
この季節になると思い出す「アゲハロード」
新緑がまぶしい季節になった。
わが家の庭では、10年目にしてはじめて柚子の花が咲いた。
今年こそ実をつけてくれるだろうか。
甘くさわやかな柑橘類の花の香りをかぐと、思い出すことがある。
昔働いていた会社で、突然「アゲハロード」なる企画が立ち上がったのだ。
当時のオフィスには中庭があった。
そこをアゲハ蝶の舞う美しい場所にするという計画だ。
さっそくたくさんの柑橘類の植木鉢が運ばれてきた。
どのように集めたのか謎だが、しばらくするとアゲハ蝶の幼虫がたくさんついていた。
食欲旺盛な幼虫たちは、毎日せっせと葉っぱを食べ続けていた。
まさに「はらぺこあおむし」である。
青々とした葉は食い荒らされ、どの木もあっという間に丸裸になっていく。
荒れ果てたその様子は痛々しく、目に入るたびに気が滅入るほどだった。
幼虫たちは、中庭の暴君とさえ表現してもよかった。
窓越しでもバリバリという咀嚼音が聞こえてきそうな勢いだった。
人間たちはその食欲に圧倒され、木々からそっと目をそらしていた。
アゲハロードの企画者も、木がここまで痛々しい姿になるとは想像していなかっただろう。
なんとなく、全社員の間には「この計画、失敗じゃない…?」という空気が流れ始めていた。
でも、アゲハ蝶が生まれるまでの辛抱だ。
もう少ししたら中庭はアゲハ蝶が舞う、優雅な場所に変わるはずだ。
全社員がそう自分に言い聞かせていただろう。
やがて幼虫たちはサナギへと姿を変えていく。
中庭には、しばしの静寂が訪れた。
ある週明けのことだ。
一通のメールが全社員に送られてきた。
「この週末、蝶たちが羽化したようです。蝶たちはみんな元気に飛び立っていきました」
おそらく、全社員がズコーっとなったはずだ。
あっ…。
そうだよね。
飛んでいくよね、そりゃあ。蝶だもん。
目の前に広い空が広がっているのに、社員の目を楽しませるためだけにわざわざ中庭に留まる義理はない。
おそらく、この企画の担当者は(そして、企画を聞いた全員は)多摩動物園の昆虫生態園みたいなイメージをしていたのだろう。
ビニールハウスでおおわれていれば、たしかに蝶はその場で美しく舞うはずだ。
けれど、残念ながら中庭には屋根がなかった。
残されたのは、食い荒らされ、無残にも枯れはてた柑橘類の木々だけだった。
この企画を立ち上げ、「蝶が飛び立った」メールを全社員一括メールした人は、どんな思いだったんだろう。
それが自分じゃなくてよかった…と、今でも安堵のため息がでる。
うちの庭にも、アゲハ蝶が舞い降りる。
でもそうなのだ。
自由に飛び回るからこそ、蝶は優雅なのだ。