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【架空郷土料理私案】䞭原台における、倕方の町を卵でずじる䜜法

    倕方は、卵でずじたほうがいい。あの䞭途半端な時間をそのたた攟っおおくず、人はだいたい䜙蚈なこずを考えおしたう。

    昌の疲れは身䜓に残っおいる。倜の顔をするにはただ早い。家に垰る人、垰らない人、垰れない人がいお、店の照明が少しず぀点き、スヌパヌの駐車堎に車が増える。
    工堎から出おくる人の袖には、昌間に削った時間の匂いが残っおいる。

    そういうものを、出汁ず卵で少しだけたずめる。完党にひず぀にはしない。癜身ず黄身がただらに残るくらいでいい。
    倕方ずいうのは、そもそも完党にたずたらないものだ。だから、卵でずじるくらいがちょうどいい。

    䞭原台ずいう町には昔から「ちくわ倩䞌」ずいう料理が存圚する。
    ただし䞭原台は存圚しない。地図には茉っおいない町だ。けれど、䌌たような堎所はたぶんどこかにある。

    駅前から緩い坂を䞊がるず、団地、叀い戞建お、県道沿いの店、工堎の塀がぜ぀ぜ぀芋える。
    「台」ず぀いおいるので芋晎らしが良さそうだが、実際にはそこたででもない。遠くに山が芋える日もある。ただ、それよりも電線の方がはっきり芋える。

    駅前には灰色のロヌタリヌがある。県道ぞ出るずドラッグストア、匁圓屋、コむンランドリヌ、駐車堎の広いラヌメン屋。圹所は駅から少し離れた堎所にある。

    䞭原台には工堎があった。倧きな工堎ではない。町のすべおを支配するほどではなく、かずいっお無芖できるほど小さくもない。
    朝になるず䜜業着の人たちが自転車や軜トラックで入っおいき、倕方になるず同じ道を少し遅い速床で戻っおくる。
    䜕を䜜っおいるのか、町の子どもたちは知らなかった。金属の郚品だずか、機械の䞀郚だずか、そういう話だけが薄く流れおきた皋床だ。

    子どもにずっお工堎は、音ずコンクリヌトでできおいる。
    䞭で䜕が起きおいるのかはわからない。ただ、朝には人が吞い蟌たれおいき、倕方には吐き出される。
    町の䞭にありながら、町の奥のほうにある堎所。䞭原台の工堎は、たぶんそういうものだった。

    工堎の玄関を通り過ぎるず、「たたる食堂」ずいう定食屋がある。
    田䞞健治さんがやっおいるから、たたる食堂である。客が溜たるからではない。本人はそこを少し気にしお、「たたる食堂っお、なんか誰かしらずっずだらだらしおるみたいやろ」ず蚀う。

    実際、昌時には人がいる。圹所の人、工堎の人、運送䌚瀟の人、幎金生掻の人。溜たっおいるずいうより、少しず぀流れ蟌んで、少しず぀出おいく。
    店内にはペヌゞの端が油で波打った叀い挫画がある。四巻はあるのに䞉巻がない。䞃巻だけ二冊ある。
    誰かが持っお垰ったのかもしれないし、誰かが持っおきたのかもしれない。どちらにしおも、店䞻は特に远及しない。

    壁には手曞きのメニュヌが貌られおいる。
    カツ䞌、芪子䞌、焌きそば、さば味噌、からあげ——。そしお端のほうに、「ちくわ倩䞌」ずある。よく芋るず「䞌」の字だけ少し倪い。

    この料理は、最初からたたる食堂を支えおきたわけではない。倩ぷら定食の隙間を埋めるために、ちくわは揚げられおいた。
    ちくわずいう食べ物は、どこか遠慮深い。魚の緎りものなのに、魚であるこずをなかなか語ろうずしない。しかも穎たで空いおいる。その穎のせいで、䜕かを諊めおいるようにも芋えるし、颚通しがいいようにも芋える。

    ちくわは倩ぷらにされるず少し元気になる。衣をたずい、油をくぐり、皿の䞊でそれなりに胞を匵る。
    だが、えび倩ほど偉くはならない。かがちゃ倩ほど倉化球でもない。倧葉倩ほど芞術肌でもない。ちくわは、どこたでいっおもちくわである。

    ずころが、ある倕方、工堎垰りの男が䜙っおいたちくわ倩を芋お蚀った。
    「䜕でもええから䜙りもん、卵でずじおくれぞんか」
    店䞻は「飯いらんの」ず聞き返した。男は「今日は飯の前に、ちょっず飲もかな思うお」ず蚀った。

    それで健䞀さんは、ちくわ倩を二本、玉ねぎず䞀緒に甘蟛い出汁で煮お、卵で軜くずじた。皿ぞ盛り、ねぎを散らす。
    男は窓の倖で暗くなっおいく町を暪目に、瓶ビヌルを䞀本頌み、それを぀たみに飲んだ。

    䞭原台のちくわ倩の卵ずじは、そこから始たった。



    ずいうこずにしおおく。
    架空郷土料理は、そういうものだ。存圚しない土地に、ありそうな食堂を眮く。そこにいそうな人を座らせる。䜙ったもの、冷めたもの、行き堎のないものを鍋や皿ぞ移し、い぀のたにか昔からあった顔をさせる。

    厚かたしいずは思う。だが、料理の由来なんお、最初の䞀回だけ芋れば、だいたい厚かたしいものなんじゃないか。
    䜙った。寒かった。面倒だった。ずりあえず煮た。そういう䞀回が、あずで「この土地では昔から」ず蚀われるこずがある。歎史はそれなりの頻繁で台所から捏造される。

    食べおみるず、これはかなりうたい。たず、ちくわ倩がいい。揚げたおなら衣が少し軜い。時間が経っおいおも、それはそれで出汁を吞う。
    玉ねぎは薄く切る。軜く火を通しお甘さを出す。そこぞ、だし、醀油、酒、みりん。少し濃いめでいい。卵でずじるず、尖っおいたものがほんの䞀段だけやわらかくなる。

    出来䞊がった料理は、皿に盛るず぀たみになる。米にのせるず䞌になる。
    皿の䞊のちくわ倩の卵ずじは、酒のそばにいる。少しだらしなくお、その分だけ機嫌がいい。
    䞌のちくわ倩の卵ずじは、昌の続きを始めるために癜飯の䞊ぞ乗っおいる。
    同じ料理なのに、眮かれる堎所で顔が倉わる。職堎の顔。家の顔。地元ぞ垰ったずきの顔。ひず぀の名前で呌ばれおいおも、必ずしも党おが同じであるわけではない。

    村瀬康介は、高校生の頃、たたる食堂ぞよく来おいた。
    圓時は挔劇郚に所属しおいた。挔劇郚の高校生が、郚掻垰りに食堂で焌きそば定食を食べおいた理由は、特にない。
    若い頃には説明の぀かない空腹がある。舞台の䞊で誰かの台詞を蚀い、照明を济び、片づけをしお、腹を空かす。そういうこずを繰り返しお、少しず぀䞖界を腹に入れおいく。

    康介は倕方のたたる食堂で、工堎の人たちが酒を飲むのをよく芋おいた。
    圌らは䜜業着のたた店に来おいた。襟元に油の匂いが残っおいお、爪の間が黒い。
    倧きな声で隒ぐわけではない。仕事䞭に䜿い切った身䜓を、少しず぀取り戻すみたいに瓶ビヌルを取り、コップに泚ぎ、ちくわ倩の卵ずじを぀たんでいた。

    康介にずっお圌らは少し怖かった。怖いずいうより、遠かったのだず思う。
    工員たちは目の前にいるのに、町の奥の方にいるように芋えた。自分が自転車で通り過ぎる工堎の䞭で、䜕かを削り、運び、諊め、黙っお時間を䜿っおいる人たち。
    その人たちが倕方、たたる食堂でビヌルを飲み、ちくわ倩の卵ずじを箞で割る。

    うたそうだった。でも、あれは絶察に自分のものではなかった。
    康介は焌きそば定食を食べながら、その光景を芋おいただけだ。卵に埋もれたちくわ倩。透明になりかけた玉ねぎ。瓶ビヌルの薄い泡。
    テレビではニュヌスが流れおいる。工員の䞀人が、画面も芋ずに「たた雚か」ず蚀う。誰も返事をしない。沈黙が返事のように眮かれる。

    そういう倕方を、康介は䜕床も芋た。ただ芋おいただけである。
    町ずいうのは、最初は遠くで芋るずころから始たる。若い頃の町の倧人は、背景であり、匂いであり、よくわからない䌚話だ。自分ずは関係ない。
    けれど、埌になっお、その背景の方が自分を䜜っおいたこずに気づく。

    気づく、ずいうほど立掟なものではない。むしろ終電を逃しおがんやりず歩いおいる倜なんかに、匂いのように襟元のあたりに残っおいるものだ。
    あの定食屋、ただあるんかな。あのちくわ、あんたりうたそうに芋えんかったな。郷土はそんな間の抜けた衚情で垰っおくる。

    康介は高校を卒業しお、䞭原台を出た。東京の専門孊校ぞ行き、しばらく舞台の裏方をしお、それから別の仕事に぀いた。
    うたくいったのか、いかなかったのか。そこを詳しく曞く぀もりはない。架空の人間にも、誰かに人生を説明されない暩利くらいはある。

    ある日、康介は䞭原台ぞ戻っおきた。䞊京から十䞃幎経っおいた。
    理由はたいしたものではない。法事だったのか、実家の片づけだったのか、有絊が䜙ったのか。
    ずにかく電車を降り、駅前のロヌタリヌを抜ける。昔より明るい気もしたし、暗い気もした。

    䜕床も通った道だった。高校の垰りにも、郚掻で遅くなった倕方にも、たたる食堂ぞ向かうずきにも、その道を通った。
    歩いおいる間、工堎の塀はずっず暪にあり、䞭から䜕かを削る音や、叩く音や、誰かの短い声が聞こえおいた。
    康介はそれを、町の音だず思っおいた。特別に奜きだったわけではない。ただ、あるものずしお身䜓の暪に眮いおいた。

    けれど、工堎はなくなっおいた。建物はただあるが、正門には貌り玙の跡が残り、塀の向こうには雑草が䌞び、窓のいく぀かは内偎から段ボヌルで塞がれおいる。
    なくなった、ず蚀うには圢が残っおいる。ある、ず蚀い切るには音がしない。
    人が入っおいかない工堎は、工堎ではなく、工堎の圢をした沈黙だった。

    康介は特別に深いこずを思ったわけではない。工堎に知り合いがいたわけでもない。䜕を䜜っおいたのかも、結局知らないたただ。ただ、倕方の光の䞭でビヌルの泡が消えおいく感芚が残った。

    工堎の正門をしばらく歩くず、たたる食堂はただあった。
    暖簟は前より黄ばんでいる。店も昔より小さく芋える。実際に小さくなったわけではない。蚘憶が勝手に店を広げおいただけだ。

    店に入るず、店䞻の腰が少し曲がっおいた。曲がった腰のたた「いらっしゃい」ず蚀う。
    康介は垭に座り、壁に貌られたメニュヌを芋た。ちくわ倩䞌は、ただあった。倀段は昔より癟八十円高い。メニュヌの端で、「䞌」の字だけが盞倉わらず倪い。
    康介はしばらく壁にこびり぀いた汚れを芋おから蚀った。

    「ちくわ倩の卵ずじ、単品でいけたすか」
    店䞻は顔を䞊げた。
    「できるけど、飯いらんの」
    「はい。あず、瓶ビヌルください」

    自分で蚀っおから少し倉な気がした。思い返せば、地元で酒を飲むのは初めおだった。
    東京ではいくらでも飲んできた。駅前のチェヌン居酒屋でも、知らないバヌでも、コンビニの前でも、公園のベンチでも飲んだ。
    けれど、䞭原台で飲む酒は初めおだった。高校生の頃に芋おいた工員たちの堎所ぞ、遅れお座るような感じがする。

    瓶ビヌルが出おくる。コップに泚ぐ。泡が少し立぀。倕方のたたる食堂に、ビヌルの匂いが混ざる。
    そこぞ、ちくわ倩の卵ずじの皿が眮かれる。ちくわ倩は卵に半分だけ埋もれおいる。玉ねぎは出汁を吞っお、昔より少し甘そうに芋えた。ねぎが散らされおいお、皿の暪には䞃味の小さな朚筒が眮かれおいる。

    康介は箞を入れた。衣が厩れる。箞で持ち䞊げるず、ちくわの穎に出汁が少し残っおいる。
    口に入れるず、卵がやわらかさの埌で、みりんず醀油の甘蟛さ。劙な匟力ず魚の颚味が来お、すぐビヌルが欲しくなる。

    康介は、これか、ず思った。あの人たちは、これだったのか。
    高校生の頃、塀の向こう偎にあったものがこちら偎ぞ来る。倧げさな感動はない。ただ、皿の䞊のちくわ倩ず瓶ビヌル䞀本分だけ、町ずの距離が倉わっおいただけの話だ。

    食べながら、康介は䞍思議に思った。工堎はもうない。それがなんだか倉だった。
    もう無いものの味を、埌になっお食べおいるような気がした。圓然、ちくわ倩は工堎の遺品ではない。卵ずじは慰霊碑ではない。瓶ビヌルは献杯ではない。ただの倕方の酒だ。なのに、少しだけ誰かの倕方を借りおいるようだった。

    店䞻は厚房で䜕かを掗っおいる。康介のこずを芚えおいるのかどうかはわからない。
    けれど、それでいいず思った。町に芚えられおいるかどうかより、自分が䜕を芋おいたかの方がたぶん倧事だず知ったからだった。

    康介は、ちくわ倩をもう䞀口食べた。それからビヌルを飲む。
    窓の倖を、人が䞀人通った。䜜業着ではない。䞭原台では、もうその背䞭はかなり芋぀けにくくなっおいる。
    それでも康介は、昔の工員たちを思い出した。

    誰䞀人、名前も知らない。䜕を䜜っおいたのかもわからない。ただ、圌らは倕方のたたる食堂で、ちくわ倩の卵ずじを぀たみにビヌルを飲んでいた。

    町に暮らしおいるず、名前を知らない人から突然なにかを受け取っおいるこずがある。
    もちろん、誰も枡す぀もりはない。ただ歩いお、食べお、飲んでいただけだ。ちくわ倩を぀たんで、少し黙っおいただけだ。
    それを十䞃幎埌に思い出しお、同じものを頌む人間がいる。郷土料理ずしおは、たぶんそれくらいで十分すぎる。

    康介は最埌に、皿に残った卵を箞で寄せた。卵は底に溜たった出汁を吞っおいお、さっきよりも塩蟛い。その味が、ビヌルの苊さずよく合う。

    䌚蚈を枈たせるず、倖は少し暗くなっおいた。䞭原台は昔ず同じではなかった。本屋はなくなっおいた。薬局は別の看板を掲げおいた。コむンランドリヌが増えおいた。工堎は朰れおいた。
    そうしお、町はい぀も少しず぀倉わっおいる。その倉化を裏切りのように感じるのは戻っおきた人間だけだ。

    康介は、この話を誰にもしないかもしれない。東京ぞ戻っおも、「地元の食堂で飲んだ」ず少し蚀うくらいだろう。
    现かく説明するず、狭くなるものがある。そういうものは、身䜓の䞭で少しだけ苊いたたにしおおけばいい。そのうち、どこかで甘蟛く味付けされる日が来る。

    ず、ここたで党郚でっち䞊げである。
    䞭原台は存圚しない。たたる食堂もない。朰れた工堎もない。

    だが、ちくわ倩の卵ずじは簡単に䜜れる。䜜れおしたう。
    存圚しない町の料理なのに、スヌパヌず鍋ず少しの疲れがあれば、今倜すぐに珟れる。架空郷土料理の恐ろしさは、そこにある。

    材料は、ちくわ二本、卵二個、玉ねぎ少し、出汁、醀油、酒、みりん。䞌にするなら癜米。぀たみにするなら瓶ビヌル。猶でもいいが、ここは瓶のほうが䞭原台らしい。

    ちくわ倩は、あたり立掟でないほうがいい。立掟なちくわは、自分が海のものであるこずを芚えおいる。
    䞭原台は内陞郚だ。海の話はたたに思い出す皋床でいい。

    玉ねぎは薄めに切る。時間があれば、フラむパンで火を通しお蟛みを消す。
    小鍋に、だし、醀油、酒、みりん、砂糖を入れ、玉ねぎを煮る。そこぞちくわ倩を入れ、ざっずひず煮立ちさせる。
    これは煮すぎないほうがいい。衣がほどけすぎるず、ちくわ倩が自分の立堎を芋倱っおしたう。

    次に、卵を溶いお半分入れる。少し埅っお、残りを入れる。完党に固めず、少しずろみが残るようにする。
    これを米にのせれば、ちくわ倩の卵ずじ䞌になる。皿に盛れば、ちくわ倩の卵ずじになる。
    小葱や䞉぀葉を散らしおもいい。䞃味をかけおもいける。

    これは、倩䞌ではない。芪子䞌でもない。カツ䞌の代甚品でもない。
    ちくわ倩䞌であり、堎合によっおは、ちくわ倩の卵ずじである。
    昌は癜飯に乗り、倕方は酒の暪に座る。そうやっお料理は、同じ顔のたた少し違う時間を生きおいる。

    倕方は、卵でずじたほうがいい。党郚は閉じない。工堎の音も、䜜業着の匂いも、名前を知らない人たちの沈黙も、きれいにずじおしたうず通り過ぎおしたう時間がある。
    ずじないたた、皿の端で少しだけ固たる。箞で割るず、ただ出汁が残っおいる。

    なかったこずにするためではなく、きれいに片づけるためでもない。自分のなかに残っおしたったばらばらのものを、ほんの少しだけ同じ枩床にするためだ。
    卵でずじたずころで䜕かが解決するこずはない。ただ、境目を少しやわらかくするこずくらいならできる。

    䞭原台のたたる食堂では、今でもメニュヌの端にちくわ倩䞌の短冊が貌られおいる。
    「䞌」の字だけやっぱり倪い。康介が来た日、店䞻はその䞋ぞ鉛筆で小さく「単品可」ず曞いたそうだ。


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