
自伝的小説「夢のおわり」⑪起死回生への想い、そして夢の舞台へ・・・
2000年 秋
街では慎吾ママの「おっはー」が飛び交い、シドニーオリンピックのマラソンで高橋尚子選手がオリンピック新記録で金メダル獲得し、サッカーの五輪代表も高視聴率を叩き出し、世間が浮き足立っていた頃、僕らだけは劇場で足踏みし、状況は変わらなかった。
相変わらずネタ作りに追われ
仕事も全く増えない。
演出家からの厳しいダメ出しが続く・・・
入れ替え戦で二位を取りレギュラーに返り咲いたことがウソのようにレギュラーライブで笑いが取れない。
ライブに来てくれたお客さんのアンケートには
「またそれ?」
と書かれ
同じ様なタイプのネタは三度と出来なかった。
だから、毎回全く新しいタイプのネタを考えなくてはいけなかった。
漫才はパターンが出来ればそれがコンビの個性となり定着するが、
コントはワンパターンと呼ばれてしまう。
何度不公平だと思ったことか・・・
昨今のテレビ番組では好評だった設定やキャラクターは何度も繰り返し使われる。
毎回、毎回、同じキャラクター。
仮に女装のキャラクターがウケたら、それこそずっと女装で出演することを強いられる。
僕の同期にあるコンビがいる。
そのコンビは『モテない男性が女性の思わせぶりな態度に恋をする』といったコントを得意としていて、それがある人気ネタ番組で好評になり、女性役をしていた方は別の番組でも毎回女装で出演するようになった。
彼に会った時、こんな事を言っていた。
「一応、普通の服装と女装二パターン用意していくんやけど、こっち(女装)を着てくれって言われる」と
イメージがある。
多くの芸人がいる中でその芸人と言えば=何々というイメージがあるというのはある種強みである。現にそのイメージで番組にも呼ばれる。
しかし、問題もある。
漫才はまだその人自身のキャラクターとして成り立つが、コントの場合はそのキャラクターはあくまで一コントの中のキャラクターであり、作ったキャラである。
トーク番組でそれを要求されても正直しんどい。
でも否が応にもそれを強いられ立場の弱い若手芸人はそれを断れない。
これは非常に怖い事だと思う。
当時も、僕らと同じ月にレギュラーに昇格した後輩コンビが、ある関西の深夜のネタ番組で軽快なリズムであるあるネタを発表するネタを披露して好評になった。
そして、それは東京の番組でもウケて毎回番組で求められやっていたのだが、それを大阪に戻って劇場でやると全くウケないという現象が起きた。
テレビは不特定多数の人が観るのである程度同じ事を何回もやっても毎回初見の人がいるし、子供から大人まで幅広い層が観ている。
また、子供は気に入ると同じフレーズを何回も繰り返すので人気が出やすい。
しかし、劇場はわざわざお金を払って、しかも見たい人しか見に来ない。
当たり前の事だが、同じ物は見たくない。
ましてテレビで観たことあるネタなど観たくないものである(常に新しいものを求める為)
もし、テレビでそれがウケなくなったら最後。
帰る所はどこにもないって事になりかねない。
番組は人気がなくなったら使わなければ済むが、当の本人は行き場をなくして路頭に迷う。まさに使い捨てだ。
当時のお笑いブームによって何人もの後輩が使い捨てられた。
テレビとは怖い世界だ。
だから常に新しい事を考えたり、挑戦したりしなければいけない。
見る人を飽きさせない為に
そして僕らは来る日も来る日も考えた。
新しいパターンのネタ
新しいパターンのネタ・・・
浮かばない。
そして、その迷宮から脱出することが出来ず・・・
僕らはせっかく復帰できたその舞台から半年ももたずにまた降格した。
どうすればいいのか分からない。
時間だけが過ぎていく。
ネタが作れない。
そんな自分が情けなかった。
周りのレギュラーメンバーのコンビたちが
みんな面白く見えた。
現にライブでも爆笑を取り
着実に仕事を増やしていた。
レギュラーに昇格する前の
負ける気がしなかった
あの自信は完全に消えていた。
跡形もなく
痕跡さえも残っていなかった。
あの時掲げた目標
『半年後にレギュラーに昇格し、一年後に東京に出る。』
・・・あれから一年が経とうとしていた。
現実は・・・
そんな事・・・
とても言い出せる状況ではなかった。
言えるわけがなかった。
そんな時だった
マネージャーさんから連絡があったのは。
「来月、賞レースの予選会があるからそれに出てもらうのでネタ持ってきて」
それは僕らが憧れていた成人式に行う
『あの賞レース』だった。
それは会社内でも非常に力を入れている賞レースで
「予選会でするネタを事前に確認するネタ見せをする」と言うのだ。
僕らはこれに賭けた。
賭けるしかなかった。
そこで
どのネタをするのか二人で必死に話し合った。
何度も何度も話し合った。
しかし、何度話しても結論は出なかった。
すっかり自信を無くしていた僕らは何が面白くて、何が面白くないのか分からなくなっていたのだ。
僕らは散々考えた挙句いくつかの候補を挙げ
相談することにした。
『あの人に』
あの僕らの事を「客にケツの穴を見せてるようなもんだ」と言い放ち
「三分でいいから面白い事してくれ」と言い放った
『あの演出家に』
僕らは恐る恐る、聞いた。
「今度の予選会、このネタをしようと思ってるんですけど・・・どう思いますか?」
それは『すれ違いネタ』だった。
すると
「ええんちゃうか。そのネタよう出来てるし受かるかもしれへんで」
意外なセリフに驚いた。
この人の口からそんな事言われるなんて・・・
僕らの事虫ケラだと思ってると思っていた。
そうではなかった。
悲観的にしか考えられなかった
自分たちが馬鹿だった。
僕らの事、この人はちゃんと見てくれてたんだ。
「この人がそう言うんだったら、これでいこう!」そう思った。
そして、
会議室に呼ばれそこでネタ見せが行われた。
ネタを見ていたのは、この若手の劇場の支配人さんと僕らが通っていた養成所の構成作家さん。
この構成作家さんは
養成所時代、僕らの名前すら覚えてくれなかった人だった。
二人の威圧感に一瞬ためらったが
僕らは用意したそのネタを力いっぱい披露した。
反応は・・・
まずまずといったところだったが、最後に支配人さんに意外な言葉をかけられた
「あのネタは?小学生のプールのネタ。あれ面白くって私好きだけどなぁ」
僕らと支配人さんとは、ほとんど面識はなかった。
にもかかわらず、その支配人さんが僕らの事を知っていて、
しかも面白いと思ってくれていた。
驚いた。
面白くないんじゃないかと自信を無くしていた僕らに一筋の光が見えたような気がした。
しかし問題が起こった。
演出家と意見が違う。
その事を演出家に報告した。すると
「周りは勢いのあるネタばかりで攻めてくるから逆にそのネタみたいな一歩引いた感じが目立つかなと思ったんやけどな」
確かに僕らのネタはいわゆる「はい、どうも!」で始まるような元気さはない。
どちらかと言うと受け身。
その為にお客さんを純粋にネタに引き込む必要があった。
これは非常に難しい事だった。
まして僕らの事を全く知らないお客さんの前では
聞いてもらうのでさえ困難になる。
会場に入っているお客さんは一般公募で集まった人たち。
当然僕らの事などほとんどの人が知らない。
これは大きな賭けだった。
しかし、失う物など何もない僕らにとって
初めから安パイなど何もない。
みんなと同じ空気では駄目だ。
やってみる価値はある。
僕らは勝負に出る事にした。
僕らをずっと見てくれていた演出家を信じ
そしてなにより、
今まで努力してきた自分たちを信じて。
出番が無い分僕らは毎日稽古に明け暮れた。
何度も何度も繰り返し稽古を重ねた。
余分な部分をそぎ落とし、
テンポを上げ、
勢いがない分、
それをリアクションや動きでカバーする事にした。
一回通すごとに話し合い、修正を繰り返した。
そして
予選会前夜。
明日は大事な予選会という事で早々に稽古を切り上げ明日に備える。
つもりだった・・・。
僕は落ち着かなかった。
いろんなものが妙に気になる。
それは、まるでテスト勉強をしようとすると急に普段しない部屋の掃除がしたくなる。学生のそれと似ていた。
僕は普段乗っているバイクの整備が無性にしたくなった。
なぜ今?
明日は大事な予選会。
だけど気になる・・・
時計を見て、少しだけ、少しだけしよう。
結局
一度いじりだしたら収集がつかなくなり
僕は朝までバイクをいじっていた。
そのまま会場入りした僕は
寝ていないのにも関わらず緊張のせいか全く眠たくなかった。
緊張感のある控え室。
70組近いコンビが集まっていた。
結成5年未満のコンビたち。
この予選会は誰でも受けれるわけじゃない、
受けれるのは事務所に認められた強者たちだけ。
他の事務所の芸人たちと一緒になるのも
初めてだった。
控え室に会場の様子が映し出されたモニターがあり、それを食い入るように見つめるコンビたち。
モニターから笑い声が聞こえる度に控え室には緊張が走る。
全てがライバル。
みんなが敵同士。
みんな真剣な眼差しで、
笑っている者など誰もいない。
控え室のあちこちでネタ合わせが行われている。
口には出さないが、みな一様に心の中では
『スベれ、スベれ』
と唱えていた。
心臓が爆発して飛び出しそうな緊張の中
僕らの出番がやってきた。
僕らのネタは出足が肝心だった。
状況説明という野暮な事はしないで会話で設定と今から起こる展開の前フリを伝えなければならない。
出足でつまずくと、そのまま終わりまでなんの引っかかりもなく最後まで行ってしまう危険性がある。
逆に出足に食いつきがあれば、後は芋づる式に笑いが起こる爆発力がある。
案の定、
ほとんどのお客さんが僕らの事を初めて見る人たちだった。
歓声など起こらない。
静まり返る会場。
怖い。
お客さんの突き刺さるような目線が怖かった。
足がすくむ。
舞台上にコントのセッティングをしながら
「食いつけ、食いつけ…」
と何度も口の中でつぶやいた。
そして
ネタが始まる。
それは短くて長い5分間の戦いだった。
緊張で頭の中が真っ白になりそうだった。
「ははははっ」
笑い声。
笑い声が聞こえる。
「食いついた!」
「よし、いける!」
僕らの想いを乗せたネタ
来る日も来る日もネタ合わせを繰り返した
同期にバカにされながらも止めなかった
ネタ作りに追われ
罵倒され
それでも考え続けたネタ
出る場を失った
俺たちに残された道はもうこれしかない
絶対に勝ち上がる
その全ての想いを乗せたネタ。
無我夢中で演じ続ける僕たち。
笑い声で答えてくれるお客さんたち
あっという間だった。
ネタ中緊張でずっと足が震えていた。
何度も声が震えた。
しかしやれる事は全てやった。
後は結果を待つのみ。
全てのネタが終わり
審査員たちが審査をするために別室に移る。
緊張に包まれている控え室。
結果が出るのを静かに待つ芸人たち。
その間、約30分。
こんなにも長く感じた30分はなかった。
時計を見る。
まだ3分も経っていない。
誰一人として会話をしていなかった。
何度も時計を確認する。
進まない時間。
・・・
・・・。
そして・・・
僕たちはスタッフに誘導され舞台上に上がった。
一段と静まり返る舞台上と客席。
「お待たせしました。結果が出た模様です」
司会のアナウンサーがこう告げると会場が異様な空気に包まれた。
審査委員長が舞台上に呼び込まれる。
その手には結果の書いた二つ折りのボードが握られている。
「それでは・・・」
緊張でキーンと張り詰める空気。
「結果の方発表したいと思います」
舞台上は暗くなり
ドラムロールが流れる。
『ドロロロロロロ…』
ムービングライトが回る。
「まず一組目はエントリーナンバー・・・」
「うおおおお」
「二組目、エントリーナンバー・・・」
「うおおおお」
「三組目・・・」
「うおおおお」
名前が呼ばれる度に沸き起こる大歓声。
そして
大歓声に混ざって
聞こえた。
呼ばれた。
僕らの名前が
「うおおおおおおおおおっー」
夢にまで見た大舞台に
憧れでしかなかった大舞台に
ついに
ついに・・・
僕らは立つことになった。
生まれてきて
これ程までに嬉しいかったことはなかった。
鳴り止まない歓声。
僕はその喜びの余韻に浸りながら客席を見渡しふと隣にいる相方を見た。
その眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。
僕はそれを見て胸が熱くなった。
21世紀を目前に控えた12月の事だった。
(つづく)
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