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死者の曞に導かれ䞭将姫䌝説の當麻寺ぞ【Re玀行文】

    ※奈良再蚪にあたりリラむトしたものです。

    死者の曞に導かれお

     奈良盆地の南西に䜍眮する當麻の地ぞ向かう朝、私は少し早めに目芚めた。空はただ癜み始めたばかりで、窓の倖の景色はかすんで芋える。

     静岡から車で時間ほどの道のりであるが、その距離以䞊に、遠くの地ぞず来たずいう感じがする。
     私が當麻の地を目指したのは、民俗孊者であり小説家であり、そしお歌人であった折口信倫釈超空の「死者の曞」に導かれたから。
     圌は、膚倧な䜜品や論文を残しおいるが、小説家ずしおは「死者の曞」が唯䞀ずいっおいいほどの䜜品だ。
     しかしこの䜜品はずお぀もない奥行をもったものであり、読埌、私の䞭でずっずこの異䞖界からの銙りが燻っおいる。

    當麻寺の門をくぐり、當麻曌陀矅ず曌陀矅厚子を芋孊

     當麻寺は、甚明倩皇の皇子・麻呂子芪王が建立したず䌝わる叀刹である。 
     當麻寺はもずは盞撲でも有名な當麻氏の氏寺だった。

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    䞭将姫䌝説の解説版より

     そしお、ここに䌝わる䞭将姫䌝説は、その悲劇的な人生ず矎しい曌荌矅の話から様々な䜜品を生み出す元ずなっおいる。​

     朝時ごろの當麻寺の山門付近からは、遠くに二䞊山がくっきり芋えた。
     人気も少ない境内を歩く。萜ち着いた山間の寺院を歩くずき感じる、安らいだ心地があった。

     䞭将姫の曌陀矅が収められおいたずいう奥の本堂たで行く。​珟圚は、奈良囜立博物通にオリゞナルを収蔵しおいるずのこずだ。
     ​䞭将姫が䞀倜で織り䞊げたずされる蓮糞の曌荌矅根本曌荌矅は、䌝承では蓮糞であるが、実際は絹糞であり、たた舶来品の可胜性も指摘されおいる。​ 
     しかし重芁なこずは、この囜宝により玡がれおきた信仰、そしおこの曌荌矅によっお生み出された写本や挔劇、文芞品などがあるこずである。

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    當麻曌陀矅が収められおいる本堂

     この本堂で珟圚みられるのは、第回転写の文亀本ず呌ばれる埌代に転写されたものである。​圓時の最高の技術が甚いられたはずであり、耇補ずはいえ、その䟡倀も盞圓であり、文亀曌荌矅も重芁文化財である。

     ​曌荌矅の意味自䜓は、高床な理論や宗教䞊の意味があるのだろうが、機胜ずしおは蚀葉がわからない人ぞの垃教であるず思う。
     ​當麻寺の人に聞いたが、圓時この曌荌矅は裏打ちがない圢で吊られおおり、本堂の裏手から差し蟌む日の光が透けお光り茝くようになっおいたず聞いおいる。​たさに極楜浄土を芋せる映画スクリヌンのような圹割を果たしおいたのであろう。

    䞭将姫信仰が倉えた䌜藍の配眮

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    䞭将姫ご瞁日 緎䟛逊䌚匏では、芳音様の仮面を぀け緎り歩く

     䞭将姫ご瞁日緎䟛逊䌚匏では、挔劇のような圢で䞭将姫が極楜に迎えられる様子が再珟され、この道を通っおいくそうだ。
     民衆芞胜的な趣があり、陜気な催しであるず思った。機䌚があればぜひ芋おみたい。

     お寺の方から面癜い話を聞いた。
     「昔、當麻氏の氏寺だったころは、珟圚の本堂はメむンではなく、手前の金堂ずその察面の講堂こそが、仏像が安眮されおいる「本堂」でしたよ。」
     當麻氏の氏寺ずしおの性栌が薄れ、䞭将姫の當麻曌荌矅詣でが盛んになり、珟圚の本堂が正面にくるように倉わったのだそうだ。

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    写真正面に芋えるのが珟圚の本堂。手前女性がいる建物が金堂本堂の前の拝殿のようなもの

     䌜藍の配眮が九十床回転したこずになる。
     金堂ず講堂が正面ずされおいたころの當麻寺の参道は、盞圓な広さがあり、倧陞からの䜿者を迎えるこずもあったそうだ。
     それが、民衆の信仰の力により、曌荌矅を本尊ずする珟圚の本堂ぞず向きを倉えた。
     これは、建物の配眮ずいう物理的な倉化だけではなく、信仰の重心そのものが倉化したこずを意味しおいた。もはや當麻氏の氏寺ではなく、庶民の信仰を䞀身に集める、䞭将姫䌝説の寺ずなったのである。

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    本来の参道。珟圚その向こうには別の寺がある。

     䞭将姫がみた極楜を描いた曌荌矅。ここに宿る䞍思議な力、いや、極楜そのものを芋た人々が、この地に集たり、救いを求めたのだろう。
     それは、時間をかけお滲み出るように、人々の足跡によっお、新しい参道が自然ず生たれ、やがお珟圚の配眮に倉化しおいったのだ。
     「極楜埀生」などずいう蚀葉を空疎にしか感じなかったが、今この光景の䞭で改めお、䞭䞖の争乱、苊しみの生掻の䞭で真に垌求した人々の信仰に思いをはせる。
     光に透ける曌荌矅、緎䟛逊に蟌められた願い、それは矎術䜜品でも挔劇でもないのかもしれない。

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    金堂の裏手に䌞びる道を挟むように東西に塔がある。䞭之坊の庭園内の蓮池から東塔を望む

    二䞊山に沈む日 ヌヌ䞇葉集の䞖界

     二䞊山ずいえば、思い起こされるのは䞇葉集に蚘されたこの哀歌である。

    倧接皇子の屍を葛城の二䞊山に移し葬る時に、倧䌯皇女の哀傷しお䜜らす歌
    う぀そみの 人なる我や 明日よりは 二䞊山を 匟ず我が芋む

    䞇葉集 巻二 䞀六五番歌

     匟・倧接皇子が無念のうちに凊刑された埌、姉である倧䌯皇女は、その屍が葬られた二䞊山を芋぀めながら歌を詠んだ。

     今日たでは、ただ蚘憶の䞭に面圱を鮮やかに思い起こすこずができる。しかし、明日からは、その蚘憶も埐々に薄れおいくだろう。やがお、その姿は心の䞭から消えおしたうかもしれない。そうなったずき、私は二䞊山を、匟の象城ずしお芋぀め続けるだろう――
     この歌は、そうした喪倱ず祈りの情を静かに湛えおいる。

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    倧接皇子座像奈良囜立博物通 静かな悲しみを湛えおいる

     『死者の曞』の䞭将姫もたた、同じ二䞊山に仏を芋たず䌝えられおいる。
     この山の圢が、特に特異であるようには芋えない。

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    當麻寺からの二䞊山

     だが、だからこそ、そこには䜕かがあるのかもしれない。山そのものの造圢ではなく、その地に幟重にも折り重なる物語や䌝承が、私たちの心に印象を刻み぀けおいるのだろう。

     先人たちの歌や歎史が、実際の颚景に深い陰圱、時には艶やかな圩を䞎え、埌代の私たちの䞭で、それぞれの物語を想像させおくれる。文孊の力ずいうのは、そうした力をも持぀のだず思った。

     䞭将姫䌝説の䞭で、圌女は仏を感埗し、倚くの苊難を経お浄土に至る。
     家のしがらみを捚お、圓地で隠れるように䜏んだ䞀人の女性に、人々は自らを重ねお、やがお独自の信仰を䜜っおいった。
     それは、仏教の理想や理論を離れたずころで「祈らずにはいられない」ものなのだず思う。

     そしお、そのずき曌荌矅のような「かたち」があるこずは、救いのひず぀でもある。それが目に芋え、觊れられ、その前に立おる。その堎を維持する人々がいお、そこにたた誰かが手を合わせるずいう営みが、目の前にあった。
     曌荌矅は、円環であり、終わりのない祈りの象城でもある。


    䜙犄當麻寺の䞭之坊 蓮の花の季節にたた蚪れたい

     當麻寺の䌜藍をじっくりず巡り、その䞭之坊の庭園も蚪ねた。
     この日は䞀日䞭、空には厚い雲が垂れ蟌めおいたのだが、奇跡のように、庭を歩いおいるあいだだけ陜が差し、草花がきらめいお芋えた。

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    當麻寺䞭之坊内の庭園にあった釈超空の和歌

     もしも蓮の花の咲く季節に、この庭園を蚪れるこずができたなら、きっずそこには、極楜浄土のような颚景が広がっおいるに違いない。

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    䞻に瞄文時代の遺跡やその雰囲気を残す神瀟ぞの旅を【玀行文】叀代人の心性をテヌマに【随筆】を曞いおいたす。その他気軜な䜎山ハむクを【登山蚘】、博物通や矎術通の【アヌト】蚘事も曞く雑食ラむタヌ。時々小説も。ラむフワヌクの【合気道】は別アカりントaikimysteryにお公開。

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