
子どもたちが静寂を纏えるような授業って素敵だと思う
こんばんは、旅人先生です。
今日は、「学校の授業のこと」について、書いていきたいと思います。
ぜひ、のんびり目を通していってみてください!
目次は以下の通りです。
子どもがワイワイ活動している授業
45分という授業の中で、子供達が活発にワイワイやりとりしながら話し合ったり、活動したりしている授業はやっぱりいいなぁと思います。
以前、算数で円周の測定の授業をした際、
「どうやったら上手く測れるかな?」
「これはどうなのだろう??」
「ほかの場所にも円ってあったよね!?」
とワイワイやりとりをしながら、あーでもないこーでもないと実測をしている姿がとても印象的でした。
教室内外で活発に活動してきた子どもたちが、戻ってきて他のグループと情報共有しながら「○○は〜cmだったよ!」とか「予想した通り〜だった!」みたいな交流をしているのも素敵だなと思いました。
こういう時の子どもたちって何だか、目も言葉も生き生きしているような気がします。
改めて、子どもがワイワイ、生き生きと学べるような授業を増やしていきたいなぁと思ったのをよく覚えています。
授業中の静寂は悪いことなのか?
先ほど書いたようなワイワイと子どもが活動する授業は子どもの満足度も高いと思いますし、はたから見ていても「子どもが生き生きしていていいね」と思われやすいものかもしれません。
きっとワイワイ活発にやっていることは、イメージ的にいい感じがするだと思います。
一方で、授業をしていると子どもが「シーン」としているシーンも少なからずあります。(ダジャレではなく)
それは、悪いこと、悪い授業なのでしょうか。
子どもがやる気を失ってただただシーンとしているのは、改善が必要かと思いますが、基本的にその他の場面における静寂については、私は悪いとは思いません。
むしろ、大切な時間だとすら思います。
実際、真剣に自分と向き合う時や集中して考えたり作業したりする時って無言になる傾向にありますからね。
実際に、先ほど書いた円周の測定の授業の最後は子どもたち、シーンとしていました。
授業の振り返りを熱心に書いていたからです。
その日の活動の様子を写真や記入事項をもとに思い返したり、これからのことに思いを馳せたりしながら振り返りを書く子供達はほとんど喋りませんでした。
なんなら授業終了のチャイムがなって、「終わりだよー」と言ってもスルーして書いている子もいました。
その時の静寂を実際の現場で見ていた私は悪いどころか「頑張っていてすごいなぁ」と思っていたくらいです。
子どもが活発に活動するときは、必ずしもワイワイしているものではないと言えると思います。
多分、大事なのはバランスなのでしょう。
内容や発達段階、タイミングによってその辺りのバランスをいい感じに調整するもしくは調整する手伝いをするのが一緒にいる大人である教員の1つの役割なのかもしれません。
森岡健太先生(白黒先生)の話を聞いて…
今日、この記事を書いたのは、昨日、ZOOMの勉強会にて、森岡健太先生のお話を聞いて、「静寂をまとう教室」の話を聞いたからです。
理想の教室像というテーマでお話をしてくださっていたのですが、その時の話がとても素敵だなと感じ、自分なりに考えていたこと、考えたことを踏まえながら、この記事を書いてみました。
理想の教室像
— 森岡健太(白黒先生) (@sirokuroteacher) April 18, 2026
①スタート
学びを楽しもうとする教室。みんなでワイワイお喋りできる。
②中盤
対話を楽しむ教室。心の声で語り合えている。「たとえば」「もしも」「でもね」という言葉があふれる。
③ゴール
静寂をまとう教室。シリアスな展開で真剣に考える。自分と向き合える。静寂を愛せる。
個人的には、理想の教室像の1つとして、動的な主体性と静的な主体性のバランスを取れるようになると良いなぁというイメージを持っています。
静寂って、何だか敬遠されがちですが、個人的にはとても価値のある素敵な時間だと思っています。
それを勉強会で発信してくださった森岡先生、ありがとうございます。
個人的に、とても素敵だなと思いました。
森岡先生のnoteはこちらですので、ぜひ教育関係の方は覗いて見てはいかがでしょうか。
今回は、以上になります。
最後までお読みいただきありがとうございました!
では、また、明日の記事でお会いしましょう!!!
✅みなさんのスキやフォロー、コメントが投稿の励みになっています。
✅よろしければ、応援のスキや感想のコメントをお願いします😊