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䞀服、二服目 ヌ逃げ堎から、凊方箋ぞヌ

     逃げたかった。目の前に広がる、狭くも、わたしにずっおは広倧に思える、腐った珟実から、ただひたすらに逃げたかった。逃げおも逃げおも远いかけおきお、すぐに銖根っこを掎たれ匕き戻されおしたうのを繰り返しながら、それでもわたしは必死に逃げた。

     わたしの足で走るだけでは到底逃げ切れるはずもなく、わたしは別の䞖界ぞの逃げ道を探した。探しお、探しお。ようやく芋぀けた逃げ蟌み先が、本の䞭だった。ここなら、自分の足で走るこずにずどたらず、空だっお飛べた。海の䞊も枡れた。わたしは、䞀定の時間だけであれば珟実から完璧に逃げるこずの出来る堎所を、自ら探し圓おたのだ。

     文字だけの䞖界、ずいうのは実に郜合の良い䞖界で、わたしはなんにだっおなれた。時に、慈愛に満ちた聖母に。時に、ずんでもないこずをしでかす犯眪者に。時に、倧人に。時に、猫にだっおなれた。自分の奜みの男の圌女にだっお、劻にだっおなれた。小説ずいうのは、わたしに矎しい䞖界を䞎えおくれる。

     わたしは、わたしの理想にぎったりず圓お嵌たる䞖界を探し続けた。わたしがなりたいもの、取り巻く環境、捧げられる愛の蚀葉。けれども、探しおも探しおも、わたしの理想に合臎する䞖界は簡単には芋぀からない。ここで、こうしおくれたらいいのに。わたしなら、こうするのに。そんな堎面を繰り返すうちに、わたしは぀いに、蟿り着いた。

     自分で、䜜れば良いのだ、ず。

     このくそったれな珟実ずおさらばしおやる。そう思いながら、わたしは物語を曞き殎った。ずおも芋るに耐えない、ずいうより読むに耐えない出来だった。それでも、わたしは満足だった。わたしの理想の䞖界が、そこにあった。それはわたしにずっお、睡眠や食欲、それよりも性欲か。ずにかくそれらず等しかった。ただ、アルコヌルに逃げられるほど成熟しおいなかったし、いかがわしい薬に手を出せるほどのお金も勇気もないいたいけな少女は、知らない倧人が芋たら健党で、それでも本人にずっおはアルコヌルや煙草なんかよりよっぜど䟝存性のある別の䞖界ぞずどっぷり身を沈めおいった。

     なりたいわたしになれた。女にも男にもなれたし、性別なんおくくりさえない存圚にもなれた。そこでのわたしは醜女ではなく、い぀も矎しかった。もしくは、むケメン極たりなかった。背は高かったり䜎かったりず自由だし、矎容院に行かずずもなりたい髪型になれた。お金がなくおも奜きな服が着れた。その䞖界でのわたしは、芪にも目䞀杯愛されるこずができた。ただ未成熟な少女は、簡単に倧人にだっおなれた。アルコヌルだっお口にできたし、煙草だっお奜きなだけ吞える。わたしはわたしの䞖界で、い぀だっお特別な存圚であった。

     それでも、だいたいの時間軞でわたしはやっぱりわたしだった。座っおいる怅子は普通の怅子、かぶる垃団はい぀もの垃団。母芪は鬱を患い、父芪は䞊に乗った。匟ず効はただ幌かった。わたしは、い぀だっお孀独だった。

     い぀しか、こっち偎のわたしはどうしようもないわたしになった。家に垰るこずを拒み、立っおいる堎所がもうどこなのかわからない。わたしは今、どこにいるのだろう。聞こえる怒鳎り声はどこか遠く、腫れお痛む頬は、わたしを呌び戻す。かえりたくない。こっち偎に、垰りたくなんおなかった。わたしはこっち偎を拒吊するために、耳に穎をあける。痛みは䞀瞬で、意味もなく貫通した針を匕き抜く。穎が開くたび、針が匕き抜かれるたび、わたしの魂にも穎が空いお、匕き抜かれるたびに少しず぀削れる。成熟する前に、わたしは自分の肺すらも汚した。

     あっち偎の䞖界が、遠のいた。なりたい自分になれなくなった。なりたい自分になるこずすら、烏滞がたしいこずのように感じた。半分だったわたしが、ひず぀になる。ひず぀になったわたしは、わたし自身をただひたすらに傷぀けた。わたしは、必芁ではなかった。それは、他人にずっおも、わたしにずっおも。血は氎よりも濃い、なんお嘘だず思った。わたしは、存圚しおいなかった。ただなんずなく生たれ萜ち、䜓だけが眮いおあっお䞭身のない、人圢のようなものだった。わたしの描くわたしの䞖界は、わたしにはあたりに勿䜓無くお、わたしはそこに居おはいけないのだず悟った時、わたしはわたしであるこずを䞖界から隠したくなった。

     わたしの䜓を欲しがる男ずの繋がりは、楜だ。わたしをモノずしお扱う盞手ずの繋がりは、心地よかった。わたしは、商品だ。こんなわたしに䟡倀を芋出し金を詰む男ずの関係は、やっず、わたしの茪郭を暡っおくれた。なんの䟡倀もなかったわたしに、䟡倀を䞎えおくれる。わたしは、そこにわたしの䞖界ず居堎所を芋出した。わたしは、あの、キラキラず茝いおいたなりたいわたしをすっかりず捚おお、脳を痺れさせるような甘い快楜ぞず溺れた。わたしに䟡倀を芋出しおくれる人なら、誰でもよかった。誰でもよかったのだ。わたしに、わたしを教えおくれお、わたしに䟡倀をくれる人なら、誰でもよかった。

     どうしお、産たれおきちゃったんだろうね。

     どうしお、わたしを産んだんだろうね。

     それでも、そんなわたしを、わたしずしお必芁ずしおくれる存圚がわたしにできた時。わたしはたた、あっち偎の䞖界に戻りたくなった。わたしは、こっち偎の䞖界にも、あっち偎の䞖界にも、どちらにも居堎所が欲しくなった。だっお、こっち偎だけではうたくやっおいけないのはわかっおいるんだもの。今たでずっずそうだったじゃない、ず。もう半分の自分に語りかけお。返っおきた返事はただ䞀蚀、そうね、ず。

     わたしに寄り添ったたた眠る毛玉。わたしの䞊で毛繕いする毛玉。わたしの腕の䞭で、わたしの乳を吞う暖かな人間の子。わたしを、わたしずしお必芁ずしおくれる、どうしようもないほど尊い存圚が、わたしを匕き戻す。わたしは、アルコヌルにも奜きに浞れるほどには、合法で肺を汚すこずのできるほどにはなんずなく成熟した。わたしはわたしの力で生きおいけたし、わたしひずりで、わたしにずっおは倚くの存圚を倧切にできるようになれた。あいかわらず、わたしのこずは倧切にはなかなかできないでいたけれど、それでもわたしは、他者のためにわたしをここに呌び戻せるくらいには、わたしを存圚させるこずができた。できるようになった。

     わたしは、雚䞊がりの虹になれる日はきっず来ないだろう。それでも、泥の溝にできた氎たたりくらいには、なれおいる。煩わしいず思う人もいれば、長靎を履いお喜んではしゃぐ子どもに螏み぀けられるくらいの存圚には、きっずなれおいるだろう。

     わたしは、曞く。

     感じた思いを詳らかに。

     わたしの匕き出しに入っおいないこずばは、他人から借りお。

     玙が擊れる音。ナむフで切られるような痛み。じゃがいもの錯芚。掻きむしりたい衝動。家庭ずいう牢獄。震える耳の先。色が亀わる堎所。空掞な肢䜓。掗っおも掗っおもくさい足。

     党郚、ぜんぶわたしのものだ。今ではわたしの匕き出しに、乱雑に、畳たれるこずなく散らかっおいる。

     そしおわたしは、人の、声にならない声を聎く。どうしおもそれをしたかった。わたしはわたしのために、それをした。わたしがどうしおわたしなのかを求めるためだったのだず、たぶん、きっず、そうなのだず思う。自芚なんおものはなかったけれど、わたしは圌女たちず同じなのだず思った。歪んだわたしは、たっすぐ立っおはいなかったのだ。悲しい傟き。これぞ心的倖傷だ。

     他人の、どうしようもない、やり堎のない声を聎く。そしおわたしはそのたびに、わたしの匕き出しをこじ開けお、仕舞う。圌女たちはわたしの䞀郚ずなっお、わたしのこずばずなっお、倧事に倧事に、わたしの䞭に存圚しおいる。

    「あなたは悪くない」

     たるで、自分自身に蚀い聞かせるようにしお。

     わたしは、あっち偎ずこっち偎を、繋げたくなった。それは誰のためでもなく、きっず自分のために。わたしの䞭の匕き出しの䞭身が、がたがたず震えお、倖に出たがっおいるから。

     わたしは、想い、曞く。それはやっぱり、結局のずころ、わたしのために。この先も生きおいかなければならないずいう烏滞がたしい責任感を玛らわすために。わたしは、こずばをこずばにする。きっずこの先も、ずっず。

     
     
    あなたのナラティブには、物語になる力がある。 玔文孊䜜家こずばの凊方箋もじもじラボ 本ず猫ず、静かな蚀葉のある堎所ぞ。 ゞェンダヌの問題GBVに向き合っおきた経隓を、根っこに。

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