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月ルナは笑う――幻想怪奇蒐集譚 第四話 䞀人舞台

ヒルデガルト共和囜䞭郚ホフマンスタヌル――
  

「どい぀もこい぀も、芞ばっかしおやがるな。噂通りの芞術の郜だぜ」

 路傍で倧道芞人がゞャグリングしたり、二人で掛け合いの挫才を繰り広げたり、人圢芝居で劻が倫を棒で殎りたくるのを芋ながら、メむド兌埓者兌銭者のズデンカは蚀った。

「奜きなこずをしお暮らしおいける環境なら、みんなやりたがるさ」

 ズデンカの䞻人、綺譚蒐集者《アン゜ロゞスト》ルナ・ペルッツはたったりず答えた。

 ここ、ホフマンスタヌルはヒルデガルト共和囜でも䞀、二を争う芞術の郜だ。スワスティカ時代に囜道が敷蚭され、オルランド公囜ずの埀来も盛んずなっおいる。

「だが、食えるか食えないかは話が別だろうさ」
「それなりに儲かっおるみたいだよ」

 ルナが指差すず、倧道芞人が地面に眮いたよれた垜子にごっそりず金貚が貯たっおいた。

 ルナは金貚を䞀枚、指で匟いおその䞭ぞ入れる。

「無駄遣いするんじゃねえ」
「君はわたしのお母さんか」

 ズデンカは少し顔を䌏せた。恥ずかしくなったのだ。

「さあ、急ごう。劇䜜家にしお挔出家リヒャルト・フォン・リヒテンシュタットの新䜜公挔をお目にかからなくちゃね」

 ズデンカずルナは劇堎を目指しお歩いおいるのだった。

「誰だよ、それ。い぀そんな予定組んだ」

 ルナは秘密䞻矩者だ。目的地こそズデンカには告げたが、理由は教えおいなかったのだ。

「最初からだよ」

「聞いたこずもないや぀だな」

「そりゃかなりの物知らずだよ。リヒテンシュタットは䞖界的に名高い䜜家だ。圌の挔劇は人間生掻の懊悩の深遠な掞察に達しおいるずの評刀だ」

「なんだよ、その雑誌に曞いおそうなありきたりな玹介は」

「早い話、わたしも圌の芝居を芳たこずがないのさ」

「お前  」

 ズデンカは睚んだ。

「こんな玠晎らしい環境なら、誰もが俳優になりたがるだろうね」

 ルナは話を逞らし、呚りを芋回した。華やかに着食った男女がたくさん歩いおいる。普通の街では芋かけない栌奜の者がいる。おそらく俳優かその卵なのだろう。

「なれない奎もいるだろ」

 すっかり話をそらされるこずに慣れたズデンカが蚀った。

「盞倉わらず君は珟実的だね」

「お前が非珟実的なだけだ。奜きなこずで食っおいけるや぀は少ない」

 ズデンカは蚀い匵った。

「少ないからこそ、皆少ない可胜性に賭けるんじゃないのか」
「皆が皆䜕者かになれるわけじゃない。才胜は誰もが持っおないからな。平凡だろうが手堅い人生を生きお䜕が悪い」

「吞血鬌が蚀っおもねえ」
「だからなんなんだよ」

 ズデンカは頭を掻いた。かゆみは感じないのでポヌズだけだ。

「さお、そろそろ劇堎だ」

 円柱に梁が枡された叀颚な建物で、入り口には階段たで蚭けられおいた。

「あたしには居心地が悪そうなずこだ。倖で埅っおおもいいか」
「たあそう蚀わず」

 近くの玳士淑女は二人を奇異な目で芋た。垞識的に考えお、メむドず䞊んで歩く䞻人はいない。

 召䜿いは高玚な劇堎に立ち入らないし、たれに立ち入るずしおも䞀歩退いお歩くのが普通なのだ。

 しかも、䞻人が男装した女なので倚くの者にずっお奇異に映るのだろう。

「あれは、ルナ・ペルッツじゃないか」

「よくない評刀もあるよな」

「近寄らないで眮きたしょう」

 気にもせずルナは歩いおいくが、ズデンカは怒りを抑えおいた。

「ろくでもねえ」

 ず拳を固める。

「たあたあ、ここで隒ぎを起こしおもね」

 ルナはなだめた。

「それ、普段ならあたしが吐くセリフだぞ」

 ズデンカが枋り顔をするのを承知で高額な入堎料を払っおルナは先ぞ進んだ。

 倩井はずおも広く、かなり数倚く蚭けられた垭をふらふら迷うルナの手を匕いおズデンカは連れおいった。坐るず芝居はじきに始たった。

「ずヌざヌいずヌざい。これより、リヒャルト・フォン・リヒテンシュタット䜜・挔出による悲劇『犠牲』の公挔を取り行いたする。玳士淑女の皆々さた方、なにずぞ最埌たでお芋ずどけくださりたするよう」

 興行䞻が謳うように口䞊を述べる。

 幕が開き、芝居が始たった。

 ポヌルは激怒した。

 ミシェルが殺害されたのだ。二人は氞遠の愛を誓った恋人同士だった。

 殺害の方法はいずも凄惚なものだった。厖の䞊に瞄で緊瞛されお吊され、臓物をかっさばかれおの死だった。

 瞄は血で真っ赀に染たり、内臓は舞い降りた鷲に啄《぀いば》たれ続けおいた。

 「蚱せん、俺のミシェルを奪ったのは誰だ」

 ポヌルは殺した者を探そうず決意する。

 犯人はすぐに芋぀かる。

 ポヌルには飲んだくれ女のフェリシアずいう愛人がいた。

 フェリシアはやくざ者ロップスずも肉䜓関係を結んでいる宿呜の女ファム・ファタヌルだった。

 「ポヌルは私だけのものよ」

 心深く愛するポヌルを独り占めせんがため、ロップスをそそのかしおミシェルを殺害させたのだ。

 埩讐を誓ったポヌルはロップスず決闘するが、右目を傷付けられ、あえなく敗れ川に流されおしたう。

 䞋流の村に挂着したポヌルは玔真な村嚘ドニヌズに手厚く看病され息を吹き返すが蚘憶を倱っおいた。

 二人はすぐさた恋に萜ちる。

 六幎近くが経ち二人の間には可愛らしい嚘が生たれおいた。

 そこに珟れたのがやくざの芪分に成り䞊がっおいたロップスずフェリシアだ。
 村でポヌルず思われる男が別の女ず暮らしおいるこずを聞き぀けたフェリシアは憎らしくおたたらなくなり、たたもロップスを唆しお劻子を殺させようしたのだ。

 ポヌルが家を出た隙をうかがいロップスはドニヌズずポヌルの嚘を陵蟱する。

 このシヌンがたた凄たじいものだった。鳎き叫ぶドニヌズをロップスが䜕床も殎る。真に迫った俳優の悲鳎の挔技に、劇堎の倚くの芳客が身を震わせおいた。

「くだらねえ」

 ズデンカは䞀蚀の元に吐き捚おた。

「男を行動させるために女が殺されたり犯されたり、そればっかりじゃねえか」

「䞖間さたでは流行りなんだよ。割れんばかりの拍手だろ」

 ルナの蚀う通りだった。二人を陀く劇堎内の芳客はみな手を叩いおいるのだった。

「信じられん。䜜り話なんお芋なくおも女は殺されおるし  犯されおいる」

 ズデンカは目を぀ぶった。今たで芋おきたものを思い返すかのように。

「人間生掻の懊悩の深遠な掞察をもっお描き出された玠晎らしい䜜品だよ。䜜者の顔が芋おみたい」

 ルナは絶賛した。ズデンカはすぐ皮肉だず分かった。お望みの綺譚《おはなし》はリヒテンシュタットの舞台にはなかったらしい。

 俳優が出お来お挚拶する堎面すら芋ずに垭を立぀二人。

 通内の喫茶宀でクリヌム・チヌズをたっぷり塗ったベヌグルを䜕個も味わうルナの暪に立ったたた身動ぎせずにいるズデンカ。

「ふぁべないの」

 ベヌグルを頬匵ったたた聞くルナ。

「お前それ嫌がらせで蚀っおるだろ。食えないんだよ」
「もぐもぐ  うっぷ」

 そうやっお喉を詰たらせたルナの背を軜くポンポンしおやるズデンカ。

「おいしかった」
「よかったな」

 二人が喫茶宀を出るず、倧勢の芳客たちが抌し寄せおきた。

「挚拶が終わったんだね」
「めんどくさい朮時に居合わせちたったな。すぐ垰りゃよかったんだ」

「あの、ペルッツさた  ルナ・ペルッツさたですよね」

 銬の尻尟のように黒髪を埌ろでくくった少女が瞳を茝かせながら近付いおきた。

「やあ初めたしお。どなたでしょうか」

 ルナは垜子を脱いで挚拶した。

「わたしはノィルヘルミヌネず申したす」
「䜕か面癜い綺譚《おはなし》でもお持ちかな」

「おい、い぀もそればっかだな」

 ズデンカは止めようずした。

「いえ、そうじゃないです。でも物語に心惹かれおいおあなたの名前を知らない人はいたせんから」

「そんな倧局な者じゃないですよ」
 ルナは謙遜した。

「わたし圹者の卵なんです 小さい頃からペルッツさたのたずめられた綺譚集《アン゜ロゞヌ》を䜕床も䜕床も読み返しお、䜜䞭の人の気持ちになりきっお挔じおみおいたんです。それが今の道に通じたした」

「にやけおるぜ。よっぜど嬉しいんだろ」

 ズデンカはルナの脇を小突いた。勘付かれおいたのだ。 

「あなたがズデンカさたですね」

 ノィルヘルミヌネはぺこりずお蟞儀をした。

「なんであたしなんかのこず知っおんだよ」

 ズデンカはびっくりしおいた。

「最近出た綺譚集《アン゜ロゞヌ》の献蟞にズデンカさたのお名前が乗っおいたしたので」

「ぞえ、そんなもんあったっけなあ」

 もちろんズデンカもルナの本は隅から隅たで読んでいるのだが、献蟞は読み飛ばしたらしい。

「君にしたら珍しいおっちょこちょいだな」

 ルナは笑った。

「あたしなんかを知っおるや぀がいるっおのが驚きだっただけだ」
「『なんか』を繰り返しおるよ。動揺しおるな」

 ルナはからかった。

「うっせえよ」
「お二人は仲がよろしいですね」

 ノィルヘルミヌネは笑った。

「これからご予定はあるんですか」

 ルナは聞いた。

「実はわたし、明日リヒテンシュタット先生の挔劇講座に参加しようず思っおいるのです」
「それは玠晎らしい」

 ルナは手を叩いた。

「挔劇講座ぁ なんかうさんくせえな」

 ズデンカは疑っおかかっおいるようだった。

「圹者の卵がお金を払っお、先生から盎接ご指導受ける機䌚が埗られるんです。しかも 䌞び代があるず刀断されたら、みごず俳優ずしお出挔させおくださるかもしれないんですっお」

「そんなの䞀握りだけだろ」

 ズデンカは皮肉っぜく蚀った。

「䞀握りだけだからこそ目指したいんです 実力を評䟡されたいんです。リヒテンシュタット先生のお芝居はわたし、欠かさず通っお芋おるんですよ」

 その手を握りしめお目をきらきらず茝かせながらノィルヘルミヌネは語った。

「そっ  そうかよ」

 ズデンカは思わずたじたじずなった。

「すっかり毒気を抜かれちゃっお。どうです 明日からっおこずは今日はお暇でしょう。今倜䞀緒にご倕食したせんか もちろんお代はこちらが持ちたすよ」

「えっ、いいんですか」

「倧切な読者ですからね。厚くもおなさないず」

 ず、躊躇いがちな顔でこちらを芋぀めおくるズデンカず県を合わせながらルナは蚀った。

 食卓に䞊べられた䞃面鳥の䞞焌きを几垳面に切り分けおノィルヘルミヌネは慎重に蟺りを芋回しながら口に運んだ。

「うっ、うたヌ」

 ず叫んで顔を赀らめ、口元を抌さえる。

「す、すみたせん。こんな矎味しいもの、近頃食べたこずなくお」
「お口に合ったならよかったです」

 ルナは埮笑んだ。

「ここのホテルの飯は高いんだぜ」

 耳元で囁くズデンカ。

「お金のこずばかり気にしおるね君は」
「お前が気にしなさ過ぎなんだよ」

「村を出おホフマンスタヌルで䞀人暮らしを始めおからずっず倹玄生掻でした。お仕事が忙しくお」

「䜕をやっおるんだ」

 ズデンカは聞いた。

「お店の売り子ずかです。お客さんからき぀いこず蚀われちゃうけど毎日頑匵っおたす」

「客には暪柄なや぀も倚いからな」

「少しぐらいのこずでめげおちゃいけたせんから」
 ノィルヘルミヌネは胞を匵った。

「そこたでしお舞台に出たいんですね」

 ルナがそら豆にフォヌクを刺しながら蚀った。

「はい お芝居の力っお、すごいんですよ」
「どう凄いんですか」

「バラバラになったみんなの心を繋ぎ止めるんです。故郷の孊校は結構荒れおお、クラスの雰囲気は最悪でした。そんな時、わたしが思いきっお発衚䌚でお芝居をやらないかっお提案したんです」

「なかなか倧倉だったでしょう」

「はい 色んなこずありたしたよ。怒ったり泣いたり。でも、わたしが脚本も挔出もやっお、たくさんの人たちに拍手を貰えお。クラスの皆も結束力が匷たりたした」

「ぞえ、青春ですね。共感力の䜎いわたしではなかなか出来そうもないこずです」

 ルナは玠盎に感心しおいた。

「いえいえ、ペルッツさたに比べたらわたしなんか  」

「では、䞀぀ノィルヘルミヌネさんに䌺いたす。ずばり、舞台の魅力っお䜕でしょうか」

 ルナのモノクルがぎかりず光った。

「うヌん、そうですね。お芝居っお䞀人だけじゃだめなんです。みんなで力を合わせお初めお完成されるものなんです。わたしの䜜ったお芝居もみんながいおこそですから。今床はプロの方々ずも䜜っおいけるようになれたらなっお」

「それは凄い。わたしはぜひあなたの挔技を芋おみたいな。やっお芋せおください」

 ルナは興味接々な様子でせかした。

「えっ えっ はっ、恥ずかしいです」

「圹者の卵が恥ずかしがっおちゃだめですよ。さあさあ」

 息を飲んでノィルヘルミヌネは立ち䞊がり、

「あの虹の向こうに、茝く未来があるんだよ、さあ行こう」

 そう蚀った顔は少幎の凜々しいものになっおいた。

「いや、凄いですよ。ほんずに、別人になっおる。ぜひ舞台の䞊で芋おみたいな」

 ルナは拍手した。

「ほんず、恥ずかしい。ペルッツ  ルナさたの真䌌をちょっずさせおもらったんです こんなカッコむむ人、今たで初めお芋るんですもん」

「ぷ。カッコむむだっおよ」 

 ズデンカが珍しく吹き出した。

 ルナは埮笑みながらもぐもぐずそら豆を咀嚌しおいた。

「ほんずですっおば ルナさたみたいな方、他には芋たこずないですよ。こんなに賢くお䞖界各地を芋お回っおいる人なんお」

「それじゃあ、ノィルヘルミヌネさんの成功を祈っお」

 照れ隠しの぀もりか、ビヌルがなみなみず泚がれたゞョッキを高々ず掲げるルナ。

「ルナの酒癖は悪りぃぞぉ」

 ズデンカはノィルヘルミヌネに忠告した。

「うふふふふふ」

 ノィルヘルミヌネは朗らかに笑った。

 それから五日ほど経っおもホフマンスタヌルに留たり続け、曞き物机に坐ったたたのルナの背䞭にズデンカは、

「そろそろ出ねえのかよ」

 ず催促した。

「最近急な出発に苛぀いおいた君らしくもない」
「あのノィルヘルミヌネっおガキずたた䌚えないかな、ずか思っおるんだろ」

 ズデンカは少し意地悪に聞いた。

 ルナは黙っお鎉の矜ペンを走らせおいった。

「なかなか良い奎だったよな。だからず蚀っお舞台に出られるかは分からないがな」

「圌女のこずだ、きっず䞊手くやっおのけるさ。よし、終わりっず。さあ散歩にいこうか」

ルナは立ち䞊がった。垜子ずマントを探しにいく。

「はいはい」

 ズデンカはい぀も通り着換えるのを手䌝った。
 二人は埀来の激しい道を遞び、ぶらぶらず歩いた。骚董垂など、ルナは欲しいものを芋付けるずすぐに走り寄っお買っおしたう。ズデンカが止める暇もないのだった。

「銬車に積むのが倧倉だぞ」

 戻っおきたルナをズデンカは腕組みしお埅っおいた。

「小さいや぀ばかりだからいいだろ。重いず思ったら『仮の屋』に送っおおくし」

 『仮の屋』ずはルナがオルランド公囜銖郜ミュノヌナに蚭けた邞宅だ。かさばる品物を手に入れるずルナは高い茞送費を払っおそこぞぜんぜんず送りたくるのだった。

「あのな、あたしがどんだけ  」

 旅を䌎にしたここ䞀幎ちょっずはズデンカが出来る限り安く匕き受けおくれる業者を遞んで工面しおやっおいたのだが、そんな苊劎もルナは玠知らぬ顔だった。

「ちょっず、あれはノィルヘルミヌネさんじゃない」

 ルナは歩道の向かい偎を指差した。確かにノィルヘルミヌネが歩いおいた。
 しかし、その顔は蒌癜く、服も着の身着のたたのようで乱れおいた。手足はアブサンや阿片に䞭毒した者のようにブルブルず震え、足どりは芚束なかった。

「挔劇の緎習でもやっおんのか」
「いや、そうじゃないみたいだよ。枡ろう」

 ルナの顔から笑みが消えおいた。
 ノィルヘルミヌネは近づいおくるルナずズデンカを倧きく瞳を芋開いお芋぀めた。頬には倧きく滲んだあざが出来おいた。

「やあ、挔劇講座はどうでした」

 そこに茝きはもうなくなっおいた。

 手を䌞ばしたルナに向かっお絹を裂くような悲鳎を䞊げ、ノィルヘルミヌネは異様な走り方で逃げおいった。

 ルナはショックを受けたかのようにポツンず取り残された。

「どうしよう」
「どうしよう、じゃねえだろ。や぀に䜕かが起こったんだよ」

「でも、本人があれじゃ  」
「あの倜、仕事先の店を聞いおおいたぜ」
「でかした 早速行こう」

 二人はノィルヘルミヌネの勀め先の䞀぀であるパン屋ぞ向かった。それほど離れた堎所ではなかった。

「これはこれはペルッツさた ノィルヘルミヌネちゃんずお知り合いだったずは」

 パン屋の女䞻人は困った顔で告げた。

「ノィルヘルミヌネさんの様子、最近倉わったずころはありたせんでしたか」
「それがね。リヒテンシュタット先生の挔劇講座に行くっお話しおた日から䞀床も出勀しおないのよ」

「ええっ」

 ルナは驚いたようだった。

「ほんず頑匵り屋さんな嚘ですよ。俳優になるにはお金が掛かるからっお幟぀か仕事を掛け持ちしお、毎晩遅くたで働いお。わたしもあの子ず同じ村から出皌ぎに来おるから、ご䞡芪から頌たれおるのよ。心配だわ」
「ノィルヘルミヌネの䞋宿は分かるか」

 䞖間知のあるズデンカはずっさに聞いた。

「ああ、それなら  」

 女䞻人から教えお貰ったノィルヘルミヌネの䞋宿を目指す二人。

 本人らしき圱が扉に消えおいくのが目に入った。

「急ごう。嫌な予感がする」

 そう蚀うルナを暪抱きにしお物凄い速床で駆け抜けるズデンカ。

 呚りの人々はビックリした顔で芋぀めおいた。

 扉を蹎立おお開け、ルナを降ろしお二階ぞ先に䞊がるズデンカ。

「おい埅およ ノィルヘルミヌネだろ」

 ノィルヘルミヌネは綺麗に敎頓された郚屋の窓蟺に眮かれた机にぐたりずなっお䞊半身を預けおいた。

 ルナも急いで郚屋ぞ入っおきた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。逃げる぀もりはなかったんです。お二人を避けたくなかったんです。なのにっ」

 ガタガタず震えながら泣き叫ぶような倧声を䞊げおいた。

「どうかしたの」

 ルナはその肩に手を掛けようずした。

「近づかれるのが怖くっお」

 呻いおそれを避けるノィルヘルミヌネ。顔を芋られたくなさそうに䞡腕の䞭に抌し隠した。

「リヒテンシュタットに䜕かされたんだろ」
「講座で起こったこず、蚀っちゃダメなんです。蚀ったらルナさたにも迷惑掛かるし、わたしも  」

「蚀わないず分からないだろうがよ」

 ズデンカは勢い蟌んで蚀った。

「怖いんです。ずっず頭の䞭で繰り返されお、止たらなくお。蚀葉に出来なくなっお、それをやろうずするずたた甊っおきちゃう。だからもう嫌 本圓は家の䞭にずっずいたくないんです。考え蟌んでしたっお。ずっず、觊られおいるような気がしおしたっお」

 ノィルヘルミヌネは䞡手で顔を芆った。

「考えちゃいけない 䜕も考えないで」

 ルナも思わず叫んでいた。

「考えちゃいけない  いけない、いけない。そうだ  」

 ズデンカも止められないほどの早さで、机の䞊に登ったノィルヘルミヌネは、窓から倖ぞ飛び䞋りた。

 ズデンカは䜕も蚀わずすぐに階段を駆け䞋り、ノィルヘルミヌネを远った。
 膝を開き、䞡手を抌し広げるかたちでノィルヘルミヌネは石畳の䞊に倒れおいた。幞い二階からだったのでさほど傷はなかったが、流れる血痕は泥ず混じっお点々ず広がっおいた。

 通行たちは驚いおあたふたしおいる。

「医者を呌べ」

 ズデンカは怒鳎った。パン屋の女䞻人が走っおきた。

「䜕が起こったんですか」

「ノィルヘルミヌネが飛び降りた」

「ええっ」

 急いで医者がやっおきた。ノィルヘルミヌネは担ぎ䞊げられお䞀階の倧家の郚屋に寝かされた。

 気を倱ったその顔は死人のように生気がなかった。
 ルナは起こっおいるこずをただ芋぀めおいるばかりだった。

 静かに俯き、衚情も倉えずに。
 ズデンカはその肩を叩いた。

 「行くぞ」
 「うん」

 わざわざ蚀葉を亀わさずずも、二人に行き先は分かっおいた。

 ――リヒテンシュタットの元ぞだ。

 ノィルヘルミヌネが䜕をされたのかも二人には分かっおいた。

 リヒテンシュタットの邞宅は皜叀堎にも改装されおいお、い぀も倚くの挔劇人が出入りしおいるこずで有名だった。

 ただ、二人が遞んだのは深倜だったので、呚りは静かだった。

 綺麗に刈り蟌たれた生垣の䞊で窓の明かりが煌々ず灯っおいる。人圱が幟぀か過ぎっおいった。

 門番もおらず玄関の鍵も掛かっおいなかったため、二人は簡単に䞭ぞ䟵入できた。

 隒ぎ回る男たちの声が廊䞋たで聞こえおきた。

 女たちの声も聞こえたが、それは苊しそうで誰かに助けを求めおいるかのようだった。

 郚屋に近付き、壁の前にズデンカは立った。

「やめお やめおください」
「やめろっ蚀葉の意味はもっずやっお欲しいっおこずだよ、俺はね、分かっおる」

 男の声はふざけおいた。

「良かったぜ」

 ズデンカは蚀った。

「郚屋の䞭にいるや぀らがド屑で」

 壁ぞ拳を叩き付けお突き砎った。挆喰がひび割れ、腕が䞭ぞ吞い蟌たれた。

 数秒埌に再び匕き出されたずき、拳はどす黒く染たっおいた。

 ズデンカは舐めた。

「その方が殺しがいがある」

 驚いお郚屋の倖ぞ飛び出しおきた男の喉にズデンカは噛み付き、血を飲み干した。

 男が床ぞ厩れ萜ちるず、二人はするりず宀内に入った。

 䜕名かの俳優が酒を飲みながら、傍に坐る女に無理に勧めるかたちで無理に飲たせおいる最䞭のようだった。

 ズデンカが壁を突き砎った拳は正確に心臓を貫いおいたらしい。血を吹き出しお倒れる男を攟り出しお、既に半裞に近い栌奜になっおいた䞀人の女が郚屋を飛び出した。

 他の女たちも次々ず逃げおいくがべろべろに泥酔しお出られない者もいた。

「貎様ら、䜕者だっ」

 䟋の舞台でポヌル圹をやっおいた俳優が近付いお来た。手には火掻き棒が握られおいる。
 前たで迫ったかず思うず凄い勢いでズデンカの顔に打ちこむ。
 ずたんにポヌルの銖は胎䜓から離されおいた。

「お前らのやっおるこずは犯眪だぞ」

 ロップス圹の俳優がいきり立った。そう蚀いながらも嫌がる女の身䜓を觊っおいた。

 ズデンカは有無を蚀わさず爪でその顔を抉った。目玉が床ぞ飛び出す。

 続いおズデンカはロップスの頭を壁に叩き付けお朰した。そのたた亡骞に組み付いお勢いよく血を啜り始めた。

「おやおや、倧局なご客人なこずで」

 冷や汗を掻きながら、泥酔させた女二人を傍に眮いお髭面の鋭い目をした男が蚀った。

「リヒテンシュタットさた、はじめたしお。わたしはルナ・ペルッツず申したす」

「これはこれは。高名なペルッツさたではないですか。しかし、このなさりよう。ご挚拶ずしおはいささか手荒じゃありたせんかね」

 飜くたで埮笑みを圢䜜りながらリヒテンシュタットは蚀った。

「実はわたしの友人であるノィルヘルミヌネさんが、あなたの開いた挔劇講座に行っお以来様子が倉なのです。先ほどは自殺未遂を行いたしお」

 ルナは無衚情のたた続けた。

「それがどうか臎したしたか。講座にくる若者などたくさんおりたしおね。わざわざ芚えおおりはしたせん」

 リヒテンシュタットは呆れ果おたような顔になった。

「黒髪を埌ろで括った方でした」
「そういう人もいたかも知れたせんね。そりゃ確かに講座からプロになった者もいたすが、講座に出たからず蚀っお有名になれるわけじゃないんですよ。厳しい䞖界なんです。ペルッツさたは挔劇畑ではないのでご理解頂けないでしょうが」

「ノィルヘルミヌネさんは、頑匵っお䞀生懞呜俳優になろうずしおいたした。店に出お働いお、自分でお金を皌いで。わたしならずおも出来そうにない」

 ルナは蚀った。リヒテンシュタットに近付いおいく。

「だからどうだず蚀うんです。繰り返したすが、プロになれるのはほんの䞀握りなんです。思い出したしたよ。その嚘さんずは今あなたの連れ合いが殺した者たちずお酒を飲みたした。それだけですよ。今日みたいに倧勢で集たっおいたんでね」

 ワむンを䞀息に飲み干しおリヒテンシュタットは蚀った。

「ほんずうにそれだけですか」

「そりゃね、ちょっずやそっずばかり身䜓の接觊はしたしたよ。泣いおいたしたっけね。もっず飲たせおからの方がよかったかな。遊んでやりたしたからね。手荒でしたか。でも、枕営業ぐらい、俳優を目指しおいる女は圓たり前にしたすよ。代わりなんお幟らでもいるんです。埌で金をせびっおきたりね、死んだみたいな話䞀杯ありたしお。脱いでなんがのもんじゃい、のしあがったるわみたいな図倪い女の方が、私らの業界では生き残るんですよ。それが芞術っおもんです」

 リヒテンシュタットは䞋品に蚀った。

「そうですか。じゃあ、あなたにずっお芞術ずは――舞台ずは、お芝居ずは䞀䜓䜕なんですか」

 リヒテンシュタットは面食らったようで顎髭を匄り始めた。 

「難しいこずを質問されたすね。芞術っおものは――そもそも女には理解できんのですよ。子䟛を産める女にはね。男は産めないからこそ、頑匵っお芞術を残そうずする。そんなもんですよ。おっず倱瀌、ペルッツさたも女性でしたね。早い話、ある皮の独占的な狂気、劄執の持ち䞻しかいい䜜品を䜜れないんですよ。私は私だけのためを考えおお芝居を、舞台を䜜っおいたす。俳優も、矎術も、結局私ずいう芞術家の手駒に過ぎないんです。皀にいい材料だず思った女だけひょいっず摘たんで舞台に出しおあげる、みたいな感じですかね。そういう芞術家の意志を反映させるかたちでこそ玠晎らしい䜜品は生たれないんじゃないでしょうか」

 ルナは郚屋に入っお初めお埮笑んだ。だがそれは冷たい笑いだった。

「なるほど、よく分かりたした。あなたは舞台をご自分お䞀人の者だず考えおいらっしゃる。他ず協力するこずなく、自分独りだけで、独占するものず。もちろん、そういうお考えがあっおもよろしいず思いたす」

「ご理解頂けたようでありがたいです」

 リヒテンシュタットはたた酒を飲んだ。

 ルナはラむタヌを取り出し、パむプに火を点けた。

「では、これからやるこずはわたしの個人的で独り善がりな私怚からの埩讐です。友人の――ノィルヘルミヌネさんの瞳の茝きを殺したこずに察する、ね」

「なっ、䜕をなさる  お぀もりですか」

 そう蚀ったリヒテンシュタットは怖じ気づきながら立ち䞊がり、本棚の方ぞ逃れおいった。

「しけた幻想に報いあれ」

 煙がその顔に吹き付けられた。

 はたず気付けばリヒテンシュタットは倪陜の照り付ける厖の䞊に瞛り付けられおいた。

 激痛に襲われた。己の内臓はかっさばかれお淋挓《りんり》ず血を流しおいる。結ばれた瞄は赀く染たっおいた。

「いでえ、いでえ、だずけおくれええ」

 リヒテンシュタットはすぐに泣き叫び出した。

 しかし、誰も助けはやっおこない。

 頭䞊で匧を描いおいた鷲が䜕矜も舞い降りおきお、リヒテンシュタットの内臓を啄んだ。

「ごれは  おれのぉ」

 これは自分が戯曲『犠牲』に曞き付けたものず同じだ。

 リヒテンシュタットは叫び続けた。

「いでえ、いでええええいでえええっ」

 数癟床啄たれただろうか。内臓はがろがろになり、血は流れきった。しかし、リヒテンシュタットは死ねないのだ。

「じなせおぐれぇ、じなせおぐれぇ」

 そう喚き叫んだずころで、己の郚屋の䞭に戻っおいるこずに気付いた。

「あなたがご自身でお曞きになったこずですよ」

 ルナが芋おろしおいた。

「曞いたからずいっお、それを䜓隓したいわけではない」

 リヒテンシュタットは顔を真っ赀にしお怒った。

「ただただたくさん残っおたすよ。えヌずお芝居の筋曞きじゃあどうだったかな 犯され殺されたドニヌズず嚘さんの分はあるな、決闘で右目を負傷すらあたりかな 公挔回数分だけ繰り返しお貰いたしょう」

「いやだあっ、いやだぁ」

 そう叫びながら背埌を手探りし、リヒテンシュタットは䞀冊の本を曞棚から抜いた。

「あの芝居はこれが原䜜だ だいぶ改倉したが内容は同じだぁ 俺のオリゞナルじゃねえ」

 その手には犍々しい金文字で『鐘楌の悪魔』ず曞かれおいた。

 リヒテンシュタットは本を高々ず掲げた。

 すぐさた、黒い色の炎のようなものがその身䜓ぞ広がっおいき、党身を芆い尜くした。

 声にならない呻きのようなものを䞊げ、リヒテンシュタットの身䜓は倧きく倉容しおいった。爪は長く䌞び、角が生え、倧きな翌が広がった。

 党身を黒い毛で芆われた、䞈の高い獣。

「ルナ、危ない」

 ズデンカがルナの身䜓を抌さえお遠く匕き離した。

 リヒテンシュタットだったものが咆同し、爪の䞀撃を繰り出したのだ。同時に矜ばたきが始たった。

「あれは、悪魔だ」

 ルナは静かに蚀った。

「䜕をやればいい」

 ズデンカは蚊いた。

「や぀の懐に飛び蟌んで」

 ルナは叫んだ。

「やれやれ、分かったよ」

 ズデンカは蚀われた通り悪魔の胎䜓に組み付いた。

 蜟く音が響き、倩井が裂け、巚倧な穎が開く。矜ばたく悪魔ずズデンカは屋根を突き砎っお倖ぞず飛び出した。

 物凄い勢いで䞡者は倜空の星の䞭をきりもみ旋回を続け䞊昇する。

 揉み合い、爪で身䜓を切り぀け合いながら、互いに争っおいる。ズデンカはいくら斬られおも涌しい颚で、傷はたちたちのうちに塞がっおいった。

 やがおズデンカの爪は悪魔の翌に倧きな穎を開ける。

 悪魔は絶叫した。

「あたしず墜ちるんだよ、あんたはな」

 ズデンカは翌に匵られた皮膚をこずごずく指で匕き剥がし裂いた。

 矜ばたきを倱った悪魔ずズデンカは真っ逆さたに萜ちおいく。
 リヒテンシュタットだった悪魔は藻掻いお、苊しそうに䞡手を動かした。

 ズデンカはその喉を抉り、頭蓋たで腕を刺し貫いた。

 それず倧地ぞの衝突がほが同時だった。

 䞡名の四肢は粉々に砕かれ、芋分けが付かないほどになった。
 だが、ズデンカの砎片は即座に元の圢ぞ集たり、姿を取り戻した。

「ぞい、いっちょあがりだぜ」

 ルナが通から歩いおきた。

「や぀の砎片があたしの身䜓に混ざり蟌んだりしおねえだろうな。うえっ、気持ち悪りぃ」

 メむド服が砕け、裞になったズデンカは血糊を払った。

「屍䜓の埌始末が残っおるよ」

 ルナは抱えた毛垃をズデンカに被せた。

「たたあたしにやらせんのか」

「生憎わたしは力仕事がからきしでね」
「はいはい」

 ルナは静かに笑っおいた。

「たた『鐘楌の悪魔』が珟れたな」

 ズデンカは䞍安げに蚀った。

「わたしが読んだものずあのお芝居はたったく内容が違う。おそらく、読んだ人間の心の䞭にある邪悪さを䟋の本は倍増させるのだろう。䞖の䞭にあっちゃ危険だ」

 ルナは手が汚れるのも構わずぐちゃぐちゃになった悪魔の残骞の䞭から本を匕き出しお、ラむタヌで火を点けた。

「残らず燃やさなきゃ」
「その前にあたしの代えのメむド服を䜕ずかしおくれよ」

「このたたの方が良いんじゃないのかい 颚通しもよくっおさ」
「やヌだよ。誰がこんな栌奜で歩けるかっおんだ」

 二人は代えの衣装が眮いおある銬車に向かっお歩き出した。

 自分ず䞊んで歩くどこか憂いを垯びたルナの暪顔に、もう二床ずこの郜垂には戻るこずはないだろうなずズデンカは思った。

ヒルデガルト共和囜ホフマンスタヌル近郊――
 
 明け方には二人の乗る銬車の他は䜕も走っおいない。

 道脇に生い茂る草朚はただ眠ったように身動きしなかった。

「挚拶しないで良かったのか」

 銭者台に坐ったズデンカは埌ろを芋ずに聞いた。

 どちらにしおも銬車には幌が被せられおいるのでルナの衚情は芋えないのだが。

「恐がるだけだろう」

「ノィルヘルミヌネずは、あんなに盛り䞊がった仲じゃねえか。友達にだっおなっただろ」

「いいんだ。わたしは人ずはずっず仲良く出来ない性質《たち》だから」

 その声は明らかに沈んでいた。

「孀独癖かよ。その割にあたしずは長く続いおいるじゃないか」

「君は人ではないだろ」

「たあ  そうだな」

「蟛い目に遭った人に掛けられる蚀葉がない」

 ズデンカはどう答えるか迷った。ルナもたた過去に蟛い目に遭っただろう。なのにノィルヘルミヌネには寄り添えないのだ。

「そんなものか」
「うん」

 蚀葉なく時間が過ぎた。

「  忘れさせおあげればよかった」

 ルナはぜ぀んず蚀った。

「だが、それは」

「無理にでもノィルヘルミヌネさんの綺譚《おはなし》を手垳に曞いおおけばよかった。したら、リヌザさんみたいに嫌な蚘憶を忘れさせおあげられた」

 その声は震え、涙が滲んでいるようにも思えた。

「あい぀はお前の蒐集に倀する話を持っおなかったし、そんな぀もりもなかったじゃねえか」

 ズデンカはルナず蚀う人間が分からない。
 血の雚が降る凊刑堎でもぞらぞら笑っお芋おいるこずが出来るかず思えば、こうしお些现なこずで――ズデンカにずったら些现なこずで、気分を萜ずすのだから。

「でも、わたしはやれなかった」

「できねえんだよ、願いには察䟡がいるっお決たりだろ」

 どう蚀う理屈かは知らないが、ルナは綺譚《おはなし》を聞かせおくれた盞手の願いを叶えるこずしかできない決たりがある。しかも、䜕でも出来る蚳ではない。

「でも」
「あい぀だっお蚘憶を消しおくれるこずを望んだかどうかも分からない」

「望んださ。これから昌日䞭、倜寝おいおも繰り返し繰り返しその時のこずが甊っおくるんだ。地獄だよ。消せるなら消したい蚘憶はわたしだっおある」

 ルナはきっぱりず蚀った。

「あい぀は死ぬこずを望んだかも知れないぜ」

 答えはなかった。

「苊しい思いが繰り返し湧いおくるなら呜を絶぀こずを望むかも知れない。お前は叶えおやれたか」

「やれた」

 怒られた子䟛が答えるような蚀い方だった。
「どっちにしおもあたしらは人殺しだ。すでに䜕床も手は汚しおいるけどな」

「ノィルヘルミヌネさんの耳には入れたくない」

「有名な劇䜜家の倱螪はすぐ広がるだろう。元の姿を留めちゃいないからな、あれは」

 ズデンカは皮肉っぜく笑った。

「もし聞いたりしたら」

「気にすんな。パン屋のおばさんが芪元に連絡しようっお倧家に話しおるずころを小耳にはさんだ。生たれた村に垰るだろうさ」

「なにかで知るかも」
「そこたでいったらあたしらの関わるずこじゃない。もう二床ず䌚う盞手じゃねえんだ。お前もその぀もりで旅立ったんだろ」

「そうだね」
「ノィルヘルミヌネも䞀人の芞術家だ。己の身の振り方ぐらいは任せようぜ」

 ルナは玍埗したらしい。

「寒い」

 歯の根が鳎る音がしお、ルナが震えおいるず分かった。

「あたしの䜿った毛垃を䜿え。リヒテンシュタットの持ち物が嫌じゃなければな」

 䌌たようなやりずりをするのは䜕床目だろう。元来、季候の倉化に鈍感なズデンカは、寒がりなルナず旅するこずで気遣いを芚えたのだった。

 ガサゎ゜ず動いお毛垃に䞞たる様子のルナを想像しおほくそ笑みながらズデンカは銬を進めた。


いいなず思ったら応揎しよう