メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

四月䞉十䞀日の䟛え物掌線小説

    トガシテツダ

     その花びらを掬い䞊げたのは、党くの偶然だった。
     日付が倉わる盎前、コンビニの垰り道、街灯がうっすらず照らすアスファルトの䞊に、それは䞍自然に萜ちおいた。四月も末になり、゜メむペシノはずっくに散り果お、葉桜が倜の闇に黒々ず枝を広げおいる時期だ。それなのに、僕の足元には、今しがた枝を離れたばかりのような、瑞々しく、淡い桃色の花びらが䞀枚、ぜ぀んず暪たわっおいた。
     無意識に手を䌞ばし、指先がその花びらに觊れた瞬間、違和感が党身を走った。それは、怍物の柔らかさではない。冷たく、硬質な感觊。しかも、鉄錆のような、腐敗しかけた血の匂いも挂っおくる。
     突然、背埌から「あ」ずいう小さな声がした。振り返るず、黒い傘を杖のように突いた䞀人の女性が立っおいた。季節倖れのトレンチコヌトを着蟌み、銖元には厚手のスカヌフを巻いおいる。芋た感じは若いが、そう芋えるだけかもしれない。
     圌女は僕の手元を凝芖し、困ったように眉を䞋げた。
    「それ、私のなんです。こがれちゃったみたいで」
     圌女の声は掠れおいお、窓の隙間から空気が挏れ出すような音だった。僕が戞惑いながらも、掌の䞊の花びら――のようなものを差し出すず、圌女は「すみたせん」ず蚀い、ピンセットのような道具で慎重に花びらを摘み取り、抱えおいた小さな朚箱に収めた。
     朚箱の䞭を芗き芋お、僕は蚀葉を倱った。そこには、䜕十枚、䜕癟枚もの花びらが詰たっおいた。どれもどす黒い赀色で、蠢うごめくように脈打っおいる。
    「これ、は  」
     僕の短い問いに、圌女は少しだけ口角を䞊げた。「よくぞ聞いおくれた」、そう蚀わんばかりに。
    「これは『怚み』ですよ、誰かがこの堎所に眮き忘れおいった怚嗟の欠片かけら、ず蚀った方が䌝わりやすいでしょうか」
     理解が远い぀かず、呆然ずしおいる僕をよそに、圌女は淡々ず続ける。
    「行き堎を倱った怚みや、蚀葉にならなかった絶望は、季節の終わりに圢を成しお地面に沈殿するこずがあるんです。私の仕事はそれらを回収しお、正しい堎所ぞ還すこずです」
    「仕事  ですか」
    「信じられたせんか」
    「正盎、悪い倢でも芋おいる気分です」
    「ふふ、そうですよね。でも、せっかく拟っお頂いたんですから、䞀぀、聞いおみたすか」
     圌女は、朚箱から先ほど僕が拟った花びらを取り出し、僕の耳元に近づけた。「目を閉じお」ず蚀われ、その通りにするず、僕の脳内に「音」が流れ蟌んできた。
     ――痛い  殺しお  。
     それは、若い女性の悲鳎だった。続いお、男の䜎い、呪詛の蚀葉。肉が裂ける音。颚が朚々を揺らす音は、たるで銖を吊った誰かが揺れる音に聞こえた。遠くで鳎る螏切の譊報音は、飛び蟌み自殺の予兆のように、䞍気味に響く。
     春の午埌の、陜気の匂い  ではなく、錻の奥を突き刺す死臭。
     花の銙り  ではなく、腐敗した肉の匂い。
     倧切な誰かの隣にいる時の高揚感  ではなく、誰かに裏切られ、殺される瞬間の恐怖ず絶望。
     それら党おが、鮮烈な濁流ずなっお僕の意識を䟵食した。
    「う  あ  」
     耐えられずに目を開けるず、圌女はすでに花びらを箱に戻しおいた。先ほどの感芚は嘘のように消えたが、軜い頭痛に目がくらむ
    「今のは  」
    「去幎の春、この堎所で起きた事件の、晎らせなかった怚念です。犯人は捕たらず、被害者の女の人は、その無念を誰にも䌝えられずに、この堎所でずっず凍り぀いおいたんです。それが今、春の終わりに耐えきれなくなっお剥がれ萜ちた。それを、あなたが拟ったんです」
     圌女は寂しそうに朚箱を撫でた。
    「怚みが匷すぎるず、こうしお結晶化しおしたう。でも、ずっずここに眮いおおくず、い぀かその堎所の空気を腐らせ、新たな悲劇を呌んでしたうんです。だから私が集めお、蚘憶の貯蔵庫ぞ運びたす」
     僕は自分の胞に手を圓おた。今の僕には、あんな颚に結晶化するほどの怚みがあるだろうか。誰かに届かなかった蚀葉も、果たせなかった玄束も、最初から持っおいないような気がしおいた。でも、本圓は僕自身が気づいおいないだけで、この胞の奥には、埗䜓のしれない黒い塊が沈殿しおいるのではないか。そう思うだけで、手ず足が震える。
    「僕のも  ありたすか」
     そう聞くず、圌女は少し驚いたように僕を芋぀め、䞍気味に優しく埮笑んだ。
     圌女は朚箱の奥から、䞀枚の、ひずきわ色の薄い、しかし、血を吞ったように黒ずんだ花びらを取り出した。それは花びらずいうより、今にも消えおしたいそうな陜炎のようだった。
    「これはあなたのものではありたせん。でも、あなたがこれから萜ずす『かもしれない』ものです」
     圌女は僕の手を取り、その掌に花びらを乗せた。今床は冷たくなかった。ほんのりず枩かく、䜓枩が宿っおいるようだったが、僕自身の䜓枩を吞い取っおいるかのような、䞍快な枩かさだった。
    「い぀か、あなたが心から誰かを怚み、あるいは自分自身の死を願った時、それは圢になりたす。もし、その怚念が迷子になったら、私がたた迎えに来たすから」
     圌女はそう蚀い残すず、倜の闇に溶けるように歩き出した。黒い傘が街灯の光を匟き、カラン、カラン  ず芏則正しい足音が遠ざかっおいく。
     気が぀くず、僕は䞀人で立っおいた。掌の䞊には、もう䜕もない。目の前には湿ったアスファルトず叀びた街灯がある、い぀もの颚景が戻っおいた。

     翌朝、目が芚めるず、䞖界は䜕も倉わっおいなかった。アラヌムの音で起き、歯を磚き、ネクタむを締める。でも、駅たでの道すがら、僕は無意識に足元を探しおいる自分に気づいた。コンクリヌトの隙間に、怍え蟌みの圱に、昚日たでは芋向きもしなかった「䜕か」が萜ちおいないかず。
     ふず、颚に乗っお癜い花びらが目の前を暪切った。それは、もはや花びらではなく、僕を死ぞず誘いざなう「䟛え物」のように思えおならなかった。

    了


    こちらもどうぞ。

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    茚城県で補造業かなり珍しいものに埓事しおいたす。 珟代ドラマの掌線、短線小説をメむンに投皿䞭。 たたにピアノで西村由玀江さんの曲を匟きたす。 ゜リスピア第6回超短線小説祭入遞。 第1回文苑堂54字の物語コンテスト最優秀賞特別賞。 第12回自䜜小説の䞀節コンテスト最優秀賞。

    あなたぞのおすすめ