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お父さん、ごめん。そこから始まったわたしの脳内会議。


    朝からやる気満々の日がありました。
    あれをやってこれをやって、あぁしてこうして。
    来週にはこれがあるから、あれでこれで。
    溜まっている仕事もあるからそれもやらないと。

    そんな気持ちで朝からフル回転!

    そして、もうひとつ。
    父に教えて欲しいと頼まれていたことがあり、父に何かを頼んでもらうことはこれまで生きていてそうないことなので、さらにやる気満々で父との時間に臨んだわけです。

    最初は順調に進み、父も楽しそうで、わたしも嬉しくて。
    いい時間を過ごせていたのですが。
    わたしの大きなミスにより、父のパソコンが使えない状態に。

    今日はもうだめだ、、の空気。

    謝るわたし。
    怒れない父。
    次を探るわたし。
    諦めない父。
    無言のふたり。

    「今日はもうここまでかー」

    父のひとことで、終わりが確定しました。

    謝るしかないわたし。
    残念そうな父。

    じゃあ、また、、

    解散しました。

    こういう話を聞いた時、きっとみなさま言ってくださるでしょう。
    「仕方ないよ、それは」
    「わざとじゃないから自分を責めないで」
    「その日はそこまでってことだったんだよ!」
    「親子で過ごす次の機会がまたあるってことだから、逆によかったかもよ」
    などなど。

    こんな時のために、優しい言葉たちがあるわけです。
    きっとわたしも、誰かの失敗エピソードを聞いた時にはなにかポジティブな言葉を渡さないと、なんて考えてしまいます。

    でも、自分ごとだとそうはいかない。

    わたしの心はずしん、、
    もうなにも手につかないほど、、ずしん、、

    なぜ、こんなに落ち込んだのか?
    そこを整理する必要があると思いました。
    自分を落ち着かせるために、わたしがひとつずつ整理したことを、ここにだだだっと書いてみます。

    ①責任感が強く働いた
    父に「教える側」という経験があまりなく、役に立ちたい気持ちが120%超えで望む時間。
    人は自分が責任を負っている立場だと感じるほど、予想外のトラブルを「自分の責任だったかもしれない」と受け止めやすくなることが知られているという話を聞いたことがあります。
    まさに。
    ただ、父から期待されているわけでもなく、責任なんて言葉は父の中に全くなかったほどの時間。
    わたしが勝手に背負った責任。
    実際の責任の大きさと、自分が感じる責任の大きさは一致しないことがあるのだということです。

    ②止まらないもしも
    反実仮想という言葉を聞いて、どきっとしたことがあります。
    反実仮想とは、起きなかった未来を何度も思い浮かべる心の動きをいうそうです。もしも、が止まらないあれです。

    あのときあれをしなければ...
    わたしが教えなければ…
    もっとこうしておけば…

    「もしも」が次々浮かんでしまいます。

    これは脳が失敗から学ぼうとしている正常な働きだということは過去に学んでいたはずのわたし。
    その考えを否定したり、悪いことだと思うのはやめようと学んでいたはずのわたし。
    でも、反実仮想が強くなりすぎると心を消耗させることを知りました。

    ③未解決という不安
    父のパソコンがどうなるかわからない状態で終わってしまったこと。人は、結末がわからない状態は不安になりますよね。
    ゆえに、最悪の事態を考えてしまう。

    ④楽しい時間からのあの空気
    父との時間が"楽しみ楽しみるんるんるん"ってわけではないのですが。(楽しみじゃないわけでもないのですよもちろん)(父が傷つきませんように)
    ただ、父とは基本的に盆正月しか会えないので、こんなふうに会えること、目的があって頼ってもらえて会えることがとても嬉しく楽しい時間でした。
    それが突然、悲しい終わりを迎えてしまいました。(大袈裟に聞こえるかもしれませんが間違いなく悲しい終わりだったのです)

    こういったことは生きている中でいつなんどきも感じることですが、最後の記憶ってすごくよく残りますよね。
    楽しかった前半より最後のショックが強く残りやすいという人間の性質がずしんときたようです。

    ⑤自分自身の性格
    わたしはどちらかというと「理由や理屈が分かると整理しやすい」タイプです。
    それは「原因を見つければ安心できる」ということにも繋がります。
    でも今回は、原因は分かっても結果がまだ分からない。だから頭の中だけが回り続けるという現象となっていたようです。
    すぱっと切り替えることできるかできないのは、心が強い弱いということではなく、考え方や性格なんだと気づけたことがいちばん安心できるところだったかもしれません。

    心の問題はすぐにどうこうできないかもしれないけど、考え方や性格の切り替えスイッチは探せば見つかる気がします。


    ここまでまとまって、ひとつひとつになんとなく答えも出たところで。
    いちばん大事なことは「じゃあ、どうする?」です。

    まず、わたしがいちばん意識したことは
    「気持ちを消そう」としないこと。

    頭の中でぐるぐる考えが回っている時は「まだ危険が終わっていない」と判断しているような状態なので、無理に「元気にならなきゃ」とすると逆に苦しくなることをわたしはここまで生きてきて強く感じました。

    今の気持ちを否定しないこと。
    なかったことにしないこと。

    これです!

    そのあとは「今できること」を考えます。
    今日、父に伝えられたこと。次に伝えることを整理するとか。
    父にあとで連絡して、大丈夫だったか確認するとか。
    美味しいチョコレートを食べるとか。
    好きなハーブティーを飲むとか。

    そういうことです。

    「まだ危険が終わっていない」と判断しているような状態であるならなおのこと。
    「今は安全な場所にいる」と自分で自分に伝える時間を少し作るだけでも意味があるのです。

    そうやって、クレヨンしんちゃんの映画を観ながらソイラテを飲んだりしていたら
    父から「直りました」と連絡が。

    ---完---





    書きながら整理していたら、父から連絡がきてこの話は完結となったわけですが..
    この日は、いろんな感情とともに頭をたくさん使う一日でした。
    あとから、父もかなり頑張って直してくれたのだと知りました。ありがとう、父。

    でも、正直なことを書くと。
    父には申し訳ないけど、父でよかった。
    これが、他人様のパソコンだったら、、仕事関係のパソコンだったら、、考えただけで怖い。

    誰かに何かを教える時、自分ができること、経験したことをお伝えすると思いますが。
    パソコン関係は、機械系は、使っているものが違ったり、ネットを通せばいろんなことが起こる。

    そんな、学び多い日となりました。


    失敗したことを責める大人になりたくない。
    間違いを責め立てる大人になりたくない。
    きっと、誰もがそう。

    失敗をしてしまった時に、謝罪したり反省したり、それは何よりも大事なこと。
    相手様への対応が第一です。

    そして、もうひとつ。
    失敗した後の自分と向き合うこと。
    心の声を受け止めてあげることも大事だと思うのです。

    誰かと話して落ち着くこともあるけど、
    自分の感情を整理して頭の中を整理して、次の行動へと移せた時に、ほっとできる。

    時間がかかっても、これを繰り返して、たくさん繰り返して。
    できたら、ガッツポーズ。
    成功体験だと言い聞かせます。

    これらを整理してる時に、ずっとずっと頭の中にあった作品は「インサイド・ヘッド」です。
    ディズニー、ピクサー映画です。
    わたしはきっとこの映画と出会えたことで、脳内の整理感情の整理を意識するようになったのです。

    観たことがない方、ぜひ。!!!

    35年生きていても、まだまだ練習してることはたくさん。これからもいろんな練習をしていきながら、日々を生きていきたいです。

    人生、のびしろ!

    では、またここでこっそりお会いしましょう。🕊️
長くなりましたが最後まで読んでくださりありがとうございました、お相手は但木美孔でした。💁🏻‍♀️

     
     
    愛知県を中心に活動中☺︎ラジオパーソナリティ/MC/NAなど。チーズソムリエ/食育アドバイザー/メディカルハーブセラピスト🌿イラストや文字を書いたりもします✐クレヨンしんちゃんとちびまる子ちゃんとコジコジがすきです。 "すき"をたくさん綴る場所にしたいです。

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