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Shiny,Glory,Sunny Days #6 「皐月賞②」

    【前回】   【目次】

     抜けるような青空、春の日差しの下、わたしはここに立っている。足元の芝の感触を、軽く確かめてみた。いつもと同じようで、やっぱり違うようで……よくわからなかったので、とりあえず気にしないようにする。
     スタート時刻が近づいてくる。
     わたしはトレーナーさんから教わったことを、一つづつ丁寧に思い出していく。
     本当にたくさんのことを教えてもらった。もがき苦しんでいたわたしを、見事に救ってくれた。そのおかげで、わたしは今こうやって夢の舞台に立てている。いくら感謝してもしきれないほどの恩をもらったと思う。本当に、なんてすごい人なんだろう。
     だけどそのトレーナーさんは、ずっとずっと苦しんでいるみたいだ。
     思えば出会ったときから、トレーナーさんの目にはなにか暗いものが浮かんでいた気がする。心の奥深くにこびりついた、シミのようななにか。
     だからわたしは、トレーナーさんの心を晴らしてあげたい、と思う。それはたくさんもらった恩を返すことにもなるし、わたしの夢――「みんなを照らす、太陽みたいなウマ娘」に近づくことにもつながるはずだ。
     だけど、それは言葉を重ねるだけではかなわないだろう。トレーナーさんが悔やんでいるのは、これまで担当してきた子たちを勝たせられなかったこと。だとしたら、晴らす方法はたった一つのシンプルな答え。
     ファンファーレが鳴り響く。すぐにゲート入り、出走の時間だ。
     そう。答えはたった一つ。それを今から勝ち取ってみせる。見ててくださいトレーナーさん。わたしは、やってやりますから!

    ◇

    《さあ、ゲートが開いて、スタートが切られました!》

     18人のウマ娘たちが、一斉に飛び出す。皐月賞が始まった。始まってしまった。
     サニーのスタート。わずかに体勢を崩したか。俺は息を呑む。だがサニーはすぐに立て直す。そのまま全速力。先頭ハナを奪いにかかる。一番外から一番内へ。切れ込むように駆ける。

    《さあ、先行争いは何が行くか! 外からやっぱりサニーブライアンが行った! サニーブライアン逃げ宣言、敢然と先頭に立ちました!》

     思い切った走りに、場内の観衆から歓声が上がる。

    《その後ろにテイエムクインビー。外目をついて13番スピードロード! 1番人気メジロプライドは最後方! 最後方からレースを進めています!》

     そうだ、いいぞサニー。完璧だ――ちょっと待て。あれは。まずい!

    ◇

     全力で先頭ハナを奪え。
     トレーナーさんの教えのとおり、私はハナを目指して駆ける。17人のライバルを全てかわし、先頭に躍り出る。
     よし、上手くいった! さあ次は――。

     そう考えた私の横を、疾風のように交わしていく一人のウマ娘。

     ――え?
     一瞬見えたその子は、確かテイエムクインビーって子だ。
     どうして。彼女は別に逃げウマ娘というわけじゃなかったはず。どうしよう。あっという間にハナを奪われてしまった。どうしよう。どうしよう。
     トレーナーさん、わたしどうしたらいいんですか! トレーナーさん!

    ◇

    「ああ……GⅠの空気に当てられて掛かっちまったかな。嬢ちゃんにとっちゃあマズい展開だ」
     師匠がポツリと呟く。俺は何も言えず、ただ青い顔をして立ち尽くすだけだった。
    「こういう展開のとき、どうすりゃいいかは教えてやったのか。おい、どうなんだ」
     俺は答えられない。
    「どうなんだ」
    「……一応、伝えてはいます。でも」
    「でも、なんだ?」
     言葉が口から出てこなくなる。
    「おい」
    「……彼女は、とても素直でいい子なんです」
    「急になんだ」
    「だから、俺の教えを忠実に守ろうとする。彼女には、とにかくハナを奪いに行けと繰り返し伝えました。トレーニングもその作戦を踏まえて組み立てました」
     レースはそろそろ中間地点、よどみなく進んでいる。
    「だから、彼女の頭と体には先頭に立って逃げ粘る、そういう走りが刷り込まれているはずなんです」
     俺は下を向く。自分の声がだんだん小さくなっていくのがわかる。
    「確かに、ハナを奪えなかった場合のことも教えてはいます。だが一応伝えたという程度でしかない……彼女は、決して器用なタイプじゃない。GⅠの大舞台で、身につけた走りを急に変えることなんて――」
    「この、嘘つき野郎が!」
     師匠の突然の大声に、俺は顔を上げて師匠を見た。
    「お前さん、レース前に偉そうに言ったじゃねえか。嬢ちゃんを信じてる、ってな。なのに何だお前の今のザマは。それのどこが信じてるツラなんだよ」
     師匠にそう指摘され、俺はこの場から逃げ出したくなってしまう。
    「……そう、ですね。師匠の言うとおりです。俺は」
    「うるさい、黙って自分の担当の走りを見届けろ。最後まで全力で応援してやれ。それがトレーナーってもんだ。だいたいだな……」
     師匠はそう言って、ニヤリと笑う。
    「ほら、ちゃんと見てやれよ。嬢ちゃんのほうは、全然勝ちを諦めちゃいねえじゃねえか」
     俺は息を呑み、慌ててサニーに目をやった。俺達のいるスタンドからちょうど正反対の位置、向こう正面を駆けていくウマ娘たち。先頭は変わらずテイエムクインビー、そして2番手の位置につけるのは――。
    「……サニー!」

    ◇

    《今1200mを通過、1分13秒の平均ペース!》

     レースは中盤戦。わたしは、トレーナーさんの言葉を思い出していた。

     ――勝つために逃げるんだ。

     そうだ。わたしが逃げるのは、レースを支配するため、勝つためだ。逃げること自体が目的じゃないんだ。
     よくみなさいサニー。わたしの前を走るあの子は、勝つために逃げているわけじゃない。ウマ娘の本能――『誰よりも速く、だれよりも前へ』――を抑えきれずに、つい「逃げてしまった」んだ。だからきっと、最後まで持たない。だったら今、あの子を無理に交わす必要なんてない。
     このレース、ペースを握っているのは、支配しているのはわたしだ。さあ、トレーナーさんに教わったとおりに走ろう。2番手でいい。この位置で走り、徐々にペースを抑えスタミナを温存する。
     ほら、後ろに下がってきた。限界が来たんだ。
     かわすなら、このタイミング。そして一度かわしたならば――。

    《先頭はまた、サニーブライアンに変わっている!》

     ――二度と、先頭はゆずらない!

    《その後ろに13番のスピードロード! さあ、外の方からは5番の、サツマサバスも上がってきた! そして、そしてメジロプライドも外目をついた! フリーストロームも来ている!》

     最終コーナーが迫ってくる。

    《さあ、最終コーナーを曲がって、最後の直線に入る! 先頭はまだサニーブライアン!》

     ここから私がやるべきことは、たった一つ。わたしは一瞬だけ目をつぶる。暗闇の中に、トレーナーさんの顔が浮かぶ。
     その瞬間、わたしの中でスイッチが入る。
    「後ろを気にせず――」
     目を開ける。直線の彼方、ゴール地点が見える。スタミナは十分。
     右足、思い切り踏み込んで。
    「――全てを出し切れ!」
     駆ける!

    ◇

    《サニーブライアン先頭! まだ3バ身のリードがある!》

     大観衆の歓声に、中山レース場が揺れていた。サニーは先頭で最終直線に突入、スパートをかけた。それを追う他の子たちも、続々と直線に入ってくる。最後の勝負。ここまで脚をためていた後続の子たちが、その末脚を解き放っていく。大地が弾み、地鳴りのような足音が響く。サニーに続々と襲いかかる、恐るべきライバルたち。

     ――だがサニーには届かない。

     サニーはスピードを保ったまま、先頭で走り続ける。
     残り200m。
     サニーのスピードがわずかに衰え始めた。さすがに限界か。がんばれ、がんばれサニー! お前なら勝てる! 勝てるんだ!
     残り100m。
     サニーはまだ先頭――だが彼女に迫りくる影が。

    《サニーブライアンまだ先頭! マウントアカフジも来た! 外からメジロプライドも迫ってくる! 間を割ってアオノリューオー! そして!》

    「グロスライトニング!」

     グロスライトニング、あのときの子だ。桁外れのスピード――まさに稲妻ライトニングだ。集団の真ん中から、ものすごい脚で差を詰めてくる。リードがどんどんなくなっていく。そんな、嘘だろ。
    「サニー!」
     俺は力の限り叫ぶ。今の俺にはそれしか、声援を送ることしかできない。してやれない。だったらやるしかない。目を背けるな。信じろ。サニーの力を信じ切れ。
     残り、50m。グロスライトニングが、サニーに並びかける。
    「サニー! 勝て、サニー!」

     ゴール前の景色が、スローモーションと化した。
     あとほんの数歩で、ゴールを駆け抜けるはずなのに。
     その数歩が、時間にして数秒の距離が、まるで永遠のように感じられて。
     サニーが逃げる。
     グロスライトニングが迫る。
     まだか。まだなのか。
     中山の直線が、こんなに長いはずもないのに。

    まだか。

    はやく。

    お願いだ。

    ――終わってくれ!






    《――先頭はなんとサニーブライアン、逃げ切ったあ! そして2着にグロスライトニング!》

    ◇

     ゴール板を駆け抜けた瞬間、全ての力を出し切ったわたしは危うく転びそうになってしまう。なんとか踏みとどまったわたしの横を、他のウマ娘たちが追い抜いていく。

     わたしは……勝てたのかな。ゴール前はただ、無我夢中で。トレーナーさんに言われたとおり、全部を出し切って。それで、結局――。
    「おめでとう」
     不意に、だれかに声をかけられた。
    「正直、勝てると思ったんだがな。私もまだまだ甘いということか」
    「サニーはん、強かったわあ。完敗や」
    「……ライトニングさん。ソーヤさん」
    「ん? どうした。なんだその顔は」
    「いや……その……」
     わたしは、おそるおそる疑問をぶつけてみた。
    「わたし、勝ったんでしょうか」
     ライトニングさんたちは一瞬ポカンとすると、小さく笑い始めた。
    「ふふふ……よりによって、そんなことを我々に尋ねるのか」
    「ううう……スミマセン」
    「実感がわかない、というところか。ならば、あれを見るがいい」
     ライトニングさんが指をさす。その先にあるのは、着順を示す電光掲示板。そこには、「1着 18番」の表示が灯っていた。18番……じゅうはちばん!
    「ご覧のとおり、君の勝ちだな」
    「あ、ありがとう、ございます!」
     私は勢いよく両手を突き上げた。手の先には、空があった。その遙か高み、輝く太陽があった。
    「改めておめでとう、サニーブライアン。だが、次はこうはいかない。これから一月半で、私もソーヤもさらに強くなってみせよう。それに」
     そう言うと、ライトニングさんは観客席に目を向けた。そこには、獣のような顔でわたしをにらみつけてくる、一人のウマ娘。
    「ジャスティスさん……!」
    「ダービー、楽しみにしているぞ」
    「……はい!」

    皐月賞(GⅠ) 結果
    1着 サニーブライアン 2:02.0
    2着 グロスライトニング クビ差
    3着 マウントアカフジ 3/4バ身差
    4着 メジロプライド クビ差 
    5着 アオノリューオー 3/4バ身差

    【続く】

     
     
    男女問わず殴ったり蹴ったり斬ったり手からビーム的な何かを出したりとか大好きおじさんです。とりあえず逆噴射小説大賞に応募するために20年ぶりぐらいに小説書きました。書き続けられるといいなあ。ツイッター https://twitter.com/tairada

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