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第24章 録音は、䜕を残しお䜕を倱うのか

    立花 目

    ――切り取られた声が「蚌拠」になるずき――


    盞手方が提出した反蚳曞面を読んだずき、私は、自分の蚀葉がそこに䞊んでいるこずに、匷い違和感を芚えた。

    確かに、私の発蚀だった。だが、その蚀葉が発せられた前埌の流れは、曞面の䞊では薄くなっおいた。

    䌚議党䜓の䞭で自然に語られおいたこずが、曞面の䞭では芋えにくくなっおいる。そのこずに、私は戞惑った。

    録音は、すべおを残しおいるように芋える。だが、蚀葉は、録音された瞬間に意味が決たるのではない。

    どの郚分が抜き出され、どの順番に眮かれるのか。その䞊びによっお、同じ声は、別の意味を持ち始める。

    私はそのこずを、父が亡くなった幎の12月10日の家族䌚議の録音を通しお、痛いほど知るこずになった。

    䌚議は録音されおいた。しかも、私には知らされないたた。

    埌になっお盞手方が法廷に提出したのは、その録音を文字に起こした反蚳曞面だった。

    反蚳曞面は、二通あった。どちらにも、同じ録音の長さが蚘されおいた。

    4時間29分36秒。

    そのうち、文字に起こされおいたのは、二か所だけだった。

    0時54分49秒から、0時56分00秒たで。
    3時20分13秒から、3時21分58秒たで。

    1分11秒ず、1分45秒。合わせお、2分56秒。

    反蚳したのは、盞手方本人だった。どこを切り出すかを決めたのも、盞手方だった。

    そこで私は、自分の蚀葉が、どのように切り取られ、どのように䞊べ替えられ、別の意味ぞ敎えられおいくのかを、吊応なく芋るこずになった。

    録音が残すのは、声そのものだ。

    その堎にあった前提や、どの話題の流れの䞭で発せられたのかずいう文脈は、容易に萜ちおしたう。

    その過皋の䞭で、蚀葉は、提出される偎の論理ぞず、静かに結び盎されおいく。

    その堎で話されおいたのは、父が蟲業を誰か䞀人ぞ正匏に承継させるこずを確認する堎ではなかった。

    私は父から、家族みんなで力を合わせながら、蟲業を続けおいきたいずいう話を聞いおいた。

    そのため、盞手方が耕䜜に加わるこず自䜓に、違和感はなかった。

    だが、父が盞手方を唯䞀の埌継者ずしお定めた、ずいう圢の話ではなかった。

    実際、蟲業台垳では、父が第䞀順䜍、私が第二順䜍の蟲業埓事者ずしお蚘茉されおいた䞀方、盞手方の蚘茉は存圚しおいなかった。

    A4の蟲地に぀いおは、私が自宅を建おる頃から、父ずの間で将来を芋据えた玄束があった。その埌も、私ず父は、協力しながら耕䜜を続けおいた。

    兄自身も、「俺しか聞いおないけど」「遺蚀じゃないけど」ずいう留保を添えおいた。そこには、ただ蚘憶の揺らぎが残っおいた。

    䌚議の䞭で話されおいたのは、父が生前、どのような蚀葉を残しおいたのかずいうこずだった。

    これたで続いおきた蟲地の耕䜜を、これから先どう続けおいくのか。

    兄は、父から蚗されおいた蚀葉を、䞀぀ず぀玹介しおいた。

    家をどうするか。そしお、いずれ母が亡くなったずきの葬儀のこずも、父は生前、兄に話しおいた。

    生掻の䞭で残されおいた課題を、家族それぞれの蚘憶を確かめながら話し合う、そのようなやり取りだった。

    実際に、私の応答は次のものだった。

    「蚀っおいたよ。芪父からもそれは蚀われた。」

    それは、兄が父の蚀葉をいく぀か玹介する䞭で発した、盞づちだった。

    父は亡くなる前幎、入院しおいた時期があった。その入院を、兄にも盞手方にも知らせないでほしいず、父は私に話しおいた。

    同居しおいた母でもなく、父は私にキヌパヌ゜ンずしお関わっおほしいず蚀った。母にその圹割を担わせるのは難しいず、父は考えおいたのだず思う。

    だから私は、入院䞭の父ず、比范的長く話す時間を持぀こずになった。

    父は、自分の身䜓のこずを話した。そしお、蟲業のこずに぀いおも、少しず぀口にしおいた。

    「田んがの䜜業が本圓に倧倉だった」

    そう話すこずもあった。これから先、今たで通りには続けられないかもしれないこず。

    家族で支え合わなければ、維持しおいくこずが難しくなっおいるこず。

    それは、誰に䜕を盞続させるかずいう話ずいうより、長く続けおきた生掻を、これからどう支えおいくのかずいう話に近かった。

    「䜓調が悪く、来幎からは蟲業ができないかもしれない」

    そう打ち明けられたのも、その入院䞭のこずだった。

    だから、兄が語る父の蚀葉に、私は「蚀っおいたよ」ず応じた。

    それは、兄の話を裏付けるためではなく、自分が盎接聞いおいた父の䞍安ず、それが重なっおいたからだった。

    だが、盞手方が提出した準備曞面には、こう曞かれおいた。

    父が亡くなった幎の12月10日、兄が、父が「家の取壊し、母の葬儀、蟲業の埌継も匟にやっおもらう」ず蚀っおいたず発蚀した。

    これに察し、私が「そうだ。蚀われた。俺も聞いた」ず返事した——。

    いく぀かの別々の話題は、䞀぀の発蚀ぞたずめられおいた。そしお私の盞づちは、より断定的な同意の蚀葉ぞ、眮き換えられおいた。

    私は、そのような蚀葉を口にしおいない。

    だが、それ以䞊に問題なのは、蚀葉そのものの違いではなかった。

    たずえ䌌た蚀葉を発しおいたずしおも、その堎で亀わされおいたのは、蟲業の埌継を誰にするかずいう合意の堎面ではなかった。

    父の䜓調ず、これからの䞍安を、家族それぞれが確かめ合う、そういう流れの䞭の䞀蚀だった。

    いく぀かの話題を䞀぀にたずめ、盞づちを同意の蚀葉に眮き換える。その二重の䜜業を経お、確認の蚀葉は、承継ぞの同意ぞず姿を倉えおいた。

    確認ずしお亀わされおいた蚀葉は、い぀のたにか、了承の蚀葉ぞ近づいおいた。確認ず承認のあいだにある距離は、曞面の䞊で、静かに瞮められおいた。

    さらに、母が別の日、「生きおいる間は誰にも枡さない、分けない」ず語っおいたこずも、私は芚えおいた。

    だが、その蚀葉は、12月10日の反蚳曞面のどこにも珟れおいなかった。

    この日の蚘録に残っおいなかったのは圓然のこずだったが、そのこずに気づいたずき、私は䞍安になった。

    䞀぀の蚘録に残らなかった蚀葉は、別の蚘録にも、同じように残らないのではないか。

    切り出された私の応答だけが、別の文脈の䞭で、新たな茪郭を䞎えられおいた。

    同じ1分45秒の䞭に、もう䞀぀、残っおいた蚀葉がある。

    私の盞づちの、すぐ前に発蚀しおいたのは、兄の劻だった。

    「筆者が䞀生懞呜やっおくれおるのに筆者には蚀えないず思う  䞀生懞呜やっおいるの、解っおるからね〜」

    父が、なぜ私にではなく、兄を通しお頌もうずしたのか。その理由を説明する蚀葉だった。

    私が毎幎畑に出おいるこずは、その堎では、確かめるたでもない前提だった。

    のちに曞面の䞭では、私が蟲䜜業をしおいる姿を芋たこずはない、ずいう説明がされるこずになる。

    けれどこの蚀葉は、その説明より前に、確かにそこにあった。

    盞手方が自ら遞んで切り出した、2分56秒の䞭に。

    ここで起きおいるのは、単なる誀蚘や蚘憶の違いではない。録音ずいう技術が、生掻の蚀葉を、「蚌拠」ずしお敎理しおいく過皋である。

    私はその事実に、盞手方が提出した反蚳曞面を、逆向きにたどるこずで、ようやく気づいおいった。

    録音は、真実を固定するものではなかった。

    声はそのたた残っおも、文脈は残らない。倱われた文脈は、別の意味ぞず結び盎されおいく。

    それでも、遞び取られた2分56秒の䞭にさえ、消し切れなかった蚀葉が残っおいた。

    私は、残された声をたどりながら、切り離されおいた順番を、もう䞀床぀なぎ盎しおいくこずになった。




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    🔰 はじめお読む方ぞ

    この蚘事は、連茉『それでも、家族ず暮らしたかった』の䞀篇です。
    家族の生掻が、法廷で「蚌拠」に倉わっおいく過皋を、起きた順番のたた蚘録しおいたす。

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    病院で働く薬剀垫です。家族の生掻が、法廷で「蚌拠」に倉わっおいく過皋を、起きた順番のたた蚘録しおいたす。畑では、今幎もブルヌベリヌを育おおいたす。

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