
予算300円
昭和の小学生にとって、遠足はただの楽しいイベントではない。
それは、「予算300円」という過酷な条件下で、いかに最大限の満足を得るかという、人生初の経済学と戦略論の実践の場だったのである。
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遠足のしおりに記された
「おやつは300円まで」の文字は、
私たちを駄菓子屋へと駆り立てた。
駄菓子屋の棚の前、
僕は脳内そろばんをフル回転させていた。
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ひときわ存在感を放っていたのが
3連つながりのチロルチョコ(30円)だ。

これをカゴに入れることは、
10円の駄菓子3つ分を一度に消費することを意味する。
しかし、あの長方形の圧倒的なボリューム感と、中に詰まったヌガーの満足感は、何物にも代えがたかった。
そして、遠足という戦場において
個人的に絶対に外せない一品。
そう、コメッコ(ホタテ味)だ。

しかし、コメッコという「主力」を配置すると、残り予算の管理は一気にシビアになる。
ここからは10円単位の精密な計算が求められる「おやつ経済学」の時間だ。
グミの先駆け、
プラスチックの台紙から剥がすのが楽しい「コーラアップ」

満腹中枢を騙す。
甘酸っぱい初恋の味、ピンクの包み紙が眩しい「さくらんぼの詩」

疲弊した行軍を支えるエネルギー源。
そして、
「お菓子」というより
「エチケットの先駆け」カルミン。

現実に引き戻される。
これらをパズルのように組み合わせ、端数を10円のガムでピタリと埋める。
「……300円、ジャスト!」
消費税のない時代。
1円の誤差も許されない聖域への到達。
レジでおばちゃんに
「ちょうどだね、お利口さん」
と言わせた瞬間の全能感は、
何物にも代えがたかった。
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遠足当日。
現地でレジャーシートを広げた僕は、昨夜の苦闘の結晶である
「300円ジャスト」の精鋭たちを一糸乱れぬ隊列で並べた。
「さあ先生、見てくれ。1円の妥協もない、この清廉潔白なラインナップを!」
……しかし、
先生は一度もおやつの検閲に来ることはなかった。
それどころか、
隣で明らかに予算を倍近くオーバーしている「おやつ富豪」が、
豪華なラインナップを堂々と広げている。
先生はそれを見て
「おー、すごいなぁ」と笑っているだけだ。
10円ガムで必死に端数を埋めた僕のストイックな努力は、秋の空へと消えていった……。

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だが、それでよかったのだ。
僕がこれほどまでにルールを遵守し、「真面目な生徒」を完璧に演じきったのには、本当の理由があった。
おやつの予算を死守し、
模範的な生徒として振る舞うこと。
これこそが、僕の真の目的から目を逸らさせるための、高度な擬装工作(スピン)だったのである。
僕は周囲の目を盗み、
肩に食い込む象印の重たい水筒のキャップを、静かに、慎重に開けた。
僕の水筒の中身は……
「原液4:水6」という、
黄金比を超えた、喉が焼けるような甘さの、超濃厚カルピスだったのだ。
周囲が薄い麦茶で喉を潤す中、
僕は独り、乳酸菌の暴力に酔いしれていました。
|*`艸´)ククク…