
静かな道しるべ(9)—経営者が感じ取った、前に進むための「熱」
基幹システムのモダナイズプロジェクトが終結した頃、
当時の最高責任者であった方に、振り返りのインタビューをする機会があった。
最終リリースの判定は、
ゴールデンウィークを挟んで三度にわたり行われた。
一度で決められるような軽い判断ではなく、迷いと責任の重さが折り重なるような、難しい局面だった。
私は率直に尋ねた。
「あの時、三度も判定をやり直し、それでもリリースを決断された背景には、どのような覚悟や思いがあったのでしょうか」
その問いに、責任者の方は少し間を置き、静かに語り始めた。
他社の事例も、専門家の見解も、もちろん参考にはしたという。
けれど、最後の最後に背中を押したのは、そうした“外側の情報”ではなかった。
「あの時はね、プロジェクト全体の“熱”を感じたんだよ」
その言葉が、胸に残った。
半年前、リプランを決めた頃には、その“熱”がまったく感じられなかったという。
表情にも、言葉にも、空気にも、前に進むための温度がなかった。
だから、口には出さなかったものの、「このままでは難しい」と、心の奥では感じていたのだと。
しかし、最終判定の時期は違っていた。
メンバーの表情、
会議室の空気、
資料の行間に滲む執念、
やり取りの一つひとつに宿る温度。
それらすべてが、
半年前とは明らかに異なる“熱っぽさ”を帯びていた。
「だから、決断できたんだよ」
その言葉は、
理屈ではなく、
数字でもなく、
経営者としての“感覚”に根ざしたものだった。
私はその話を聞きながら思った。
最後の一押しを決めるのは、必ずしもロジックではない。
積み上げた努力の温度、
人が宿す熱、
その場に流れる空気の濃度。
そうした“見えないもの”を感じ取る力こそ、
責任者としての第六感なのかもしれない。
そしてその感覚は、決して派手ではないけれど、
確かにプロジェクトの行く末を左右する。
あの日語られた「熱っぽさ」という言葉は、今も静かに胸の奥で灯り続けている。