
一静一歩 静寂の中で己と向き合う|第6章|私の修行
第1節 飯台看に挑戦
今週から私の役職は「飯台看(はんだいかん)」だった。
食事に関する裏方全般、つまり調理場(典座寮)と食堂の指揮を執る役である。
最初に役職名を聞いた時、私は単純に「配膳係みたいなものだろう」と高を括っていた。
だが、それは大きな間違いだった。
朝、一般修行者が座禅堂で静かに坐っている間、飯台看はランダムに選ばれた一般修行者を連れて典座寮へ入る。
そして、一般修行者より先に食事を済ませるのだ。
最初は少し抵抗があった。
みんなが修行しているのに、自分たちだけ先に食べるのは何となく申し訳ない気がしたからだ。
しかし、そんな生ぬるい思いは一瞬で吹き飛んだ。
「早く、あと5分で食べ終えて!」 準備のタイムリミットがあるため、食事にかける時間は5分もない。
味わう暇もなくお粥を胃に流し込むと、すぐに怒濤の配膳準備が始まる。
まずは正確な人数確認だ。
人数によって、ご飯のお櫃(ひつ)、汁物の鍋、大皿、沢庵の配置を1セットにするか2セットにするか判断しなければならない。
総勢18人以上なら2セット、それ以下なら1セット。
この日は20人を超える大所帯で、ご飯のお釜からお櫃へ移し替えるだけでも、ずっしりとした重さが両腕にのしかかる。
沢庵を取りやすいよう美しく並べ、味噌汁は温度を維持するために直前まで火にかける。
これらの複雑な段取りを、何も知らない一般修行者に的確に指示しながら進めていく。
焦りで頭が破裂しそうになっていた時、通りすがりの和尚さんから鋭い注意が飛んだ。
「何やってんの。オクラサラダはトングじゃ取りづらいだろ。お玉にしなさい」
「あ、はい!」
「自分の準備のことばかり考えて、使う人のことを考えていない。常に他人のためを考えて行動しなさい。そういうのを『自己中心的』って言うんだ」
めっちゃ言うやん――。
正直、現場で職人として鳴らしてきた自分にとって、「段取りが自己中だ」と言われるのは、自分の技術を全否定されたようでカチンときた。
だが、言われてみれば確かにその通りなのだ。
オクラはねばねばしている。
トングでは滑って掴みにくい。
そんなこと、頭の片隅にすらなかった。
急ぐことで頭がいっぱいになり、食べる人の視線が完全に抜け落ちていたのだ。
食堂では「看頭(かんとう)」と呼ばれる別の常住が鐘を鳴らし、全体の食事の進行をコントロールしている。
その看頭との緊密な連携が欠かせない。
「看頭、あと何分ですか?」
「あと3分で着席です!」
「副菜、今運びます!」
食堂が水を打ったように静かな分、典座寮の中は怒号の飛び交う戦場だった。
特に大変だったのは片付けである。
お寺では洗剤を使わない。
理由は、洗剤の化学物質が万が一にでも残れば、食べ物を汚してしまうからだ。
修行道場では、米の一粒、ゴマの一粒までを仏の命として無駄にしない。
そのため、お湯とタワシだけで器を一枚一枚、完璧に洗い上げていく。
拭き上げた器や調理器具は、ミリ単位で決まった配置に戻さねばならない。
少しでも段を間違えたり重ね方を誤ったりすると、厳しい指導が入る。
片付けが長引けば、その分だけ一般修行者の貴重な休憩時間が短くなる。
私自身、その休憩がどれほど救いになるかを痛いほど知っていた。
だからこそ、絶対に遅らせるわけにはいかなかった。
しかし、現実は甘くなかった。
二日目の朝。私は洗い終えた食器の収納場所が分からなくなり、典座寮の中を右往左往してしまった。
その間、手伝ってくれていた一般修行者は立ったまま待つしかない。
ようやくすべての作業が終わった頃には、全体の休憩時間はいつもより10分近く短くなっていた。
談話室へ戻る途中、私は強い自己嫌悪に押しつぶされそうになっていた。 (みんなの、なけなしの休息を奪ってしまった……)
電気工事の現場でも、段取りが悪くて周囲を待たせる職人は一番嫌われる。
寺でも同じだった。
いや、むしろ精神を研ぎ澄ます場所である分、寺の方が厳しいのかもしれない。
その日の夕食(薬石)。
私は昨日の猛省を踏まえ、予定の30分前に食堂へ入った。
器の配置、配膳の順番、一般修行者への説明内容を頭の中で何度もシミュレーションする。
よし、今日は完璧だ。そう思っていた。
しかし、落とし穴は別の場所にあった。
今日の入山者を含めて人数は18名。
配膳は2セットのはずだった。
だが、私は今日入山予定だった新到さんが1人キャンセルになった連絡を、頭から完全に失念していたのだ。
実際の人数は17名。
つまり、1セットでよかった。
食事のお経が始まる直前、間違いに気づいた井坂さんがアイコンタクトで私に迫る。
(室田さん、1セットだ! 急いで!)
静寂が支配する食堂で、私は大急ぎでお櫃や大皿を1つにまとめるためにバタバタと動き回った。
お寺の食事の鉄則は、音を立てず静かに集中することだ。
それを、常住である自分が一番激しく乱してどうする。
私の焦りがドミノ倒しのように全体の空気を伝染させてしまったのか、その日の食事は、いつも以上に食器や箸のカチャカチャという音が大きく響き、他の常住からの厳しい指導が多く飛ぶ結果になってしまった。
食後、落ち込む私のところへ大東さんが歩み寄ってきた。
「室田さん。今は慣れていないし、飯台看の目線しか持てていないからしょうがないですよ。案内や他の役職も覚えていけば、自然と全体が見渡せるようになりますから」
大東さんの優しい声が、胸に深く染みた。
「……ありがとうございます」
電気工事でも同じだった。
優秀な職長は、自分で手を動かすことより、一歩引いて現場全体を見渡す。
分かっていたはずのその「段取り」が、ここでは焦りのせいで全くできていなかった。
情けなかったが、大東さんの言葉に救われ、次こそはという前を向く力が湧いてきた。