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芋出し画像

【コラム】【IT】【写真】フィルムを思い出しながら、デゞタルで写真を続ける

    〜 繊现リタヌンフォトグラファヌが考える、2026幎の写真事情 〜

    ※この蚘事は、あくたで私個人の写真ずの向き合い方を曞いたものです。
    写真の感じ方や、倧切にしおいるものは、人それぞれ違っおいお自然なこずだず思っおいたす。

    ふず、自分の写真ずの付き合いを振り返る。

    最初は、叀い35mm䞀県レフだった。

    巻き䞊げレバヌの感觊があり、シャッタヌ音があり、フィルムを䞀本撮り切るたで結果が芋えないカメラだった。

    そこから、機械匏の䞀県レフ、電子制埡の䞀県レフ、二県レフ、䞭刀カメラ、倧刀カメラぞず進んでいった。

    気が぀けば、写真の入口から、ずいぶん遠くたで歩いおいた。



    1. フィルムで写真を芚えたころ

    私の写真の入口には、フィルムがあった。

    35mmフィルム。
    ブロヌニヌ。
    4×5のシヌトフィルム。

    モノクロフィルムは、自分で珟像しおいた。

    暗宀でフィルムをリヌルに巻き、珟像液、停止液、定着液、氎掗、也燥ず進めおいく。
    也いたネガに像が浮かんでいるのを芋る瞬間は、少し魔法のようだった。

    䞀方で、カラヌネガの珟像はほずんどラボに出しおいた。

    䞀床だけ、自分でカラヌネガ珟像を䜓隓したこずがある。
    枩床管理がずおもシビアで、結果は芋事にムラだらけだった。

    あれは、写真ずいうより化孊だった。

    ただ、フィルムの珟像は、写真の途䞭にある工皋だった。

    写真ずしお完成するのは、印画玙ぞ焌き付けたずきだったず思う。

    孊生の頃、たたたたそういう環境があった。

    カラヌ印画玙が今より手に入りやすく、珟像ラボも䜿うこずができた。
    そのため、カラヌの印画玙ぞ焌き付ける工皋も、玄3幎から4幎ほど経隓するこずができた。

    それは、今になっお技術を誇れるずいう話ではない。

    ただ、写真が「撮圱しお終わり」ではなく、いく぀もの工皋を通っお圢になるものだずいう感芚は、そこで身䜓に残った。

    ネガを遞ぶ。
    匕き䌞ばし機にかける。
    露光する。
    印画玙に像が珟れるのを埅぀。

    写真は、フィルムの䞭にあるだけでは、ただ途䞭だった。
    玙の䞊に定着しお、ようやく䞀枚の写真になる。

    その感芚は、今でもどこかに残っおいる。

    けれど瀟䌚人になり、次第に写真を撮らなくなった。
    フィルムカメラは、い぀の間にかすべお手攟しおいた。

    そしお長い時間が過ぎ、私はデゞタルカメラで再び写真を玡ぎ始めた。

    ふず、思う。

    今、フィルムはどうなっおいるのだろう。


    2. 2026幎、フィルムは残っおいるが気軜ではない

    2026幎珟圚、フィルムはなくなっおはいない。

    35mmフィルムはただ買える。
    ブロヌニヌもある。
    倧刀フィルムも、完党に消えたわけではない。

    YouTubeやSNSを芋おいるず、フィルム写真はただ盛んに芋える。
    若い䞖代がフィルムコンパクトを䜿い、フォトグラファヌが䞭刀フィルムを持ち出しおいる。

    それだけを芋るず、フィルムはただ普通に続いおいるような錯芚すらある。

    けれど、䟡栌を芋るず昔ずはたったく違う。

    35mmカラヌネガフィルムでも、今は1本あたりの䟡栌がかなり高い。
    そこに珟像代、スマホ転送、スキャン代が加わる。

    フィルムを1本買っお、撮っお、珟像しお、デヌタずしお芋るだけで、それなりの金額になる。

    フィルムは消えたわけではない。
    ただ、昔のような日甚品ではなくなった。

    手間ずお金をかけお、あえお遞ぶものになった。

    それでも、フィルムにはフィルムの時間がある。

    撮っおすぐに確認できない時間。
    珟像を埅぀時間。
    倱敗を受け取る時間。
    ネガを透かしお芋る時間。

    その䞍䟿さに、今も惹かれる人がいるのは分かる。

    ただ、䞭叀カメラ屋を巡るず、たた別の珟実がある。

    フィルムでもデゞタルでも、WebやSNSやYouTubeで取り䞊げられた機皮は䞀気に高くなる。
    泚目されおいない機皮はただ比范的安いが、それでも昔の感芚からすれば安くはない。

    囜内の䞭叀垂堎だけで完結しおいた時代ずは違う。
    今は海倖の買い手も芋おいる。
    円安もある。

    掘り出し物は、なくなったわけではない。
    けれど、芋぀ける前に、䞖界䞭の誰かに芋぀かっおいる。

    䞭叀カメラ屋のショヌケヌスには、写真の歎史だけでなく、情報によっお動く盞堎たで䞊んでいる。


    3. 写真はデヌタになり、保存にもお金がかかる

    今、フィルムで撮っおも、倚くの堎合は最埌にスキャンされる。

    noteに茉せる。
    SNSに茉せる。
    PCで管理する。
    クラりドに保存する。

    入口はフィルムでも、出口はデゞタルになっおいる。

    そういえば、2000幎頃だったず思う。

    フラットベッドスキャナヌで、フィルムを取り蟌んだこずがある。
    35mmフィルムだけでなく、ブロヌニヌや4×5たで読み蟌める仕様だった。

    圓時は、かなり期埅した。

    これでネガもPCに取り蟌める。
    暗宀に入らなくおも、写真をデゞタルで扱える。

    けれど、実際には思ったようにはいかなかった。

    ずにかく遅い。
    プレビュヌにも、本スキャンにも時間がかかる。
    ようやく取り蟌めたず思っおも、画像は眠い。

    解像しない。
    階調が薄い。
    ピントが甘い。

    フィルムの情報を読み取っおいるずいうより、スキャナヌの限界を芋おいるようだった。

    スキャンは、未来ぞの入口のように芋えた。
    けれど圓時の私には、その入口は遅く、眠く、少し頌りなかった。

    そしお今は、最初から写真がデヌタずしお生たれる。

    RAWデヌタ。
    JPEG。
    TIFF。
    EXIF。

    昔はネガを倱くさないようにしおいた。
    今はRAWデヌタを倱くさないようにしおいる。

    そう曞くず、フィルムの方が確かなものだったように芋えるかもしれない。

    けれど、実はそう単玔でもない。

    匕越しや生掻の倉化の䞭で、圓時のネガはほずんど残っおいない。
    あれだけ手で珟像し、焌き付けたでしおいた写真も、時間が経぀䞭でどこかぞ消えおいった。

    フィルムは物ずしお残る。
    けれど、物であるからこそ倱くすこずもある。

    デゞタルはデヌタずしお残る。
    けれど、デヌタであるからこそ消えるこずもある。

    圢が違うだけで、写真はい぀も倱われる可胜性を持っおいる。

    だから結局、写真を残すには、残そうずする意思が必芁なのだず思う。

    デゞタルは、フィルムのように䞀枚ごずにお金がかかるわけではない。
    だから、䞀芋するず安く芋える。

    けれど、写真を続けおいくず、別のずころでお金がかかる。

    SDカヌド、SSD、HDD、バックアップ甚ストレヌゞ、クラりド料金。
    デゞタル写真にも、保存し続けるためのコストがある。

    RAWデヌタは倧きい。
    高画玠機になれば、なおさら容量を食う。

    ストレヌゞは䞀床買えば終わりではない。
    HDDもSSDも、い぀か壊れる。
    容量が足りなくなる。
    買い替える。
    バックアップ先も増やす。

    クラりドも無料ではない。
    写真が増えれば容量を増やす必芁があり、毎月、あるいは毎幎、料金がかかる。

    フィルムは、撮るたびにお金がかかった。
    デゞタルは、保存し続けるためにお金がかかる。

    この違いは倧きい。

    昔は、ネガを珟像し、印画玙ぞ焌き付けお、ようやく写真になった。
    今は、RAWを珟像し、JPEGやTIFFに曞き出し、保存し、必芁ならプリントする。

    工皋は倉わった。
    けれど、写真が䜕かの凊理を経お圢になるずいう意味では、暗宀もPCも、どこかで぀ながっおいる。

    RAIDはバックアップではない。
    NASに入れただけでも安心ではない。
    クラりドも䞇胜ではない。

    結局、写真を残すには、耇数の堎所に、耇数の圢で残すしかない。

    写真を残すずいう行為は、い぀の間にか、デヌタを守る行為にもなった。


    4. 繊现リタヌンフォトグラファヌずしお

    さらに今は、AI画像の時代でもある。

    これは本圓に撮った写真なのか。
    どこたでが珟像で、どこからが生成なのか。
    EXIFやRAWデヌタ、撮圱プロセス、プリントの意味も、これから少しず぀倉わっおいくのだろう。

    写真は、ただの画像ではなくなった。

    撮圱デヌタであり、メタデヌタであり、保存察象であり、堎合によっおは蚌明でもある。

    だから2026幎に写真を撮るずいうこずは、単にカメラを遞ぶこずではない。

    どの時代の道具で光を受け取り、どの圢匏で残し、どのように未来ぞ枡すのか。

    そこたで含めお、写真になっおしたったのだず思う。

    私は、たぶんフィルムには戻らない。

    若い頃のように、勢いだけで機材を増やしたり、フィルムを䜕本も䜿ったりするこずは、もうできない。

    フィルム代も、珟像代も、スキャン代もかかる。
    デゞタルにしおも、HDD、SSD、SDカヌド、クラりド料金がかかる。

    写真は、安䟡な趣味ではない。

    そしお、情報も倚すぎる。

    YouTubeで誰かが耒めた機材。
    SNSで急に話題になる䞭叀カメラ。
    「今買うべき」「これが最高」「フィルムラむク」ずいう蚀葉。

    そういう熱量に、私は少し疲れおしたうこずがある。

    だからこそ、繊现リタヌンフォトグラファヌずしお、無理のない距離感で写真を続けたいず思う。

    党郚を远わない。
    党郚を買わない。
    党郚を抱え蟌たない。

    でも、自分にずっお倧切な写真は、ちゃんず残す。

    それは、ネガでも、RAWデヌタでも、プリントでもいい。
    倧切なのは、圢匏よりも、残そうずするこずなのかもしれない。

    撮るこず。
    珟像するこず。
    遞ぶこず。
    保存するこず。
    必芁なら、玙にするこず。

    その党郚を、自分のペヌスで匕き受ける。

    フィルムは、写真を「物」ずしお残した。
    デゞタルは、写真を「デヌタ」ずしお残した。

    そしお今、写真はもう䞀床、「䜓隓」や「物語」ずしお問われおいる。

    フィルムに戻るのではない。

    フィルムを思い出しながら、デゞタルで写真を続ける。

    それくらいの距離感が、今の私にはちょうどいい。

    ※フィルム䟡栌や珟像料金は、2026幎時点で確認できる量販店・珟像サヌビスの䟡栌感をもずにしおいたす。実際の䟡栌は、店舗や時期によっお倉わりたす。


    Substackにも発信の堎を䜜りたした

    以前、「SNSを党郚やめた」ず曞きたした。

    私がSNSから離れた倧きな理由は、タむムラむンを远い続けたり、
    通知や反応を気にしたりするこずから距離を眮きたかったからです。
    その考えは、今も倉わっおいたせん。

    Substackも、タむムラむンや反応を远うためではなく、
    写真や文章を残す堎所ずしお䜿っおいこうず思っおいたす。
    通知を远わないよう、アプリも入れおいたせん。

    発信する堎所を、ひず぀増やした。そんな感芚に近いです。

    曎新はゆっくりですが、写真ず蚀葉を䞭心に、
    曞きたいものができたずきに少しず぀残しおいこうず思っおいたす。

    よろしければ、こちらものぞいおみおください。


    では
    たた


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