
写真を撮らない心構え
皆さんはよく写真は撮るだろうか?例えば、良い景色を見た時、豪華なご飯を食べた時、人によってタイミングは様々であると思うが、写真を撮っていると思う。
写真を撮る意味はなんだろうか?私は「写真」と言うものを今一度考えた。
そもそも、私は写真を、景色、食事、動物などに向けてきた。ただ、撮った写真を見る事はほとんど無い。あったとしても、自分の目で見た以上の景色はそこには無いし、良い匂いもしては来ない。目の前に広がる広大な自然、素晴らしい食事、愛らしい動物をデジタル画像にし、SNSに流す。きっと私の中ではこのSNSに流すまでが「写真を撮る」という事だったのだろう。結局のところ、ただ自慢がしたかったに過ぎない。
なぜこんな事を思うのかといえば、私はSNSを全て絶っている。すると、写真を全く撮らなくなる。以前なら写真を撮っていたであろう景色を目にしても、写真を撮ろうと思う事も無くなった。
この「写真を撮ろう」と思わなくなった事により、私は思いがけないメリットを享受出来ていると感じている。例えば、海に落ちる夕日を見たたき、目の前の美しい自然への没入感とでもいうのだろうか、集中力がまるで違う。美味しい食事をした時も同様だ。頭の中では前向きな言葉が流れ、多くの良い未来をイメージできる。きっとそれは、良い景色を見て「写真を撮ろう」と思う事によって中断されていた、自分本来の思考、想像なのだと思う。
「写真は空間を切り取る」などと言われているが、写真を生業にしている人以外で、不執拗に写真を撮る意味は無いだろう。被写体が人間だとしても、写真を撮っていると気づかれた瞬間、もうそれは自然体では無い。
写真を撮った先にあるのが、年に一度も会わないフォロワー達に向けた自慢であるなら、もっと目の前の素晴らしい現実に集中した方が、有意義な時間になるはずだ。