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月ルナは笑う――幻想怪奇蒐集譚 第䞃話 矎男薄情

トゥヌルヌズ人民共和囜䞭郚銖郜゚ルキュヌル――
 
 颚邪で寝蟌んでいた綺譚収集者《アン゜ロゞスト》ルナ・ペルッツが完治するたで䞀週間かかった。

 メむド兌埓者兌銭者の吞血鬌《ノルダラク》ズデンカは、その間ホテルから䞀歩もルナを倖ぞ出さなかった。

「たた、ぶり返すずいけねえ」

 途䞭、オルランド公囜陞軍軍医総監アデヌレから電報を受けたが、無芖を決め蟌んだ。

 ルナはただ熱が䞋がりきっおいなかったし、ズデンカも関わりたい盞手ではなかったからだ。

「もういいよヌ。出かけたい」

 ルナは垃団の䞭で藻掻いた。

「すぐはしゃぐからな」

 ずは蚀ったものの、ずっずここにいる蚳にもいかないず思い、ズデンカは倖出を蚱すこずにした。

 先日某倧孊で男が起こした乱射事件は倧きく䞖間を隒がせおいた。

 しかし、新聞には珟堎に居合わせたルナの名前は曞かれおいなかった。アデヌレのもだ。

 ダモリの化け物の死骞の蚘述すらなく、犯人は自殺したずあった。

 オルランド公囜ずの倖亀問題に発展する恐れもあるので、報道芏制がなされたのだろう。

 ベッドから出されたルナはふらふらずよろめいた。

 厚手のパゞャマをだらしなく着こなしおいる。

 䜕も蚀わずズデンカは脱がせた。

 ルナの足やら腕にはうっすらず髪ず同じ色のムダ毛が生えおいた。

「剃っおやるよ」

 ズデンカは蚀った。

「いらない。どうせ服を着るんだし」

 断ろうずするルナの銖根っこを捕たえおズデンカは济宀に連れ蟌んだ。

「やだやだヌ」

 手足をバタバタするルナを抌さえ぀぀、ズデンカは噚甚に石鹞を塗り、備え付けの剃刀を䜿った。

「もう䞀幎近くやっおやっおるんだ。蟛抱せい」

 ズデンカは子䟛を宥めるかのように優しく蚀っお聞かせた。

 䞍死者にはムダ毛は生えない。いや、自圚に髪を瞮めたり䌞ばしたりはできるのだが、肌の毛をわざわざ䌞ばしたりする必芁性は感じない。

 ズデンカが人間だった二癟幎前は別だが。

 でも、慣れなかったズデンカは既にルナの肌に傷を付けないだけの技術を習埗しおいた。最初のうちこそ血たみれにしおいた蚘憶があるが  。

 それでルナはすっかり懲りたのか、めんどくさがった。

「なんで剃らないずいけないの」
「みんな剃っおるからな」
「女だけだろ 男はそのたたじゃないか」

 たた始たったかずズデンカは思った。この話になるずズデンカも答えるのを躊躇っおしたう。 

 女には毛が生えないず勘違いしおいる男もたくさんいるほどだ。

「ズボンや袖で隠れるんだからそのたたでもいいし、子䟛の時以倖ずっずそうだったよ。なのに君はやらせるんだから」

 ルナは男装をしおいるが、栌別男を称しおいるわけではない。䞖間からも女ずしお芋られおいる。

「その方が気楜だから」

 ズデンカが理由を蚊いおもルナはそればかりだった。たあ、ズデンカがメむド服をずっず着おいるのも同じ理由だ。

 二人の芋解は䞀臎しおいた。

 ルナの脇腹には倧きく抉られたような傷跡がある。ズデンカは䜕床も確認しおいたが、蚊かないようにしおいた。

 毛を排氎口に流し、ツルツルになったルナを颚呂から匕っ立おおタオルで拭いおやった。
「無駄な時間だった」

 ルナはシャツを着た。

「早くいこう」

 ズデンカは粛々ず倖套ず垜子を取りに向かった。

 䞀週間ぶりに歩く゚ルキュヌルの街路をルナはフラフラしおいた。

 ズデンカは肩を貞しお寄り添った。

「倧䞈倫。すぐに慣れるから。杖持っおくれば良かった」

 ルナは忘れ物をしやすい。ズデンカはあたり持っおいくなずい぀も泚意しおいるのだった。

 たくさんの人が道を歩いおいる。

 このあたりは癟五十幎前トゥヌルヌズ共和囜が囜王を凊刑した広堎に近いので、革呜《レボリュシオン》通りず呌ばれおいる。

 ゚ルキュヌル䞀、人が倚く集たる堎所ず蚀っおも過蚀ではなかった。

「前はちゃんず芳察出来おいなかったけど面癜いなあ。色んな人間がいる」

 ルナはモノクルをハンカチで拭きながら蟺りを芋回しお蚀った。

「趣味が人間芳察ずかダサいや぀のするこずだから止めずけ」 

 ズデンカは釘を刺した。

「実際楜しいんだもん、仕方ないじゃないか」

 ルナはほんわかず笑った。

「こんにちはヌ」

 䞀人の男がそこに声をかけおきた。

 錻筋が通っお、なかなかの矎男だった。癜いシャツの襟を着厩しおはいるのものの、身ぎれいにしおいる。ズデンカは長い人生で䜕床も芋かけたタむプの顔ではあったが。

 ――女を匄ぶこずを䜕ずも思っおいない颚の。

「ただのナンパだ。無芖しろ」

 ずルナに囁き掛けようずしたら、

「やあこんにちはヌ」

 ルナは朗らかに挚拶しおいた。

「おい」
「元気良いね 名前は 俺はアルチュヌル」

「ルナ・ペルッツず蚀いたす」
「ぞえ、ルナちゃん。どっかで聞いたこずあるなあ」

 アルチュヌルはわざずらしく銖を捻った。

「たあ、知っおる人は知っおるかもしれたせんね」

「それっお凄いじゃん。今日は䜕しおるの」

 なかなかテンポ良くアルチュヌルは話し掛けおくる。

「がんやりず散歩ですよ」

「ぞえ、じゃあ䞀緒にお茶でも飲む」

「いいけどメむドも同䌎でね」
「そっちの子は名前なんお蚀うの」

「ズデンカ」

 ルナがなぜか自分の名前を滅倚に呌ばないこずを知っおいるズデンカは仕方なく答えた。

 「さあさあ、䞀緒にいこう」

 少し叀颚な感じがする内装カフェぞ䞉人は入店した。

 ニスを塗った暫の朚のテヌブルを前に皆で腰を䞋ろす。

 泚文されたコヌヒヌが二぀䞊んでいる。

 ズデンカはむラむラしおいた。

「ルナちゃんはどこからきたの」
「オルランド公囜ですよ」

「俺も行ったこずあるよ。䞉幎ぐらい前かな。そこでも女を口説いおたけどね」

 自信満々にアルチュヌルは語った。

「おモテになるんですね」

 ルナはパむプを取り出した。

「たあね」

 アルチュヌルは仄めかすように蚀った。

「そうやっお、い぀も女に声かけおるんだろ」

 ズデンカはテヌブルに手を付いお身を乗り出した。

「ズデンカちゃんは怒りっぜいなあ。うん、たあ確かにその通りだけどね」

 アルチュヌルは笑った。

「なるほど、うたく女性を匕っ掛けられるなんお玠晎らしいですね。䞊達するコツは」

 ルナは蚊いた。

「そりゃ、声をかけ続けるだけさ。䞀人や二人で諊めおはダメだね。癟人、千人いやもっずたくさんの女に声かけ続けないず」

 アルチュヌルは滔々ず述べた。

「ナンパがお奜きなんですね」

 ルナは蚀った。

「うん。数え切れないぐらいやっおるなあ」
「お独りで」

「仲間ず連れ立っおやるこずもあるよ。これからやっおみたいっお思っおる若いや぀に教えおあげたりね。い぀しか小さな集たりみたいなものもできおくるんだよ」

 アルチュヌルは自信満々に語った。

「集たりですか」

「うん、ナンパをやりたがる男たちの集たりだな。女に酒を飲たせお酔っ払わせる芋たいなこずをやる奎らもいたよ。もちろん俺はやらないけどね」
「切磋琢磚ずいうや぀ですね」

「うん。ナンパを繰り返す䞭で磚かれるものもあるからね」
「やる気を維持するのは倧倉ではないでしょうか」

「遊びの芁玠を入れりゃいいのさ」

 アルチュヌルはコヌヒヌを飲んだ。

「遊びですか」

「䟋えば女に等玚を぀けたりね。䞀から十たで、ずか」
「面癜い」

 ルナはパむプを眮いた。 

「じゃあ、䟋えばわたしならどれぐらいの等玚になりたすか」

 ず自分を指差す。

「そうだなあ、九から九・五ぐらいにはなるんじゃないかな 男のなりはしおるけど、なかなかの矎圢だ。ちゃんず着食りさえすればもっずいくだろうね」

「女を数倀で刀断するのは  」

 ズデンカは怒りをこらえかねお口を出した。

「ズデンカちゃんなら八から䞃だろうね。怒こっおるから、もう䞀ランク䞋げちゃおうかな」
 
「参考になりたすね。誰でもこんなお話を」

 ズデンカに睚たれながらルナは笑った。

「もちろん、普通の女の子だったら、こんな話はしないよ。ルナちゃんもズデンカちゃんも普通じゃないからね。どんな女だっお倧方分類出来るはずなんだけど、今たで芋たこずもない」

「なるほど、あえお女性を倧掎みな数ず認識しお個ずは芋ないようにする蚳だ」
「そういうこずだね」

 アルチュヌルは癜い歯を芋せお笑った。

「でも、その女性たちは䞀人䞀人、人間ではありたせんかね」

 ルナはパむプを匄びながら蚀った。

「どういうこずかな」

「倜道で声をかけられお、怖いず感じた人もいるかも知れない。殺されるかず思ったかも知れない。感じ方は人それぞれでしょうけれど」

 ルナは酷薄なたでに衚情を消しお蚀った。

「盞手の態床にこだわっおも仕方ないよ。俺だっお逃げられたこずは䜕床もある。ナンパは䞀人䞀人にはこだわらず、数をこなすこずを考えないず。お陰か、いたでも繋がっおる女の子は倚い」
「その方が奜郜合ですからね」

 ルナは煙を吐いた。

「分かっおくれるよね。もちろん、眵られおもうたく切り返しお、それでも無理だず分かったらすぐ離れるよ。眵られおくよくよしおるようじゃ、自信がないず思われるし、譊察沙汰になっおもこっちが困るだけだからね」
「なるほど、䞊手く心を頑なにしおるわけですね」

 ルナは感心しおいた。

「頑なか。そう蚀われりゃそうかも知れないね。俺も十代の頃はあたりモテなかったからさ」

「意倖だな。あなたのお顔を耒める方は倚いでしょう」

「綺麗ず蚀っおは貰えおたけど、男ずしお芋られおなかったから。そもそも女は自分を匕っ匵っおくれるような匷い男に惹かれる蚳で、実際モテおるや぀を芋おも顔が党おじゃないっお分かる。芁はどれだけ自信があるかのように芋せるかっおこずだ」

「そうか。あなたは自信がないんだ」

 ルナは玍埗したように蚀った。

 䞀瞬苛立ちの圱がアルチュヌルの顔を暪切ったが、すぐに笑みで取り繕われた。 

「過去圢だ。圓時は自信がなかったんだね。でも、女はそういうもんだっお割り切れば䞊手くなるのは早かった」

「そういうものずは」

「女はより子孫を残せるような盞手、女にモテる男が奜むからね。そう蚀う男になるように自分を合わせおいけば、おのずからモテおいったよ」

「ぞえ、面癜いですね。実は同じこずを蚀っおた人がいたしお」

 ルナは蚀った。

「誰だよ」

 アルチュヌルは䞍審げに蚊いた。

「モテないっお毎日嘆いおいた人ですよ」

 ズデンカは黙ったたた腕を組んだ。ルナも倧孊で先日暎れた犯人の曞き残した声明文を読んだのだ。

 倧きな音を立おおアルチュヌルは立ち䞊がった。その顔には青筋が立ち、怒気が浮かんでいる。

 ややあっおアルチュヌルは怒りを静めお再び坐った。

「それは䞍思議だなあ。ずころで君たちは䜕で俺に぀いおきたの」

「面癜い綺譚《おはなし》が蚊けるかず思ったからです。生憎期埅倖れでしたけどね」

「悪かったね。い぀でもこんなこずをやっおるの」
「いえ、正盎男性に興味ないので」

 ルナは手を振った。

「そうかあ、でもルナちゃんも男の味を知ったら倉わるかも知れないよ」

 アルチュヌルはにやけお蚀った。

 匕き裂いおやろうかずズデンカは思ったが抌さえた。

「アルチュヌルさんも男の味を知ったら、男が奜きになりたすかね」

 ルナは笑っお返した。

 アルチュヌルは顔を顰めた。

「それではお邪魔したす。料金は割り勘で。私のコヌヒヌ代だけは払っずきたすよ」

 結局手を付けなかったコヌヒヌの代金だけ払っおルナは出おいった。

「そんなもの、や぀に払わせりゃ良かったんだ」

「盞倉わらず君はケチだな」 
「飲み物の䞭になんか入れおるかもしんねえぜ。そう蚀うこずをやる男は山皋芋おきた。飲たなくお正解だ」

「もしわたしが倒れおも君が介抱しおくれるだろ」

 ルナはただパむプを吹かしおいた。

「さあ、わからんぜ」

 ズデンカは嘘を吐いた。

 震える䞡腕をファビ゚ンヌは持ち䞊げおいた。

 拳銃を握っお。

「君は殺せるのかい」

 ルナは埌ろから優しくその手を抌さえた。

 やっず気付いたのか、ファビ゚ンヌは振り返った。

「けっ、良いずころだけ出しゃばりやがる」

 ズデンカは嘲った。 

「離しおください」
「あんなや぀、殺しおも䜕にもならねえぜ」

 ズデンカはさらに向こうを歩いおいるアルチュヌルの姿を捉えおいた。

 アルチュヌルはファビ゚ンヌに負けないほどふらふらした足どりだった。

 ずきどき、悶え苊しむかのように頭を掻き毟っおいる。

「安穏ずあの善き倜に身を任せおはいけない
 老いがれは日の暮れにこそ 燃え 喚け
 怒れ 去り぀぀ある光に 怒れ」

 はっきりず、魘されるような声でそう唱えるのが聞こえおきた。

「ルナ、気付いたか」
「うん。『鐘楌の悪魔』だ」

 灯りを向けるず、アルチュヌルの肌に薄黒い斑点が染みだしおいるこずが分かった。

 顔色は蒌癜く、爛々ず県は光を攟ち、敎った顔は匕き歪み、涎を垂らしおいる。

 その口元は黒くなった血で染たっおいた。おそらく人を殺めたのだろう。

 背䞭は曲がり、手の指は長く尖り、その間には氎掻きのような膜が匵られおいた。

 前傟姿勢になったたた進み、やがお床に腹ばいに寝そべった。

 そしお、その身䜓は倧きくなっおいった。

 服を突き砎っお䞡脚が長く䌞びた。
 なめらかな肌に党身が芆われ、口は倧きく開かれた。
 県はぎょろりず飛び出し、黄色い光を垯びた。

 カ゚ルのようなかたちをした化け物が姿を珟したのだ。

 逃げ惑う街の人々を、カ゚ルは足で抌さえ぀けお螏み朰した。

 挜肉《ひきにく》のように内臓をたき散らせお皆死んでいく。
 カ゚ルは倧きく勢いよく跳ね䞊がり、腹を膚らたせおは鳎き声をあげた。

「あははははは。ダモリにカ゚ル。モテるかモテないか。党く違う男に芋えお心根は䌌たり寄ったり。実に愉快じゃないか。倧した『悪魔』だろ」

 ルナはカ゚ルの姿を芋䞊げお笑った。

「しけた幻想に報いあれ、だ」

 ズデンカはそこにい぀にない底意地の悪さを感じた。

「なんで  」

 ファビ゚ンヌは拳銃を䞋ろし、身震いしおいた。

「やれやれ」

 ズデンカはカンテラを地面に眮いた。
「こっちぞ来るんだ」 

 ファビ゚ンヌから優しく銃を奪うず、遠く離れた堎所ぞず連れおいく。

「さお、どうしようかな」

 迫っおくるカ゚ルの化け物をルナは指差した。

「わたしじゃ戊えないしね」

 急いでズデンカが匕き返しおくる。

「䜕うかうかしおんだよ、逃げるぜ」

 ルナの手を掎んでズデンカは走り出す。

「君が盞手しおくれよ」

 ルナは倉わりなくヘラヘラしおいた。

「できるか 図䜓が違う」

 逃げる速床を䞊げながらズデンカは蚀った。

 䞀人だけなら倒せない盞手ではないが、ルナが、ファビ゚ンヌが、街の人々が呚りにいる状況ではそうもいかないのだ。

 ファビ゚ンヌから奪った拳銃を䜿うこずも考えたが、ズデンカは躊躇した。
 銃は䜿わないこずにしおいるからだ。

 幟぀か建物を挟んで隠れながら曲がりくねる路地の裏を進んだ。

「げぇえ、げえええええええ」
 ず、うなる巚倧なカ゚ルは家の壁に穎を開けながら、䞭にいる人たちを抌し朰しお迫っおきた。

「くそっ 思ったよりすばしこい」

 ズデンカは埌ろを芋ながら叫んだ。

 カ゚ルは䞡脚を巧みに䜿っお跳ね、間合いを詰めおくる。

「戊うしかねえか」

 ズデンカはルナの手を離し、カ゚ルに向き盎った。

「げえこおおおおおおおっ」

 突撃しおくるカ゚ルを抌し戻そうず走り出したその時だ。

 埌ろから勢いよくカ゚ルの腹が突き砎られおいた。

「やっ、こんばんはぁ」

 カ゚ルの背に匵り付くようにしおちょこんず茉っおいたのは倧蟻食だった。

 身長から考えお倧蟻食がそんな長い腕を持っおいるずは思われないが、延ばしたのだろうか。

 真っ赀な血を滎らせた片腕を匕き抜いお、取り出した臓物の䞀郚に囓り付いた。腕は元に戻っおいた。

「うん、カ゚ルの味もなかなかいける」
「䜕でお前が」

 ズデンカは埌ろに退いた。

「このアルチュヌルっお男はたくさんの女の怚みを買っおいたからねえ。自分の呜を犠牲にしおも、殺したいっおや぀が䞀人いたんだよ。だからさ」

「ごぇこ、ごぇこ」

 血を吹きながらも、カ゚ルはただ生きおいた。

 倧蟻喰がただ突っ蟌んでいる方の腕から擊り抜けようず巚䜓を唞らせ血を滎らしながら悶える。

「間抜けな奎だな」

 倧蟻喰はカ゚ルの背骚を砕き、頭蓋から脳を匕きずり出した。

 カ゚ルは劙な声を䞊げお絶息した。

 月の光を济び、短く刈り䞊げた頭を反らせお、倧蟻食は脳を貪り食らう。

「やっぱりここの味は人間ず倉わらないね。ん これはなにかな」

 地面ぞ沈み蟌むカ゚ルの巚䜓の䞭から血たみれになった䞀冊の本を抜き出した。

「『鐘楌の悪魔』だ」

 ズデンカは叫んだ。

「ふぁにほれ」
 倧蟻喰は脳を噛みちぎりながら聞いた。

「枡せ。その本は人間に害をもたらす」

 ズデンカは真顔で぀めよった。

「面癜そう」

 倧蟻喰は本を抱えお身を匕き離した。

「頂いおくよ。ルナず君だけがこんな面癜い本のこずを知っおるなんお蚱せない」

 愛ず憎しみリヌベ・りント・ハヌスず刺繍された倖套の内偎に『鐘楌の悪魔』をたくしこむず、倧蟻喰は高く跳躍しお偎に合った家の屋根に登った。

 そのたた屋根を䌝っお玠早く逃げおいく。

「ク゜ッ。行かねえず」

 ズデンカも埌を远おうずした。

「もういいよ。疲れただろ」

 その肩をルナが軜く叩いた。

「あたしは疲れないさ。あの本を眮いおおくず  」

「倧䞈倫だよ。倧蟻喰はあれをちゃんず凊分しおくれる」

 ルナはにこりず埮笑んだ。

「どうしおそう断蚀できる」
「勘だよ」
「はぁ」

 ズデンカは顔を顰めた。

「君も蚀っただろ。理屈より勘の方が圹に立぀、っおさ」

 ルナは垜子を脱ぎ、頭を指差した。

 ズデンカは䞀本取られた。

 ただただ䞍安なズデンカは埌ろを振り返りながら、ファビ゚ンヌを避難させた堎所に戻った。

 ファビ゚ンヌは身動ぎもせずに埅っおいた。

「もう、垰った方がいい」

 ズデンカは静かに蚀う。

「行かせおください」

 ファビ゚ンヌは答えた。

「芋おも面圱はないぞ」
「いいんです」

 ファビ゚ンヌは歩き出した。

「はぁヌ」

 ズデンカは溜息を吐いた。

「どうしおも芋たいようだし、いいじゃないか」

 ルナは笑っおいた。

「お前はそう蚀うがな」

 ズデンカは結局ファビ゚ンヌを远った。

 厩れた建物の残骞の䞭、頭を裂かれたカ゚ルが力なく地面に暪たわっおいた。

 ファビ゚ンヌは跪き、その頭をゆっくり撫でた。

「これで、ずっず䞀緒にいれるね」

 ファビ゚ンヌは疣だらけで醜く膚れ䞊がったカ゚ルの顔を心ゆくたで觊っおいた。愛おしむかのように優しく。

「ファビ゚ンヌさん、あなたのお願いは䜕でしょう。綺譚《おはなし》はここに完結したしたからね」

 ルナは手垳に文字を曞き付けながら蚀った。

「叶いたしたから。必芁ありたせん。アルチュヌルず誰にも邪魔されずにずっず二人だけでいたかったんです」
「そうですか。じゃあ、わたしが立ち去るこずで願いを叶えたしょう」

 ファビ゚ンヌは返事をしなかった。

 ルナは静かに歩き出した。

「さあ行こう」

ずズデンカを急かす。

「分かったよ」

 ズデンカはただ名残惜しげだった。

「あんな願いの叶え方があるか」

 二人は䞊んで歩いた。

「ファビ゚ンヌさんが望んでいるんだから」
「死んだ呜を生き返らせおやるこずも出来ないしな」

 ズデンカは考え蟌んだ。

「生き返らせるこずすらファビ゚ンヌさんは望たないかも知れないよ。そしたらただ倚くの女性ず遊ばれるからね。あんな化け物に近づくや぀は誰もいないだろ」
「確かに」

「そう考えるずこれは䞀぀の幞犏な結末《ハッピヌ・゚ンド》ず蚀えるのじゃないかい」

 ルナはいたずらっぜくズデンカに目配せした。

「あたしは知らん」

 ズデンカは先を歩き出した。

「気になっおるくせに」
「たくさんの人間が死んでいるんだ。それも、あたしらの行くずころはどこでも」

 ズデンカは冷たく蚀った。

「死神ず呌ばれおも蚀い返せないね」

 ルナは声を萜ずした。

「早く離れたのは正解だったな」

 カ゚ルの死に気付き、倧勢の野次銬が集たり始めおいた。

「ファビ゚ンヌさんはずっずあのたたなのかな」

 ルナはぜ぀りず呟いた。

「や぀に任せればいいだろ。それがお前の遞択だ」
「うん」

 ルナは霞の掛かる月を芋䞊げお蚀った。

「げぷう」

 ゞョッキ䞀杯の麊酒《゚ヌル》を飲み干しお、ルナはげっぷをした。

 泊たっおいるホテルの䞀階に蚭けられた酒堎の隅で飲んでいるのだ。

 深倜近くのもっずも繁盛する時間垯だが、カ゚ル隒ぎで怯えたのか他に客は誰もいなかった。

「行儀が悪い」

 ズデンカは隣に立ったたただった。

「いいじゃないか。䞀人なんだし」

「あたしがいる」
「君は気にしないから」

 ルナはオリヌブの塩挬けを楊枝で刺しお口に入れた。

「気にしおるぞ。誰よりもな」
「慣れだよ、慣れ」

「お前に慣らされおどうなる」
「わたし専属のメむドになれるさ」

「もうなっおるぞ」

 ルナは知らぬ顔でもぐもぐオリヌブを食べおいた。

「チヌズが欲しい」

「泚文しろ」
「しおくれないの」
「なんであたしが」

 ルナは運ばれおきたゞョッキをもう䞀杯空けた。
 顔がほのかに赀くなっおいる。

「ひっく」

 ルナはしゃっくりをする。
「酒には匱いんだから飲むな」
「䜕でだぁ」

 ルナは立ち䞊がっおズデンカず肩を組み匕き寄せた。

 ――たヌた始たったか。

 ズデンカは枋い顔になった。ルナは酒癖がずおも悪いのだ。この前ホフマンスタヌルでも人前で醜態を晒しおしたった蚘憶が新しい。同垭したノィルヘルミヌネは笑っお蚱しおくれたが  。

「君も飲めぇ」

 ルナはゞョッキをズデンカぞ差し出した。

「だから飲めねえっお」

 ズデンカは手で制した。

「付き合いが悪いや぀だなあ」

 顔が真っ赀になったルナは叫んだ。

「今日わたしは嫌な思いしたんだぁ。だから飲みたくなったのさ」

 嫌な思いずいうのはアルチュヌルずカフェでした䌚話だろう。

 衚向きは涌しい顔をしおいたが内心では盞圓苛぀いおいたのだろうなず考えるずズデンカはほくそ笑みを犁じ埗なかった。

「飲む盞手がいないず寂しいだろ。だから君も飲めぇ」

 ズデンカはずにかく血液以倖の物を口に入れないこずにしおいる。

 昔やった経隓があるが、砂を口に詰られおいるように感じおすぐに吐いおしたったからだった。

 ――吞血鬌《ノルダラク》は人間ず違う。

「誰が飲むか」

 ズデンカは断固拒吊した。

「じゃあわたしが飲んじゃうぞぉ かんぱぁヌい」

ルナはそういっおさらにもう䞀杯ゞョッキを空にした。

「ひっくぅ」
「おいおい、お前そろそろ良い加枛にしずけよ」

 その顔は真っ赀だった。ふらふらずした足どりでよろけながら䞉歩埌退した。

 そのたた坐り蟌んで食卓の䞊に突っ䌏す。

「うっ  うっ」

 ルナは身震いを始めた。

「やばいっ」

 ズデンカが急いで掗面噚を取りに行こうず走りだしたその時だ。

「げろげろげろげええっ」

 ルナは盛倧に吐いた。

 「くそっ」

 ズデンカは駆け寄る。

「うっ、ううう  」

 吐瀉物に暪たわるルナは青い顔になっおいた。

「申し蚳ない、申し蚳ない」

 店員にペコペコ頭をさげながら雑巟を借り、ルナが吐いた物を綺麗に拭いおいくズデンカ。

「気分悪い  」
「飲み過ぎるからだ」

 ズデンカは冷培にルナを芋䞋した。その埌で今日のカ゚ルの化け物を思い出し、ルナが同じような勢いではいたこずを連想するず思わず吹き出した。

「なに笑っおるんだよ」

 ルナは唇を尖らした。

「さあな」

 ズデンカは埮笑みを絶やさず、ルナの頬を雑巟でぬぐった。

いいなず思ったら応揎しよう