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せかいは音で溢れている〜聴覚過敏と私〜

    「また、はじまった。」
    私は、そっと耳栓をする。少し音が遠くで聞こえる。
    ・・・でも、まだ心がザワザワする。
    耳栓をした上から、さらにイヤーマフを重ねる。
    ・・・やっと、音が消えた。

    私が耳の不調に気が付いたのは、2人目を生んですぐの事だった。
    いつもは気にならない食器洗浄乾燥機の音が、やたらと耳につく。
    ジャバンジャバンと豪快に皿を洗う音。
    ゴーと洗った皿を乾かす音。
    耳に刺さるように、音が大きい。
    その日から、家事を助けるはずの家電は、私にとって恐怖の音を立てるモンスターになった。

    2人目が生まれた年は、2020年。
    丁度ダイヤモンド・プリンセス号の集団感染が、ニュースで流れていた頃だ。
    私は里帰りを予定より早く切り上げ、2人目の1カ月健診が終わるやいなや、飛行機で夫と住む自宅へ戻った。

    まだ幼い長男とこの世に生まれて1カ月の長女、そして母親の私。
    この3人で1日のほとんどの時間を過ごすようになった。

    今思えば非常にたくさんの音に囲まれて過ごしていたと思う。

    ある休日、夫が私に話しかける。たわいもない話だったと思う。
    [夫の話し声がうるさい。]
    そう思った時、急に吐き気が襲ってきた。音を処理できなくて、頭の中がグルグルしている。
    「そんなに音がうるさいなんて、何かおかしいよ。」
    と、夫が言った。

    いつもの私は夫と話すのが大好きなのに。

    「聴覚過敏」
    その単語で、自分の症状に名前をつけたのはいつになってからだろう。
    覚えていない。
    でも、それまで音が辛い症状がなかった私には、自分がおかしいとしか思えなかった。
    学生の頃は中高6年間吹奏楽部だったし、音楽が大好きでよくライブハウスに通っていた。
    「no music no life」
    なんて授業中ノートの隅っこに落書きをしていたくらいだ。

    しかし、2人の子供をもった大人の私は、子どもの声に耐えられない。
    急に気持ち悪さを感じ、嘔吐するほどだった。

    「あなたの場合は、メンタルの要因が強いでしょう。」
    医師が言った。
    「聴覚過敏を治す薬はありません。
    対策としては、疲れ・ストレスをためない事。音から離れる事が重要です。」

    一瞬、頭の中が真っ暗になった気がした。
    幼い子どもを育てる私には、無理ゲーに感じられた。



    それから、7年の月日が経ち
    あの時赤ん坊だった長女は、6歳になった。
    長男と一緒に、まだ大きいランドセルを背負って、毎朝登校している。

    私の「聴覚過敏」は健在である。
    むしろ最近は、以前よりひどくなっている。

    小学校に入り2人共早く下校し、自宅で過ごす時間が増えた。
    私の特に苦手な子どもの声、テレビの音、ゲームの音が襲ってくる。
    そして、喧嘩もよくする。

    「また、はじまった。」
    私は、静寂を求め、耳栓やイヤーマフに手を伸ばす。

    最近は、雑音がある店の中で、店員さんが何を言っているか聞き取れない。
    「あなたの場合は、メンタルの要因が強いでしょう。」
    そう言われて必要ないと医師に言われていたので、長い間、耳の検査はしていなかった。

    でも、気になるし一度検査してみようか。
    そう思い立ち、近所の耳鼻科を予約した。

    大雨の日だった。
    傘をさして長靴も履いていたけど、前から吹き付ける雨風が強かった。
    私のズボンはたちまち、ずぶ濡れになった。
    でも、私は雨音を傘の中で聞きながら思っていた。

    [雨の日はいいな。せかいの音をかき消してくれる。]

    傘に当たる雨音が、私を守ってくれているように感じた。

    「聴覚はかなり良い方です。」
    近所の耳鼻科の若い医師は言った。
    私はなんだかほっとしたような、残念なような複雑な気持ちになった。
    耳に問題があれば、治療できるかもしれない・・・
    そんな淡い期待を抱いていたのかもしれない。

    「聴覚過敏を治す薬はありません。」
    再び、同じセリフを聞かされる。

    わかっている。私は、もう帰りたくなった。

    でも、その時医師が意外な事を言った。

    「僕も、同じように聴覚が過敏なんです。」
    「子どもの声やテレビの音が辛くて・・・。
    うるさい部屋では、人の声がうまく聞き取れません。」

    私は、つい前のめりになって医師の話に耳を傾けた。
    今まで、私と同じ辛さを抱える人に会った事がなかったのだ。

    「私には、子どもが2人いるんです。どうすれば・・・。」

    医師は少しえっ?と動揺していたが、こう助言してくれた。
    「しれっとその場から離れるといいです。」

    「しれっと」という表現がなんか可愛いなと思った。

    「私だけと思わないで。そういう人もいますから。」
    先生は、そう言って診察を終えた。

    病院の帰り道。
    「しれっと」をスマホで検索する。

    "「しれっと」とは、何事もなかったかのように平然としている様子や、驚くような状況や失敗があっても何食わぬ顔で振る舞う様子を表す言葉です。

    主な使い方・例文

    • 何食わぬ顔で振る舞う: 「遅刻してきたのに、しれっとした顔で席に着いた」

    • 周りに気づかれないように行う: 「間違えたデータを、みんなが気づかないうちにしれっと修正しておいた」

    • 涼しい顔でこなす: 「難しい質問をされたが、しれっと切り抜けた」"

    涼しい顔でこなす か・・・
    私は、この聴覚過敏が始まった7年間、どんな顔で育児をしていただろうか。
    涼しい顔でこなせたら、きっと子どもも不安にならないだろう。
    そうか、しれっと育児できたらいいのかな。

    雨はまだ降っていた。
    少し小降りになった雨雲の隙間から、晴れ間がのぞいた気がした。



    #創作大賞2026 #エッセイ部門 #子育て
    #聴覚過敏

     
     

    t0ma

     
     
    30代1男1女の母です。 ずっと書くことがしたかった。 母に「あなたの人生大変ね。」と言われた事をきっかけに誰かのためになるかもと始めました。過去の記録や、日々思った事を綴っていきます。「Amazonのアソシエイトとして、t0maは適格販売により収入を得ています」

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