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Photo byamrita_kakosan

それでもどれでも、生きているうちは生きていく 〜吉本ばななさんの有料記事を読んで心に浮かんできたあれやこれ

    吉本ばななさんの有料記事を読んだ。

    有料記事なので、内容を詳らかにすることは避ける。
    でも何も言わないとわからないのでざっくり説明すると、記事の内容として書かれていたのは、ばななさんの育ったご家庭がどんなであったかということ。
    主にご本人とお母様との関係、そしてそのお母様と長女であるお姉さんとの関係、そこを経てのお姉さんとご本人との関係を軸に、そこで起こる様々な苦しいことや悲しいことや困ったこと。
    そしてその結果、現状がどんなふうになっているかが明らかにされていた。

    過去の傷に触れられたけれど、もう痛みも違和感もなかった

    壮絶…と表する人もたくさんいられるようだけれど、機能不全である家庭の様子としては決して珍しい話ではなく、驚きというのはほとんどなかった。
    「そうだったのか、知らなかった」という思いと、何か答え合わせをされているような奇妙な納得感、そして、私自身の子ども時代や若いころを憶い出さずにはいられないような幾つもの既視感。

    今はもう、毒親とかAC(アダルトチルドレン)とかそういうことばをあえて使いたくはないという心境にあるのだけれども、かつて長い間そういうことに苦しんだりもした、それも事実だということを改めて思い出す機会にもなった。

    現状でまだ、カタがつかないあれこれを抱えている人にとっては、読むことが辛い二万字であろうし、フラッシュバック的な感覚で読み進められない人も、読み切って改めて、どんよりと落ちてしまった気持ちの扱いに困る人もいるだろうな。
    そう思いながら読み進めた私は、過去にあった主に母との確執に絡む様々な出来事や思いを久しぶりにリアルに蘇らせつつも、苦しいとか辛いと感じることはほとんどなくて、そういう意味では、私自身、このことはしっかりと消化しきっているのだな、と再確認することにもなった。

    毒親とかACとか機能不全家庭とか、そういうことばを使いたくない…と思うようになっているのも、おそらくは、育ってくる中でのたくさんの出来事たちをただ「出来事」として見ることができ、それらの多くのことに関わった人たち(それは主には母と私なのだけれども、広くは母の母やその母、または周囲の人々や「世間」なんかも関係している)の誰についても「加害者」とか「被害者」とは思わなくなっていることと関係していると思う。

    あんなにも届いたことばの出所はそこだったのか

    私にとって、吉本ばななさんは、ある時「キッチン」で本当に彗星のように現れ瞬く間に有名作家となり、次々と素敵な作品を生み出した人…というイメージ。
    当時の作品はどれもこれも、せつなく胸に食い込んでくる感じがして大好きで、「キッチン」「うたかた/サンクチュアリ」「哀しい予感」「TSUGUMI 」「白河夜船」なんかは次々と読んだだけでなく、どれも二度三度では済まないくらい繰り返して読んだ。

    今、改めてその頃の自分と心に響いたことばたちを思い返すと、不完全に育って必死で自分の凹みを埋めようともがいていた私に刺さったり染み込んだりした幾つものことばは、やはりきっと同じように不完全だった彼女だから生み出せたことばなのかもしれないと思ったりする。

    たしか「うたかた」に出てきた「ひとを好きになることはほんとうにかなしい」で始まるフレーズ。
    そして確かに、そんなふうにひとを好きになった自分。
    そのうしろでスレスレに存在していたのであろう、依存や執着をも今は理解できる。
    そして、理解した上でもあの時の気持ちは、かなしくてやさしくて、うれしくて甘やかで、いとおしくせつなく、寂しいのに満ち足りていたと、そんなふうにも感じる。

    そのいくつもの矛盾を孕んだ物語の交錯こそが人が生きているということなのだと思う。

    「ハチ公の最後の恋人」はその装丁を見るだけでも、当時失いかけていた大切なものが戻ってくるような気がして、お守りのようにそばに置いていた。
    忘れられないフレーズがある。

    どこまでもどこまでも説明をしたら私の血管を流れる血のことさえわかってもらえるかもしれないという甘えは、年よりも老けた私が淋しい私の肉体から全宇宙に発信していた唯一のこどもの心だった。

    「ハチ公の最後の恋人」吉本ばなな・著

    同じような、とてもよく似た同じような甘えを、自分も持っていたと感じた。それがいけなかったのだと思うのと同時に、それが大事だったのだとも思った。
    どこまでもどこまでも、説明するわたしのことばに耳を傾けてもらうことで凹みを埋めてもらえていた自分もいた気がした。

    どこかでこどもでいたかった自分を否定するつもりはなく、ただ、どんなに説明したところで全部をわかってもらうことなどありえないのだということを私が静かに受け入れたのはこれを読んだ時だった。

    その時の感覚と、とても近い感じで、「そりゃ、そうだよな」とか「そんなこともあるよな」とか「みんな似たようなもんだよな」とか、思ったりした。
    それが、今回の有料記事を読んでいた私の中でいちばんたくさんあった私の気持ちだ。

    表も裏も、嘘も本当も、全部誰にもわからない

    ちらりと少しだけ、この記事のことを話題にしている方々の声を見てしまった時、「ほぼ日」の糸井重里さんに触れて意見されている方を複数見つけた。

    いるだろうな…と思っていた。

    吉本ばななさんの「家族」を思う時に、糸井さんも一緒に思い浮かんでしまう人が多分一定数いる。私もその一人だと思う。
    なぜなら理由は簡単で、彼がよく「吉本家」の話をしていたから。

    ばななさんの父である吉本隆明さんの話をよくするし、隆明さんの言葉を残すことにライフワークのように取り組んでいた。
    ばななさんとも「吉本さんの娘」として付き合いがあり、対談なんかもちょいちょいしていたはず。
    そして「ほぼ日」では、件のお姉さんであるハルノ宵子さんとの魅力的な特集記事も作っていたことがある。

    こうして「ほぼ日」側、糸井さん側から「吉本家」を知る機会を多く持った人たちにとっては、なんとなく才能と笑顔に溢れた家庭としてイメージされていても不思議ではない状況があった。
    ところが、今回の記事で、実は、ばななさんは虐待されていた、お姉さんは共依存状態でボロボロになり大変な状況だ…というような事実が公開された。

    そこで、騙されたような気持ちになったり、裏切られたような気持ちになったりする人は、たぶんいるだろうな…と思った。
    なんなら、そのようなことがあるとは全く知らずに表っ面だけを見て憧れちゃったりしていた自分が許せないような気持ちになった人もいるかもしれない。

    そういうのに、耐えられない人というのも、存在するのだ。
    その心理構造もわかる気はする。

    でもね、素敵に見えていた吉本家も別に嘘じゃないはずだと思う。
    吉本家の人々をコンテンツにした人たちが嘘を書いていたわけじゃないとも思う。
    取材されながら、吉本家の人たちが、表面を取り繕っていたわけでもないと、私には思える。

    しあわせそうに見えた外側の中にふしあわせが詰まっていたわけじゃない。
    きれいに見えた表側の裏にきれいではないものを隠しておいたわけでもない。
    ましてやどちらが本当の吉本家かなどという話では全くない。
    ただ、どれも全部、共存していたはずだと、私はそんなふうに思っている。

    誰だってそんなもんだろう…そう思う。
    思う時に、切なさややりきれなさも感じるけれど、同時に安心している自分もいる。

    100年たったら、だあれもいない

    今回の有料記事は、多くの人に読まれ多くの人の心を揺さぶったらしく、あちこちからさまざまな声が上がったらしい。
    (そして、いつも、心ないことを考えずに言う人の方がことばが多くて声が大きい)

    ばななさんご本人は、ご意見収集はなさらないタイプのようだけれども、それでも届いてしまう心ない声も多々あったご様子で、その後の思いもまた、今度は無料で発信されていた。

    清濁合わせ飲むということばがあるけれど、まさにそのことば通りというわけではないけれど、ニュートラルなところで人々を眺めている感じのする彼女のことばを読んで、「やっぱりそうだよね」と思った。

    昔読んだ「アムリタ」に出てきた「100年たったら、だあれもいない」ということばは、今でも何かとよく思い出し、そして自分だけの心の中でつぶやいてみたりする。
    あれこれ悩んだり困ったり、心配なことも怖いこともある。
    もちろん、嬉しいことや楽しいことだってたくさんある。
    目標を持ってみたり、絶望してみたり、好きな人も嫌いな人もいるし、好きな人に嫌いなところがあったりその逆もあったりする。
    いろんなことがある。生きているだけでいろんなことがあるんだけど、それでも、今この世の中にいるほとんど全てに近い人たちがきっと

    100年たったら、だあれもいない。のだ。

    それに加えて最近では、自分がじたばたしていられるのもせいぜい長く見積もってあと20年くらいだなと思っている。

    所詮…と考えることもできる。でも私にとっては昔も今も、このことばは安心のためのおまじないに近いものである。

     
     
    養護教諭として、「大人趣味」のダンサーとして、ピラティス・インストラクターとして、アーユルヴェディック・ヘルスカウンセラーとして、そして私というひとりの人間として。 どんな目線で見ても「ひとのからだ」はおもしろい。 そしてそこから思ういのちも心もとっても愛おしい。

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