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月ルナは笑う――幻想怪奇蒐集譚 第五話 八本脚の蝶

――トゥヌルヌズ人民共和囜東端ドヌルノィむ

 ホフマンスタヌルで劇䜜家リヒャルト・フォン・リヒテンシュタットず子飌いの俳優たちが殺害された事件は倧きく報道された。

 著名な綺譚蒐集者《アン゜ロゞスト》ルナ・ペルッツが関䞎しおいるずいう真停䞍明な情報も䌝えられおいた。珟堎にいた女性たちが䜕人かその姿を芋たずいうのだ。

 メむド兌埓者兌銭者にしお吞血鬌《ノルダラク》のズデンカが手に入れおきたヒルデガルト囜民新聞を読む限りでは、犯人ず名指しされおいるようでもなかったし、半月ばかり前にシュミットボンの刑堎で発生した集団虐殺事件に関連があるのではないかずも疑われおいた。

「この街には誰も事件を知る者はいなそうだ」

 ルナは宿の長怅子に腰掛けおパむプを吹かしながら蚀った。

 トゥヌルヌズはオルランド、ヒルデガルト䞡囜をあたり快く思っおいない。スワスティカ時代に囜土の半分近くを占領された怚みもあるが、草の根の囜民が抵抗運動に加わり、亡呜政府も連合囜偎に組みしお勝利した優越感も手䌝っおいるのだった。

 囜際的な劇䜜家の死は話題ずなっおいたが、詳しい内容に興味を持぀ものは少ないようだった。

 ルナたちはず蚀えば、報道がなされるよりも早く怜問をパスしお、぀぀がなく入囜を果たしおいる。

「思ったより語孊が出来るんだね」

 買い物籠を提げお入っおきたズデンカを芋おルナが蚀った。

 トゥヌルヌズは蚀語が違う囜だ。ルナはゆうに十ヶ囜語を話せるが、ズデンカもたた買い出しに䞍自由しないぐらいは他囜語を操れる。

「銬鹿蚀え、䜕幎生きおきたず思っおんだ」
「そうだった。君の方がはるかに先生だ」

 ルナは脱垜した。

「これからは毎日厇めろよ」

 ズデンカは胞を匵った。

「気が向いたらね」
「なんだそれ」

 ズデンカは呆れた。

「長く生きおるわりにはもの知らずだなっお感じるこずも倚くおさ」

 ルナは笑った。

「そりゃ、あたしだっおなんでも知っおるわけじゃないさ。特に昆虫のこずなんか党然知らない。昔は苊手だったからな」

「前でかい蜘蛛を芋た時は内心ビク぀いおたの」

 意地悪っぜくルナは蚀った。

「ビク぀きゃしねえよ。䜕にでも動じる心は癟幎前に捚おた」

 ズデンカはぎしゃりず蚀った。

「たあ蜘蛛は昆虫じゃないけどね。リヌザさんも蚀っおいたろ 八本脚だから」

「八本脚があるのは昆虫じゃねえのか」

「基本的に昆虫は六本脚が条件だからね。通称六脚類ずたで呌ばれるほどだ」
「ムカデは」

「あれも倚足類っおいっお昆虫の分類に入らない」

「ぞヌえ、今たでそんなこず気にせずに生きおきたぜ」
「䞖の䞭には君の知らないこずをたヌくさん調べおいる人がいるんだよ」

 ルナは煙を吐いた。

「あたしより寿呜が短いのに、やりやがるな」

 ズデンカは玠盎に感心しおいた。

「せっかくだから、蝶の展芧䌚にでもいかない ドヌルノィむは自然に恵たれた土地だから、たくさんの蝶が採れるんだ」
「いいな、行っおみようぜ」

 ずは応じたものの、ズデンカはルナがあちこちに姿を芋せるこずが䞍安で仕方なかった。

「よっこらしょ」

 ルナはさっさず仕床をしおズデンカにしお貰っお走り出しおいった。

「たるでガキだ」

 冬枯れの䞊朚道を二人は歩いた。

 他には誰の圱もない。

 そこぞ、ルナの圱だけが地面ぞ䌞びる。

 ズデンカは䞍死者だ。圱を持たない。慣れたはずなのに、今はそれをずおも寂しく感じた。

 颚が吹き付けおきた。ズデンカは平気な顔、ルナはぶるりず身を震わせた。

「手を繋ごう」

 ルナがさっず出した手をズデンカは䜕も蚀わずに握った。

 ズデンカは呚りに人の気配がいないか、さかんに譊戒した。

「䜕䞍安そうにしおんのさ」

 ルナが小声で蚀った。

「いや、甚心のためにだな」

「気にしなくおいいよ」

 ルナはにんたりしおいた。

「そうは蚀っおもな」
「冬はただただ続きそうだね」
「なったばかりだぞ」

 ズデンカは萜ち葉をきゅっず螏んだ。あたり䞀面に散り敷かれおいる。

「お二方、仲が宜しいですな」

 燕尟服に身を包んだ老玳士がいきなりぬっず顔を突き出した。

 ルナを遮っおズデンカが立ちふさがった。

 臚戊態勢。

 老玳士は埌ろぞ宙返りしお身を匕き離すず、優雅に䞀瀌した。

「やっぱり生きおやがったか、倧蟻喰」
「さすが䜎知胜な吞血鬌だけはある、勘もケダモノ䞊みか」

 老玳士の腹を突き砎り、倧蟻喰が顔を出した。

「くそっ、あたしずしたこずが接近を気付けなかった」

 ズデンカの瞳は赀く光っおいた。殺気が挲っおいる。

「そりゃ、今たでたくさんの栌闘家や陞䞊遞手を食べおきたからね。ボクの玠早さには叶わないよ。でも、すこし埅っお。今日は君たちを食べに来たんじゃない」

 芋事にトゥヌルヌズ西郚の蚛りを䜿いこなしおいた。

「信じられるか」
「それが目的なら、さっきルナを殺すこずだっお出来おたじゃん」

 倧蟻喰は掌に付いた血を舐めた。

「たあ、そうだな」

 ズデンカは玍埗したものの、譊戒は怠らなかった。

「ボクもね、倧奜きなルナをすぐには殺したくないんだ。少しず぀、切り刻みながら、䞀぀䞀぀の臓噚をえぐり出しお愛おしむように食べおいきたい」

「倉態が」

 ズデンカは吐き捚おた。

「ルナは時が来たら食べおも良いっお蚀っおくれた。その気持ちに倉わりはないよね」

「もちろん」

 ルナは頷いた。

「なら合意の䞊だ。然るべき楜園《アルカディア》を遞んで、二人だけの食人儀匏を行いたいんだよ。今すぐじゃなくおいい」

 倧蟻喰は瞳を茝かせ、よだれを垂らしながら話した。

「なら、前食べれば関係ないずか抜かしおたのはどうしおだ」
「久しぶりに䌚えお嬉しかったからだよ」

 老玳士の皮をパリパリ食べながら倧蟻喰は蚀った。

「䜕がお望みなのかな」

 ルナのモノクルが光った。

「話は簡単さ、キミたちの散歩に付き合わせお貰いたい」
「ダメだ」

 ズデンカは叫んだ。

「わたしは良いけど」

 ルナは蚀った。

「お前  」
「どこに向かう予定だったの」

 倧蟻喰は聞いた。

「公䌚堂で開かれる蝶の展芧䌚に行く予定なんだよ」

 ズデンカが止める間もなくルナは蚀った。

「ぞヌ、蝶はボクの趣味じゃない。鱗粉ずかが口に付きそうでやだ」

 ず蚀いながら近づいおくる。殺意を消しおいたのでズデンカも反撃の䜓勢は取らなかった。

「食べるばかりが人生じゃないよ。芋お楜しいものもある」
「分かるよ。ボクだっお画家を食べたこずもあるし博物孊者も食べた。矎しさは分かるし、知識もずりあえずはある」
「じゃあ行こう」

 ルナは先ぞず歩き出した。

「埅お」

 ズデンカはその埌を远いかけた。倧蟻喰も付いおくる。
 冬枯れに雪も降り始めた䞭、䞉人が距離を保っお歩くさたはひどく奇劙に芋えた。

「お前ずルナはい぀知り合ったんだ」

 ルナに声が聞こえないず芋蚈らっおズデンカは埌ろに問いかけた。

「秘密だよ」
「お前も隠すんだな」

「そうだね。二人だけの思い出だからさ」

「あらかじめ蚀っお眮く あたしはずっずお前を疑っおるからな。䜕かやろうものなら即座に殺すぞ」

「殺せるなら」

 倧蟻喰はすたすたず歩いおいった。

 展芧䌚堎には意倖ず倚くの人が詰めかけおいた。

 緋色の絚毯が䞀面に敷かれおおり、その単色さに目がやられたのか、ステッキを持っおこなかったルナはクラクラずしおズデンカによりかかった。

「倧䞈倫か」
「ちょっず、ね」
「昔から繊现だから、ルナは」

 倧蟻喰は逆に喜んで宀内を歩き回っおいた。

「悪さすんなよ」

 ズデンカはたた人を食い始めるのないかずハラハラしながら蚀った。

「ボクは食べたいずきに食べるたでさ」

 倧蟻喰は笑った。

「もし食べたら  」

 そうが蚀いかけおズデンカは壁面を埋め尜くすたくさんの蝶の暙本に目を奪われた。

 死んでいる。

 ピン留めにされおいお、確かに死んでいるはずだが、いただに鮮やかな翅の色を保っおいた。

 シマりマを思わせたり、ミミズクのようだったり、鬌癟合が咲いたかのように芋えたりした。

 ――こんなにいろんな皮類がいたのか。
  ズデンカは驚いおいた。

「来およかっただろ」

 ルナが耳元で呟く。

「この――名前は䜕お蚀うんだ」

 ズデンカは䞀匹の蝶を指差した。鬌癟合を思わせるものだった。

「アカタテハっお曞いおるね。ふむ、でも倉だな。分かるかい。この蝶、脚が八本あるよ」

 ルナは蝶を色んな方向から眺めながら蚀った。

「どれどれヌ」

 二人の間に倧蟻喰が顔を芗かせおきた。ズデンカは肘鉄を食らわせた。

「正面からじゃ分かりにくい、もっず近づいお暪から芋およ」

 ルナは蚀った。

「あヌ確かにそうだね。珍しいこずもあるもんだ」

 倧蟻喰は驚いた。

 ルナはきらりずモノクルを茝かせた。

「くんくん。綺譚《おはなし》の匂いがする」

 そうやっお錻をひく぀かせるポヌズをやりながら䞀人ですっず立った。

「さお、調べるずしようか、諞君」 

 
「誰かのむタズラです。こんなもの、最初はなかったんですよ。八本脚の蝶なんお、実圚するわけないじゃないですか」

 酷く困惑した顔で、小倪りな展芧䌚の䞻催者は䞉人を芋た。

「じゃあ、展芧䌚に来た誰かがやったかのかもしれたせんね。特定出来たせんか」

 ルナは蚀った。

「出来るわけありたせん。䞀日䜕癟人も来堎されおいるんですよ」

「出来るよね」

 倧蟻喰は異様に目をぎら぀かせお前ぞ身を乗り出した。それを芋た䞻催者はたちたち身震いを始めた。

「たあたあ」

 ルナはその肩を軜く叩いた。

 倧蟻喰は口を拭った。よだれを垂らしおいたのだ。

「じゃあその蝶だけくださいたせんか いたずらなんだったら、必芁ないでしょう。お金ならいくらでも」

「いっ、いえ、うちのものじゃないんでタダで結構です」

 䞻催者は冷や汗を掻き顔をハンカチで拭きながら蝶に刺さった針を抜き、掌の䞊ぞ慎重に乗っけお戻っおきた。

「こちらです」

 ルナはそれを䞍噚甚な手付きで取った。思わず萜ずしそうになったずころをズデンカが抌さえた。

「ちゃんず持っずけよ」

 ズデンカに眮き盎しお貰っお、ルナはそれを掌の䞊でしげしげず眺める。
 糞や玙や粘土や針金が䞁寧に撚《よ》り合わされおおり、本物ず芋玛わんばかりだった。

「粟巧に䜜られおるなあ。でも、停物なんだよね。たぶん」

 指先で぀ん぀んしおいた。そのルナの様子を芋おなぜかズデンカは心が萜ち着いた。

「぀たんないの」

 倧蟻喰は退屈そうだった。

「じゃあ、少し堎所を移しお」

 展芧䌚堎の奥にある喫煙宀ぞ䞉人は歩いおいった。

 たくさんの玳士が煙草を吹かせおいたが、ルナたちはずかずか螏み蟌んだ。 

「女かよ」
「あれ、ルナ・ペルッツだよな」

「そう蚀えば  」

 ささやき亀わす声。銬鹿にするような笑いが聞こえた。

 たたらずズデンカは䞀睚みした。

 宀内は氎を打ったように静かになる。

 ルナは気にせずパむプに火を点けた。蝶の暙本ぞ煙を掛ける。

 ずたんにその蝶は生あるもののように矜ばたきを始めた。

「幻解《゚ントトむシュング》出来るっおこずは䜜者はただ生きおるらしい。それもきっず遠くじゃない」 

 八本脚の蝶は飛んだ。最初はゆらゆらずしおいたが、やがお真っ盎ぐにおのれの目的の堎所を目指しお郚屋の倖ぞ向かっおいく。

 呚りの連䞭は突劂ずしお生を埗た蝶にふたたびざわめきだした。

「䜕をやったんだ」
「魔法だ」

 ルナたちはそれを無芖しお埌を远った。

「䜜者が芋぀かったら、そい぀をボクが食べちゃえば手っ取り早いよ」

 倧蟻喰は面倒臭そうだった。

「いや、わたしは蝶にた぀わる綺譚《おはなし》こそが聞きたいのだからね」

 ルナは諭すように蚀った。

 蝶は展芧䌚堎を出るずのびのびず空高く飛翔した。

 冬の冷たい空気ず降りかかる雪は昆虫には堪えるはずだが、実圚しない蝶は悠々ず飛んだ。

「あれ以䞊昇られるず远えないぜ」

 ズデンカもいい加枛にしおくれずいう気持ちになっおいた。

「䜕ずか探せるだろ。さ、いくよ」

 展芧䌚堎は瀟排な䜏宅が建ち䞊ぶ地区にあったのだが、蝶はそこの家々には目もくれずに通り過ぎる。

 隣接する貧民街の方ぞず向かうのだった。

 臭いすら移り倉わり、倧蟻喰は露骚に嫌な顔になった。

「あたり行きたくないずこだ」

 十幎前、トゥヌルヌズを占拠しおいたスワスティカ軍は矢も盟もたたらず自囜領に埌退した。そのため、戊火を受けるこずなく昔の町䞊みがそのたた残されおいるのだ。

 そのうちの質玠だが小綺麗に敎えられた家の窓の䞭ぞ鬌癟合のような蝶は入っおいった。

 ルナは扉のベルを鳎らした。

 返事がない。

 ルナは続けお鳎らした。

 ややあっお扉の奥でパタパタずした跫音《あしおず》が聞こえお来たかず思うず、小柄な五十代ばかりの髪に癜いものが混じった女性が姿を珟した。

「どなたさたですか」

「あなたが展芧䌚でピンで留めた八本脚の蝶に぀いお教えお頂きたいのです」

 ルナは䞀揖した。

 女性はルナを冷たい県で芋た。

「ご存じない方には話したくないです」

 扉を閉めようずした。倧蟻喰はその間に指を差し入れ、銖だけを䞭に突っ蟌んだ。

「ちょっず埅っおよ。ルナが話したいっお蚀っおるのに」

 女性は怯えたように倧蟻喰を芋た。

「わたしはルナ・ペルッツず申したす」

 女性は流石に気付いたようだった。

「ああ、かの有名な。私はマルセルです」

「わたしに綺譚《おはなし》を語っおくださったら、願いを䞀぀かなえお差し䞊げおも良いですよ」

 ルナはお決たりの文句を蚀った。

 マルセルはただ迷惑そうな衚情を倉えなかった。 

「私に話せるこずなんおありたせん。この家で生たれお、この街で育っお、結婚もせずに、枅掃の仕事をしお過ごしおいたす。それだけですよ。願いなんお  」

「でも、あなたは蝶の展芧䌚に入っお、自分の䜜った蝶を刺しおいったでしょう あれだけのものを䜜れる人はそうそういないですよ」

 マルセルは困惑しおルナを芋やった。

「キミのやっおいるこずは軜犯眪にあたるだろう。譊察に蚀えばしょっ匕かれるかもね」

 倧蟻喰はいけしゃあしゃあず述べた。

 流石のマルセルも䞍安になったのか、

「申し蚳ありたせん。もう二床ずやりたせんのでお蚱しください」

「たあたあ、わたしはそんなこずしたせんよ。この人が勝手に脅しおいるだけで。ずりあえず䞭でお話ししたしょう」

 ルナは開かれた扉から入った。

 倖芳ず同じように宀内もちゃんず敎えられおいた。ほずんどの家具を売ったのかがらんずはしおいたものの。

女性はお茶を沞かそうず立ちあがり掛けたが、

「いい」

 ずズデンカが断った。

 テヌブルを囲んで四人は坐った。

「では、改めお䌺いたいのですが、あなたは䜕を目的にあの蝶を展芧䌚に眮いたんですか」

「芋お貰えるかず思いたしたから。初恋の人に」

 マルセルは静かに蚀った。

「初恋の人」

 ぎくんずルナは背筋を正しお、手垳を懐から取り出し、鎉の矜ペンで曞き始めた。

「この町に戻っおいるか、生きおいるかすら分からないんですけどね。あそこに蝶を眮いたら、私だず分かるだろうっお」

「ぞえ、八本脚の蝶があなたずその初恋の人の思い出なんですね」

「はい、もう四十幎以䞊昔のこずですけどね。本圓にどこにでもあるような、ありふれた話ですよ」

 マルセルは前眮きしお話し始めた。

 その人は蝶が奜きでした。

 名前はアルフレッド。私より䞀぀幎䞊でこの家の隣に䜏んでいたから、幌なじみずしお育ちたした。

 二人は蚱嫁同然でした。私の父は骚董商でしたので、アルフレッドに継いで貰いたかったんです。家族ぐるみの付き合いがありたした。

 この家も䞀昔前は海倖から集めた珍しい品物でいっぱいだったんですよ。この地域も今では貧民街の䞀郚になっおいたすが、戊争前はそうじゃなかったんです。

「女には骚董の䟡倀が分からんからな」

 父はい぀もそればかり繰り返しおいたした。趣味で針金现工を䜜っおいたのですが、そのやり方も教えおくれたせんでした。

 でも、盗み芋ながらこっそり真䌌たしたけどね。

 今曲がりなりにも蝶を䜜れおいるのはこの時䜜り方をちゃんず芚えおいたからです。

 アルフレッドずはい぀も䞀緒でした。物心付いた頃から二人で䞀緒に蝶を獲りに駆け回っおいたした。

 近くの林の䞭で日がずっぷり暮れるたで、探し回ったものです。

 私たちの囜の季候では倧きな虫はなかなか育ちたせん。

 だから倧きい蝶を芋付けるず子䟛心に嬉しい気分になるのでした。

「マルセルはほんずに蝶捕りが䞊手いな」

 アルフレッドはい぀も蚀っおいたした。

 小さい時は私の方が身䜓も倧きくお、走りも速かったんです。だから網を持っお先に走っお、勢いよく振り䞋ろしお捕たえおいたした。

 今の私を芋たら意倖に思われるかも知れたせんけどね。

 あの頃は本圓に毎日が楜しかった。

「アルフレッドもじきに䞊手くなるよ」

 私は自然ず励たしおいたした。

「うん、そうだね」

 でも、アルフレッドは悔しそうでした。私は圌が芪から男の子だから、私をリヌドしおあげないずいけない、ずお説教をされおるずころ聞いたこずがありたす。

「い぀か絶察捕っおやるぜ」

 アルフレッドは断蚀したした。

 い぀しか圌は身䜓を鍛え始め、運動もするようになりたした。私ず離れお男の子たちず連み仲良くするようになりたした。

「遊がうよ」

 ず誘っおも、

「忙しいから」

 ず断られおしたうようになりたした。

 私はもっずアルフレッドず遊びたかった。二人きりで。でも、圌は蝶を捕るためにいろいろ始めたのに、い぀しか蝶のこずはどうでもよくなっおいきたした。

「そんな女の子みたいな趣味」

 っお銬鹿にされおいたみたいです。

「お前ず遊んでいるず、色々蚀われるんだよ」

 アルフレッドは私に面ず向かっお告げたした。

「だから䌚うのは二人だけの時な」

 私はアルフレッドがずおも奜きでした。だから、䌚う時が限られおしたうのはずおも寂しかった。

 時間が無限にあるように思えた子䟛時代だったのに。

 孊校に進む頃になるず二人はもうほずんど話さなくなっおいたした。

 もうアルフレッドはすっかり身䜓も倧きくなっお、私よりも高くなっおいたした。

 ゚ロむヌズずいう圌女も出来たようで、その嚘ず䞀緒にいるこずが増えたした。
 豊かな栗色の髪の毛を持぀、びっくりするほど綺麗な人でした。

 嫉劬はしたせんでしたよ。もうべ぀の䞖界の人間になっおしたったようで。

 私は䞀人で蝶を远いかけるこずが増えたした。

 もう十四歳ぐらいにはなっおいたでしょうか。

「なんだ、ただやっおるのかよ」

 倏に近づく春のこずでした。蝶たちは今を盛りず飛び回っおいたす。家から出お䞀人で野山を駆けたわっおいたわたしは、埌ろから声を掛けられおビックリしたした。

 アルフレッドでした。

「どうしおきたの」

 私が皮肉っぜく蚀っおみたした。

「久しぶりに来おみたんだよ。お前いるかっお思っお」

 その手には網も握られおいたせんでした。

「もう、私ずは話したくないんだよね」
「そんなこずねえよ。お前の方から話さなくなったんじゃねえか」

 声には怒りが籠もっおいたした。

「私のこず、避けおたでしょ」
「避けおねえよ」

「じゃあ、なんで」
「今から遊べばいいだろ。さ」

 アルフレッドは私から網をひったくっお走り始めたした。远いかけはしたしたが、ずおも速くなっおいお私は぀いおいけたせんでした。

「それっ、それっ」

 アルフレッドはデタラメに網を振り回したくりたした。それでも䞀匹捕らえおしたうのだから、力の違いを感じおしたいたす。

「どうだ 俺もちゃんず出来るようになっただろ」

 芚えおいおくれたのは嬉しかったけど、なぜか寂しい思いもしたした。過去の思い出のような蚀い方で語らないでっお蚀いたかったんです。

 網に手を突っ蟌んで凄く乱暎な手付きでパタパタする蝶の翅を぀かみ、鱗粉が぀くのも構わず私の前ぞ差し出したした。

「それにしおも蝶の脚っお六本なんだな。八本あるっお思っおたわ」

 ショックでした。昆虫は六本脚で、八本脚の蝶は存圚しない。幌いころから熱心に远いかけ回しおいた圌がそんな圓たり前の知識を知らなかったなんお。

 知っおいたずしお、忘れおしたったのでしょうか。

 アルフレッドの䞭ではそうだったのでしょう。

 私はアルフレッドから受け取った蝶を手攟しお、空ぞ攟ちたした。

 蝶は最初はよろめきながらも、ゆっくり矜ばたきながら向きを立お盎しお飛んでいきたした。

「あっ、䜕すんだよ」

 アルフレッドは怒っお叫びたした。

「いい。私が芋たいのはこんな蝶じゃない。八本脚の蝶は、いる」

 デタラメでした。圌が蚱せなくなっお怒りのあたり口から出任せを蚀ったんです。

「ぞえ、実圚するのかヌ」

 玠盎にアルフレッドは感心しおいるようでした。そのきょずんずした顔が憎らしくなったのです。

「するよ。この䞖のどこかにはいる。捕っおこれる」
「ぞえ、なら捕っおきおやっおもいいよ。奜郜合だ。俺もこの街を出お広い䞖界を芋お歩こうず思っおな。八本脚の蝶がいるっおんなら、どこかで芋぀かるだろうさ」

 私はしばらく蚀葉も返せたせんでした。

「船乗りになるんだよ。こんなちっぜけな街でずっず暮らしおいたら腐っちたう。芪戚のおじさんに䌝手があっおな。甲板掃陀ずしお雇っおくれるっおよ」

 骚董屋のこずはどうなるの ず蚀葉が喉元たでせり䞊げおきたけれど止めたした。

 私自身、その時たで店をアルフレッドが継ぐなんお具䜓的に考えおいた蚳ではなかったからです。がんやりず、芪が蚀っおいるこずを信じおいただけでしたから。

「俺は男だからな。冒険に生きお冒険に死にたいんだ」

 そう蚀っおアルフレッドは䞡手を広げお空を仰ぎたした。

 その姿は勇たしくはありたしたが、そんなこずしないでいいのにっお正盎思いたした。

 この街でずっず暮らしおくれたら良いのにっお。 

 アルフレッドはそれから二週間もしないうちに街から出お行きたした。

 父はずおも怒りたした。䜕も聞かされおいなかったからです。事前に告げ口しおいたら、䜕か倉わったでしょうか

 「店はどうする あい぀がいないずやっおいくこずができんではないか」
 父は垞日頃家に来たアルフレッドに骚董品に関する知識を授けおいたのです。
 萜胆した父はしだいに病気がちになり、アルフレッドが出お行っお二幎埌には亡くなりたした。

 音信は䞀切途絶えおしたったのです。手玙が来たのは最初の幎だけでした。

 残された骚董品の䞭にはかなり高䟡な物もあったのでしょうが、知識のない私ず母では買いたたかれおしたい、二十幎埌母が亡くなるずきには私が今の枅掃の仕事で働いお家蚈を支えないずいけないほどになっおいたした。

 その間たあ色々ありたしたよ。私は結局結婚したせんでした。アルフレッド以䞊にいい人がいなかったので。父の埌ろ盟もなくなったから芋合いの話も来たせんでしたし。

 良かったこずもありたした。゚ロむヌズず友達になったんです。芪友ず呌んでもいいほどでした。

 最初はあたり奜きではありたせんでした。でも、瀟亀家な゚ロむヌズは向こうから話し掛けおきお、自然ず付き合うようになったんです。

 圓然、話題はお互い知っおいるアルフレッドのこずになりたした。

「䞀本気な人だったよね」

 ゚ロむヌズはい぀も蚀っおいたした。圌女は二十になる前に芪の勧めるたた結婚しお旅籠屋の奥さんになり、たくさん子䟛を産んでいたした。

「え そうかな」

 私はあたり玍埗がいきたせんでした。幌い頃の圌を知っおいるからでしょうか。

「䜕をやらせおもうたく出来おね。勉匷も、運動も。だから奜きになっおわけじゃないけどさ」

「䜕で奜きになったの」
「優しかったから」

 挠然ずした答えですよね。

「うっそ」

 思わず吊定しおしたいたした。

「あなたには優しくなかったの」
「ぜんぜん。ずっず攟っおおかれたよ」

「それ、ひどくない」

 ゚ロむヌズは同調しおくれたしたが、半笑いで私の話を信じおはいないようでした。

「た、私の方が付き合いは長いから」

 自然ず匵り合うような蚀い方になっおしたいたした。別にそんな぀もりなかったのに。

「でも、出お行く前の日たで䞀緒にいたのは私だからね」

 ゚ロむヌズは自慢するようでした。

「アルフレッド、䜕か蚀っおた」

 どうしおも知りたくなりたした。

「倉なこず蚀っおたな。この䞖の䞭には八本脚の蝶がいる。俺はそれを探しに行くんだっお」

 私は自分のデタラメをアルフレッドが心から信じおしたったこずに眪悪感を芚えたした。だから、思わず゚ロむヌズにそのこずを党郚話しおしたった。

「なら、䜜ればいいじゃん」
「ええ」

「実圚しないなら、䜜ればいい。そうすればアルフレッドも気付いお垰っおくるかも知れないよ」 

「でも、音信䞍通なんだよ」

 もうその時には私たちも二十の埌半だったので、アルフレッドのこずも昔の思い出になり぀぀ありたした。

 でも。

「ドヌルノィむでは倧きな蝶の展芧䌚が公䌚堂で毎幎開かれお色んな人が来るからね。そこに八本脚の蝶を眮けば話題になっおアルフレッドも気付くかも知れない」

 わずかな望みの綱があるなら、詊しおみるのもいいかず思いたした。

 最初はほんず䞋手くそなものでしたよ。でも二人で䞀緒になっお蝶を䜜るのは楜しかった。展瀺されおいる実物ずほずんど倉わらないかたちになるたで䜕幎もかかりたした。

 ゚ロむヌズは色々奥さん仲間の䌝手を頌っお、良い玠材を仕入れおくれお。子䟛を寝かし぀けるず゚ロむヌズはわたしの家に来お、䞀緒に蝶を䜜りたした。

 毎幎開かれる展芧䌚の初日に私が行っお、展瀺されおいる䞭にこっそり八本脚の蝶を刺しおおくこずにしおいたのです。

 仕事が枅掃員だっおお䌝えしたしたよね。圓然公䌚堂にも出入りしお、展芧䌚堎のトむレや床を掃陀するこずもやっおいたので入るのは簡単でした。

 ずころが䞍思議なこずに誰も気付かないのです。展芧䌚に来る殿方は実は蝶に興味がないのかも知れたせん。刺したのが端っこの方だったからかも知れたせんが。

 今日あなたたちがやっおこられるたで誰も蝶が䞍自然だなず気付いた人はいなかったのです。

 展芧䌚が終わる日になっお蝶を回収するのぱロむヌズの圹目になっおいたした。

 「うしし、本圓に誰も気付いおなかったよ」

 ゚ロむヌズは八本脚の蝶を手に持っお、笑いながら垰っおくるのがい぀ものこずでした。

私がやるよっお蚀っおも゚ロむヌズは、

 「いやだよ、私だっお䜜ったんだし」

 ず蚀い匵っおたしたっけ。

 もう、私たちにずっお慣䟋行事みたいな感じになっおいたんですね。

 そうこうするうちにお隣の囜に成立したスワスティカが台頭しおきお、ドヌルノィむも占領䞋に眮かれるようになりたした。

 自囜拡倧戊争の最䞭に、蝶の展芧䌚などけしからんずいうこずで、開かれないこずになりたした。

「残念だなあ」

 ゚ロむヌズは悔しそうでした。もうその頃には私たちもだいぶ皺が寄っおきおおばちゃんになっおたしたけどね。

 別に悲しくはありたせんでした。倉な誘われ方をするこずもなくなりたしたし。

 もちろんその間も蝶はたくさん䜜りたしたよ。家の物眮にも眠ったたたです。

 二人で䜜っおいる時間はずおも楜しかったなあ。

 もう、ぜんぜんアルフレッドの話はしないんです。私は毎床の仕事堎である公共のトむレがどれだけ汚く汚れおいるか、゚ロむヌズは䞋の子䟛たちがどんなに手に負えないか、䞊の子の結婚盞手を芋付けるのが倧倉かずか、そんなこずばかりで。

 でも、たわいない話が䞀番楜しかったな。

 戊争は長匕きたした。十幎前ですね。スワスティカが軍を匕いお街が開攟されたずきにぱロむヌズはもう病気になっおいたした。

 ガンでした。四十の埌半は若いけれど、クラスメむトもけっこう呜を萜ずしおいお、昔を話せる盞手はほずんどいなくなっおいたした。私ず亀流しおいる䞭で話せるのは圌女が最埌でした。

 仲が良いこずを知っおいたのか、旅籠屋の仕事を継いだ゚ロむヌズの長男が私を家に入れおくれ、ベッド際たで連れおいっおくれたした。

 話を聞いお想像しおいた通り、いい方でした。

 二人きりにしお眮いおくださったし。

 でも。

 意識がもうろうずした゚ロむヌズは私の手を握っおこう囁いたのです。

「私の人生っお䜕だったのかな。意味があったのかな」

 っお。

 蚀いようのない思いが胞の䞭に溢れおきたした。私ず比べたらどう考えおも、゚ロむヌズは人生が䞊手くいっおいたように芋えたからです。

 どうしお、っお蚊き返すのすら怖かった。

 もちろん、それがアルフレッドに関わる埌悔ではないこずは分かりたした。

 ゚ロむヌズは自分の人生を埌悔しおいるのでした。

 旅籠屋の奥さんずしお生きお、街の倖ぞ䞀床も出ずに。

 やせ衰えた゚ロむヌズの手を私はしっかり握りたした。

 呜が消えおいくっおこういうこずなんだ。もちろん、私は父も母も芋送りたしたが、初めお実感したんです。

 蝶が舞い立぀ように儚く。

 お葬匏にはちょっず出ただけですぐ教䌚を立ち去りたした。死に顔を長くは芋おいられたせんでしたから。

 短い間、私は銖郜の゚ルキュヌルぞ旅をしたした。ドヌルノィむの倖を芋おみたくなったので。

 そこでちょっず恋もしたしたけど、すぐに戻っおきたした。他のずころではずおも生きおいけないず思ったんです。

 ちょうどそれが展芧䌚が開かれる頃でした。私は独りで蝶を䜜り、針で留めおは回収を続けたした。

 もう、゚ロむヌズはいたせんので。

 お話はこれだけです。あなたがたはよくぞ芋付けおくださったずいう感じです。

 もうこれで、ささやかなお遊びは終わりにしたすね。

「うん、いいお話だ」

 ルナは手垳を閉じた。

「お䜜りになった蝶を芋せおくださいたせんか」

 マルセルは䜕も蚀わず幟぀もの暙本箱を持っおきた。

 そこに匵られたガラスの奥には本物ず芋玛うばかりのさたざたな蝶たちが針で留められおいた。 

 そのいずれもが八本の脚を持っおいた。

「ほんずにたくさんありたすよね。ここたで䜜ったもんだっお我ながら思いたすよ」

 マルセルは県を现めた。

「䜕か願いはありたすか」

 ルナは聞いた。

「もう䞀床だけアルフレッドに䌚わせおください」

 マルセルは答えた。

「よろしい。ちょっず君、顔を貞しお」

 ずルナは眠そうにしおいた倧蟻喰の肩を叩いお家の倖ぞず連れおいった。

「マむペヌスなご䞻人様ですね」

 マルセルは埮笑んでズデンカに蚀った。

「あたしもほんず苊劎させられおるよ」
 ズデンカは額を抌さえた。ルナず倧蟻喰を二人だけにさせおおくのが䞍安で仕方なかったのだ。

 扉がたた開かれた時、マルセルは目を瞠った。

 よれよれになった服を着お、顔を芆う真っ癜な髭が生えた背の高い男がルナの埌ろに続いおいたからだ。

「どなた  」

 ずたで蚀いかけおマルセルははっずした。

「アルフレッド」

 二、䞉歩ばかり近づく。

 ルナはパむプを吞い、煙を吐き出しおいた。

「ああ、俺だ」

 アルフレッドは寂しそうに笑った。

「今たで䜕をしおいたの」
「色んな枯ぞしょっちゅう行ったよ。今は身䜓にガタが来ちたっおな。だが、もうこの街には戻れねえ」

 アルフレッドはマルセルに近づくこずなく答えた。

「戻れないっお 私はあなたにずっず䌚いたかったのに」

 䞍安そうに䞡手を揉み、アルフレッドに詰め寄るマルセル。

 アルフレッドは身を匕いお蚀った。

「本圓にお前が䌚いたい人は俺じゃないだろう」
「どういうこず」

 ずたんに食卓に眮いおいた暙本箱がカタカタず震え始めた。

 勢いよく地面に萜ち、ガラスが割れる。

 䞭の蝶たちが䞀斉に矜ばたき始め、続々ず倖ぞ飛び出しおきた。

 ビックリしたマルセルは身を匕き離した。

 アカタテハを先頭にしお、無数の蝶たちが矀れをなしおグルグルずマルセルの呚りを飛び回った。遠くから眺めるず円錐圢に芋えるぐらいに。

 移り倉わる蝶の王様にめたいを感じながらマルセルは床にうずくたった。

「これは、いったい  」
「マルセル」

 優しい声が聞こえお来た。

 蚊き返す必芁もなかった。

「゚ロむヌズ」

 蝶の枊の䞭で二人は抱き合っおいた。

「ずっず蚀いたかったんだ。あなたの人生は意味なくなんかない。私ず䞀緒にいおくれおありがずうっお」

 マルセルぱロむヌズの耳元で囁いた。

「䞀緒に過ごせお楜しかった。本圓にありがずう」

 ゚ロむヌズも繰り返しおいた。

 
 マルセルが怅子の䞊で目芚めた時、呚りにはもう誰もいなかった。ルナもズデンカも倧蟻喰もアルフレッドも、

 ――゚ロむヌズも。

 たるで癜昌倢を芋おいたかのようにマルセルは立ち䞊がっお、自分ひずりのためにお茶を入れに台所ぞ向かった。

 
「アルフレッドさんを食べたのはい぀頃のこず」

 ルナは聞いた。䞉人は誰もいない冬枯れの䞊朚道を歩いおいた。

 もう、空は玅く染たっおいる。鰯雲が背䞭を䞊べおいた。

「二幎前だね。゚ルキュヌルの路地裏に行き倒れになっおお、䜙呜幟蚱もない感じだった。ただの酔いどれだったよ。死なせおくれ、死なせおくれっお繰り返しおいたから流石のボクも叶えおやるしかなくっお」

「君にしたら優しいね」

 ズデンカの心にたた甘矎な痛みが走った。ルナが自分にそれず同じこず蚀ったこずを芚えおいたからだ。

「ボクは優しいんだよ。そもそも人間が生きおいくこずがこの星に害しかもたらさないのだから食べおあげるこずにしおるほどなのに」

 ず蚀っお倧蟻喰は胞を匵った。

「マルセルさんも゚ルキュヌルに行っおいたんだから、もしかしたら生前䌚えおたかもね」

「䌚わなかった方がいいんじゃないか」

 ズデンカは心配そうに蚀った。

「そうだね」

 ルナは口を噀んだ。

「残念ながら、アルフレッドは蝶のこずなんお芚えおなかったようだよ。昔過ぎるしね。マルセルさんの蚘憶すらおがろだ。たあ、良い気分転換にはなったよ。明日からはたた心眮きなく人を食べるこずが出来そうだ」

 倧蟻喰は蚀った。

「わたしたちは付き合う぀もりはないけどね」

 ルナは断った。 

「そうなの。残念だなぁ」

 そう蚀っお倧蟻喰は背䞭を䞞め、速床を早めお先に走っおいった。
 小さくなっおいく倧蟻喰の埌ろ姿を眺めながらズデンカは溜息を吐いた。

「宿に垰ろう」
「いや銬車を出すよ。次は花の郜゚ルキュヌルだ」

 ルナは蚀った。

「ったく。わかったよ」

 ズデンカはたた溜息を吐いた。

「しけた幻想に報いあれ。っお蚀う機䌚なかった」

 ルナはしょんがりしおいた。

「蚀わなくおいいんだよ」

トゥヌルヌズ人民共和囜ドヌルノィむ郊倖――

「ふんふんヌ♪」

 埌ろでルナが錻歌を唄っおいた。

「今日は機嫌良さそうだな」

 銭者台に坐ったズデンカは蚀った。

 昌ず打っお倉わっお颚はなく、初冬にしおは暖かな晩だった。

 銬車に据え付けられたカンテラの灯りが芖界をすっかり明るくしおいる。

「あんな二人の姿が芋れたら、そりゃね」
「なんでマルセルは自分が本圓に䌚いたいのが゚ロむヌズだず気付けなかったんだろうな」

「本心なんお、誰もすぐには気付けないさ」
「お前もか」

 ズデンカは䞍安そうに聞いた。

「ああ、そうだよ」
「お前はあたしが奜きか」

「奜きだよ」
「本心は分からないよな」
「そりゃ分からないさ。君にわたしの心が読めたら別だけど」

「そんな胜力はない」
「倧蟻喰なら分かるだろうね。わたしの脳を食べれば」

 ルナはヘラヘラしおいた。

「たた、ろくでもねえこずを」

 ズデンカは怒った。

「そもそも、盞手のこずを䜕もかもぜんぶ知りたいなんお考えちゃいけないんだよ。必ず知れない郚分はあるけれど、知りたがりもしない、ぐらいの方が䞊手くやっおいけるんだ」

「あたしはルナのこずをぜんぶ知りたいわけじゃない」

 芋え透いた嘘だった。

「君に蚀っおるんじゃなく䞀般論ずしおの話さ。構わないでいおあげる優しさっおのはこの䞖の䞭に存圚する」
「構わないでいるこずか」

 ズデンカは䞀瞬頭を垂れた。でこがこ道ではないので、ちょっずぐらいは目を離すこずも出来るのだ。

「うん」
「あたしはお前に構っおばかりいるな」

「そうかな」
「これからは控え目にしおもいいんだぞ」

「やヌだヌよヌ」

 埌ろを芋るずルナは子䟛っぜくバタバタ脚を動かしおいた。

 ズデンカは吹き出した。

「みっずもない真䌌はやめろ」
「構っおくれるならやめるよ」

 そう蚀いながらルナは萜ち着いおいた。

「構っお欲しいのか、構っお欲しくないのか、どっちかにしろよ」
「さあ、どうだかね」

 ルナはパむプを取り出す。

「ほんずに煙草が奜きだな」

 ズデンカは咎めた。

「君も吞っおみたらいい。い぀の間にかはたっおいるもんだ」

 ルナは気持ち良さそうな顔で煙を吐き出しながら蚀った。

「いらん。吞っおいる茩でろくなや぀を芋たこずがねえ」

 ズデンカは刺々しく蚀った。

「この矎味しさが分からないなんお、君は人生を半分損しおるよ」
「あいにく人ではないんでね」
「ふふっ。前ず同じこず蚀っおる」

 ルナは笑った。

「お前ず䜕回䌚話した 同じ内容が繰り返されるこずもあるだろうがよ」
「確かに君は人ではないけど、昔は人だったはずだ」

「ああ、そうだな。ろくな思い出はないが」
「教えおよ」

「お前が教えたら話す」
「やヌだね」

「じゃあ、あたしも嫌だ」
「ほら、これも構わない優しさだ。お互い秘密䞻矩っおこずでいいじゃないか」

 ズデンカは答えられなかった。

「わたしは君ず今旅が出来おいるだけでいい。過去のこずなんお話すもんじゃないよ」
「お前自身はマルセルに昔話をせびっおいたじゃねえかよ」 

 ズデンカは突っ蟌んだ。

「わたしずマルセルさんは別人だから。圌女は昔のこずを語りたかったけど、わたしはそうじゃない。スタンスが違うんだ。共通点は女であるず蚀うこずだけだ」

「女、ずいうだけで同じ括りで芋られるだろう、䞖間にはな」
「だよね。考えおみれば銬鹿らしい。逆の性別ならそういうこずっおあるだろうか」

「あるのかもしれん。あたしは知らん」
「ふふ。わたしも知らない」

 ルナはたた煙を吐いた。
 銬車はゆっくりず進んでいった。 

いいなず思ったら応揎しよう