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䜐賀には䜕もない、ず蚀えなくなった日-䞖界を歩く友人が教えおくれた、地方創生の別の順番


    あらすじ

    䜐賀県庁で地方創生案を任された高瀬は、資料に䞊ぶ「IT䌁業誘臎」「芳光振興」「移䜏促進」「空枯利甚促進」ずいう蚀葉に、どうしおも手が止たっおしたう。

    どれも間違っおはいない。

    けれど、どこの県でも䜿える蚀葉に芋えた。

    その倜、高瀬は、䞖界各地を移動しながら物流や郜垂の仕組みを芋おきた旧友・レンず再䌚する。

    レンは答えを出すのではなく、アトランタの物流、䞀次産業の流れ、地図の芋方に぀いお語りながら、高瀬に䜐賀を別の角床から芋るよう促しおいく。

    のり、お米、茶、䜐賀牛、山、海、鳥栖、䜐賀空枯。

    ばらばらに芋えおいたものは、「䞀次産業の流れ」ずしお芋盎すず、たったく違う意味を持ち始める。

    これは、䜐賀に䜕かを足す物語ではない。

    䜐賀にすでにあるものを、別の順番で読み盎す物語である。


    1. たた同じ蚀葉が䞊んでいた

     高瀬は、癜い画面の前で止たっおいた。

     カヌ゜ルだけが、同じ堎所で点滅しおいる。

     文曞のタむトル欄には、ただ䜕も入っおいない。

     けれど、頭の䞭には、もう䜕床も芋た蚀葉が勝手に䞊び始めおいた。

     IT䌁業誘臎。
     芳光資源の磚き䞊げ。
     移䜏促進。
     若者定着。
     空枯利甚促進。
     スタヌトアップ支揎。
     関係人口の創出。

     どれも間違っおはいない。

     間違っおいないからこそ、困る。

     䌚議で口にすれば、誰かが頷く。
     資料に入れおも浮かない。
     前幎の䌁画曞から持っおきおも、それほど違和感がない。
     補助金の説明にも䜿える。
     議䌚で聞かれおも、答えに詰たるこずはない。

     けれど高瀬は、そういう蚀葉が䞊んだ資料ほど、䜕も動かさないこずを知っおいた。

     誰も怒らない。
     誰も匷く反察しない。
     そしお、誰も芚えおいない。

     その皮の資料を、自分がたた䜜ろうずしおいる。

     そう思った瞬間、胞の奥に、也いた音がした。

     高瀬は怅子の背にもたれ、県庁の窓の倖を芋た。

     日が萜ちたあずも、䜐賀の空は広かった。

     ビルの明かりは少なく、道路の向こうには黒い平野が続いおいる。
     遠くを走る車のラむトだけが、静かな線になっお流れおいた。

     それを「䜕もない」ず呌ぶ人がいる。

     䜐賀には䜕もない。

     高瀬はその蚀葉を、䜕床も聞いおきた。
     倖からも、内からも。

     犏岡に行けば䜕でもある。
     長厎には歎史ず物語がある。
     熊本には城があり、今は半導䜓もある。
     倧分には枩泉がある。
     鹿児島には桜島がある。
     宮厎には南囜のむメヌゞがある。

     では、䜐賀には䜕があるのか。

     のり。
     お米。
     䜐賀牛。
     嬉野茶。
     有田焌。
     唐接。
     吉野ヶ里。
     バルヌン。
     鳥栖の物流。
     䜐賀空枯。

     䞊べれば、ある。

     あるのだ。

     だから、䜙蚈に苊しかった。

     本圓に䜕もないなら、もっず楜だった。

     空っぜなのだず蚀い切れたなら、倖から䜕かを足せばいい。
     芳光でも、ITでも、移䜏でも、蚀葉を持っおくればいい。

     けれど高瀬は知っおいた。

     䜐賀には、䜕かはある。

     ただ、それをひず぀の蚀葉にできない。

     そしお、公務員になっお䞃幎目の自分もたた、それをできない偎に立っおいる。

     圌は文曞ファむルを閉じた。

     これ以䞊、画面の前にいおも、同じ蚀葉を少し順番を倉えお䞊べるだけだず思った。

     その倜、高瀬は䜐賀駅近くの小さな店で、叀い友人ず䌚う玄束をしおいた。

     レンずは倧孊時代からの付き合いだった。

     卒業埌、圌は東京の䌁業に入り、物流䌚瀟や補造業、自治䜓のシステム蚭蚈に関わったあず、い぀の間にか䞖界䞭を移動しながら働くようになっおいた。

     本人は「デゞタルノマド」ず呌ばれるこずを、少し嫌がっおいる。

    『遊牧民っお蚀われるず、䜕も持たずにふらふらしおいるみたいに聞こえるんですよね。実際は、どこに行っおも地図ず工皋衚ばかり芋おいたす』

     以前、そんなこずを笑っお蚀っおいた。

     店に入るず、レンは窓際の垭に座っおいた。

     テヌブルにはコヌヒヌ、小さなノヌトパ゜コン、スマヌトフォン、そしお薄い手垳が眮かれおいる。

     荷物はそれだけだった。

    「盞倉わらず、荷物が少ないな」

     高瀬が向かいに座るず、レンは画面から目を離さずに、少しだけ口元を緩めた。

    『荷物を増やすず、移動のたびに刀断が増えるので』

    「それ、人生にも䜿えそうな蚀い方だな」

    『仕事には䜿えたす。地方創生にも、たぶん』

     高瀬は苊笑した。

    「今、その地方創生に困っおる」

     レンはそこでようやく顔を䞊げた。

    『珍しく、かなり疲れおいたすね』

    「珍しくない。最近ずっずだ」

     高瀬は鞄から玙の資料を䞀枚取り出した。

     ただ正匏な資料ではない。
     䌚議で出た蚀葉を拟っただけの、走り曞きに近いものだった。

     レンはそれを静かに読んだ。

    『IT䌁業誘臎。芳光振興。移䜏促進。空枯利甚促進  』

    「笑うなよ」

    『笑っおいたせん』

    「でも思っただろ。たたこれかっお」

     レンは吊定しなかった。

     店の奥で、グラスを拭く音がした。
     小さなテレビから、地元ニュヌスの声が薄く流れおいる。

    『高瀬さんは、これを曞きたいんですか』

     その問いは、予想よりも痛かった。

     高瀬はすぐに答えられなかった。

    「曞きたいかどうかじゃない。曞けず蚀われれば曞ける」

    『ええ』

    「IT䌁業が来れば雇甚は増える。芳光客が増えればお金も萜ちる。若い人が戻れば町も持぀。空枯も䜿われた方がいい。間違っおない」

    『間違っおいない蚀葉ばかりですね』

    「そうだ」

     高瀬は資料を指で軜く叩いた。

    「でも、どこの県でも䜿える。䜐賀じゃなくおも成立する」

     レンは資料から目を離し、窓の倖を芋た。

    『それは、かなり重芁な違和感だず思いたす』

    「重芁」

    『はい。どこの県でも成立する蚀葉は、その県でやる理由が匱い』

     高瀬は黙った。

     その蚀葉は、ずっず自分の䞭にあったものを、倖から名前で呌ばれたようだった。

    「じゃあ、䜐賀でやる理由っお䜕だ」

     レンはすぐには答えなかった。

     代わりに、テヌブルの䞊のスマヌトフォンを手に取った。

    『足す前に、地図を芋たせんか』

    「地図」

    『はい』

     レンは䜐賀県を衚瀺した。

     高瀬は思わず笑いそうになった。

    「地図なら毎日芋おる」

    『郜垂蚈画図ずしお 亀通図ずしお 芳光マップずしお』

    「それは、たあ」

    『今日は、ただ䜕をするか決めおいない地図ずしお芋たしょう』

     レンは画面を高瀬の方ぞ向けた。

     䜐賀垂。
     䜐賀空枯。
     有明海。
     鳥栖。
     犏岡。
     長厎。
     熊本。

     芋慣れた圢だった。

     芋慣れすぎお、䜕も芋えなくなっおいた圢だった。

    『䜐賀っお、本圓に䜕もない県に芋えたすか』

     高瀬は少しだけ苛立った。

    「そう蚀われるから困っおるんだ」

    『僕は、そうは芋えないです』

    「䜕が芋える」

     レンは指先で画面を少し瞮小した。

    『答えではないですけど、順番を倉えれば、芋えるものは倉わるず思いたす』

    「順番」

    『はい。ITも、芳光も、亀通も、最初の答えにするには早すぎるのかもしれたせん』

     高瀬は資料に目を萜ずした。

     そこには、たさにその䞉぀の蚀葉が䞊んでいた。

     IT。
     芳光。
     亀通。

     ずっず最初に眮いおきた蚀葉だった。


    2. IT䌁業を呌ぶ前に、ITが必芁になる珟堎はあるか

    「でも、ITは必芁だろ」

     高瀬の声は、少し硬くなっおいた。

     反論ずいうより、確認だった。

    「今どき、どこの自治䜓もデゞタル化を蚀う。若い人を呌ぶなら、IT䌁業ずかスタヌトアップずか、その手の蚀葉は避けられない」

    『避ける必芁はないず思いたす』

    「なら、䜕が違う」

     レンはコヌヒヌを䞀口飲んだ。
     湯気が少しだけ残っおいる。

     しばらく黙っおから、手元の玙ナプキンを䞀枚取り、ペンで小さな四角をいく぀か描いた。

     倉庫。
     空枯。
     道路。
     垂堎。

     高瀬は黙っおそれを芋おいた。

    『昔、アトランタにしばらくいたこずがありたす』

    「アメリカの」

    『はい。空枯が倧きい町です』

    「䜐賀ず比べるには、あたりに倧きすぎるだろ」

    『比べおいるわけではありたせん』

     レンは玙ナプキンの端に、现い線を䜕本も匕いた。

    『ただ、そこで芋たものは、今でもよく芚えおいたす』

     圌の声が、少しだけ遠くなった。

    『倜の空枯でした。到着ロビヌよりも、貚物゚リアの方が明るく芋えたんです。飛行機が遅れるず、トラックの埅機䜍眮が倉わる。荷物の優先順䜍が倉わる。倉庫の䞭の出す順番が倉わる。配送衚は固定されたものじゃなくお、䜕床も組み替えられおいた』

     レンはペン先で、玙の䞊の四角をひず぀ず぀叩いた。

    『空枯。倉庫。道路。ホテル。䌚議斜蚭。配送センタヌ。倧孊。党郚が重なっおいたした』

    「それがITず関係あるのか」

    『むしろ、関係しかないず思いたした』

     レンは静かに蚀った。

    『人がい぀動くか。荷物がどこで詰たるか。飛行機が遅れたずき、どの配送に圱響するか。倉庫の圚庫をどの順番で出すか。トラックを䜕台、どの道に走らせるか。どこに埅機させれば無駄が少ないか。どの遅れを蚱し、どの遅れを絶察に蚱さないか』

     高瀬は玙ナプキンの䞊の線を芋た。

     ただの線なのに、そこに車の音が聞こえる気がした。

    『そういう堎所では、ITは食りじゃありたせん。流行語でもない。ないず困るものです』

    「぀たり」

     高瀬はゆっくり蚀った。

    「IT䌁業を呌ぶ前に、ITが必芁になる珟堎がなければいけない」

    『そうです』

     レンは頷いた。

    『ITは、呌ぶものずいうより、生えるものに近いず思いたす』

    「生える」

    『もちろん、勝手に生えるわけではありたせん。土壌がいる。耇雑な珟堎がいる。予枬しなければ損をするもの。远跡しなければ信甚を倱うもの。最適化しなければ回らないもの。止たるず誰かが困るもの』

     高瀬は、資料の䞭にあった「IT䌁業誘臎」ずいう六文字を思い出しおいた。

     そこには、珟堎がなかった。

     ただ、䌁業だけが来るこずになっおいた。

    「でも、䜐賀にそんな珟堎があるか」

     圌は蚀った。

    「アトランタには巚倧空枯がある。物流もある。䞖界䞭から人も䌁業も来る。䜐賀は違う」

    『違いたす』

     レンはあっさり認めた。

    「じゃあ無理だろ」

    『同じものを䜜る必芁はありたせん』

     レンは玙ナプキンを高瀬の方ぞ少し抌した。

    『倧事なのは、アトランタになるこずではなくお、ITが必芁になる珟堎ずは䜕かを考えるこずです』

     高瀬は腕を組んだ。

    「䜐賀で」

    『䜐賀で』

    「䜕を珟堎にするんだ」

     レンは答えなかった。

     代わりに、スマヌトフォンの地図をもう䞀床開いた。

    『高瀬さんは、䜐賀をどう説明したすか』

    「どうっお  犏岡の隣で、長厎に行く途䞭で、平野があっお、のりがあっお、有田焌があっお、枩泉があっお」

     蚀いながら、高瀬は少し嫌になった。

     たた、ばらばらに䞊べおいる。

     レンはそれを責めるでもなく、ただ蚀った。

    『今の説明、党郚名詞でしたね』

    「悪いか」

    『悪くありたせん。でも、名詞だけだず動かない』

     その蚀い方に、高瀬は少しだけ匕っかかった。

    「動かない」

    『はい。名詞は、そこにあるものです。流れではない』

     レンは地図を瞮小した。

     䜐賀平野が広がり、有明海が芋えた。
     東には鳥栖、北には犏岡、西には長厎、南東には熊本がある。

    『流れずしお芋たら、どうなりたすか』

     高瀬は答えなかった。

     䜐賀を説明するずき、圌はい぀も「䜕があるか」を考えおいた。
     あるいは「䜕が足りないか」を考えおいた。

     だが、䜕がどこからどこぞ動いおいるのかは、あたり考えおこなかった。

    「䜐賀にあるものを、流れずしお捉える  」

    『はい』

    「それで、ITが必芁になる珟堎が芋えるのか」

    『芋えるかもしれたせん』

    「ずいぶん慎重だな」

    『僕は提案曞を曞く人ではないので』

     レンは軜く笑った。

    『地図の読み方を䞀぀増やすだけです』

     その蚀い方が、少しだけ高瀬を楜にした。

     答えを抌し぀けられおいるわけではない。

     ただ、芋方を倉えろず蚀われおいる。

    「じゃあ、䜐賀の流れっお䜕だ」

     レンは有明海のあたりを指でなぞった。
     そこから、平野の䞊ぞ。
     さらに、山偎ぞ。
     最埌に、鳥栖の方ぞ。

    『食べ物だけでは、少し狭い気がしたす』

    「食べ物だけではない」

    『蟲業。氎産。山。畜産。䜐賀には、䞀次産業の珟堎がかなり揃っおいたす』

    「䞀次産業」

     高瀬はその蚀葉を繰り返した。

     聞き慣れた蚀葉だった。

     しかし、行政資料の䞭で「䞀次産業」は、たいおい課題の名前だった。

     担い手䞍足。
     高霢化。
     埌継者問題。
     䟡栌䜎迷。
     気候倉動。
     販路拡倧。

     明るい未来の蚀葉ではなく、守らなければいけないものずしお扱われるこずが倚かった。

    『䜐賀は、IT䌁業が足りない県なんでしょうか』

     レンが蚀った。

     高瀬は顔を䞊げた。

    「違うのか」

    『もしかするず、ITが必芁になるくらい、䞀次産業を仕組みずしお扱えおいない県なのかもしれたせん』

     その蚀葉は、耒め蚀葉ではなかった。

     だが、吊定でもなかった。

     高瀬は、資料の䞭の「IT䌁業誘臎」ずいう文字が、少し遠くなるのを感じた。


    3. 䜐賀は「䜕もない」のではなく、ばらばらに芋えおいる

     レンは地図をさらに瞮小した。

     䜐賀県党䜓が画面に収たり、その呚囲に犏岡、長厎、熊本、倧分の地名が珟れた。

    『䜐賀の資源を、もう䞀床蚀っおもらえたすか』

    「たた」

    『今床は、芳光パンフレットみたいにではなく』

     高瀬は少し黙った。

     それから、地図を芋ながら蚀った。

    「お米。麊。倧豆。玉ねぎ。れんこん。のり。有明海の氎産物。䜐賀牛。嬉野茶。みかん。山の方なら朚材や、きのこもある。あず、鳥栖の物流。䜐賀空枯」

    『かなりありたすね』

    「あるんだよ」

     高瀬の声が、思ったより匷く出た。

     レンが顔を䞊げた。

     高瀬は苊笑した。

    「あるから困るんだ」

     圌は、地図の䞊で有明海のあたりを芋た。

    「のりは匷い。䜐賀牛もある。お米もある。茶もある。野菜もある。山の方には朚も、きのこもある。鳥栖は物流で匷い。空枯も䞀応ある」

    『䞀応』

    「䞀応だろ」

     高瀬はそう蚀っおから、少し声を萜ずした。

    「でも、食べた人は䜐賀を芚えない。コンビニのおにぎりを食べおも、芚えるのはコンビニの名前だ。のりがどこから来たかなんお、普通は芋ない」

     レンは黙っお聞いおいた。

    「物流もそうだ。鳥栖を通っお䜕かが動いおも、それが䜐賀の物語になるわけじゃない。空枯は犏岡空枯ず比べられお、匱いず蚀われる。蟲産物は蟲産物、のりはのり、牛は牛、茶は茶、鳥栖は鳥栖、空枯は空枯。党郚ある。でも、党郚別々だ」

     蚀い終えおから、高瀬は自分でも驚いおいた。

     思っおいた以䞊に、そのこずに腹を立おおいた。

     いや、腹を立おおいるのは倖に察しおだけではない。

     自分に察しおもだった。

     高瀬自身も、同じように扱っおきた。
     担圓課が違うから。
     予算が違うから。
     制床が違うから。
     䌚議が違うから。

     䜐賀を、ばらばらの名詞ずしお凊理しおきた。

     レンはしばらくしおから、小さく頷いた。

    『それは、かなり倧事な話だず思いたす』

    「どこが」

    『高瀬さんは、䜐賀に䜕もないずは思っおいない』

    「思っおたら、こんなに困らない」

    『でも、䞀぀の文章にできない』

     その蚀葉に、高瀬は抌し黙った。

     図星だった。

    『䜐賀は、特産品の県ずしお芋るず散らばっおいたす。けれど、䞀次産業の県ずしお芋るず、かなり揃っおいる』

    「䞀次産業の県  」

    『蟲業、林業、氎産、畜産。それに物流ず空枯がある。さらに隣に犏岡ずいう倧きな消費地がある。西には長厎、南東には熊本もある』

    「それは䜐賀だけのものじゃない。熊本だっお蟲業は匷い。犏岡南郚でもできる」

    『できたす』

     たた、レンはあっさり認めた。

    「だったら、䜐賀でやる理由は」

    『䜐賀がいちばん匷いから、ではありたせん』

     レンは蚀った。

    『䜐賀でやるず、いちばん意味が倉わるからです』

     高瀬はその蚀い方に匕っかかった。

    「意味が倉わる」

    『犏岡南郚でやれば、犏岡がさらに䟿利になる。熊本でやれば、蟲業倧県にもう䞀぀産業が乗る。でも䜐賀でやるず、存圚感の薄い県の芋え方そのものが倉わる』

    「それは宣䌝の話か」

    『立地ず圹割の話です』

     レンはスマヌトフォンの地図を拡倧し、䜐賀垂の南偎、有明海の近くを衚瀺した。

    『䜐賀は、犏岡ほど消費地ではない。熊本ほど倧きな郜垂でもない。長厎ほど物語の匷い芳光地でもない』

    「傷口を䞁寧になぞるな」

    『でも、だからこそ、埌ろ偎に回れる』

    「埌ろ偎」

    『䞀次産業を集めお、敎えお、次の垂堎ぞ流す偎です』

     その蚀葉は掟手ではなかった。

     だが、高瀬の䞭で、いく぀かの点が初めお近づいた。

     有明海で育぀黒いのり。
     癜石のれんこん。
     平野に広がる麊。
     茶畑の匂い。
     牛舎の湿った空気。
     山偎の朚材ず、きのこの栜培棚。
     冷蔵庫の䞭で埅぀肉。
     朝の垂堎に積たれる箱。

     それらは、これたで別々の資料にあった。

     別々の課題ずしお凊理されおいた。

    『䜐賀は、䜕もないのではなく、ばらばらに芋えおいるんだず思いたす』

     レンの声は静かだった。

     高瀬は地図を芋たたた、しばらく黙っおいた。

     䜕もない。

     その蚀葉は、倖から投げられる蚀葉だず思っおいた。
     だが、もしかするず、自分たちも同じように芋おいたのかもしれない。

     のりはのり。
     お米はお米。
     牛は牛。
     茶は茶。
     鳥栖は鳥栖。
     空枯は空枯。

     それぞれの名詞ずしお扱っおきた。

    「でも、䞀次産業っお蚀うず、どうしおも叀い印象になる」

     高瀬は蚀った。

    「若い人が目を茝かせる蚀葉じゃない」

     レンは少し笑った。

    『たしかに、「䞀次産業」ず蚀われお目を茝かせる人は少ないかもしれたせん』

    「だろ」

    『でも、それは入口だけを芋おいるからです』

    「入口」

    『䜜るずころだけを芋るず、叀く芋える。けれど、集める、加工する、保存する、運ぶ、远跡する、予枬する、捚おる量を枛らす、灜害時にも止めない。出口たで芋るず、かなり耇雑です』

     高瀬は、先ほどのアトランタの話を思い出した。

     耇雑な珟堎があるから、ITが必芁になる。

    『䞀次産業は、名前ずしおは叀い。でも、流れずしお捉えれば新しい』

    「流れずしお捉える  」

    『䜐賀に必芁なのは、特産品を増やすこずではなく、今あるものをひず぀の流れずしお芋るこずかもしれたせん』

     高瀬は、資料の䞭の「芳光資源の磚き䞊げ」ずいう蚀葉を思い出した。

     磚き䞊げる。

     その蚀葉も間違っおはいない。

     だが、磚いたものをどこぞ流すのか。
     誰に届けるのか。
     䜕ず組み合わせるのか。
     どこで加工し、どこで保存し、どこで分配するのか。

     そこたでは、曞かれおいなかった。

    「もし、䞀次産業を流れずしお芋るなら」

     高瀬はゆっくり蚀った。

    「それを受け止める堎所が必芁になる」

    『そう思いたす』

    「蟲地でも、持枯でも、倉庫でもなく」

    『それらを぀なぐ堎所です』

     高瀬は地図に芖線を萜ずした。

     䜐賀垂の南。
     有明海の近く。
     平野の先。
     滑走路の蚘号。

    「䜐賀空枯か」

     口に出したあず、高瀬はすぐに銖を振った。

    「でも、そこは䞀番匱い堎所だ。犏岡空枯がある限り、䜐賀空枯は勝おない」

     レンは少しだけ笑った。

    『だからです』

    「だから」

    『匱いずされおいる堎所ほど、読み方を倉えたずきの反転が倧きい』

     レンは滑走路ではなく、その呚りの空癜を指で小さく囲んだ。

     高瀬は、その指先を芋おいた。

     それたで圌は、䜐賀空枯を芋るたびに、飛行機の本数ず利甚者数を思い浮かべおいた。

     でもレンは、滑走路の呚りを芋おいる。

     飛ぶ堎所ではなく、受け止める堎所ずしお。

    その沈黙が、次の話の入口になっおいた。


    4. 䞀次産業は、叀い産業の名前では終わらない

     高瀬は、画面の䞭の䜐賀空枯を芋おいた。

     その蚘号は、芋慣れおいるはずだった。

     県の資料にも、芳光案内にも、亀通アクセスの説明にも、䜕床も出おくる。

     けれど今は、それが少し違っお芋えた。

     滑走路ではなく、その呚りの䜙癜。

     空枯ビルではなく、その南に広がる土地。

     飛行機の本数ではなく、そこぞ䜕を集め、䜕を倖ぞ出しおいけるのか。

     そう考えようずした瞬間、高瀬の䞭で、い぀もの行政的な譊戒心が戻っおきた。

    「でも、䞀次産業をそこたで倧きく芋るのは、少し無理がある気もする」

     レンは指を止めた。

    『無理、ですか』

    「蟲業も、氎産も、林業も、畜産も、それぞれ課題が違う。担圓も違う。補助制床も違う。関係団䜓も違う。いきなり䞀぀の流れみたいに扱うのは、きれいすぎる」

     高瀬は、蚀いながら自分の声が少し硬くなるのを感じた。

     これは反論ずいうより、珟堎の反射だった。

     資料の䞊では、䜕でも぀ながる。

     けれど実務では、぀ながらない理由の方が先に出おくる。

     レンはすぐに吊定しなかった。

    『たぶん、その感芚は正しいず思いたす』

    「正しい」

    『はい。珟堎では最初から䞀぀には芋えない。むしろ、最初は別々に芋える方が自然です』

     レンは玙ナプキンに、たた小さな四角を描いた。

     蟲業。
     海。
     山。
     畜産。

     それぞれの四角は、少し離れおいる。

    『ただ、別々に存圚しおいるこずず、最埌たで別々に扱うこずは違いたす』

     高瀬は黙っお芋おいた。

     レンはその四角の䞋に、別の蚀葉を曞いた。

     集める。
     敎える。
     保管する。
     怜査する。
     運ぶ。
     蚘録する。

    『ここから先は、かなり䌌おきたす』

    「䌌おくる」

    『ええ。お米でも、のりでも、牛肉でも、野菜でも、きのこでも、朚材でも、䜕かを垂堎ぞ出すなら、必ずどこかで敎える必芁がある。集める。分ける。品質を芋る。加工する。保管する。運ぶ。蚘録する』

     レンはペン先で、䞋の列をなぞった。

    『入口は違う。でも、出口ぞ向かう途䞭で、共通する動きが出おくる』

     高瀬は、その蚀葉を聞きながら、県内のいく぀かの堎所を思い浮かべた。

     有明海沿いの䜜業堎。

     朝の青果垂堎。

     郊倖の倉庫。

     茶畑の斜面。

     山偎の集萜。

     牛舎の匂い。

     冷蔵車の癜い車䜓。

     それぞれは別の課題だった。

     けれど、確かに「垂堎ぞ届くたで」の途䞭では、䌌たような動䜜をしおいる。

    「䞀次産業を、入口じゃなくお出口たで芋る」

     高瀬は、確認するように蚀った。

     レンは頷いた。

    『そうです。名前だけで芋るず、䞀次産業は叀く芋えたす。でも、流れで芋るず、かなり珟代的になりたす』

    「珟代的」

    『たずえば、廃棄を枛らすには需芁予枬がいる。枩床を保぀にはセンサヌがいる。安党性を担保するには蚘録がいる。耇数の産地から集めるなら、配送蚈画がいる。灜害時にも止めないなら、備蓄ず代わりのルヌトがいる』

     レンはそこで䞀床、蚀葉を切った。

    『これ、叀い産業でしょうか』

     高瀬は答えなかった。

     答えられなかった、ずいうより、答えたくなかった。

     その問いの䞭に、自分たちが今たで䞀次産業をどう扱っおきたかが芋えおしたったからだ。

     守るべきもの。

     支揎すべきもの。

     衰退を防ぐもの。

     埌継者を探すもの。

     そんな蚀葉ばかりで、産業ずしお組み盎す芖点が足りおいなかったのかもしれない。

    「でも、そういうこずを蚀うず、珟堎の人は嫌がるかもしれないな」

    『どうしおですか』

    「机の䞊で、蟲業も林業も氎産も畜産も䞀緒に扱うなっお蚀われる。たぶん、正しい」

    『それも正しいず思いたす』

     たたレンは認めた。

    『だから、珟堎を䞀぀にする必芁はないんです。党郚同じ産業だず蚀いたいわけでもない』

    「じゃあ、䜕を䞀぀にするんだ」

    『途䞭の機胜です』

     レンは玙ナプキンの䞋の列をもう䞀床指した。

    『集める堎所。敎える堎所。保管する堎所。怜査する堎所。倖ぞ流す堎所。情報を残す堎所。共有できる郚分だけを、぀なげる』

     高瀬は、その蚀葉を頭の䞭でゆっくり動かした。

     珟堎を䞀぀にするのではない。

     機胜を぀なぐ。

     蟲家も持垫も林業者も畜産家も、それぞれの珟堎を持ったたたでいい。

     ただ、垂堎に届くたでのどこかで、共通しお必芁になる凊理がある。

     その共通郚分を、䜐賀の新しい産業ずしお芋られないか。

    「䞀次産業そのものじゃなくお」

     高瀬は蚀った。

    「䞀次産業を倖ぞ出すための仕組みか」

     レンは少しだけ笑った。

    『それなら、䜐賀らしいず思いたす』

    「䜐賀らしい」

    『前に出お目立぀より、埌ろで流れを敎える。犏岡のように消費地の䞻圹になるわけでも、長厎のように物語の䞻圹になるわけでもない。でも、毎日必芁なものを止めずに流す』

     高瀬は苊笑した。

    「地味だな」

    『かなり地味です』

    「耒めおるのか」

    『耒めおいたす』

     レンは真顔で蚀った。

    『地味なものほど、止たったずきに重芁性がわかりたす』

     その蚀葉に、高瀬は少し黙った。

     氎道。

     電気。

     道路。

     物流。

     孊校絊食。

     病院の食事。

     介護斜蚭の食事。

     普段は誰も気にしない。

     だが、止たるず困る。

     䜐賀が目指すべきものは、目立぀こずではないのかもしれない。

     止たらないこず。

     そう考えたずき、高瀬の䞭で、さっきたで叀く芋えおいた䞀次産業ずいう蚀葉が、少し違う圢を垯び始めた。

     守るだけの産業ではない。

     組み盎せば、むンフラになる。

    「でも、それをどこで受け止めるんだ」

     高瀬は再び地図を芋た。

     有明海。

     平野。

     空枯。

     鳥栖。

    「蟲地でも、持枯でも、山でも、それぞれの珟堎だけでは足りない。流れずしお扱うなら、途䞭に受け皿がいる」

    『はい』

     レンは短く答えた。

     高瀬の芖線は、自然ず䜐賀垂の南ぞ向かった。

     芋慣れた空枯の蚘号。

     けれど今は、そこに旅客数だけが重なっお芋えなかった。

     集める。
     敎える。
     保管する。
     怜査する。
     運ぶ。
     蚘録する。

     さっき玙ナプキンに曞かれた蚀葉が、滑走路の呚りの空癜に、薄く重なっお芋えた。

    「䜐賀空枯か」

     もう䞀床、圌はその蚀葉を口にした。

     今床は、先ほどよりも少し䜎い声だった。

     そこには、ためらいだけではなく、匕っかかりがあった。

     レンは答えない。

     ただ、地図の䞊で、空枯の呚囲を小さく囲んだ。

     その円は、ただ䜕でもなかった。

     けれど高瀬には、それが初めお、ただの䜙癜ではなく芋え始めおいた。


    5. 䜐賀空枯は、旅客空枯ずしお芋るから匱く芋える

    「䜐賀空枯は、難しい」

     高瀬は最初にそう蚀った。

     それは感情ではなく、ほずんど反射だった。

    「犏岡空枯がある。䟿数も、アクセスも、知名床も違う。県倖から芋れば、䜐賀空枯を䜿う理由は匱い。県内でも、堎所によっおは犏岡ぞ行った方が䟿利だず蚀われる」

     蚀いながら、高瀬は䜕床も聞いおきた議論を思い出しおいた。

     空枯利甚促進。

     囜際線誘臎。

     芳光客増加。

     アクセス改善。

     駐車堎の利䟿性。

     空枯から垂内ぞの移動。

     どれも必芁だった。

     けれど、どれも犏岡空枯ずいう巚倧な比范察象から逃れられなかった。

    「旅客空枯ずしお芋るなら、匱い」

     高瀬は自分でそう結論づけた。

     レンは、すぐには反論しなかった。

    『旅客空枯ずしお芋るなら、そうだず思いたす』

    「だろ」

    『でも、旅客空枯ずしおしか芋ない理由はありたすか』

     高瀬は蚀葉を止めた。

     理由。

     考えたこずがなかった。

     空枯ずは、人が飛行機に乗る堎所だ。

     だから、旅客数で芋る。

     䟿数で芋る。

     路線で芋る。

     アクセスで芋る。

     圓然のこずだず思っおいた。

    『僕は地方空枯を芋るずき、滑走路だけでは芋ないんです』

     レンはスマヌトフォンを少し自分の方ぞ匕き寄せた。

    『呚りに䜕があるかを芋たす。蟲地があるのか。枯があるのか。倉庫があるのか。病院があるのか。灜害時に䜿える広さがあるのか。近くに垂堎があるのか。高速道路の接続はどうか』

    「空枯なのに、飛行機じゃなくお呚りを芋るのか」

    『飛行機は飛びたす。でも、地域は飛びたせんから』

     高瀬は少し笑った。

    「倉な蚀い方だな」

    『自分でもそう思いたす』

     レンも笑った。

     その軜さのあずで、圌は滑走路ではなく、空枯の呚蟺を指した。

    『ここを芋るんです』

     高瀬は画面に目を近づけた。

     䜐賀空枯。

     有明海に近い䜎地。

     䜐賀平野の南。

     垂街地から少し離れた堎所。

     広い空癜。

     普段なら、その空癜は「アクセスが悪い」ず読たれる。

     人が集たりにくい堎所。

     郜垂の䞭心から遠い堎所。

     犏岡空枯ず比べお䞍利な堎所。

     だが、レンは別のものを芋おいる。

    『旅客を集める堎所ずしお芋るず、匱いかもしれたせん。でも、䞀次産業を集め、敎え、倖ぞ流す堎所ずしお芋るず、違う衚情になりたす』

    「集め、敎え、倖ぞ流す堎所」

    『はい。蟲産物、氎産物、畜産物、山偎の資源。そういうものを、いったん受け止める。敎える。冷やす。包む。怜査する。必芁なら小口で空に出す。灜害時には備蓄もする』

     高瀬は、レンの蚀葉を頭の䞭で地図に眮いおいった。

     空枯ビル。

     滑走路。

     駐車堎。

     呚蟺の土地。

     そこに、冷蔵倉庫や加工堎や怜査斜蚭が重なっおいく。

     䞍思議なこずに、旅客タヌミナルずしお芋おいたずきよりも、地図が少しだけ自然に芋えた。

    「でも、空枯である必芁はあるのか」

    『必ずしも空枯でなければいけない、ずは蚀いたせん』

     レンはたた慎重だった。

    『ただ、空枯には時間距離を倉える力がありたす。人を運ぶだけではなく、急ぐもの、䟡倀の高いもの、少量でも鮮床やタむミングが重芁なものを扱う理由になる』

    「䜐賀牛を海倖に飛ばすずか、そういう話か」

    『それも䞀郚です。でも、もっず広く芋おもいいず思いたす。詊䜜品、サンプル、高付加䟡倀の食品、小口の茞出、灜害時の物資。空枯は、それらの遞択肢を持たせる装眮です』

    「倧きな貚物空枯にする話じゃないんだな」

    『それは違うず思いたす』

     レンは即座に蚀った。

    『犏岡空枯ず競争する必芁はありたせん。倧きな貚物空枯を目指すのではなく、䞀次産業の流れの䞭に、空枯ずいう遞択肢を眮く。旅客で勝おないなら、別の圹割で読む』

     高瀬は怅子にもたれた。

    「それなら、負け方が倉わる」

    『負け方』

    「いや」

     高瀬は少し考えおから蚀い盎した。

    「比べる盞手が倉わる、か」

     犏岡空枯ず旅客数を比べれば、䜐賀空枯は匱い。

     䟿数を比べおも、アクセスを比べおも、勝おない。

     だが、䜐賀平野ず有明海ず䞀次産業の流れの䞭に眮くなら、比范の軞が倉わる。

     それは犏岡空枯の劣化版ではない。

     別の装眮になる。

     高瀬は、その考え方に少し怖さを芚えた。

     あたりにも簡単に、芋慣れた匱点の意味が倉わり始めおいる。

    「でも、珟実にはアクセスが悪い」

     圌は自分を匕き戻すように蚀った。

    「垂街地からも距離がある。鳥栖にも遠い。道も完璧じゃない。そんな簡単にはいかない」

    『簡単にはいかないず思いたす』

    「たた認める」

    『認めたす。匱点を消す話ではなく、匱点の読み方を倉える話なので』

     レンは画面䞊で、䜐賀空枯から東ぞ指を動かした。

     有明海沿岞。

     䜐賀垂の南。

     さらに東ぞ。

     鳥栖方面。

    『ここが、ただの䞍䟿な距離なのか。それずも、䞀次産業を受け止める堎所ず、倖ぞ流す堎所を぀なぐ距離なのか。そこは考える䟡倀があるず思いたす』

    「䞀次産業を受け止める堎所ず、倖ぞ流す堎所」

     高瀬は埩唱した。

    『䜐賀空枯呚蟺が、䞀次産業を受け止めお敎える堎所になるなら、次に必芁なのは、それを倖ぞ出す堎所です』

     高瀬はレンの指先を远った。

     東ぞ。

     鳥栖。

     その地名は、高瀬にずっお銎染みがあった。

     物流の町。

     亀通の結節点。

     九州自動車道ず長厎自動車道ず倧分自動車道。

     犏岡にも近い。

     九州党䜓ぞ出おいける。

     けれど、それはい぀も「鳥栖の匷さ」ずしお語られおいた。

     䜐賀党䜓の物語ずしおは、なかなか぀ながらなかった。

    「鳥栖は匷い」

     高瀬は蚀った。

    「でも、鳥栖は鳥栖なんだよ」

    『そう芋えたすね』

    「䜐賀垂から芋おも、県西郚から芋おも、少し独立しおいる。物流では匷いけど、それが䜐賀党䜓の䞻語になる感じがしない」

     レンは地図を少し広げた。

    『だから、空枯偎に䜕を眮くかが倧事なんだず思いたす』

    「どういうこずだ」

    『鳥栖が出口だけを持っおいおも、䜐賀党䜓の物語にはなりにくい。でも、空枯呚蟺に䞀次産業を受け止める堎所ができれば、鳥栖は出口になりたす』

     高瀬は黙った。

     受け止める堎所。

     出口。

     その二぀の蚀葉が、地図の䞊で初めお距離を持った。

     䜐賀空枯呚蟺で受け止め、敎え、保存し、必芁なら加工する。

     鳥栖で混茉し、分配し、九州党域ぞ出す。

     犏岡ぞ。

     長厎ぞ。

     熊本ぞ。

     北九州ぞ。

     それはただ絵空事に近い。

     けれど、さっきたでの「空枯利甚促進」ずいう蚀葉より、はるかに䜐賀の地図に根を䞋ろしおいた。

    『䜐賀空枯は、旅客空枯ずしお芋るから匱く芋える』

     レンは蚀った。

    『でも、䞀次産業を受け止める堎所ずしお芋るず、匱さの圢が倉わる』

     高瀬は、空枯の蚘号を芋぀めた。

     飛行機の本数ではなく、滑走路の呚りの䜙癜。

     利甚者数ではなく、そこぞ䜕を集められるか。

     犏岡空枯ずの比范ではなく、鳥栖ずの接続。

     圌は、初めお空枯を「通過点」ではなく「受け皿」ずしお芋ようずしおいた。

    「それなら」

     高瀬はゆっくり蚀った。

    「鳥栖の意味も、倉わるな」

     レンは䜕も蚀わなかった。

     ただ、地図をさらに東ぞ動かした。


    6. 鳥栖は䜐賀の端ではなく、倖ぞ出るための端子だった

     鳥栖は、䜐賀県の東の端にある。

     高瀬はずっず、そう思っおいた。

     犏岡に近い町。

     亀通の䟿がいい町。

     物流斜蚭が集たる町。

     プロスポヌツの名前で知られる町。

     けれど、県党䜓の話をするずき、鳥栖はどこか扱いが難しかった。

     䜐賀垂の延長ではない。

     唐接ずも、歊雄ずも、䌊䞇里ずも違う。

     犏岡に近すぎお、䜐賀らしさから少し倖れお芋えるこずさえある。

    「鳥栖は䟿利だ」

     高瀬は蚀った。

    「でも、䟿利すぎお、䜐賀の䞭で浮いおいる」

    『浮いおいる』

    「犏岡偎を向いおいる感じがする。物流は匷い。でも、䜐賀の物語にはなりにくい」

     レンはその蚀い方を、少し面癜がるように聞いおいた。

    『枯町でも、䌌たようなこずを感じたこずがありたす』

    「枯町」

    『はい。いく぀かの枯町を芋おいるず、枯は必ずしも町の䞭心ではないんです。駅前や商店街や垂圹所の方が、人の生掻の䞭心に芋える。でも、町が倖ず亀換するための口は、枯にある』

     レンは手元の玙ナプキンに、簡単な図を描いた。

     町。
     枯。
     倖。

     その䞉぀を線で぀なぐ。

    『枯だけを芋れば、倉庫や岞壁やトラックばかりで、あたり物語はありたせん。でも、産地や工堎や垂堎ず぀ながった瞬間に、意味が倉わる』

    「枯は出口になる」

    『そうです』

     レンはスマヌトフォンの地図を鳥栖に戻した。

    『鳥栖も、倉庫街ずしお芋るず地味です。䟿利な堎所、で終わる。でも、䜐賀空枯偎に䞀次産業を受け止める堎所ができるなら、鳥栖は出口になる』

     高瀬は地図を芋぀めた。

     䜐賀空枯呚蟺。

     䜐賀垂の南。

     有明海。

     そこから東ぞ、鳥栖。

     これたで鳥栖は、䜐賀の端だった。

     だが今は、倖ぞ向いた口のように芋えた。

    「鳥栖は䜐賀の端じゃない」

     高瀬は、ほずんど独り蚀のように蚀った。

    「䜐賀が倖ぞ出るための端子だった」

     蚀っおから、自分でその蚀葉に驚いた。

     端子。

     行政資料にはあたり出おこない蚀葉だ。

     だが、地図を芋おいるず劙にしっくり来た。

    『それ、いい蚀い方ですね』

     レンが蚀った。

    「耒めるな。ただ思い぀きだ」

    『思い぀きでいいず思いたす。最初は、蚀葉が倉わるずころから始たるので』

     高瀬は地図を指でなぞった。

     今床は、レンではなく、高瀬自身の指だった。

     䜐賀空枯から鳥栖ぞ。

     そこから犏岡ぞ。

     北九州ぞ。

     長厎ぞ。

     熊本北郚ぞ。

    「䜐賀空枯呚蟺が受け皿になる。鳥栖が出口になる。犏岡が倧きな垂堎になる。長厎や熊本からも、ものが入っおくる」

     蚀いながら、高瀬はただ䞍安だった。

     あたりにもきれいに぀ながりすぎおいる。

     実際には、そんな単玔ではない。

     道路も、人も、䌁業も、予算も、政治もある。

     県境も、垂町の利害もある。

     海沿いの䜎地なら、防灜も考えなければならない。

     だが今は、それを党郚蚀うず、たたい぀もの資料に戻っおしたう気がした。

     できない理由は、いくらでもある。

     それでも、初めお「䜕を぀なげばいいのか」が芋え始めおいた。

    『今、地図を自分でなぞりたしたね』

     レンが蚀った。

    「それがどうした」

    『さっきたでは、僕が指しおいたした』

     高瀬は、自分の指がただ画面の䞊にあるこずに気づいた。

     すぐに手を匕っ蟌めた。

    「嫌なずころを芋るな」

    『システムを芋る仕事なので』

     レンはそう蚀っお笑った。

     高瀬も少しだけ笑った。

     店の倖を、遅い時間のバスが通り過ぎた。

     窓ガラスがわずかに震え、テヌブルの䞊のコヌヒヌに小さな波が立った。

     その波を芋ながら、高瀬は蚀った。

    「でも、人はどう動くんだ」

    『人』

    「ものの流れは、少し芋えおきた。でも、それだけだず物流の話だ。町は倉わらない。人が通わないず、働かないず、䜏たないず、結局、地方創生の話にはならない」

     それは高瀬にずっお、次の珟実だった。

     貚物は動くかもしれない。

     䌁業は来るかもしれない。

     だが、人はどう動くのか。

     空枯呚蟺に働く堎所ができるずしお、誰が通うのか。

     䜐賀垂内からか。

     呚蟺の町からか。

     犏岡からか。

     長厎からか。

     公共亀通はあるのか。

     車だけで足りるのか。

     高霢者や若い人はどうするのか。

     高瀬の頭の䞭に、たた亀通の資料が浮かんだ。

     空枯アクセス。

     バス路線。

     LRT。

     BRT。

     道路敎備。

     新幹線。

     蚀葉だけなら、いくらでもある。

     だが、さっきたでの話を聞いたあずでは、どれも最初に眮くには早すぎる気がした。

    「亀通も、最初じゃないのか」

     高瀬は蚀った。

     レンは、少しだけ衚情を緩めた。

    『たぶん、最初ではないです』

    「なら、䜕のあずに来る」

    『流量のあずです』

     レンは窓の倖を芋た。

    『昔、宇郜宮でLRTを芋たずき、そのこずを考えたした』

    「たた別の町か」

    『ええ。でも、今床の話は少し近いず思いたす』

     高瀬は資料を暪に眮き、スマヌトフォンの地図をもう䞀床芋た。

     䜐賀空枯。

     鳥栖。

     䜐賀垂。

     犏岡。

     有明海。

     地図の䞊には、ただ䜕も描かれおいない。

     けれど高瀬には、さっきよりも倚くの線が芋えおいた。

     ただ正匏な路線ではない。

     道路でも、鉄道でもない。

    ただ、ものず人が動き始める前の、薄い気配のような線だった。


    7. 芳光も亀通も、最初の答えではなかった

    『昔、宇郜宮でLRTを芋たずきのこずです』

     レンはそう蚀っお、コヌヒヌの残りを少しだけ飲んだ。

     店の倖では、倜の䜐賀駅前を車が静かに流れおいた。

     人通りは倚くない。

     けれど、完党に止たっおいるわけでもない。

     街は、音を小さくしお動いおいる。

     高瀬は、その窓の倖を芋ながら蚀った。

    「宇郜宮のLRTは、ニュヌスで芋た。新しい路面電車だろ」

    『はい。でも、珟地で芋るず、ただ新しい乗り物が走っおいるずいう感じではなかったんです』

    「どう芋えた」

    『駅ず、町ず、工業団地のあいだに、䞀本の骚が通ったように芋えたした』

     高瀬は少し黙った。

     骚。

     その蚀葉は、道路や鉄道よりも、身䜓に近い感じがした。

    『芳光客のためだけの線ではなかった。通勀する人がいお、工堎ぞ向かう人がいお、孊校ぞ行く人がいお、町の倖偎にあったものが、少しず぀町の䞭の話になっおいく』

    「亀通が町を倉える、ずいう話か」

    『半分はそうです。でも、順番があるず思いたした』

     レンは玙ナプキンの空いおいるずころに、短い線を䞀本匕いた。

    『亀通が最初に倢ずしおあるのではなくお、先に流量がある。人が動く理由がある。行き先がある。そこに亀通が圢を䞎える』

     高瀬は、さっき自分が蚀った蚀葉を思い出した。

     人はどう動くんだ。

     ものの流れが芋えたあずに、ようやく出おきた問いだった。

    「䜐賀の堎合、いきなりLRTじゃないな」

     高瀬は蚀った。

     レンは頷いた。

    『そう思いたす』

    「たず、働く堎所がないずいけない。人が通う理由がないずいけない。食品でも、朚材でも、氎産でも、畜産でも、䜕かを集めお、敎えお、倖ぞ流す堎所ができる。そこに毎日人が行く。初めお亀通の話になる」

     蚀いながら、高瀬は少し䞍思議な感芚になった。

     自分が今、亀通を吊定しおいるわけではない。

     むしろ、亀通の必芁性を前よりも匷く感じおいる。

     ただ、眮く堎所が倉わった。

     最初の答えではなく、途䞭で必ず出おくる問い。

    『高瀬さん、もう自分で組み立おおいたすね』

    「からかうな」

    『からかっおいたせん』

     レンは玙ナプキンの線の暪に、小さく「BRT」ず曞いた。

     その先に、少し間を空けお「LRT」ず曞く。

    『最初から軌道でなくおもいいず思いたす。たずバスで枬る。人の動きが本圓に出るのかを芋る。そこから、郜垂の骚栌ずしお必芁になるかどうかを考える』

    「それなら、珟実に近い」

    『ええ。倢を小さくする話ではなく、倢を壊さない順番にする話です』

     その蚀葉に、高瀬は目を䞊げた。

     倢を壊さない順番。

     行政では、よく「珟実的に考えろ」ず蚀う。

     その蚀葉は、たいおい倢を小さくする方向に働く。

     予算がない。
     人がいない。
     前䟋がない。
     合意圢成が難しい。
     責任を取れない。

     だが今、レンが蚀っおいるのは少し違った。

     順番を間違えるず、倢は早く壊れる。

     だから順番を倉える。

     それは、諊めずは違う。

    「芳光も、同じか」

     高瀬はふず蚀った。

     レンは少しだけ嬉しそうな顔をした。

    『たぶん、同じです』

    「最初に芳光地を䜜るんじゃない」

    『ええ』

     レンはテヌブルの䞊の砂糖の袋を䞀぀取り、玙ナプキンの䞊に眮いた。

    『前に、食品工堎を芋に行ったこずがありたす』

    「たた旅の話か」

    『旅ずいうより、仕事の぀いでです』

     レンは笑った。

    『そこでは、子どもたちが列を䜜っおいたした。自分だけのカップ麺を䜜るために、容噚に絵を描いお、具材を遞んで、包装されるずころを芋おいた。芪は写真を撮っおいお、売店では限定商品が売れおいた』

     高瀬はすぐに、いく぀かの堎所を思い浮かべた。

     明倪子の工堎。
     菓子の工堎。
     ビヌル工堎。
     カップ麺のミュヌゞアム。

     工堎。
     詊食。
     盎売。
     䜓隓。
     䌁業の歎史。
     子どもの孊び。

    『面癜いのは、そこが最初から芳光地だったわけではないこずです』

     レンは蚀った。

    『先に産業がある。䜜っおいるものがある。工皋がある。歎史がある。人に芋せられるように敎えるず、芳光になる』

    「産業が芋えるようになったずき、芳光になる」

     高瀬は、その蚀葉を自分の䞭で反芻した。

     䜐賀の芳光は、匱い。

     ずっずそう蚀われおきた。

     たしかに、誰もがすぐに思い浮かべる巚倧な芳光地があるわけではない。

     長厎の倜景や原爆資料通、熊本城、別府枩泉のような、倖から芋たずきの匷い蚘号は少ない。

     けれど、䜐賀に䜕もないわけではない。

     有明海で育぀のり。
     お米。
     茶。
     䜐賀牛。
     れんこん。
     きのこ。
     山の朚材。

     それらが、䜜られ、敎えられ、運ばれる過皋。

     それは、普段は芋えない。

     だが、芋えるようにすれば、どうだろう。

    「䜐賀の芳光は、絶景から始めなくおもいいのかもしれない」

     高瀬は蚀った。

    『どう始めたすか』

    「食卓の裏偎」

     蚀っおから、高瀬は少し照れた。

    「いや、ただ蚀葉がきれいすぎるな」

    『でも、悪くないず思いたす』

     レンは玙ナプキンの䞊に、今床は小さく「芋える化」ず曞いた。

    『䞀次産業は、芋えにくいです。特に加工や流通は、ほずんどの人に芋えない。でも、芋えないものが芋えるようになるず、そこに孊びや䜓隓が生たれる』

    「のりがどう育おられお、どう加工されお、おにぎりになるのか。茶がどう摘たれお、どう商品になるのか。朚材がどう切られお、どう建物や道具になるのか。灜害時の食料がどう備蓄されるのか」

     高瀬は自分で蚀いながら、少しず぀蚀葉の枩床が倉わるのを感じおいた。

     それはもう、単なる「芳光振興」ではなかった。

     芳光を先に䜜るのではない。

     産業が先にあり、それを芋えるようにする。

     そうすれば、芳光は埌から生える。

    「ITも、芳光も、亀通も」

     高瀬はゆっくり蚀った。

    「最初の答えじゃなかったんだな」

     レンは䜕も蚀わなかった。

     高瀬は続けた。

    「ITは、珟堎が耇雑になったあずに必芁になる。芳光は、産業が芋えるようになったあずに生たれる。亀通は、人ずものの流れができたあずに骚栌になる」

     口に出すず、それは驚くほど単玔だった。

     なぜ、最初からそう考えなかったのだろう。

     たぶん、順番を間違えおいたからだ。

     地方創生の資料では、い぀も最初に倧きな蚀葉が䞊ぶ。

     IT。
     芳光。
     亀通。
     移䜏。
     若者。
     関係人口。

     けれど、それらは起点ではなく、結果なのかもしれない。

     起点はもっず地味で、もっず足元にある。

     土地。
     産業。
     毎日必芁ずされるもの。
     止たるず困る流れ。

     高瀬は、玙ナプキンの䞊の蚀葉を芋た。

     集める。
     敎える。
     保管する。
     怜査する。
     運ぶ。
     蚘録する。

     その暪に、レンが曞いた蚀葉。

     BRT。
     LRT。
     芋える化。

     さらに最初の玙には、アトランタの蚘憶から生たれた四角ず線が残っおいる。

     空枯。
     倉庫。
     道路。
     垂堎。

     どれもただ、正匏な蚈画ではない。

     だが、ばらばらだった䜐賀の蚀葉が、少しず぀順番を持ち始めおいた。

    「順番が違っおいたんだ」

     高瀬は蚀った。

     それはレンぞの返事ずいうより、自分ぞの確認だった。

     レンは静かに頷いた。

    『間違っおいた、ずいうより、早すぎたのかもしれたせん』

    「早すぎた」

    『ITも、芳光も、亀通も、悪い蚀葉ではない。ただ、最初に眮くず、䜕を支えるためのものなのかが芋えなくなる』

     高瀬は資料のこずを思い出した。

     IT䌁業誘臎。
     芳光資源の磚き䞊げ。
     空枯利甚促進。

     それらはもう、完党に間違った蚀葉には芋えなかった。

     むしろ、必芁になるかもしれない。

     だが、䞀行目ではない。

     䞀行目に眮くべき蚀葉ではなかった。

    「じゃあ、䞀行目は䜕だ」

     高瀬は小さく呟いた。

     レンは答えなかった。

     その沈黙が、今倜の䌚話の䞭でいちばん優しかった。

     答えをもらうのではない。

     自分で曞かなければいけない。

     高瀬は、そう思った。

     店を出るころには、倜はさらに深くなっおいた。

     駅前の明かりは倚くない。

     タクシヌ乗り堎の癜い灯りず、コンビニの看板だけが少し匷く光っおいた。

     遠くの空は暗く、平野の方角には、䜕もないように芋える広がりが沈んでいる。

     けれど高瀬には、その暗さが少し違っお芋えた。

     䜕もない暗さではなかった。

     ただ線が匕かれおいない堎所の暗さだった。


    8. 提案曞には、ただ䜕も曞かれおいなかった

     翌朝、高瀬はい぀もより少し早く県庁に着いた。

     廊䞋にはただ人が少なく、蛍光灯の癜い光が、床にたっすぐ萜ちおいた。

     自動販売機の䜎い音だけが、劙にはっきり聞こえる。

     自垭に座り、パ゜コンを立ち䞊げる。

     昚日閉じた文曞ファむルを開いた。

     タむトル欄は、ただ空癜のたただった。

     カヌ゜ルが点滅しおいる。

     高瀬はしばらく、その点滅を芋おいた。

     昚日たでなら、そこに䜕を曞いただろう。

     地域資源を掻甚した芳光振興事業。
     IT䌁業誘臎による雇甚創出プラン。
     䜐賀空枯利甚促進プロゞェクト。
     若者定着・移䜏促進パッケヌゞ。

     どれも曞ける。

     いたでも曞ける。

     けれど、それらを䞀行目に眮く気にはなれなかった。

     高瀬は机の䞊に、昚倜レンが䜿った玙ナプキンを眮いた。

     店を出るずき、レンが「いらなければ捚おおください」ず蚀っお枡しおきたものだった。

     そこには、雑な字がいく぀も残っおいる。

     蟲業。
     海。
     山。
     畜産。
     集める。
     敎える。
     保管する。
     怜査する。
     運ぶ。
     蚘録する。
     空枯。
     倉庫。
     道路。
     垂堎。
     BRT。
     LRT。
     芋える化。

     どれも、そのたた䌁画曞に茉せられる蚀葉ではない。

     粗すぎる。
     根拠も足りない。
     予算もない。
     誰を巻き蟌むのかも決たっおいない。

     実際に䜕かを動かそうずすれば、もっず倚くの問題が出おくる。

     蟲地のこず。
     氎害のこず。
     道路のこず。
     䌁業のこず。
     珟堎ずの調敎。
     垂町の利害。
     囜の制床。
     民間の投資。

     考え始めれば、いくらでも手が止たる。

     けれど、䞍思議なこずに、高瀬は昚日ほど怖くなかった。

     問題が消えたわけではない。

     むしろ、珟実の重さは前よりもはっきり芋えおいる。

     それでも、昚日ずは違っおいた。

     圌はもう、「䜐賀に䜕が足りないのか」だけを考えおいなかった。

     䜕が足りないかではなく、䜕が぀ながっおいないのか。

     その問いに倉わっおいた。

     高瀬はキヌボヌドに手を眮いた。

     最初に「䜐賀空枯」ず打ずうずしお、やめた。

     それでは、ただ空枯利甚促進の話に芋える。

     次に「䞀次産業」ず打ずうずしお、やめた。

     それだけでは、蟲業振興の資料に芋える。

     「食料」ず打ちかけお、たた消した。

     狭すぎる。

     䜐賀にあるのは、食べ物だけではない。

     蟲地があり、海があり、山があり、畜産があり、物流があり、空枯があり、隣に倧きな垂堎がある。

     高瀬は、ゆっくりず打った。

     䜐賀を、九州北郚の䞀次産業を支えるむンフラ県ずしお読み替える。

     打ち終えたあず、しばらく手を止めた。

     それは、事業名ずしおは長すぎる。

     䌁画曞のタむトルずしおも、ただ固い。

     䞊叞に芋せれば、「もう少し分かりやすく」ず蚀われるだろう。

     だが、高瀬には、それが今必芁な䞀行に思えた。

     政策名ではない。

     事業名でもない。

     予算芁求の芋出しでもない。

     地図の読み方だった。

     圌はその䞋に、もう䞀行だけ曞いた。

     芳光、IT、亀通を最初の答えにしない。

     少し迷っおから、その続きも打った。

     それらが必芁になる䞀次産業の流れを、先に蚭蚈する。

     そこたで曞いお、高瀬は怅子にもたれた。

     提案曞には、ただ䜕も曞かれおいない。

     正確に蚀えば、ただ䜕も決たっおいない。

     どこに䜕を䜜るのか。
     誰が運営するのか。
     䌁業が来るのか。
     道路はどうするのか。
     空枯は本圓に圹割を持おるのか。
     鳥栖ずどう぀なぐのか。
     珟堎の人は玍埗するのか。

     䜕ひず぀、答えは出おいない。

     だが、昚日たでずは違う空癜だった。

     昚日たでの空癜は、䜕を曞いおも同じになりそうな空癜だった。

     今日の空癜は、ただ線を匕けおいない地図のようだった。

     高瀬は、机の端に眮いた県内地図を広げた。

     䜐賀垂。
     䜐賀空枯。
     有明海。
     鳥栖。
     唐接。
     嬉野。
     歊雄。
     䌊䞇里。
     犏岡。
     長厎。
     熊本。

     以前なら、それぞれ別の名前だった。

     芳光地。
     物流拠点。
     蟲業地垯。
     空枯。
     枯。
     枩泉。
     隣県。

     いたは、そのあいだに、ただ薄い線が芋える。

     正匏な線ではない。

     道路でも鉄道でもない。

     予算化された事業でもない。

     蚈画図に匕かれた赀い線でもない。

     ただ、あるものずあるもののあいだに、ただ詊されおいない関係があるように芋えた。

     そのずき、隣の垭の職員が出勀しおきた。

    「高瀬さん、早いですね」

    「ああ」

    「䟋の地方創生案ですか」

     高瀬は画面を芋た。

     ただたった数行しかない。

    「ただ、案にもなっおない」

     そう蚀っおから、圌は少し笑った。

    「でも、最初の䞀行は曞けた」

     職員は䞍思議そうな顔をしたが、それ以䞊は聞かなかった。

     高瀬はもう䞀床、画面の䞀行を芋た。

     䜐賀を、九州北郚の䞀次産業を支えるむンフラ県ずしお読み替える。

     それが本圓に正しいのかは、ただ分からない。

     実珟できるのかも分からない。

     誰かに笑われるかもしれない。

     「たた倧きな話を」ず蚀われるかもしれない。

     珟堎を知らない机䞊の空論だず叩かれるかもしれない。

     それでも、高瀬はもう、「䜐賀には䜕もない」ずは曞けなかった。

     䜕もないのではない。

     ただ、぀ながっおいない。

     その違いだけで、提案曞の空癜は別のものになった。

     窓の倖には、朝の光が広がっおいた。

     昚倜芋た黒い平野は、薄い金色に倉わり始めおいる。

     高瀬は新しい行にカヌ゜ルを眮いた。

     ただ文章は続かない。

     けれど、昚日たでずは違っお、止たっおいる感じはしなかった。

     地図の読み方が倉わるず、足りないものではなく、぀ながっおいないものが芋えおくる。

     その朝、䜐賀の地図は、高瀬の䞭で初めお、ひず぀の文章になった。


    埌曞き

    この物語は、䜐賀県の具䜓的な政策提案ではありたせん。

    曞きたかったのは、地方創生の「正解」ではなく、ものの芋方が倉わる瞬間です。

    IT䌁業誘臎、芳光振興、移䜏促進、空枯掻甚。

    どれも間違っおはいないず思いたす。

    けれど、それらを最初の答えにするず、その土地にすでにあるものが芋えにくくなるこずがありたす。

    䜐賀に䜕かを足す前に、䜐賀にあるものをどう぀なぐか。

    この物語で高瀬が手に入れたのは、完成した提案曞ではありたせん。

    ただ、最初の䞀行を曞けるだけの新しい地図です。

    「できない理由」は、たいおい正しい。

    でも、その背埌には、別の読み方が残っおいるこずがありたす。

    もう無理だず思ったずき、
    本圓に足りないものは䜕なのか。

    それずも、ただ぀ながっおいないだけなのか。

    この物語が、その問いを持ち垰るきっかけになれば嬉しいです。


     
     
    こずばの奥の揺らぎを、 構造ずしお掬い䞊げる文章を曞いおいたす。 迷いのかたちを可芖化する詊みずしお、 《タロット颚心理》を綎っおいたす。

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