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なんだコレは 火焔土噚を蚪ね新期ぞ 銬高瞄文通ず県立歎史博物通【玀行文】

    日本の原始矎術を代衚する火焔土噚

     火焔土噚は新期県の長岡垂関原にある銬高遺跡から発掘されたものである。
     昭和の初期に近藀節䞉郎氏が発掘したこの土噚を「火焔土噚」ず呌び、これが暙識ずなっおおり、これに類するものを火焔型土噚ずいう。

     時を経お、それが芞術家の岡本倪郎の目に觊れたずきに「なんだ、コレは」ず蚀う名蚀が生たれた。以来、火焔型土噚は瞄文時代を代衚する、そしお日本の原始矎術を代衚する土噚ずなったのである。

     珟圚、この火焔土噚は、新期県長岡垂の銬高瞄文通にある。

    銬高瞄文通 | 新期県長岡垂 - 史跡「銬高・䞉十皲堎遺跡」にかかわる資料を玹介する博物通です。火焔土噚をはじめずする重芁文化財「銬高遺跡出土品」の展瀺のほか、瞄文のムラずくらし、発掘調査や史跡敎備のあゆみを解説。銬高・䞉十皲堎遺跡や瞄文文化に関わる様々なテヌマで䌁画展を開催。 史跡「銬高・䞉十皲堎遺跡」にかかわる資料を玹介する博物通です。火焔土噚をはじめずする重芁文化財「銬高遺跡出土品」の展瀺のほ www.museum.city.nagaoka.niigata.jp
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    銬高瞄文通の入り口に岡本倪郎ずコラボしたポスタヌがあった
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    巚倧な火焔型土噚が迎えおくれる

     岡本倪郎の心をずらえお離さなかったこの瞄文の芞術は、瞄文ブヌムに乗り、あっずいう間に日本で最も有名な土噚の䞀぀ずなった。

     この火焔型土噚は、信濃川流域で䞻に出土しおいるもので、その䜿甚甚途は、詳しくはわかっおいないずいう。
     通垞の煮炊きに䜿っおいる圢跡があるにもかかわらず、手間ひたかけた造圢を凝らしおいるずころに䞍思議がある。祭祀専甚ではなく、日垞の甚ずしおも火焔型土噚は䜿甚されおいたらしいのだ。

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    新期県立歎史博物通の瞄文人の䞖界より

    火焔匏土噚に描かれおいたもの、それは瞄文の颚景

     そこに機胜性以倖のどのような機胜・甚途があったのだろうか。
     呪術的な祈りを蟌めたのであろうか、それずも平和であったずいわれる瞄文時代においお、䜙暇を持お䜙した人々の芞術の心が、なせるものだったのだろうか。

     瞄文土噚に描かれる絵は、䞀䜓䜕を指し瀺しおいるのか。これに迫る孊問が瞄文図像孊であり、この先進的な研究をしおいるのが、私が䜕床か挙げおいる井戞尻考叀通である。

     私が最近読んだ「神殺し・瞄文」ず蚀う本においおは、瞄文土噚に描かれる枊巻き暡様は雲であり、そこから降り泚ぐ線状痕は雚であり、そしお瞊に匷く入る線こそが、雷である。そしおその雷の化身ずしお、蛇やカ゚ルが描かれおいるず曞かれおいた。
     私はこの説に、雷撃を受けたような衝撃を感じた。 

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    火焔型土噚の文様

     瞄文土噚には、その昔人々が芋た雷雚ず嵐の景色が刻たれおいた。぀たり土噚ずいうキャンバスに、瞄文人が芋た自然の姿を描いたものなのだ。

     土噚に描かれる激しい枊ず瞄文は、倩に枊巻く荒々しい雚雲、降り泚ぐ雚、そしお激しい雷。これが瞄文土噚に描かれおいるものの正䜓であるず今は考えおいる。

     雲、雚、雷は、地䞊に降り立ち、い぀しか蛇やカ゚ルなどが、その化身ず芋做された。さらに倩空の倪陜や月も、抜象化され蚘号ずなっお蚘述されるようになったのではないだろうか。

     この銬高瞄文通で火焔型土噚を数々芋たが、どれも私は瞄文人が芋た瞄文の颚景であるように思えた。

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    火焔型土噚ず類䌌する王冠型土噚の解説

    瞄文人の生掻ず豊かさ

     やがおそこに倚産の象城ずしおの猪、蛙の霊力を身に着けた半獣半人像などが登堎し、たるで物語が描かれるようになっおいく。

     ここに展瀺されおいる土噚の倚くが、土噚の呚瞁に四぀の突起を持぀。
     これはめぐる四季を衚しおいるのではないかず思う。
     圓時四季ず蚀う抂念があったかどうかはわからないが、その抂念が芜生えおいたずしおもおかしくはないだろう。
     実際、倚くの土噚には四぀の突起や隆起があり、埮劙に景色が異なる。

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    四぀の突起郚や隆起を認める土噚が倚い
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    銬高遺跡出土土噚
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    銬高遺跡出土土噚
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    四季の移り倉わりは、気候のほか、埗られる獲物、食料でも衚される。

     瞄文時代には、䞀郚蟲耕栜培が始たっおいたずいわれる。栃の実や栗などの堅果類を管理たたは栜培しおいた。
     䞀぀の傍蚌ずしお、瞄文人には、同時代の䞖界の人々に比べ、圧倒的に虫歯が倚いそうだ。これは怍物性のタンパク質を含んだ炭氎化物を含んだものを食しおいたがゆえず蚀われおいる。
     狩猟民族であれば、通垞は虫歯が少ないそうだ。

     こうした安定した生掻、食料事情があった䞭で、やがお䜙暇を持お䜙した人々が芞術性の高い、぀たり抜象性の高い文様や絵を描いたのは䞍思議ではないであろう。
     その埌、隆盛を極めた火焔型土噚が、やがお王様の少ない土噚に萜ち着いお行ったのは、気候の倉化により、食料事情が悪化し、人々に䜙裕がなくなっおいったせいだず考える。
     瞄文時代の晩期、日本列島党䜓で寒冷化が進み、食料事情が倧きく倉化したこずが分かっおいる。

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    銬高・䞉十皲堎遺跡の村移り倉わり 䜕かしらの事情で、芏暡を瞮小し北から南ぞ村ごず移動しおいる。
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    呚蟺地域間の亀流の様子が土噚の文様の倉遷からわかる。

     ぀たり単玔に人々の生掻の豊かさが、あの豊穣なる情熱の瞄文土噚、火焔型土噚を産んだのではないか。瞄文人の芞術であったのだ。

    新期県立歎史博物通で瞄文の生掻を孊ぶ

     その頃の瞄文人の生掻はどのようであったか。
     この瞄文人の暮らしを芋るこずができる斜蚭が、銬高瞄文通の近くにある。それが新期県立歎史博物通だ。

     新期県立歎史博物通は、新期県内の歎史をたどりながら、貎重な文化的遺産を芋るこずができる斜蚭で、その展瀺の完成床の高さに驚いた。
     特に瞄文ゟヌンには力が入っおおり、秘境的な空間ぞのいざないを挔出する入り口が圧倒的だった。

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    この瞄文ゟヌンぞの入り口だけでも鑑賞の䟡倀がある

     瞄文人の暮らしのゟヌンでは、緻密に再珟された瞄文人の四季の暮らしや狩猟颚景、日垞生掻などを芋るこずができる。 

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    冬の狩猟 捕らえたシカを捌くリアルな堎面が衚珟されおいる
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    日本海の豊富な幞を加工しおいる様子 既にこうした貯蔵・加工技術があったようだ
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    管理された堅果類や豊富な山海の恵みを土噚を䜿っお調理し、貯蔵をしおいたようだ
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    瞄文の䜏居の䞭をカメラで撮圱 リアルな竪穎匏䜏居内での暮らしがみえる
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    カラムシなどからずった繊維で衣服にする線垃アンギンを䜜っおいる

     䞀点だけ気になった郚分がある。それは瞄文人たちが刺青をしおいないこずだ。
     倚くの土偶にあっおは、瞄文人の顔や䜓に刺青をしおいたような圢跡がある。瞄文人の祭祀を芋る限り、動物などの他の生き物の力を取り入れようずする働き、呪術性があるず思われる。これは類感呪術に通じるものであるず思う。

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    銬高瞄文通にあった火焔匏土噚の展瀺 うねりのパワヌが迫っおくるようだ

     土噚に蚘されるあの執拗なたでのうねりは、自然界に存圚する雲や嵐、竜巻などの枊巻き状の力のうねり、これを衚したものであるず思う。
     その力を取り入れようず瞄文人の倚くは刺青をしおいたのではないか。
     珟代たで䌝わる着るものや織物のデザむンにもうずたきが倚い。枊巻きの力を取り入れようずする遺䌝子は、珟代の私たちにも䌝わっおいるず思う。

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    新期県立歎史博物通の瞄文コヌナヌの最埌にある矎しい瞄文䞖界の地図
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    写真では鮮明に芋えないが、ぜひこちらを眺めおほしい
    ビゞュアル的にも矎しい瞄文粟神䞖界の解説だ

    火焔土噚を芋お広がる瞄文䞖界のむメヌゞ

     これたで信州・山梚を䞭心ずする䞭郚高地の瞄文土噚を芋おきたが、この地域で出土する氎煙型土噚に察比される火焔型土噚。信濃川流域に突劂ずしお登堎したこの激しいうねりを持぀火の情熱を閉じ蟌めた土噚。
     氎煙型土噚ずは、枊巻き暡様の共通性は感じられるが、明確にアむデンティティヌの違いを感じる。
     韍蛇信仰ずしおは通底しおいるが、その衚珟のメンタリティずいうか、粟神的個性の違いを明確に感じる。

     火焔型土噚ず蚀うのは、誰ずなく珟代の人が名付けた「むメヌゞ」であるが、焔ほむらの力を衚珟したであろうず盎感し、異論はあたりないであろう。
     ただ瞄文土噚に関しお頻出の「蛇」に぀いお今回感じたこずがある。
     氎煙型、火焔型共に、私は倩に枊たく雚雲のむメヌゞが反映されおいるず思うのであるが、そこから連想されお土噚に衚珟された蛇は、恐れの察象ずいうよりも、蟲䜜物を荒らす害獣を駆陀する存圚であり、氎蟺に出没する守り神的な存圚だったのではないか。
     もちろん、通説の脱皮をする様が、日月の消長、䜜物の成長ず同䞀芖されたり、信仰的に採甚されたりず蚀うのもあったず思う。しかし、蛇はもっず身近な芪しみすらある生き物だったのではないかず、思った。

     新期の火焔型土噚を芋お改めお瞄文䞖界の広がりず面癜さを感じた。
     この埌はやはり東北地方そしお北海道の瞄文土噚を盎接芋おみなければならないず思う。
     やはり次は䞉内䞞山遺跡に行きたくなっおきたのである。

    この日の旅の続きはこちら。

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