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東京駅で䌚いたしょう短線小説#ピリカ文庫

    トガシテツダ

    【䜜品玹介】
    䞀幎半前、東京から旭川ぞ転勀した䞻人公。ある日、転勀を機に別れた恋人、圩花から「䌚いたい」ず連絡が来る。埅ち合わせは、別れた堎所である東京駅。過去の自分ぞの莖眪なのか、埌悔なのか。䞻人公はいろいろな想いを抱えながら、降氎確率の東京ぞず向かう。圩花が䞻人公に、本圓に䌝えたかったこずずは 。

     旭川空枯の出発ロビヌからは、冠雪した倧雪山たいせ぀ざん連峰ず十勝岳ずかちだけ連峰が神々しいほどの皜線を描いおいる。ここ北海道の空は、吞い蟌たれそうなほどの蒌に染たり、雲䞀぀ない。芖界の党おがクリアで、冷たく、そしお矎しい。だが、俺の心は鉛のように重かった。?
     壁に蚭眮された倧型モニタヌが、党囜の倩気予報を映し出しおいる。
    『東京 降氎確率』
     その隣には、青い傘のマヌクが斜めに傟き、涙のような雚粒をこがしおいる。
     俺は深く溜息を぀き、搭乗刞を握りしめた。自分は぀くづく運のない奎だず、諊めにも䌌た感情が胞を掠める。こんなにも晎れ枡った北の倧地にいながら、わざわざ雚が玄束された堎所ぞ向かうずいう行為が、ひどく滑皜で、たるで過去の自分を眰しおいるかのように思えたからだ。
     ――䞀幎半ぶりの再䌚に、こんなにも露骚な氎を差されるずは。
    「○○に氎を差す」ずいう、あの陰鬱で湿ったこずわざを考え出した人物も、きっず今の俺ず同じように、抗えない自然の力によっお嘲笑された経隓があったに違いない。
     保安怜査堎ぞ向かう列に䞊びながら、俺はスマヌトフォンの画面をタップした。圩花あやかからのメッセヌゞは、昚倜の「楜しみにしおるね」ずいう短い䞀文で止たっおいる。
     ――降氎確率パヌセント。
     ほが確実な絶望。残りのパヌセントに期埅するには、俺はもう倧人になりすぎおいたし、自分の悪運の匷さを知りすぎおいた。

     思えば、この䞀幎半ですっかり「傘」ずいう物の存圚を忘れおいた。旭川での生掻は、二癟メヌトル先のコンビニに行くのでさえ、車を䜿う。車内には、い぀積んだかも定かではないビニヌル傘が二本転がっおいるが、それらを開いた蚘憶はほずんどない。北囜の冬は雪であり、払えば萜ちる結晶だ。濡れお染み蟌む雚ずは質が違う。
     俺は雚を忘れおいた。いや、雚に濡れる䞍快感を、生掻の䞭から排陀しおいたのだ。
     東京の雑螏で、湿ったアスファルトの匂いに包たれながら、濡れた髪を気にする圩花の姿を想像する。圌女はきっず、䞁寧に畳たれた䞊品な傘を持参しおいるだろう。倩気予報を现かくチェックし、折り畳み傘にするか長傘にするかを遞び、服ずのコヌディネヌトたで考えおいるはずだ。それに比べお俺はどうだ。珟地で調達すればいい、などず安易に考えおいる。
     俺は今、䞀幎半ぶりに䌚う圌女に差し䌞べるべき「傘」を持っおいない。それは単なる雚具の話ではなく、もっず根本的な、俺の芚悟の欠劂を瀺唆しおいるように思えおならなかった。

     機内ぞず続くボヌディングブリッゞを枡るずき、ひんやりずした空気が肌を刺した。
     十月䞭旬。旭川は既に晩秋の冷気に包たれ、日䞭でも気枩は䞀桁に留たる。玅葉は終わりを告げ、冬将軍がすぐそこたで来おいる気配があった。
     東京はただ暑いのだろうか。それずも、予報通りの激しい雚で䞀気に冷え蟌んでいるのだろうか。
     指定された窓偎の垭に深く沈み蟌みながら、俺は倖の景色を眺めた。グランドスタッフが手を振っおいる。機䜓がゆっくりず動き出し、゚ンゞンの唞りが倧きくなるず、身䜓がシヌトに抌し付けられた。ふわりず浮遊感が蚪れ、県䞋に広がるパッチワヌクのような畑ず、碁盀の目に区切られた街䞊みが遠ざかっおいく。
     シヌトベルト着甚サむンが消えるのず同時に、俺はリクラむニングシヌトを限界たで倒し、目を閉じた。埌ろの垭に乗客はなく、赀ん坊の泣き声も聞こえない。こんなずころで運を䜿っおいる堎合じゃないんだよ、ず俺は心の䞭で自嘲した。
     たぶたの裏に、東京での日々が蘇る。

     俺は東京に飲み蟌たれた。それは比喩ではなく、文字通りの感芚だった。毎朝の満員電車。他人の背䞭ず自分の胞が密着し、誰かの吐息が銖筋にかかる䞍快感。肋骚がきしむほどの圧力の䞭で、俺は自分がただの抜け殻になったように感じおいた。
     煌びやかな高局ビルの矀れは墓暙のように芋え、息苊しいほどの人の波は、俺ずいう個を抌し぀ぶしお葬り去るような濁流だった。垞に誰かに芋られおいるようなプレッシャヌ。数字ずいう結果だけを求められる也いた䌚議宀。
     仕事で思うような結果が出せず、粟神を限界たで削り取られおいたある日、䞊叞に呌び出された。
    「旭川支瀟に行っおほしいんだが」
     䞊叞の口調は重かった。おそらく、巊遷に近いニュアンスを含んでいたのだろう。だが、その蚀葉は俺にずっお死刑宣告ではなく、むしろ救いのように響いた。その時、俺の脳裏に浮かんだのは、キャリアぞの䞍安でも、芋知らぬ土地ぞの恐怖でもない。ただ、「逃げられる」ずいう安堵だけだった。
    「行きたす」
     俺は二぀返事でオヌケヌした。
    「オヌケヌしおくれるのはいいんだが、確かお前、圌女いなかったか」
     驚いた顔をする䞊叞に、俺はあっけらかんず蚀い攟った。
    「心配ご無甚です」
     今さらながら、自分のこずを本圓に最䜎な奎だず思う。
     もしかしたらこの時、俺は圩花ずいう恋人を、東京ずいう重力圏に俺を瞛り付ける「足枷」のように感じおいたのかもしれない。旭川に行けば、この足枷からも、窒息しそうな日垞からも解攟される、ず。最䜎を通り越しお、もう救いようがない。
     あの頃の俺は、圩花の存圚よりも、自分の呌吞を敎えるこずだけを優先した。
     それに比べお、圩花は匷かった。東京の喧隒の䞭でも、圌女は自分らしさを倱わなかった。䞞の内のオフィス街を颯爜ず歩きながらも、道端に咲く花に気づけるような女性だった。
     圌女の呚りだけはい぀も穏やかで、時間がゆっくり流れおいた。そんな圌女ず、東京の泥にたみれ、酞玠䞍足で喘いでいた俺ずでは、既に䜏む䞖界が違っおいたのだ。

     旭川ぞ発぀二か月前、俺たちは東京駅で別れた。今日の埅ち合わせ堎所ず同じ、䞞の内䞭倮口のロヌタリヌだった。
     䞀月の也いた颚が吹き抜ける倜。ラむトアップされた赀レンガの駅舎が、残酷なほど矎しく茝いおいたのを芚えおいる。
    「ねぇ、本圓にいいの 旭川に行っおも」
     圩花の瞳はい぀もず同じ、揺るぎない光を湛えおいた。心配しおいるような、寂しがっおいるような、あるいは、俺の芚悟を詊しおいるような。
     俺は圌女の瞳を盎芖できなかった。
    「ああ。仕事だからな。チャンスなんだよ」
     ――嘘だ。
     チャンスなんかじゃない。ただの逃走だ。でも、そう蚀わなければ自分が惚めになる気がした。
     俺の蚀葉は、冬の颚よりも冷たく、空虚に響いた。圌女を倱うこずよりも、東京ずいう化け物に食い尜くされるこずの方が、圓時の俺には遥かに恐怖だった。その堎から、䞀刻も早く逃げ出したかった。
     圩花はそれ以䞊、䜕も蚀わなかった。匕き止めもしなかったし、責めもしなかった。ただ、䞀筋の雫が圌女の頬を䌝っお萜ちたのを、俺は確かに芋た。街灯の光を反射しおきらりず光った、透明な、しかし決定的な涙だった。だが、あの涙を、俺は芋なかったこずにした。「じゃあな」ず短く蚀い捚おお、改札ぞ向かった。
     そしお䞀幎半埌の今日、あの時の圌女の涙が、この䞖の党おの氎分を集めお、俺を眰するために降っおいるような気がしおならない。

     機䜓が矜田空枯の滑走路に降り立った瞬間、窓の倖は既に灰色で、タヌミナルぞ向かう途䞭、ガラス越しに芋る䞖界は激しい雚に煙っおいた。アスファルトを叩き぀ける雚粒が跳ね䞊がり、癜い霧のようになっおいる。
     東京駅行きのリムゞンバスが走り出すず、激しい雚が窓ガラスを打ち据えた。バラバラ、ずいう音はやがお蜟音ずなり、車内の静寂を切り裂く。
     俺は窓の倖に映る自分の顔を芋た。疲れ切っお、どこか怯えおいる䞉十路の男の顔だ。
     ガラスの向こうでは、湟岞線の颚景が歪んで流れおいく。お台堎の芳芧車も、林立するタワヌマンションも、党おが雚のカヌテンに遮られ、茪郭を倱っおいる。
     倩気予報の「降氎確率」に察しお、改めお腹が立っおきた。残りのは䞀䜓䜕だず蚀うのだ。気䌑めか、垌望を持たせるための眠か、それずもただの蚈算䞊の誀差か。
     枋滞に巻き蟌たれながら、俺はバスの䞭で時間を朰した。圩花ずのメッセヌゞの履歎を遡る。
     連絡が来たのは、䞀か月前だった。

    『久しぶり。元気にしおる』
     他愛ないやり取りが続き、やがお圌女から切り出された。
    『䌚いたいな』
     返信に迷いはなかった。心臓の錓動が早くなったのを芚えおいる。なぜか、東京駅以倖の堎所が思い぀かなかった。最埌に別れを告げた堎所で再䌚する。それは、俺にずっおあの日の別れを「完了」させる儀匏のようなものであり、同時に「再生」ぞの淡い期埅を含んだ堎所でもあった。もし、圌女が「別の堎所がいい」ず蚀ったら倉える぀もりだったが、圌女からの返信はたった䞀蚀、「いいよ」だった。
     圌女にずっお、あの堎所はどういう意味を持぀のだろう。別れの堎所での再䌚を䜕ずも思っおいないのか、それずも、それ自䜓を忘れおいるのか。あるいは、俺ず同じように「やり盎す」ためのスタヌトラむンずしお捉えおいるのか。確認する぀もりはなかった。確認すれば、䜕かが厩れおしたいそうで怖かった。

     東京駅日本橋口にバスが到着する頃には、雚足はさらに匷たっおいた。
     駅構内のコンビニに駆け蟌み、ビニヌル傘の棚ぞず䌞ばしかけた手を、ふず匕っ蟌める。
     ――さすがに五癟円のビニヌル傘はなぁ。
     別れた恋人に察する芋栄ではない。これから重芁な再䌚を果たそうずいう䞉十歳過ぎの倧人が、間に合わせで最も安い傘を買うこずが、どうしおも蚱せなかった。それは、圩花に察する䞍誠実さの象城のように思えたのだ。
     俺は隣にあった、黒くお骚がしっかりずした、持ち手がマット加工された傘を手に取る。
     ――千円。
     正盎、高いず思った。どうせ今日しか䜿わないかもしれない傘だ。旭川に持ち垰っおも、車の䞭で、他のビニヌル傘ず䞀緒にトランクの肥やしになるだけだろう。だが、これは過去の自分ぞの莖眪しょくざいであり、圩花に察しお瀺すべき最䜎限の敬意の倀段だ。レゞに向かい、千円札を出した。店員が無蚀でバヌコヌドを読み取る。
     䞞の内䞭倮口の改札を抜け、倖に出た瞬間、俺は音の暎力に晒された。雚が傘の垃地を叩く、ドムドムずいう䜎い音。地面を激しくバチバチず打ち぀ける氎しぶきの音。タクシヌや送迎の車が、濡れた路面を切り裂いお走る、シャヌッずいう悲鳎のような音。それらの音が混ざり合い、増幅され、俺の耳ず心に突き刺さる。湿床が䞀気に䞊がり、スヌツが肌に匵り付くような䞍快感が襲う。
     ――ああ、雚の音っお、こういう音だったのか。
     旭川の静寂、雪が音もなく降り積もる䞖界に慣れきった俺にずっお、この東京の雚の音は、あたりにも生々しかった。ここには、生きおいるこずの摩擊熱ず、感情が激しく揺れ動いおいるような熱量がある。
     忘れかけおいた激しい感情の音に、俺は䞍快感ず共に、ほんの少しの感動を芚えおいた。俺は今、間違いなく東京にいる。過去から逃げ出した堎所に、戻っおきおいる。

     埅ち合わせ堎所の近く、屋根のある䞀角に立ち、傘を開いた。真新しい黒い傘が、バサリず音を立おお広がる。
     時蚈を芋る。玄束の時間の十五分前だ。早すぎたかもしれないが、遅れるよりはいい。
     行き亀う人々を眺める。誰もが眉をひそめ、足早に過ぎ去っおいく。傘の花が咲き乱れ、互いにぶ぀かりそうになりながら亀差する。東京は盞倉わらず、他人ぞの無関心ず過干枉が同居する奇劙な街だ。
     ふず、芖界の端に誰かの気配を感じた。
    「盞倉わらず早いのね」
     その声は、雚の蜟音の向こうから、䞍思議なほど明瞭に、そしお囁くように届いた。心臓がドクリず鳎った。ゆっくりず振り返る。
     ピンク色の花柄の傘をさした圩花が、い぀の間にか俺のすぐ隣に立っおいた。
     䞀幎半ずいう月日は、圌女を少しも叀びさせおはいなかった。むしろ、蚘憶の䞭の圌女よりも掗緎され、倧人の女性の空気を纏っおいる。ベヌゞュのトレンチコヌトがよく䌌合っおいた。
    「  圩花」
     声が䞊ずらないように気を぀ける。その存圚に党く気付かなかったこずに俺は驚き、そしお、自分の心の動揺を悟られるたいず身構えた。
    「久しぶりだね」
    「ああ、元気だった」
    「たぁね。あなたは」
    「がちがち  かな」
     ありきたりな䌚話。でも、その声を聞くだけで、俺の䞭の䜕かが急速に解凍されおいくのを感じた。
    「その傘、どうしたの」
     圩花が俺の黒い傘を指差した。
    「さっきコンビニで買った。千円」
    「もったいない。安いビニヌル傘でいいのに。どうせ旭川じゃ䜿わないんでしょ」
     俺は「そうだな」ず苊笑した。
    「やっぱり芋栄っ匵りだね」
     圌女はくすりず笑った。やはり芋抜かれおいる。圌女は俺の意図など、あっさりず芋透かしおしたう人だった。その笑顔に、少しだけ救われた気がした。もしかしたら、俺たちはただ、以前のような関係に戻れるのかもしれない。そんな淡い期埅が胞をかすめる。
    「ここで䜕しおたの」
     俺はその問いに、少しでもドラマチックな真実を返したかった。ただ立っお埅っおいただけだず蚀うのが、䜕だか気恥ずかしかった。
    「芋おたんだよ、東京駅ず、この雚を」
     圩花は「ぞぇ」ずだけ蚀っお、東京駅の赀レンガ駅舎に芖線を移した。
     時刻は午埌六時を過ぎた。雚に煙る駅舎は、濡れたこずで色を濃くし、幻想的な雰囲気を醞し出しおいる。
     人々は仕事から解攟され、家路ぞ急ぐか、あるいはこれから始たる倜の街ぞず吞い蟌たれお行く。色ずりどりの傘の矀れが、たるで東京の血流のように脈動しおいた。
     俺たちはしばらく無蚀で雚を芋おいた。沈黙が苊痛ではなかった。以前付き合っおいた頃も、こうしお黙っお同じ景色を芋おいる時間が奜きだった。
     俺は圌女の暪顔を盗み芋る。長いた぀毛が䌏せられ、䜕かを考えおいるようだ。
     蚀わなければならないこずは山ほどある。
     あの時、逃げるように去っおしたったこずぞの謝眪。連絡を絶っおしたったこずぞの蚀い蚳。そしお、今でも圌女のこずを想っおいるずいう告癜。
     蚀葉が喉元たで出かかっおは、雚の音にかき消されおいく。
    「雚、止んでるよ」
     圩花の唐突な蚀葉に、俺はハッずしお我に返った。耳を柄たすず、い぀の間にか傘を叩く音が消えおいた。
     呚囲を芋枡す。激しい雚は嘘のように䞊がり、雲の切れ間から埮かな倜空が芗いおいる。地面を叩くノむズが消え、静寂が蚪れおいた。たるで、嵐のような感情のクラむマックスが終わり、䞖界が息を朜めたようだ。畳たれた傘を持った人の矀れが、氎たたりを避けながら俺たち二人の暪を通り過ぎお行く。
    「本圓だ  」
     俺も傘を閉じた。
     圩花は傘を閉じたたた、少し前に出おスマヌトフォンを構えた。濡れた路面が、完璧な鏡のように、ラむトアップされた東京駅を逆さに映し出しおいる。
    「綺麗  」
     この光景を写真に収める圌女の暪顔を、俺はじっず芋぀めおいた。暪に䞊び、䞀緒に写真を撮りたい衝動に駆られたが、䜓は鎖に繋がれたように動けなかった。その䞀歩が螏み出せない。䞀幎半の距離は、物理的な距離以䞊に遠かった。
     ――圩花は、東京に飲み蟌たれたりしないのだろうか。
     もし圌女が、あの頃の俺のように東京に疲匊しおいるのなら、今すぐにでもこの千円の傘を捚おお、圌女を抱きしめお旭川ぞ連れ垰りたい。「もう頑匵らなくおいい」ず蚀っおやりたい。でも、圌女の背筋は䌞び、凛ずしおいる。
     圌女の䜇たいは、い぀もず同じだった。墓石のようにそびえ立぀高局ビル矀の䞭、煌びやかな光を反射する茶耐色の東京駅は、異様で、そしお眩しすぎた。圌女はその光の䞀郚ずしお、完党にこの街に調和しおいた。
    「いいね、その傘」
     俺が埌ろからそう声をかけるず、圩花はくるりずこちらを向いた。圌女の持っおいたピンクの花柄の傘は、閉じおいおも華やかで、圌女によく䌌合っおいる。センスの良さずいうのは、やっぱりこういうずころに出るのだず思った。
    「思っおないくせに」
     圌女は埮笑んだが、その瞳の奥は笑っおいなかった。俺の心を、もっず深いずころたで芗き蟌んでいるような、射抜くような芖線。
     その時、俺の目元がひき぀るのを感じた。䜕かがこみ䞊げおくる。䞀幎半、心の奥底に封じ蟌めおきた感情。
     ――この人を飲み蟌むなよ
     俺は目の前にそびえる東京駅に向かっお、心の䞭で呟く。か぀お俺を飲み蟌み、消化し、吐き出した、巚倧で無機質な化け物に向かっお。そしお、圌女を守れなかった自分自身の匱さに向かっお。
     その瞬間、圩花の笑みがすっず消え、その瞳が俺の目元に固定された。圌女は俺の目の前に䞀歩螏み出し、ためらうこずなく、俺の頬にそっず指を觊れた。冷たい指先だった。
    「あなた、泣いおる」
     その蚀葉を聞いお、初めお自芚した。芖界が滲んでいる。雚は止んだはずなのに。
     䞀幎半前のあの日以来、俺自身の内偎で密かに降り続けおいた「雚」があったこずを、俺は今知った。
     俺の頬には、熱い䞀筋の氎分が䌝っおいた。あの日、圩花の別れの涙を芋お芋ぬ振りをした俺が、今になっお流しおいる、遅すぎる悔恚の涙。
     ――みっずもない。
     䞉十過ぎの男が、駅前で泣くなんお。
     俺はそれをすぐに拭うこずもできず、ただ立ち尜くした。圩花は䜕も蚀わずに、ただその涙の跡を指で蟿った。その感觊が、痛いほど優しかった。
    「降氎確率の雚が、やっず止んだず思ったのに  」
     圌女は駄々をこねる子䟛をあやすように、優しく、少し困ったように蚀った。その声には、怒りも非難もない。ただ、深い慈愛ず、どこか安心したような、懐かしむような響きがあった。
     俺はこの優しさに甘えおいいのだろうか。圌女もただ、俺のこずを  。
     俺は圩花の手を握ろうず、右手を少し持ち䞊げた。
     しかし、その手は空を切るこずになった。圩花は静かに手を匕っ蟌め、䞀歩䞋がったのだ。
     そしお、決定的な蚀葉を告げた。

    「私ね、結婚するんだ」

     ドクン、ず心臓が異様な音を立おた。東京駅の赀レンガが、高局ビルの光が、車のヘッドラむトが、党お遠のいた。先ほどたでの蜟音は消え、䞖界は無音になり、俺を包んでいたはずの感傷も、悔恚の涙すら、䞀瞬で也ききった。
     喉が匵り付き、蚀葉が出ない。
    「  え」
     やっずの思いで挏れたのは、間の抜けた音だけだった。
     圩花は穏やかな顔で、俺をたっすぐに芋぀めおいた。そこには迷いも、揺らぎもない。
     俺は勘違いしおいた。俺は圌女に䌚っお、蚱されたかったのだ。東京から逃げたこず、圌女を眮き去りにしたこず、そしお、圌女の涙を芋なかったふりをした眪を。それらをこの再䌚で垳消しにしお、あわよくば時蚈の針を戻したかった。でも、圩花は違った。
     圌女が欲しおいたのは、埩瞁でも、謝眪の蚀葉でもない。過去ずいう重荷からの「解攟」だった。俺ずいう過去の残骞に、今日、この東京駅ずいう別れの堎所で、完党に終止笊を打぀こず。それが、圌女が俺に「䌚いたい」ずメヌルを送った真の理由だったのだ。
     この雚の䞭、わざわざ俺を呌び出したのは、圌女の䞭の最埌の雚雲を晎らすためだった。

     圩花は俺の涙が也くのを芋届けお、満足そうに埮笑んだ。それは、聖母のような慈愛ではなく、自分にたずわり぀いおいた靄が晎れたような、枅々しい笑顔だった。
    「もう、䜕もかも終わったわ。ありがずう。䌚えおよかった」
     圌女の蚀葉は、完璧なピリオドだった。
    「  そうか。おめでずう」
     俺の口から出た祝犏の蚀葉は、驚くほど也いおいお、自分でも驚くほど誠実に響いた。それが、俺にできる粟䞀杯の、最埌の匷がりだった。
    「うん。ありがずう。じゃあ、元気で」  
     圩花は自分の持っおいるピンクの花柄の傘を䞁寧に畳み、背を向けた。䞀床も振り返るこずなく、光の溢れる䞞の内偎ぞず歩き出した。その足取りは軜く、迷いがない。トレンチコヌトの裟が翻ひるがえり、人混みの䞭ぞず消えおいった。
     俺はその堎から䞀歩も動けなかった。手には、千円で買ったばかりの黒い傘が握られおいる。もう開かれるこずのない、無甚の長物だ。
     濡れた路面には、茶耐色の東京駅が静かに映り、䞀枚の鏡のようだった。その鏡は、今の俺がただの過去の亡霊であり、圌女の新しい人生には䞀滎分の関りもないこずを、冷酷に映し出しおいた。
     芋䞊げるず、倜空には星が芋え始めおいた。
     運呜の降氎確率は、になった。俺にずっおの未来ではなく、圌女にずっおの過去が、完党に晎れ䞊がったのだ。
     俺は也いた傘を杖のように突き、誰もいない倜空に向かっお、小さく息を吐いた。
     東京は、やっぱり残酷だ。

    了


    ピリカさんより、ピリカ文庫ぞのお誘いを受けお曞いたものです。お題は「傘」
    ずおも玠敵なご瞁を頂き、感謝しおおりたす。
    ※改皿により、圓初ず内容が異なりたす


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    茚城県で補造業かなり珍しいものに埓事しおいたす。 珟代ドラマの掌線、短線小説をメむンに投皿䞭。 たたにピアノで西村由玀江さんの曲を匟きたす。 ゜リスピア第6回超短線小説祭入遞。 第1回文苑堂54字の物語コンテスト最優秀賞特別賞。 第12回自䜜小説の䞀節コンテスト最優秀賞。

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