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ディレクション案件を手放し、ライター一本に絞ったことで、フリーランスを20年続けられている話

    私の現在の仕事はフリーランスの「ライター」。
    個人で仕事を引き受け始めてからは、気づけば20年ほどが経ちました。

    でも、実はもともとライターだったわけではなく、
    最初は「Webディレクター(以下、ディレクター)」だったのです。

    前職のリクルート時代に
    メディア制作のディレクションに携わっていたため、
    独立後もその経験を活かす形で仕事を始めました。

    よく考えると、少し不思議な入り方だったなと思います。

    フリーランスの場合、ライターからスタートして、
    そこで仕事の幅を広げて、結果的に「ディレクター」のような、
    ハブ的なポジションにキャリアが変わる人が大半です。

    しかし、私はその逆。

    でも、今はこう思います。
    「ディレクター一本だったら、
    20年もフリーランスをやれていなかっただろうな」と。

    リクルートのディレクターから、フリーランスへ

    前職ではさまざまなメディアに関わってきました。転職メディアの『B-ing』『とらばーゆ』『TECH B-ing』、スクール情報誌では『ケイコとマナブ』『仕事の教室』など、当時主流だった紙媒体を数多く経験。

    転職メディアは週刊誌だったため、週10本を目標に原稿を制作。月刊誌の『ケイコとマナブ』や『仕事の教室』では、カラー記事・モノクロ記事の両方あわせて月に40〜50本近く手がけていました。馬車馬のように働いていました。

    その後はメディアの主戦場はWebへ移行。『ISIZE』といわれるポータルサイトに始まり、『リクナビNEXT』の前身である『Digital B-ing』や『リクナビ』『SUUMO』『進学ネット』などにも携わりました。Web制作の最初の頃は、バナーとLPを組み合わせた案件が中心で、毎週3〜4案件のペースで納品。

    リクルートを辞める直前は、Flashを使った動的サイトや中小規模の個社(クライアント)サイトも制作するようになり、LPと合わせて月7〜8案件を並行して動かしていました。

    Web案件は紙と違い、公開後の修正や運用業務もあります。関わる人も増えたため、制作には手間がかかり、深夜残業も日常化していました。労基法も整備され、働き方改革が浸透している今日では、なかなか考えられない働き方です。

    こうした多様な媒体で鍛えられた経験があったからこそ、独立後に最初に声をかけてもらえたのもWebを中心としたディレクションの仕事だったのです。

    当時は、Webサイトや記事コンテンツ、パンフレット制作などを含めて、月に5件ほどの案件を担当していました。スケジュールは常に2ヶ月先まで埋まっていて、仕事が途切れる不安はほとんどありませんでした。

    収入面でも比較的安定していました。会社員時代の給与には少し届きませんでしたが、案件が重なった月には上回ることも。納品前は忙しくなるものの、通常期は1日6時間ほどの稼働で仕事を回せていたため、今振り返ると、かなり恵まれた働き方だったと思います。

    「代わりに書いていた仕事」がライターの入り口だった

    では、どうしてライターをやることになったのか。きっかけは、ディレクターとして仕事をする中で、時折ライティングを担当する機会があったことです。

    納期が短い、あるいは予算が限られている。そんな理由でライターさんに発注できないときは、自分で取材をして記事や広告を書いていました。

    当時の自分にとって、それはあくまで「(ライターさんの)代わりにやる仕事」であり、本業という意識はありませんでした。それでも実際にやってみると、案件によっては面白いと感じることがあったのです。

    取材対象者に話を聞きながら、相手の考えやこれまでの背景を深掘りしていく。そのプロセスで新たな気づきがあったり。取材内容を整理して記事構成に落とし込んでいく作業も、パズルを組み合わせていくような面白さがありました。「あれ、こっちのほうがしっくりくるかもしれない」そんな感覚が、少しずつ芽生えていったのです。

    一方で、ディレクターの仕事には、どこか物足りなさも感じていました。

    働き方のバランスは悪くない。収入もいい。プロジェクトが無事に終われば、もちろん安心感もあります。ただ、自分の中に残るのは、「やり切った」という達成感よりも、「終わった」という安堵感でした。

    ディレクターは、全体を動かす仕事です。企画を考え、関係者を調整し、ライターやデザイナーと連携しながらゴールまで導いていく。それはそれで重要な役割です。しかし、自分の手で何かを作り上げたという実感は、どうしても薄くなりがちでした。

    一言でいえば「手触りがない」。

    この違和感が、ずっと心の中で残っていました。

    それでも、決断できなかった理由

    とはいえ、ライターにすぐ全振りできたわけではありません。

    ディレクションの仕事は安定していて、引き合いもある。しかしライティングは経験が浅く、プロとしてやっていける自信がありませんでした。

    それに当時の自分の中には、ライティングを自分の専門領域として引き受ける覚悟が、まだ十分にありませんでした。専業のライターさんと同じ土俵に立てるとは思えず、細部までこだわり抜く姿勢も、正直まだ足りていなかったと思います。

    その結果、ディレクターとライターを半々で続ける時期が、2年ほど続きました。最初のうちは、それでも成り立っていました。収入もそこそこあり、ディレクションは経験があるぶん、なんとかこなせてしまう。でも、続けるうちに、この中途半端な状態がいちばん苦しくなっていきました。

    どちらにも100%向き合えていない。「自分は何をやっているんだろう」そう思うことが増えていったのです。

    ライターになろうと決めた瞬間

    転機になったのは、いくつかの要素が重なったタイミングでした。

    ひとつは、ライティングの依頼が少しずつ増えてきたことです。他のディレクターやクライアントの紹介で、「取材をお願いできませんか」と声をかけてもらえるようになりました。
     
    当時の自分には、ライターとして胸を張れるほどの手応えは、まだありませんでした。それでも、周囲からライターとして依頼される機会が増えていく中で、「意外とできるかもしれない」と思えるようになってきたのです。
     
    もうひとつは、ディレクターの仕事に対する気持ちの変化です。当時は、Webの技術や表現方法がめまぐるしく変わり始めていた時期でした。ディレクターとしてやっていくには、最新の技術やトレンドを常に追いかけ、クライアントのニーズに合わせて提案していく必要があります。ただ、自分にはそこまでWebそのものを追い続けたいという熱量がありませんでした。
     
    こうしたことが重なり、このままディレクションもライティングも中途半端に続けるより、一度、書く仕事に軸足を移してみよう。そう考え、ライターとしてやっていくことを決めました。

    「広げる」ではなく、「絞る」という選択

    一般的には、できることを増やして仕事の幅を広げるほうが、収入や案件の面でも合理的に見えるかもしれません。でも、自分の場合は、その逆を選びました。
     
    ライターとして取材や執筆に集中することにしたのです。理由は、書く仕事のほうが面白かったからです。
     
    ライティングは、ひとつのテーマに深く潜っていく仕事です。取材で聞いた話を整理し、構成を考え、言葉を選び、文章として形にしていく。手間も時間もかかりますが、その分、自分の手で作っている感覚があります。

    「ライターの西谷です」と名乗るようになってから、仕事に対する姿勢も変わりました。構成の細部まで考える。言葉のニュアンスにこだわる。読後感まで意識する。そうやって一つひとつの仕事に深く向き合えるようになったことで、提案の精度も上がり、意見も通りやすくなっていったように思います。

    もうひとつ大きかったのは、自分の性格にも合っていたことです。ライティングの仕事は、案件ごとにテーマも、出会う人も、リサーチする対象も変わります。飽きっぽい自分にとって、その変化の大きさはむしろ刺激的になっていました。

    深く向き合った先に、仕事の幅が戻ってきた

    それでも最初から順調だったわけではありません。

    ライターに軸足を移した直後、収入は大きく落ちました。ディレクター時代と比べると6割程度。フリーランスとして安定していた状態から考えると、かなりの変化です。

    経験値を高めるために、依頼があると基本的には断らず、案件をこなしました。多い時期は週4〜5日取材をしていたと思います。

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    キャンセルや日程変更も多かったため、当時はスケジュール管理を手帳で行っていた

    当時はオンライン取材もありません。現場に出向いて取材をし、その内容をもとに記事を書いていく。しかも、主に担当していた転職メディアでは、中1日で納品しなければならない案件も多く、毎日が締切のような感覚でした。

    それだけやっても、思うように収入が伸びない時期もありました。さらに、大震災や新型コロナウイルスの流行による外出自粛などの影響で、予定していた取材や案件が一気に止まることもありました。自分の努力だけではどうにもならない不安定さを、何度も感じました。
     
    ただ続けていく中で、少しずつ変化が生まれてきました。

    直接取引できるクライアントが増え、メディア案件やディレクター経由の仕事に加えて、ブックライティングや企業のオウンドメディアなど、仕事の幅が広がっていったのです。

    そして今では、ようやくディレクター時代と同じくらいの売上で生計を立てられるようになりました。
     
    面白いことに、ライターとしての経験を数年重ねると、今度はディレクション案件の依頼が、舞い込んでくるようになったのです。
     
    実際に書く側を深く経験したことで、ライターがどこで迷うのか、どんな情報が必要なのか、どういう構成だと書きやすいのかが見えてきたからです。その結果、以前よりも具体的で実践的なディレクションができるようになりました。

    ライター業に特化することで、仕事の幅が狭くなると思っていました。でも実際には、ひとつの仕事を深く経験したことで、結果的にディレクションにも厚みが出せるようになりました。

    諦めずに続けることで、道は拓けていく

    ディレクター一本でやっていたら、ここまで続けられなかったかもしれない。と思います。

    前にも説明したように、ディレクターは幅広い業務を担う仕事です。具体的には、自分一人で成果物をつくり切るというより、ライターやデザイナー、エンジニアなど、さまざまな人の力を借りながら形にしていく役割です。

    極端にいえば、自分一人では成果物を完結しにくい仕事なんですよね。それに、そこそこ高単価。

    営業のようにクライアントと強いつながりがあれば別ですが、景気が悪くなると、最初に声がかからなくなる可能性もある。

    もちろん、発注者と作り手、読者をつなぐ橋渡し役として、ディレクターはとても重要な存在です。ただ、フリーランスとして考えると、自分の手で価値を生み出せる職能を持っているかどうかは、大きな違いになります。

    今はAIの進化もあり、ライターだけで食べていくことも簡単ではなくなってきています。でも、ライターは自分で成果物をつくれる仕事。加えて、書く力の活かし方は、まだ広がりつつあります。

    ライティングができない企業からオウンドメディアの依頼を受ける。ブックライティングを手がける。個人で発信する。ZINEのような小さな出版物をつくる。文章を通じて価値を届ける場は、形を変えながら増えているように感じます。

    そう考えると、ライターへ軸足を移したことは、フリーランスの生存戦略としても意味のある選択だったと思います。

    実際、周りを見ても、20年近くディレクター一本で続けている知り合いはほとんどいません。法人化し経営者になった人はいますが、その他は会社員に戻ったり、僕のように別の職種へ軸足を移したりした人が多い印象です。

    ディレクターからライターへの転身は、きれいなキャリア戦略というより、迷いながらも自分に合う働き方を探した結果でした。でも、自分の手で書けるものがある。そこから仕事につながっていく可能性もある。そういう状態をつくれたことは、フリーランスとして続けていくうえで、かなり大きかった気がします。

    もし今、キャリアの軸足をどこに置くか迷っている人がいるなら、一つの例として参考にしてもらえたらうれしいです。


    この記事が参加している募集

     
     
    東京都中野区在住。リクルートでディレクター⇒フリーランス(Webディレクター→ライター兼キャリアコン)。求人広告やBtoB案件の取材・執筆をしています。パラレルキャリアやフリーランスにちょっと役立つ情報、日常での気づきを発信中。フリーランス協会にて支援アドバイザーとしても活動中。

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