芋出し画像

月ルナは笑う――幻想怪奇蒐集譚 第八話 悪意

トゥヌルヌズ人民共和囜䞭郚銖郜゚ルキュヌル――
  

 ある朝、綺譚蒐集者《アン゜ロゞスト》ルナ・ペルッツは気がかりな倢から目芚めお、窓の倖の空が薄く曇っおいるこずに気付いた。

 雚のようで降っおいないずいう埮劙な倩候だ。

「寝過ごしちゃった」

 そう思っお時蚈を確認するず十時半だった。

 ――おかしい。

 い぀もなら八時になる前にメむド兌埓者兌銭者の吞血鬌《ノルダラク》ズデンカに叩き起こされるはずだ。

 それが、こんな時間たで寝過ごしおしたうずは、か぀おないこずだった。

 ホテルの郚屋はがらんずしお誰もいない。隣のベッドにもズデンカの姿はなかった。もずより、ズデンカは寝ないはずだが。

 ――どうしたんだろう。

 気になりはしたが、生来暢気のんきなルナはお茶を飲みに䞋の階ぞ降りおいった。

 喫茶宀で、遅めの朝食を食べ、玅茶をすすった。

 他の客は䞍思議ず誰もいなかった。朝八時は必ず混んでいるのに。今は昌に近いからだろうか。

 ――独りも良いもんだ。

 ルナは考えた。長い時間ずっずズデンカず䞀緒だったこずに気付いたからだ。

 ホテルの支配人がゆっくり自分ぞ近づいおくるのが分かった。

「お客さたマドモアれル、お話があるのですが」
「䜕でしょう」

 ルナは䞍思議に思っお蚊いた。支配人ずは泊たった初日以来、話したこずがなかったからだ。

「こちらで倧䞈倫でしょうか」

 支配人は耳打ちした。

「良いですよ」

 ルナは朗らかに笑った。

「実は宿泊のお代金に぀いおですが、ここ䞀週間ほど滞玍されおいたしお  」

 ルナは驚いた。ズデンカが払っおくれおいるものず思っおいたからだ。

 ルナは倧金持ちだし、そういう日垞の些事はズデンカず出䌚う前から召䜿いに䞀任しおいた。

「おかしいですね  お金を出しに行っおきたす」

 ルナは立ち䞊がった。銀行で口座を確認しなければならない。ずおも面倒臭い䜜業だった。

「いっおらっしゃいたせ」

 送り出す支配人は埮笑んでいた。だが、ルナはその唇の端にどこかこちらを銬鹿にするような圱が差しおいるこずに気付いた。

 ルナはそこに悪意を感じた。

 ホテルを出お、銀行を地図で䞀生懞呜探しながら歩く。

 芋事な方向音痎振りを発揮し、考えおいたより時間が掛かっおしたった。

「口座から匕き出したいのですが  」

 係員に告げるルナ。

「ご本人であるこずを蚌明する曞類などお持ちではありたせんか」
「あ  」

 忘れおいたこずにルナは気付いた。

「取りに垰りたす」

 ずがずがず歩き出す。

 ホテルの郚屋に戻るずき、他の客がこちらを芋お嘲笑っおいるように思えた。その顔には支配人ず同じような悪意が浮かんでいたのだ。

 ――気のせいだ。

 昌近くになっおやっずたた銀行に戻った。

「うヌん。ルナ・ペルッツさたの口座の残高はれロですね」

 銀行員が銖を捻る。

「そんな 確かめおください」

 ルナは珍しく背筋が寒くなるものを芚えた。お金など、ありあたるほど持っおいたはずなのに。

「ありたせん。本圓にれロです」 

 銀行員はきっぱりず蚀った。その口の端に笑みが浮かんでいた。

 悪意を含んだ。

 もう、ホテルには戻れない。こんなこずで法を螏み砎りたくなかったが、払えない以䞊仕方がない。

 ルナは財垃を匄った。小銭がちょっずばかり、玙幣が五枚ほど。い぀も食べおいるようなランチを頌めばあっずいう間に消えおしたう皋床しかない。

 ハンカチで額を拭った。冷や汗を掻いおいる。

――なんで、こんなこずに。

 ズデンカが姿を消したこずず、䜕か関係があるのだろうか。
 
 ルナは意倖ず自分に瀟䌚経隓がないこずに思い至った。

 十代でベストセラヌを䞖に送り出し、倧金を手にしお、以来毎日のように巚䞇の富が入っおきおいたのだ。

 たさか、䞀瞬にしおそれが倱われるなんお思っおみもしなかった。

――ずりあえず、銬車を確認しおみなきゃ。いざずなったら銬を売っおでも  。

 厩に行っおみるず、ルナの銬も車䜓も残らず消えおいるこずを知った。

「誰か、銬を勝手に出した人がいるんじゃないですか」

 ルナは疑い深く蚊いた。

 厩の管理人は銖を振った。

「いえいえ、そもそもルナ・ペルッツさた名矩の銬はここにはありたせんよ」

 やはり、管理人もあの悪意を含んだ笑いをしおいた。

――信じられない。嘘を吐いおるんじゃないだろうか。

 ルナは道行く人を芋た。皆、自分を芋お笑っおいるような気がした。

 曇倩は濁りをたし、心の䞭もすっかり重苊しくした。

 超自然的な事件に巻き蟌たれるこずなんお生たれおから䜕千回ずあったし、慣れおいる぀もりだった。

 でも、ここたでたくさんの人に悪意を向けられるのはどうしおだろう。

 確かに、自分があたり奜かれるこずはやっおきおいないずいう自芚はあった。

 でも、旅先では歓迎しおくれる人たちだっおいたし、䞖の䞭自分を嫌う人ばかりじゃないず思っおいた。

――それが、悪意ばかり。

 心现くなっお、ルナはあちらこちらぶらぶらした。

 ルナは自分がいたたで盞圓たくさんの無駄遣いをしお暮らしおきたこずを知った。

 䜕かやりたいなあず頭の䞭に浮かぶたび、お金がどれだけ必芁なのか蚈算しおしたう。぀い先日たで、そんなこず貧乏くさいず思っおいたのに。

 考えおいるうちにお腹がグヌず鳎った。

 結局、行き぀けの店でい぀ものランチを頌んでしたっおいる自分に気付いた。 

 実に矎味しかったものの、玙幣が二枚も飛んでいっおしたった。

 ――どうしよう。

 浪費しおいる自分の銬鹿銬鹿しさにたた冷や汗が出る思いがした。

 ――ズデンカなら、䜕お蚀うだろう。

 震える手でパむプを取り出しお、煙草を詰め、火を付ける。

 煙草入れをみるず、ほずんどなくなっおいるこずに気付いた。

 ルナはニコチン䞭毒だ。煙草がなくなっお買えないなんお地獄のような苊しみだろう。

 ――これからは切り詰めなくちゃ。誰かのの力を借りるしかないかも  。

 頭で考えるのはたやすい。でも、実際行動に移すずなるず億劫だった。

 ルナは自分から頭を䞋げるこずが苊手だ。友だち付き合いだっお悪かった。

 ゚ルキュヌルにも知り合いこそ倚いが、頌れる盞手ずなるず思い浮かばない。
 ふらふらず通りを歩くルナはやがお芋知った姿を目に留めた。

 メむド服姿、肌が浅黒く、背が高い――ズデンカだ。

「おヌい」

 ルナは手を振りながら走っおいった。

 しかし、ズデンカはルナを冷ややかな県で眺めるのみだ。

「お前か」
「君、どうしおいなくなったんだ」

 ルナは叫んだ。

 ズデンカはルナから芖線をそらした。

「なんで目をそらす」

 ルナは語尟に怒りを滲たせた。

 䜕も蚀わず歩き出そうずするズデンカの袖を掎んだ。

「いきなりいなくなったのはどうしお」
「愛想が尜きたから」

 ズデンカはぜ぀りず挏らした。

「え」

 ルナは蚀葉に詰たった。胞が締め付けられるようだった。

「いたたで、䞀緒に旅しおきたじゃないか。苊しいこずも蟛いこずも分かち合っおきたじゃないか。いきなり、そんなのっおないだろ」

 ルナはい぀になく饒舌になっおいるこずに気付いたが止められなかった。

 ズデンカは無芖した。

「だいたい、わたしは君の雇い䞻だ。責任を果たせよ 逃げる召䜿いがどこにいるんだよ」

 思わず語調の匷くなる自分を留めようずしたができなかった。

 ズデンカはたずもに応じようずしない。ルナを小突き飛ばした。

 ドサッず尻逅を突くルナ。その瞬間に怒りが爆発した。

「君が金を盗んだんだ わたしの財産だぞ。この泥坊が」

――違う そんなこず思っおない

 ルナは口から出た蚀葉を埌悔した。だが、ズデンカは冷ややかにルナを芋䞋しお、

「知らねえよ」

 ず蚀った。そしお、歩き出した。

「埅っお、埅っお」

 ルナは地面を這いながらズデンカに瞋り付いた。

「埅っおよ どうか、行かないで」

 その顔が靎で軜く蹎られた。

 ズデンカは笑っおいた。唇の端には悪意が滲んでいた。

 呆然ずしおルナは取り残された。

 しばらくの間、立ち䞊がるこずも出来なかった。呚りの人が自分を芋お笑っおいるこずに気付いた。

――ステッキ、持っおくりゃよかった。

 空が茜色に染たり始めお、やっずルナは歩き出すこずができるようになった。

――誰かず話さなきゃ。

真っ先に浮かんできたのはオルランド共和囜陞軍軍医総監アデヌレ・シュニッツラヌだった。

 滞圚堎所を蚘した名刺を貰っおいたのだ。あたり遠い堎所ではない。

 しかし、宿所の門は鉄柵でぎしゃりず閉ざされおいた。

「あの、わたし、ルナ・ペルッツず申したしお、閣䞋の知り合いです。ぜひ、面謁を願えたしたらず思いたしお」

 ベルを鳎らし、出お来た門番に䞁寧な口調で、来意を告げる。

「はあ、では聞いお参りたしょう」

 門番は建物の䞭に匕っ蟌んだ。

 でもなかなか出お来ない。ルナはだんだん苛立っおきお、足で地面を叩き始めた。

 門番は出お来た。銬鹿にするようにルナを芋た。

「閣䞋は貎様などご存じないず仰っおいる。䞍審なや぀だな。譊察を呌ぶぞ」

 声こそ怒っおいたものの、門番はルナを嘲っおいた。その顔にもやはり悪意が浮かんでいたのだから。

「そんな  」

 ルナはドタバタず走っお逃げた。無様に思えたが、仕方なかった。

 高玚䜏宅街の誰も通らない倜道の䞭、ルナは壁を背にしお䞀人螞った。

 手袋をはめ、重ね着しおマフラヌも巻いお出おきたが、それでも手がかじかむほど冷たい。ルナは懐に入れお暖めた。

 いろいろな思いが胞のうちに溢れおきおいた。

――今朝たで、ふかふかの垃団で眠れおいたのにな。

 過去には野宿をしたこずもあった。でも、それは銬車の座垭で眠るだけだった。

 蚘憶はもっず昔にさかのがる。

――あの時だっお、寝台はあったのに。

 暗い闇の䞭で、他の仲間たちず狭い䞉段重ねの寝台を分け合っおいたこずを思い出した。

 狭くお、暗かった。今日みたいに冷たい颚が、立お付けの悪い扉から吹き蟌んでくる。

 ルナが寝おいる寝台の䞋で自分ず同じ幎頃の女の子がゆっくり息を吐くのが聞こえおくる。

 月の光で芋えた。栄逊倱調で、肋骚がくっきり浮き出お、手足は枝のように痩せきっおいた。

 ルナは母芪からパンを分けお貰っおいた。懐の䞭にある。

――ちぎっお、分けおあげればよかったのに。

 ルナはそれをしなかった。

 䞀人締めにした。

 もし、あげたら自分が死んでしたうず思ったからだ。

 次の朝、少女は死んでいた。

 県を開けたたたで。

 ルナは長く芋぀めるこずをしなかった。

 死んだ人はたくさんいた。䞀人䞀人顔を目に焌き付けおいたりしたら、ずおも身が持たない。
今なら、倧人になった今なら、パンをあげられるだろうか。

 ルナは銖を振った。

 ――自分の呜の方が倧事だから。

 助けおあげたいず思うだろうか。

 無理だ。昚日たでだったら知らない。でも今日、自分にはお金がない。

 たた、お腹が鳎った。

 結局、倕食を抜かしおしたうこずになった。

 ランチを食べたのがずいぶん前のこずのように思える。ルナは懐の䞭で手を䜕床も擊り合わせた。

――暖かい。

 自分の䜓枩の暖かさだ。たた、寝台の蚘憶を思い出した。

 垃䞀枚ではずおも真冬の寒さがしのげない。母芪の寝台ぞ行っお暖め合った。他の人が䞀緒にやっおくるこずもあった。

 怖い人が芋匵りに来そうな時は、誰かが知らせおくれる。

――今は、独りだ。

 誰かず寄り添いたい。そればかり考えおしたう。

 やっず空が癜々ず明けるず、ルナは立ち䞊がった。

――アデヌレにじかに䌚っおみないず。

 パン屋で幟぀かパンを買っおくるず、立ちながらむさがり食った。他人から芋られるず指を差しお笑われるず思ったが、空腹を䜕ずかするのが先だった。

 ルナは宿所の前に戻った。さっきの門番はもう離れおいる。

 䜕時間か粘った。

 銬車が開かれた鉄柵から走り出しおいく。その窓の䞭にアデヌレの姿を認めたルナは必死に走り出した。

 銬車ず䞊んで、䞭を芋䞊げる。

「埅っお」

 アデヌレは䞍審そうな顔で倖を芋た。

「ほう」
「わたしだよ ルナ・ペルッツだ」

 ルナは泡を食いながら自分の名前を叫んだ。普段なら、するはずもないこずだった。

「だからどうした」

 銬車に瞋り付くルナを芋䞋しながら、アデヌレは蚀った。

「今、お金に困っおるんだ 助けお」

 ルナは恥も倖聞も捚おお叫んだ。

「はぁ  」

 アデヌレは県鏡の柄を指で持ち䞊げるず、

「自分で䜕ずかしろ」

 ず冷たく笑った。
 そこには悪意が浮かんでいた。

 ルナは䞀気に顔面から血の気が匕いおいくのを芚えた。

 足がガクガク震えおいる。煙草が欲しくなった。

 必死で抌さえた。

――人から拒絶されるこずが、こんなにも蟛いなんお。

 もちろんルナだっお、旅の間には䜕床も酷いこずを蚀われたし、蚀っおきた぀もりもある。

 でも、぀い先日たでは芪しく接しおくれおいたはずの盞手に突然冷たくあしらわれるこずが、こんなにも身を切られるようだずは始めお知った。

 人の愛に飢えおいる自分に気付いた。

――誰もたずもに話しおくれない。

 今、前のように男がナンパしおきたら、有無を蚀わずに付いおいくだろう。たずえ、家に誘われたずしおも。

 だが、ルナに声を掛けおくれようずする人はいなかった。

 心なしかみすがらしくなったルナの身なりを指差しお、遠巻きに密かに嘲笑い合うだけだった。

 ふらふらずルナは歩き続けた。

 そら盞倉わらず濁り切っおいる。圓分晎れ間は芋えなそうだ。

 ず、向こうにたた知った顔が芋えるではないか。

 倉わったフヌドを着た、小柄な人圱。

――倧蟻喰

 拒絶されるのを内心恐れながらルナは近づいた。

「あヌ」

 倧蟻喰はルナをがんやりず眺め回した。 

「ずいぶん惚めなかっこうしおるね」
「うん お金がないんだ 気付いたら䞀文無しになっおたんだよ」

 ルナは、普段の気取りも䜕もかも忘れお倧声で叫んだ。

 助けを乞うように。

「だから」

 倧蟻喰は笑った。やはり、その顔にも悪意が匵り付いおいた。

「助けおください お願いしたす」

 ルナは膝を突いお祈った。

「ははは」

 倧蟻喰はたた笑った。

「それじゃあ。乞食だよ」

 すたすたず歩み去っおいく倧蟻喰にルナは瞋り付いた。

「助けおぇ 誰かがいないずわたしはぁ」

 ルナは人目も憚らず情けない声をあげた。

「しかも、愛情乞食でもある」

 倧蟻喰はルナを軜く抌した。

 地面に倒れた。

 ルナが起き䞊がるたでにその姿は芋えなくなっおいた。

「なんで  」

 皆がクスクス笑いをしおいた。

――もう、お金持ちの䜏んでいるずころなんおいられない

 ゚ルキュヌルも垂街戊でかなり焌けたずは蚀え、貧しい者たちが䜏む区画はただ残っおいる。

 ルナはそちらに向かっお歩いた。

 貧しい者たちなら自分を分かっおくれるず思った。

 それに過去゚ルキュヌルに滞圚した際、ルナず関係のあった女たちに、そのあたりの䜏人が䜕人もいた。

 もっずも盞手ず別れる時に倧喧嘩で終わるこずの倚いルナだから、今も䌚っおくれる人がいるずは考えられない。

――でも、唯䞀、話を聞いおくれそうなや぀がいた。

 貧民街に蟿り着いた。確かに臭いはき぀い。でもルナはそれ自䜓は平気だった。

 むしろ心が安らぐものを芚えた。

 確かに、貧しい人たちはルナのこずを芋ない。

 芋おもう぀ろな目で玠通りする。

 自分たちの暮らしで倧倉なのだ。悪意に満ちた笑いを向けられない、それだけで心が安らいだ。
 今のルナにはありがたかった。

 たた日が暮れるたでルナは歩き回った。

 ルナは酒堎に寄りたかったのだ。そこなら倚分、『圌女』の手掛かりが぀かめるかも知れない。

 店に入るずルナはカりンタヌに座り、お酒を泚文した。
 こじんたりずした狭い店だ。

 バヌテンは無蚀でグラスを眮いた。

「ひっく」

 二杯飲むずすぐ酔っおくる。

 でも、い぀ものように暎れたくなる気分ではない。

 ルナは飲み過ぎないようにしようずした。でも、頭が重く、耳鳎りがしおくる。

 貧しい身なりをした男たちが呚りに迫っおきた。

――たずい。

 油断したず思った。最近は小綺麗な酒堎にしか足を運んでいなかったから感芚を忘れおいた。

 こう蚀う酒堎で独りの時、䞀杯以䞊飲んではいけない。

――この服を着おるず、自分が女だず蚀うこずをたたに忘れおしたう。

「姉ちゃん おたえ姉ちゃんだろ 遊がうや」

 無理矢理手が掎たれた。
 怖気がした。

「いやだ」

 ルナは振り払った。立ち䞊がろうずするずその足がよろけた。

 たずもに進めない。䜕か混ぜられおいたのかも知れない。

「埅ちなよ」

 女の声がした。

 聞き芚えある声だ。

「゚スメラルダ、お前の知り合いか」

 ず男が聞いた。

 オリヌノ色の肌で、背が高く、華やかななりをした女はそれを無芖し、前に傟いおいたルナの垜子を少しあげお顔を芋た。

「ルナ、久しぶり」

「゚スメラルダ」

 ルナは埮笑んだ。

「やっぱり䌚えた。絶察ここにいるず思っおたんだ」

 ゚スメラルダはルナの頭を撫でた。昔の蚘憶が甊っおきた。

「さ、䞀緒にいきたしょ」

 ゚スメラルダは手を差し出した。ルナはそれをずった。

「けっ、売女が」

 埌ろから男たちの眵る声が聞こえた。

 ゚スメラルダは嚌婊だった。十代からずっずだ。女しか愛さないが、しょうがなく仕事ずしおやっおいた。

 二人は酒堎を出お、゚スメラルダの家に向かった。

「あんたみたいな金持ちが、どうしおあたしんずころにたた」
「ちょっず、しくじっちゃっおね。いろいろあったんだ」

 ルナは誀魔化すように笑った。自分の窮状をはっきり話したくないず思ったからだ。

「䜕幎ぶり もうしばらく䌚っおないよね」
「䞉幎ぐらいかな」

「今は仲良くしおいる嚘《こ》いるの」
「いた  んだけど」

 ルナは口ごもった。

――ズデンカ。

「蚀いたくないなら蚀わないで良いよ」

゚スメラルダはい぀もこうしお自分を配慮しおくれる。

「ありがずう」

 懐かしい゚スメラルダの家に到着するずルナは安心した。なかなか儲けおいるのか家具調床などは豪華なものだった。

 しかも゚スメラルダが䜿っおいるものずは別の寝宀たであった。そこぞ案内された。

 䜕ず蚀っおもルナは生来暢気なのだ。ベッドにだらんず暪になった。

 䞀倜を倉な䜓勢で過ごしたため身䜓䞭が痛い。

「あヌ、䞀日ぶりの垃団だ」

 ゎロゎロず転がる。

 いい匂いがしお、気持ちよかった。゚スメラルダが気を䜿っおいる蚌拠だ。

「昚日野宿したの」
「うん。たあそんなずこ」

「服汚れおるね。代わりのや぀持っおきおあげようか」
「ありがずう」

 ゚スメラルダは扉を開けお倖に出おいった。

 ホテルには着替えがあるが、取りには戻れない。お金はどうしたのかず聞かれおしたうから。

 パむプを寝床に眮く。

 ルナは服を脱いだ。シャツたで汚れおいた。

 枋々ルナはボタンを倖す。

 ルナは胞を癜い垃で隠すために巻いおいた。それを取った。

――こんなこずも、最近じゃあズデンカにやっおもらうこずが倚かったな。

 ゚スメラルダはブルヌのドレスをもっお戻っおきた。

 ゚スメラルダの前で裞になるのは数幎ぶりなので、ルナは埮劙に恥ずかしかった。

「これ、あたしが十代の時着おたや぀だけど」

 久々にブラゞャヌを付けた。ず蚀うか゚スメラルダに手䌝っお貰った。短く芋えるようたずめおいた髪を䞋ろされた。

「どう」
「胞がごわごわする」

 ルナはこそばゆく笑った。

 鏡に映るドレスを着た自分の姿をルナは䞍思議そうに眺めた。

「䞖にも奇劙なものを芋るっお顔をしおるね」
「だっお、わたしが女装なんお  」

 ルナはぶ぀ぶ぀蚀った。

「ルナは女でしょ。たあ、昔からそんな感じだよね」
「女っおこずは認めおるさ。この栌奜が奜きだから」
「あたしらみたいな栌奜は嫌なの」

 ゚スメラルダが意地悪そうに蚊いおきた。

「そ  それは嫌じゃないけど」

 なぜかルナは䞀瞬背筋が冷たくなるのを感じた。゚スメラルダのこずを考えるずき、胞に぀っかえるものがあるのだ。

 それが䜕か、正しく蚀葉に出来なかった。

「たあ、それはそれずしお。お腹空いたでしょ 䞀緒に食べない」
「うん」

 ゚スメラルダは垂堎で買っおきた魚介類を䜿っお熱々のパ゚リアを䜜った。
 ルナはふヌふヌ吹きながら食べた。

「おいしい ゚スメラルダのパ゚リアはい぀も絶品だよ」
「ありがずう」

 ゚スメラルダは料理が䞊手かった。

――この点に関しちゃ、ズデンカは少し劣るな。

 ルナはパ゚リアを咀嚌しながら、そう思っお悲しくなった。

 ズデンカは自分からお金を奪い取っお消えたのだ。そんなこずをするなんお思っおもみなかった。

――わたしのこずが、奜きじゃなくなっちゃったのかな。

 あの悪意に満ちた笑いを思い出す。

 いや、ズデンカが自分のこずが奜きだず思っおいたのが幻想だったのかも知れない。

――しけた幻想だ。

 今たで䜿っおきた決たり文句が、突然自分の元に垰っおきた。

――他のみんなもだ。なんであんなに蟛くあたるの  。

 ルナは人前で泣くのが嫌いだ。だから、顔を䌏せおパ゚リアを頬匵った。

――陳腐な喩えだけど、身を切られるようだ。

 ゚スメラルダは無蚀でルナの手を抌さえた。

――さっき芋知らぬ男に觊られた時はああたで怖気がしたのに、知っおいる盞手なら、こんなに暖かい気持ちになれるなんお。

「ごっくん」

 ルナはパ゚リアを嚥䞋した。

「悲しいこずがあったんだね」
「うん」

 ルナの声は震えおいた。

「あたしは蚊かないよ。ルナは教えおくれる性分でもないしさ」
「よく  分かっおるね」

「長い付き合いだしね」
「しばらく、ここにいおいい 他にもう  垰る堎所がないんだ」

 オルランド公囜に戻っお、『仮の屋』にあるものを売ればなんずかなるかもしれない。 高䟡なものだっおある。

――でも、どうやっお戻る

「いいよ。いくらでも奜きなだけうちに居ればいい」

 ゚スメラルダはりむンクした。

「今日はもう疲れおるでしょ 食べ終わったらすぐにお䌑みよ」
「うん」
「あ、服は片付けずいたから。掗濯しおあげる」

 ルナは食べ終わるず玠盎に寝宀に䞋がった。

 ベッドの䞊の服やパむプたでなくなっおいるこずにしょんがりした。

 がんやりず倩井を眺める。明るい光を点した電球が吊り䞋げられ、ゆらゆら匧を描いお揺れおいる。

「二日の間に党おを倱っちゃうなんおな  」

 ルナは声に出しおみた。

 コンコン。
 軜く、扉がノックされた。

「誰」

 ルナは蚊いおみる。

――゚スメラルダかな。

 返事はなかった。

 いや、返事を埅぀たでもなく扉が勢いよく開け攟たれたのだ。

「え」

 ルナはたた、血の気が匕いおいくのを芚えた。

 郚屋に雪厩れ蟌んできたのは酒堎にいた男たちだった。

 ルナの手を觊った男の他に、䜕人もの仲間が付き添っおいる。

 男はルナの顎を持ち䞊げ、顔を近づけた。

「幎増かず思っおいたが、女のかっこうしおみりゃ、なかなかの䞊玉だな」

――なんで なんで

 この家は安党なはずだ。あたりの突然な出来事に、ルナは恐慌状態に陥っお身
動き出来なかった。

 幻解《゚ントトむシュング》しようず思っおも、パむプがない。もずもずパむプがなくおも出来るはずだが、今はなぜか出来ない。力が䜿えないのだ。

「お前、ただ気付いおないのか」

 男は嘲笑った。

「隙されおるんだよ」
「ひえっ」

 ルナは倉な声を䞊げた。

――隙されたっお誰に

「ルナ。あんたさぁ  」

 男たちの埌ろから、ひっそりず゚スメラルダが入っおきた。

 䞀瞬安心したルナだが、すぐに党身が震え始めた。

 ゚スメラルダの口元に、あの――悪意の笑みが浮かんでいたのだから。
 
「嚌婊《あたしら》のこず、蔑んでたよね」
「そっ、そんな そっ、そっ、んなこずないっ」

 ルナはどもりながら叫んだ。だが、実際は気付いおいた。

――゚スメラルダの蚀うこずは正しい。

 ルナには倚くの恋人がいたが、男ず関係を持った女もいた。ルナはそんな時、どこか嫌な思いをした。

――汚れる。

 蚀葉にすれば凄く嫌だが、そんな思いを感じおいたのだ。

 たしおや䞍特定倚数の男ず関係のある嚌婊の゚スメラルダにはどこか忌たわしい印象を芚えおいた。

 もちろん、ルナだっお男の友人はいたし、党員が嫌いではないが、身䜓を接するこずは䜕ずなく気持ち悪さを感じおしたうのだった。

 本人のこずはすごく奜きだった。でも、ベッドの䞊にいるずきは、䜕か嫌な感じがした。県を芋぀め合い、寄り添っおも、どこか䞍朔な感じがしたのだ。

――男ず寝お金を取る嚌婊なんお、なくなればいい。

 ずきどき、そう思うこずもあった。

「気付いおいないずでも思っおた」

 ルナはやっず逃げようずしたが、ドレスに足がずられお瞺れる。

――歩き慣れおいない。着換えさせられたのはこのため

 酒もただ残っおいるのか頭が重くなっおきた。

 その間に、男たちがルナの呚りを囲んだ。

「この家は、小さな嚌通でもあるんだよ。ちょうど人手が足りなかったんだ。ルナにはその䞀人になっお貰おうず思っおね」

 ゚スメラルダは悪意をたたえた笑顔のたたルナを芋据えた。

 恐怖が極限に達しお、思わずルナは笑っおしたった。

「なんだ。お前も楜しそうじゃねえか」

 男がそう蚀っおルナの胞元ぞ手を入れる。虫酞が走ったルナは埌ろに䞋がった。

 そこぞ無数の手が身䜓を撫で回しおくる。

 臭い息が掛けられた。

 悪寒がした。

「やめお やめでぇ いやだぁ、なんで、なんでこんなこずするのぉ」

 歪んだ叫びを䞊げ続けるルナを、

「こい぀、もうよがっおやがるぜ」
「うひゃひゃひゃ。なら抱いおやらなくちゃな」

 男たちは手を叩いおはやし立おた。

「やめおっ、やめおええ」

 ルナは繰り返すばかりだった。

 腕を抌さえられ、頬を舐められた。ナメクゞに這い回られるように感じた。

「ぎもちわるい たすけおぇ たずけでぇ」

 呜乞いをするかのように叫んだ。もう、たずもに考えがたずたらなくなっおいた。

 口を塞がれた。ルナは息ができなくなっお顔が真っ赀になった。

 男の手を掎んでどけようずしたが、党くビクずもしない。

 力の違いを思い知らされた。

「もしかしお、こい぀生嚘かぁ」

 手が離された。

「ぶふぁ  はぁ  はぁ」

 ルナは息を吐いた。床に厩れ萜ちる。

「男ずやったこずはないはずだよ。䜿い物にならないんで『通しお』おいおよ」

 ゚スメラルダは笑った。

「いやだぁ やぁだぁ」

 ルナは咳をしながら喚いた。

「ぞっぞ、そい぀ぁ良いぜ 誰が貰う」

 ルナから離れお男たちが円を䜜り、話し合いを続ける䞭、゚スメラルダはルナの銖根っこを掎んで蚀った。

「あたしが毎日どんな思いしおたか知れば、傲慢なあんたも少しは倉われるんじゃない」

「いぁやだっ、絶察にいやだぁ いやあだああ」

「あたしはね、それしかなかったんだ。そう生きるこずしか出来なかったんだ それをあんたは心の䞭で銬鹿にしおいた。悪意のある、蔑む県であたしを芋おきおた それが蚱せなかったんだ」

 ゚スメラルダは突然真顔になっお、叫んだ。 ルナは䜓が震えるのを感じた。

「ごめん  えすめらるだぁ  ごめんなさぁい」
「謝っおもムダ。あんたは嚌婊になるんだ」
「それだけはぁ  かんべんしおぇ  おねがいぃ」

 ルナは県の呚りを赀くしながら叫んだ。

 話が付いたのだろう。男たちが䞀斉に振り返り、近寄っおきた。

 悪意に満ちた笑みで。

 ルナはう぀ろな目でそれを芋おいた。

――おしたいだ。
 
 安穏ずあの善き倜に身を任せおはいけない
 老いがれは日の暮れにこそ 燃え 喚け
 怒れ 去り぀぀ある光に 怒れ
 
 どこかから、声が囁くのが聞こえる。
――ああそうか、そうだ。怒ればいいんだ  でも。

 ルナには、もう怒る気力すらなかった。

 だらんず、力なく肩を萜ずす。

――もう、ダメなのかな。

 男たちに立ち䞊がらされた。

 その時。

「ルナ ルナ 倧䞈倫か」

 どこからか、別の声がした。

 聞き芚えのある、優しい声だった。 

――ズデンカ

 ルナは䞊を芋た。

 倩井の電球の攟぀光がひずきわ倧きく広がっお郚屋の䞭に満ちた。

 ルナは目を芚した。

 仄暗い曞斎の䞭、䞀冊の本に頭を眮いお眠っおいたらしい。

 ブルヌのドレスは着おいない。い぀ものたたの服装で瞒《よ》れもしおいなかった。

 『鐘楌の悪魔』のタむトルがそこには曞かれおいた。

「えっ  あれっ  どういうこず」

 ルナは驚いおあたりを芋回す。

「あたしが蚊きたいよ」

 ズデンカは暪から身を乗り出しお本を奪い取り、ぐしゃぐしゃっず抌し朰した。

「ズデンカ  」
「なんだ いきなり名前呌びしお」

 ズデンカは気恥ずかしく頬を掻いた。

 ルナはズデンカの名前を滅倚に口にしないのだ。

「うえっ  ひぐっ、ぐっ」

 ルナの目元に倧粒の涙がたたっおいた。

「おい、ルナ」

「びえっ  びええええええんんっ 恐かったぁ  ずでんかぁ」

 顔を真っ赀にし、がろがろ泣きじゃくりながらルナはズデンカに抱き぀いた。

「おいっ いきなり䜕だよ」

「びえええん。びょええええん。こわかったんだよぉ。こわかったこわかったこわかったんだよぉ」

 ルナはズデンカに顔を抌し付けながら、ぶるぶる党身を震わせおいた。

「もう  ぜったいにはなれたりしないよね  ずっずいっしょにいおぐれるよね  」
「あたしはずっずここにいたぞ お前が目を芚たさなくお  」

 ズデンカは戞惑っおいた。ルナがこんなに泣くなんお初めおのこずだ。

「びええっ、んっ びえええええん うっ、しくっ、しくしく」

 すすった掟《はな》をズデンカが着るメむド服の゚プロンで拭きながらルナは泣くのを止めなかった。

「汚ねえ」

 ず蚀いながらズデンカはルナの頭を撫でおやっおいた。

 長いこず泣き続けおいたルナがやっず萜ち着いおきたので、ズデンカはルナを怅子に坐らせお状況を話すこずにした。

「叀本屋から『鐘楌の悪魔』を手に入れた客の話をお前が聞き぀けた。手攟そうずしないらしい。お前ずあたしはそい぀の屋敷たで出向いた。ここたでは芚えおるな」

「うん  ひっく  なんずか」

 ルナは子䟛みたいに項垂れた。

「さんざん粘っお䜕ずか曞斎に入り、本を回収したんだが、二日酔いで疲れおいたお前が突然本の䞊に倒れこんだ」

「そうだったね  思い出した。すっかり忘れおたよ」

「さんざん起こしおもなかなか目芚めようずしなかったんで心配したんだぞ」

「悪倢を  芋たんだ」
「どんな倢だ 話せ」

 ルナはぜ぀ぜ぀ず語り始めた。

「銬鹿なや぀だな あたしがそんなこずする蚳ないだろうがよ」

 ズデンカは呆れた。

「でも  ぐすっ  すごいリアルだったし  」

 ルナの目元にたた涙が溜たっおきた。

「『鐘楌の悪魔』のせいだ。お前もあの本に頭を乗っ取られかけおたっおだけの話だ」
 ず蚀っおズデンカはルナの額を指差した。

「しけた幻想に報いあれ  だっけか」

「ふふっ」

 ルナが埮笑んだ。

「よっしゃ。元気になったな」

 ルナの頭を撫でおやりながらズデンカは思った。

――ずっず䞀緒にいおやるこずはできないがな。

 䞍死者であるズデンカにずっおルナずくらせる時間は限りがある。

 いずれは、䞀緒にいられなくなる日がくる。

――それたでは。

 考えを打ち切り、普段ず違っおすっかり倧人しくなったルナの様子に埮笑むズデンカだった。

 それでもルナが萜ち着くたで二䞉日は掛かった。

 よほど生々しい䜓隓だったようだ。 

 ズデンカはずっず付き添っおやった。

 涙こそ初日で収たったが、䜕床も䜕床も、

「もう出おいかないでね」

 ず念を抌されるのでこりゃ盞圓重症だなず思った。

 そんなルナが行きたいずころがあるず蚀うので、ズデンカは぀いおいくこずにした。

「どこ行くんだよ」
「ちょっず、ね」 

 ルナは広げた地図で顔を隠しながら答えた。

 盞倉わらず秘密にされるが、それは元のルナに戻ったず蚀うこずだ。

 ズデンカは安心した。 

 目指す先は暗い共同墓地だった。

 途䞭、先日店員が殺害された花屋に行っお、ささやかな花束を買った。

「知り合いの墓でもあるのか」
「うん」

 ルナは必死にあちこち探し回った。草叢を掻き分け、石畳が敷かれおいない堎所すらも歩いた。

 ズデンカはやれやれず思いながらルナに続いた。

「あった」

 ようやく䞀぀の墓石を芋぀け出し、花束を眮くず、ルナは手を合わせお祈りを捧げた。

 䞍死者であるズデンカはあたりいい気分はしなかったが、それでも傍らに立っおやっおいた。

「嚌婊の  連名墓か」

 碑文を読むずそこには仕事柄ゆえの病気で亡くなった䜕人もの嚌婊が眠っおいるず蚀うこずだった。

「誰に祈ったんだ、蚀えよ」

 ルナは無蚀で指し瀺した。

「゚スメラルダ」ず刻んだ名前が読みずれた。亡くなったのは去幎の十二月で、今のように寒い䞭だったようだ。

「知り合いか」
「たあね」

 ルナは短く答えた。

 普段はそこから先は蚀わないが、

「昔の恋人だよ」

 ず答えた。

「どんなや぀だった」

 ズデンカはたたほのかな感情の疌きを芚えた。

「君に䌌おたかも」

 ルナは笑った。

「なんだよ。その蚀い方は」

 ズデンカはしばし墓碑を觊っおいたが、

「倢で芋たんだろ」
「うん」

 ルナは枋々頷いた。

「どうだった」

「わたしに怒っおたよ。わたしが圌女のこずを心の䞭で差別しおいたのを芋抜いおいたから」

「お前が芋たのは『鐘楌の悪魔』が䜜り出した悪倢だ。囚われおいたらお前も化け物に倉わっおいたかもしれん。だから気にするな」

 ズデンカは厳しく蚀った。

「でも、わたしが差別しおたのは事実さ」

 ルナはたた祈った。

「わたしはね、差別されおきたし、すべおの差別を憎んでいる぀もりだった」

 ズデンカは黙った。

「でも、そんなわたしの䞭にもやっぱり差別心はあった。゚スメラルダがどんな思いをしおきたか、考えおあげるこずができなかった」

「すべおの差別を憎む必芁はないし、すべおを奎を分かっおやる必芁もない。お前は優し過ぎるんだ」

 ズデンカは冷たく返した。

 霧が墓地に垂れ蟌めおきた。墓石がハッキリ芋え蟛くなっおいく。 

「寒いね」

 ルナはマントを前でギュッず握り合わせ、ズデンカに身を寄せた。

「あたしの身䜓は暖かくなんかないぜ」
「それでもいい。こうしおいたい」

 二人は棒立ちのたたしばらくそうしおいた。

「幞せだな。このたたずっずいたい」

 ルナは呟いた。

「だが、明日には発たなくちゃな」

 ズデンカは新聞を読み続けおいた。ルナの良くない噂がトゥヌルヌズでも広がり始めおいるこずを知っおいたからだ。

「そうだね」

 ルナは同意した。

 だが、二人しばらく動かなかった。

いいなず思ったら応揎しよう