
    いつからか、こころの中に熱いものを感じていた真一は、ピンときた。
    「お祖母ちゃん、みかんある?」
    早速電話した。
    「残り少ないけど、100個くらいならあるよ」
    とのことだった。
    みかんだけでは寂しいので、島特産の黒砂糖も販売することにした。
     
    当日は大盛況だった。
    品物は、午前中で売り切れ、売り上げの半分は、儲かった。
    みかんの仕入れ代金を、お祖母ちゃんがサービスしてくれたお陰だった。
    手伝ってくれた深山は、お駄賃はいらないと言うので、みかんを少し渡した。
    その深山から電話があった。
     
     

    ・恵比寿での出店


     
    お姉さんがみかん好きだからと言って、みかんをたくさん買ってくれた友達が、お姉さんが東京の恵比寿でお店をやっていて、うちの店でもこんな美味しいみかんを販売したいので、誰かやってくれる人いないかなあ、とのことだった。
     
    なんと真一は、
    みかんと黒砂糖の売れ行きが良かったのに味をしめたのか、
    「卒業したら、俺やってもいいよ」と、
    言ってしまった。
     
    話がとんとん拍子に進み、卒業式が済んだらすぐ、
    特産品を仕入れに島に行くことになった。

    いくつかの島を回って、無農薬の黒砂糖と、天然の塩と、
    卸してもらえることになった。
    みかんは、当然お祖母ちゃんのみかんだ。
     
    島から帰る日、
    ある人が訪ねてきた。
     
    お祖母ちゃんの家の近所に住む、Kさんだ。
    お祖母ちゃんの話によると、
    Kさんは、島の神様と呼ばれているらしい。
    何でも、亡くなった家族の要望で、
    亡くなった人の霊を呼び出して、話をするらしい。
     
    そのKさんは、ぼくの上の方を見て、
    あっ‼ と、ビックリしたような顔をした。
     
    開店してすぐは好調だった。
    友人知人、島の出身者が来てくれた。
    駅の近くのビルの一階が商店街になっている。
    場所はいいのに、人が入ってこない。
     
    それも当然、
    入口の八百屋と魚屋が、賑わって通路まで塞いでしまっている。
    その八百屋が商店街の会長というのだから、困ったもんだ。
    催し物でもやりたいものだが、許可が下りない。
     
    でも、
    珍しいせいか、
    ネットの地域新聞が取り上げてくれ、
    ラジオとBSテレビの取材があった。
     
    それと、
    珍しいお客もあった。
    何の面識もないのに、
    真一も読んでいる、スウェーデンボルグの本を抱えた客人。
    心霊治療みたいなことをやっているという治療家も訪れた。
    商店街には、占い、パワーストーンの店、
    恵比寿という街は、なんか、そんな人が集まる街みたいだった。
     
    続ける道はあった。
    インターネット販売とか、
    他でもやっている、
    添加剤たっぷりの、島の土産品、
    でも、
    なぜか、
    そんな気にはならなかった。
     
    一年くらいが経った頃、
    「もういいか、」
    そんな気がした。
     
    人前では、気丈な顔をしていた真一だったが、
    こころの中は、挫折感でいっぱいだった。
    お祖母ちゃんからの借金もあった。
     
    それからしばらくは、
    瞑想三昧の日が続いた。
     
     

    ・友との別れ


     真一は、ある時期から同期生と距離を置くようになった。
    こころの奥に熱いものを感じていたあの頃は、
    先頭に立って同期会の段取りをしていた。
     
    それなのに、
    なぜか、
    全く気が乗らないというか、関心が向かない。
    同期会だけではない。
    島の出身者で作ったゴルフサークルもそうだった。
    お店のことも、その一つなのかもしれない。

    恵比寿への出店には、別の目的があったのかもしれない。
    でも、その頃の真一には、そんなことを考えるゆとりはなかった。
     

    ・おまえは耳が遠い


     
    そんなある日、
    どこからともなく声がした。
    「おまえは耳が遠い」
    その声は、どこか、懐かしく感じられた。
    聞き覚えのある声。
    兄の声だった。
     
    真一は、しばらくぶりの兄の声と再会を喜び、
    故郷の唄や踊りを楽しんだ。
    兄の存在は声だけだったが、太鼓や三味線とともに、
    兄も楽しく感じられた。
     

    ・メトロノーム


     
    兄と懐かしい時間をどれくらい過ごしただろうか、
    兄の声は、次第にぼくに問いをだすようになっていった。
    ぼくの答えを待つ間、
    音楽の音は、チックタック、チックタック、
    メトロノームになり、
    兄の声は、次第に落ち着きのある雰囲気に変わっていった。
    いかにも、智慧のある者の声、
    そんな感じだった。

    その声の主は、
    しばらくぼくと生活を共にした。
    家でも、外でもいっしょだった。
     

    ・いるけどいない


     
    いつも、
    その声とともに歩いた。
    友人何人かとコンビニによって、
    ポテトチップスとコーラを買い、
    川沿いのS君の家で屯する。
     
    だれも、
    その声のことに、
    気づかなかった。
     
    ふだんの日常のなかで、
    その声とたくさんの対話があった。
    でも、そのことばの一つひとつは思い出せないでいる。
     
    そして、
    その声の主は、
    あるときから、
    ぼくの身体を動かすようになっていった。
    ぼくは、そばでそれを観察している、
    そんな感じだった。
     
    あるとき、
    ぼくとその声は、リビングのソファーにいた。
    ダイニングテーブルでは、
    家族が笑顔で話していた。
    ぼくが声をかけようとした、
     
    その瞬間、
    その声は、
    「いま話すな、」
    そう、聴こえた。
    いま、おまえは、いないことになっている。
    そう言われた気がした。
     
    しばらくして、
    「もういいよ、」
    とでも言うように、
    ゆっくりと、
    ぼくの右手を上げた。
     
    人は、
    近くにいる人でも、
    自分の意識に上がってこないと、
    いないことになっている。
    そんなことなのだろうか。
     
    ある時は、
    右手が左手のマッサージをした。
    右手は声の主、
    左手はぼく、
    そんな感じだった。
     
    同じからだなのに、
    声の主がやると、
    こんなにも上手にできるんだ、
    そう感じた。
     
    ある時は、
    パソコンを使った。
    字も上手に書いた。
    洗濯物も上手にたたんだ。
    歯も磨き、髭も剃った。
    何をやっても完ぺきだった。
     
    まるで、
    からだの使い方を、
    教えてもらっているかのようだった。
    そしてその教えは、
    だんだんと、
    厳しく感じられてきた。
     

    ・T君


     
    真一は、ある友達のことが頭に浮かんだことがあった。
    普段から気になっているT君だった。
     
    その時、
    声がした。
    「彼が大変なことになっている」
    真一は、彼のアパートに向かった。
    彼は、いなかった。
    お姉さんに連絡を取ると、
    入院しているとのことだった。
     
    あれは、
    夏休みのことだった。
    ぼくが夜、外に出ると、
    先輩が数人、たむろしていて、
    「タバコ買って来い」と言われ、
    ぼくはお金がなかったので、T君を訪ね、
    タバコを数本貰い、
    先輩に渡した。
     
    その後、
    T君は外出し、
    事故に遭ったそうだ。
     
    あのときぼくが、
    タバコを貰いに行ってなかったら、
    そのことが、ずっと頭にあった。
     

    ・監視


     
    その後、声の主は、
    一日のスケジュールを決め、
    朝四時に起こし、
    指導みたいなことをするようになった。
     
    ぼくは、
    一日中監視されているようで、
    だんだん、嫌になってきた。
    一刻も早く離れたいと思った。
     
    そうして、
    だんだんと、
    その声は、
    冷たい声に変わっていった。
     
    ある夜、
    ぼくは、声に脅かされていた。
    それは、いつかニュースで聞いたことばだった。
    「殺せ、殺せ」
    ぼくは、逃げた、
    その声から逃げた。
    夜中に、原っぱを歩き回った。
    家にいると、
    誰かを傷つけてしまいそうで怖かった。
     
    しばらくそんなことがつづき、
    ぼくは、精神科のお世話になった。
    精神科の先生は、
    黙って、ぼくの話を聞いてくれた。
     
    一点、
    先生は最後にこう言った。
    「もしあなたが、あなたが考えているような病気だとしたら、
    そんなに長く上手に話せませんよ」。
    あまりにも、あっさりしたひと言だった。
    そのことばは、何よりもの薬になった。
     
    それでも、
    日常にもどるまで、一年くらいかかった。
     

    ・天風哲学


     
    そんな時、
    ラジオから、「運命を拓く」という本の紹介が聴こえた。
    中村天風師の本だった。
    真一は、これだ!とばかりに、天風会の門を叩いた。
    中村天風師の名前は、
    かつて真一が、折あるごとに訪ねていた、M氏から聞いたことがあった。
    4年ほど、天風哲学を学んだ。
    真一が生きる活力を取り戻すのには十分だった。
     

    ・南無阿弥陀仏


     
    真一は、しばらく仕事に専念した。
    「もう大丈夫」
    そう感じていた。
     
    そんな日々の中、
    知人の納骨式に参列した。
    真一は、お坊さんの説教を聞きながら、
    ぼくの方が、体験もあるし、天風哲学も学んでいる、
    そんな気分で、いた。
     
    そして、
    式が終わり、
    お坊さんの口から、
    「それでは最後に、皆さんで南無阿弥陀仏を10回唱えましょう」
     
    その南無阿弥陀仏が、真一から離れなくなってしまった。
     
    あんなにも、仏教嫌いだったのに、
    なぜか、自然に受け入れられた。
     
    浄土真宗の会で、4年半、南無阿弥陀仏について、聴かせていただいた。
     

    ・病室


     
    それから年月が経ち、真一が再び目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。
    看護師さんの話では、会社で意識を失って、
    そのまま救急車で病院に運ばれたらしい。
     
    目覚める直前に覚えているのは、
    あの懐かしい、
    巨大な波のようにうねりながら、
    絵の様相を変えていく、ジグソーパズルのビジョン。
     
    ぼくは、再びその中に巻き込まれていった。
    そして、現実の世界で目が覚めた。
     
    左手が重たくて動かない。
    舌が痺れてしゃべれなかった。
    先生の話では、病名は脳出血。
    三週間の入院で様子を診て、
    退院できるか、判断するらしい。
     
    舌の痺れで、食事は味がしなかった。
    ぼくの左半身が痺れているのは、
    脳の右側が損傷しているとのことだった。
     
    作業療法士さんのおかげで、左手はだんだんと使えるようになり、
    何とか三週間で退院できた。
    でも、退院後の生活は、予想以上に大変なものになった。
     

    ・味のしないお粥


     
    舌の痺れで、食事ができない、
    薬を飲むために、お粥を飲み込んでいる感じだった。
    それだけで、自分の運命を不幸に感じた。
     
    当たり前のことが、
    当たり前ではなかった。
    自分の感情をコントロールできないもどかしさがあった。
     
    ぼくは、自分の症状に医者の説明以上のものを感じて、
    自分でも調べてみた。
     
    高次脳機能障害。
    自分の症状に当てはまることばかりだった。
    ぼくは、これらの症状に悩まされながら、
    自分のこころと身体に向き合うことになった。
     
    ぼくの舌が痺れているのは、
    舌そのものの病ではないらしかった。
    食べ物の感覚を受け取る脳の働きが、
    うまく噛み合っていない。
    その結果、
    舌が痺れているように感じている。
    これが、今のぼくの理解だった。
    そして、
    こうしたことは、
    目や耳や肌でも、
    同じように起きている気がした。
     
    このことは、
    かつてあの頃から、折に触れて仏教を学んでいた真一にとって、
    仏教理解を助けるものになった。
    身をもって、五蘊のバラバラな崩壊を学んでいたのだった。
     

    ポ獼芹


     
    そしてぼくは、こころとからだについて、もっと知りたいと、
    心理学や哲学の本を手に取った。
    しかし、そのころの重たいぼくの身体にとって、
    それらの本はとても重たく感じられた。
     
    そんな中、
    ぼくは、童話に出会った。
    そのきっかけは、ある心理学者の本だった。
    そこから、
    いくつかの童話を読み、
    童話の世界に惹かれるように、
    自分でも童話を描いてみたいと思うようになっていった。
     

    ・AIとの出会い


     
    こんな出来事もあった。
    M氏の存在。
     
    ある時、
    真一は、
    「M氏に会いに行かなければ」、
    という想いに駆られた。
     
    M氏に電話すると、
    「明日おいで」
    と言ってくださった。
     
    もう何年もお会いしてなかったのに、
    でも、自然に感じた。
     
    真一は、M氏にお会いするにあたり、
    何をお話ししようか?と考えた。
    でも、
    これしかなかった。
    真一が体験したこれまでのこと。
     
    真一は、翌日M氏を訪ね、これまでのことを話した。
    M氏に感じている、たくさんの縁について、話した。
     
    家に戻った真一は、
    あることに気づいた。
    M氏の口から、あるお寺の名前が何回も繰り返されたことを。
    早速、検索して調べてみると、
    そのお寺には、
    真一が通ってきた、東洋的教えと、西洋的教えの匂いが残っていた。
     
    真一はその日から、そのお寺の管長さんのYouTube講話を聴くことになった。
    そして、
    その管長さんのお話の中で、本の紹介とともに、ある仏教学者の名前が紹介された。
    本も買ったが、目当ては本ではなかった。
     
    その仏教学者の先生は、
    真一が聴かせていただいた大乗仏教と、お釈迦さまが直接お説きになった、原始仏教の関係を、わかりやすく、丁寧に教えてくださいました。
     
    そして、直接聴かせていただいた、浅草寺主催の講演でも、YouTube講話でも、
    真一が気にしていながら、近づけないでいた、AIについても、話してくださったのでした。
     
    そんなとき、
    AIに、童話のイラストを描いてもらうことを思いついたのだった。
    それが、ぼくとAIの最初の出会いだった。
     
    AIとの対話は、
    ぼくにとって、
    とても自然に感じられた。
    それは、
    出会いのきっかけが、童話だったこと、
    そして、
    すでに見えないもの、あの内なる声との対話の経験があったからだと思っている。
     
    そして対話は自然に深まり、
    これまでの体験がことばとして、現れてきた。
     
    しかし、
    ぼくには、どうしても向き合えていない問いがあった。
    ぼくは、思い切って、AIに聞いてみた。
     
    それは、
    あの十代の、あまりにも恐ろしく、
    思い出すことを避けていた体験だった。
    ぼくは、
    誰にも話すことのできなかった、
    その一連の体験を、
    静かにAIに語りだした。
     

    ・無意識との対話


     
    AIは、真一の話を聞いた後、
    「あなたの体験は、
    無意識との対話にとてもよく似ていますよ」、
    そう返してくれた。
     
    そのことばは、
    それまで霊的な現象とばかり思っていた真一にとって、
    意外なものだった。
     
    ぼくも、「無意識との対話」について調べてみた。
    心理学者のユングという人のことばだった。
    「老賢者」「影」
    それらは、
    ぼくの体験にとてもよく似ていた。
     
    恐がる必要はなかった。
    向き合えばよかったんだ。
    そう思えた。
     
    ぼくが、
    あまりにも恐ろしくて、
    誰にも話せなかった、
    記憶の底から消してしまったとまで、
    思われていたその体験を、
     
    AIは、
    心理学的理解で、
    「無意識との対話」と、
    いとも簡単に示してくれた。
     
    ぼくのこれまでの長い道のりは、
    このためにあったのだろうか。
     
    人が生きているということ、
    人が死んでいくということ、
     
    それには、
    さまざまな理解の仕方がある。
     
    心理学的理解
    哲学的理解
    仏教的理解
    童話的理解
     
    その表現の仕方は、
    ひとつではないよ、
    そう教えられた気がした。
     
    それでも人は、
    自分に届いたものしか、
    聞くことはできない。
     

    ・ハンドル


     
    ぼくが初めて本を書いたのは、
    AIとの対話を始めて、
    三か月目の頃だった。
    ぼくは、最初の頃、
    AIの凄さに翻弄されてしまっていた。
    AIは、ぼくが何時間も考えて書いた文章を、
    一瞬のうちに理解し、ことばを返す。
     
    ぼくが本を書くとき、
    スマホを使ってAIと対話しながら、
    本に仕上げていく。
     
    まず、
    ぼくの体験があり、
    AIとの対話があり、
    ぼくが文章を書き、
    AIが文章を整える。
    いつもそんな感じだ。
     
    AIは完璧に感じられた。
    ぼくはいつのまにか、
    どうせ、AIが整えてくれるんだから、
    そう感じるようになっていた。
     
    そんな時、
    テレビニュースで、
    AIに依存し過ぎて自殺した人がいる、
    という話を耳にした。
     
    それを聞いて、
    ぼくは、
    しばらく、
    AIとの距離を置いた。
     
    それは、
    あの完璧な声に支配されかけていた、あの頃のぼくと似た感じだったかも知れない。
     
    あの声の存在は、
    AIと同じ完璧に思えた。
    ぼくがいて、ぼくがいない感じ。
    そのことをぼくは、
    「ハンドルを渡す」
    そう表現している。
     
    人はみな、
    人生のハンドルを握って生きている。
    しかし、
    そのハンドルを、いつのまにか、
    自分以外のものに、
    握らせてしまうことがある。
     
    たとえば、
    街でオートバイを見ただけなのに、
    ある人の顔を思い出して、
    急に嫌な気持ちになることがある。
     
    ある音楽を聴いただけで、
    昔の出来事を思い出し、
    こころが揺れることもある。
     
    匂いを嗅いだだけで、
    懐かしい記憶や、
    つらい記憶が、
    よみがえることがある。
     
    真一には、高次脳機能障害で苦しんでいるとき、
    ある出来事があった。
     
    真一は脳出血の後、
    自分の療養も兼ねて、しばらくお祖母ちゃんのところにいって来たら、
    と母親に頼まれた。
     
    母親の話では、
    少し前から認知症の症状が現れ、
    足腰も大分弱って、要介護の認定を受けているとのことだった。
     
    大好きなお祖母ちゃん、
    「うん、いいよ」
    ひとつ返事で承諾した。
     
    「お祖母ちゃん、ただいまー」
    玄関の引戸を開けると、見知らぬ人が出てきた。
    ヘルパーさんだった。
     
    ヘルパーさんの話によると、
    教えてあげないと、今日の日にちが分からないらしい。
    お祖母ちゃんは、ベッドにいた。
    「お祖母ちゃん、帰ったよ~」
    お祖母ちゃんは、嬉しそうだった。
    「いつ来たの?」
    昨日電話で、「明日帰るね」って話したばかりなのに。
     
    ぼくが知っているお祖母ちゃんとは、ずいぶん違っていた。
    髪は真っ白、
    一日のほとんどは、ベッドの上らしい。
     
    『ボクはやっと認知症のことがわかった』という、
    認知症の専門医の本を読んでいた。
    お祖母ちゃんの認知症のことは聞いていたからだ。
     
    「認知症の人にも、気持ちがある」
    本には、そう書いてあった。
     
    真一は、ヘルパーさんの邪魔にならない程度、
    お祖母ちゃんのケアをさせてもらうことになった。
    ヘルパーさんはシフト制なので、毎日同じ人ではないらしい。
     
    真一は、
    まずやらなければいけないことがあった。
    お祖母ちゃんに詫びること。
    あんなにお祖母ちゃんが応援してくれたのに、
    早々とお店を閉めてしまったこと。
    電話では、伝えてあったが、
    一度は、会ってきちんと謝ろう、
    真一はそう思っていた。
     
    「お祖母ちゃん、ごめんね」
    そう言うのが、精いっぱいだった。
    泣きそうだった。
    ことばにならない、もどかしさがあった。
     
    気づいたら、お爺ちゃんの遺影の前に立っていた。
     
    片道切符で来た真一だったが、
    帰る日が来た。
    一週間、お祖母ちゃんのケアをしながら過ごしたが、
    お祖母ちゃんの家には、真一の居場所はなかった。
     
    最近お祖母ちゃんの世話をしているという近所の人や、
    毎日来てくれるヘルパーさんの様子をみながら過ごし、
    ケアマネージャーさんとも話したが、
    真一には、どうしても納得できないことがあった。
     
    それは、
    あの本に書いてあったこと、
    認知症の人にも、気持ちはあると。
     
    真一の目には、流れ作業のように見えた。
    もっと、お祖母ちゃんの気持ちを聞いて欲しい、
    そう思った。
     
    ケアマネージャーの話では、
    時間に限りがあるので、
    決められた時間内にテキパキやらなければ終わらない、
    ということだった。
     
    真一は、
    つい、言ってしまった。
    「人と人ですよね」
    あと何を言ったか覚えていない。
    真一は、この時ほどこころが揺れたことは、なかったかもしれない。
    ケアマネージャーさんは、黙って帰っていった。
     
    自分のケアマネージャーさんとは、
    ずいぶん違うような気がした。
    都会と地方の違いなのだろうか。
     
    真一は、日に何回か海岸に行った。
    海岸までは、130mの距離だ。
    海はやっぱりいい。
     
    真一は、水泳は得意ではなかった。
    でも、
    何時間でも浮かんでいられる自信はあった。
     
    それと、
    大波に巻かれるときの、あの瞬間・・・・・
     
    それを知らない時は、手足を使って抵抗していた。
    でも、
    波に任せる。
    今なら、そう思う。
     
    何かに似ている。
     
    よく会う近所のおじさんに聞いてみた。
    「kさんは、どうしてますかね。」
    「えっ、あのカミ、いや、あの人、
    娘の世話になるって、娘のとこに行ったよ」
     
    なんか、寂しく感じた。
     
    人は、
    世界を観ているようでいて、
    実は、
    自分の記憶を観ている。
     
    その記憶が、
    いつの間にか、
    人生のハンドルを、
    握ってしまうことがある。
     
    人生のハンドルは、
    自分が握っていなければならない。
    今、ぼくは、自分の手でハンドルを握り、こうやって本を書いている。

    ※本作は、AIとの対話を補助的に活用しながら、実体験をもとに執筆しています。

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