
素直になりたいと思えたこと。
「素直だね。」
これまで何度か言われたことがある。仕事でも、友人関係でも、自分ではあまり意識していなかったけれど、周りからはそう見えているらしい。
確かに、教えてもらったことは素直に受け止めるし、「ありがとうございます」や「すみません」も自然に言える。嬉しいことがあればちゃんと喜ぶし、分からないことは素直に聞く。
だから、「私は素直な人間なんだ」と思っていた。
でも、ある時ふと気づいた。
本当に素直でいたい相手の前では、私は全然素直じゃない。
嬉しいことがあっても、照れ隠しをしてしまう。
寂しいと思っても、「別に」と言ってしまう。
感謝しているのに、少しぶっきらぼうな返事をしてしまう。
あとになって、「あの時、もっと素直に伝えればよかったな」と思うことが何度もある。
仕事では自然にできることなのに、どうしてなんだろう。
最初は、「嫌われるのが怖いからかな」と思った。
でも、考えてみると少し違う。
その人が私を拒絶するとは思っていない。
むしろ、「きっと受け止めてくれる」と信じている。
だから、恐れているのは相手ではない。
たぶん、自分自身なのだ。
「嬉しい」「寂しい」「ありがとう」。
そんな気持ちを、そのままの形で差し出すことは、自分を少し無防備にすることでもある。
相手を信じることと、自分をさらけ出すことは、似ているようで少し違う。
相手を信じられるようになっても、自分の弱さや照れくささを見せることには、案外時間がかかる。
人は長い時間をかけて、自分を守る方法を覚えていく。
強がることも、笑ってごまかすことも、少し意地を張ることも、その一つなのかもしれない。
だから安心できる人に出会ったからといって、その鎧をすぐ脱げるわけではない。
それなのに私は、「素直になれない自分」をどこか悪者にしていた。
素直になれない私は未熟なんじゃないか。
ひねくれているんじゃないか。
もっと素直にならなきゃいけないんじゃないか。
そんなふうに思っていた。
でも最近は、少し考えが変わった。
そもそも、どうでもいい相手に対して「もっと素直になりたい」とは思わない。
その人とちゃんと向き合いたい。
ありのままの自分を知ってほしい。
そんな気持ちがあるからこそ、「素直になりたい」という願いが生まれる。
だとしたら、「素直になれないこと」と「素直になりたいと思うこと」は、正反対ではないのかもしれない。
素直になれないからこそ、素直になりたいと願う。
その願いが生まれるほど大切な存在や関係に出会えたこと自体、一つの幸せなんじゃないかと思うようになった。
もちろん、だからといって素直になれなくてもいい、という話ではない。
本当は「ありがとう」と思ったなら、その時に伝えられる人でいたい。
「嬉しい」と思ったなら、照れずに笑える人でいたい。
そんな自分に少しずつ近づいていけたらいいなと思う。
素直になることは、性格を変えることではない。
何でも思ったことを口にすることでもない。
きっと、自分の本当の気持ちをごまかさずに認めて、それを少しだけ勇気を出して相手に渡してみることなんだと思う。
だから私は今日も、まだ練習中だ。
少し照れくさくても、少し勇気が必要でも、昨日よりほんの少しだけ素直になれたら、それで十分。
そんなふうに思えるようになった。
「素直になりたい」と思える誰かに出会えたこと。
そして、「素直になりたい」と願う自分がいること。
それだけでも、案外悪くないのかもしれない。