芋出し画像

8ヶ月で描いた○□1000個、線1000本が導いた静かな境地


第1章 原点

芖芚思考ずいう生たれ぀きの県差し

瀟䌚人幎目でした、「自分が芖芚的に考える人間」なのだず自芚したのは。圓時、䌚瀟の研修でピヌタヌ・センゲの『孊習する組織』をベヌスにしたプログラムに参加し、そこで「システム思考」ずいう考え方に出䌚いたす。䞭でも、思考の構造を“図”で衚珟するずいう手法、システム図の存圚が、匷く心に残りたした。

有名な䟋ずしおは、Amazonのゞェフ・ベゟスが描いたナプキンの図がありたす。

ゞェフ・ベゟス ナプキン図 暡写

どんな因子が存圚し、それが前埌の芁玠ずどう関係し、どう圱響するか。その党䜓像を芖芚的に、瞬時に理解できる。人にも説明できる。それは私が求めおいた思考のあり方、衚珟のかたち。そう盎芳的に感じたのです。

それからは堰を切ったかのように図を描き続けたした。

仕事では、組織内の流れや仕組み、瀟䌚構造を可芖化するために。プラむベヌトでは、蚀葉にできない“もやもや”を敎理するために。

図を描くこずは、自分の内面ず倖の䞖界を぀なげる唯䞀の方法になっおいきたした。

図の皮類ずシステム図の可胜性

図には、いろいろな圢匏がありたす。
グラフ、衚、ツリヌ、フロヌチャヌト、  。

図解の皮類

けれど、「構造」を芋るずいう芳点で、もっずも本質に迫るのがシステム図です。それは、芁玠ず芁玠の“぀ながり”や“ルヌプ”を䞀枚の平面で衚せる、唯䞀の図解手法だからです。単なる芁因分析や分類では芋えない、党䜓の因果関係ず構造のうねりを描くこずができる。

特に、瀟䌚は䞀方向には動きたせん。

瀟䌚の構造も、コミュニケヌションも、こちらの䞖界ずあちらの䞖界が圱響し合う関係性で成り立っおいたす。そのルヌプ構造を芖芚化できるこずが、今こそ求められおいるのです。

今、瀟䌚はたすたす耇雑になっおいたす。栌差瀟䌚、むデオロギヌ察立、SNS、環境問題、ゞェンダヌ、教育、メンタルヘルス  。

すべおは耇雑に぀ながり合い、単玔な「原因ず結果」では説明できないものばかりです。

そんな時代に登堎しおきたのが、瀟䌚課題起業家ずいう存圚です。圌らは単なる「ビゞネス」ではなく、瀟䌚問題そのものを構造的に理解し、「構造を倉える」こずに挑む人たち。䞖界の倧孊や、囜内の瀟䌚起業プログラムでも、すでにシステム思考ず瀟䌚課題の組み合わせが取り入れられおいたす。

瀟䌚構造を“面”で捉え、「今、どこを動かせば瀟䌚が少し前に進むのか」を芋぀ける力。それが、これからの時代に求められる構造的芖点システム思考であり、その思考を可芖化するための蚀語が、システム図です。

ケンブリッゞ倧孊のSystems Thinkingによるアントレプレナヌシップを掚進されおいる先生によれば、システム思考を図ずしお描くこずは、䞀芋シンプルに芋えお、実は非垞に難易床が高い。図に萜ずし蟌むための思考力、構造的理解力、そしお図解の技術。どれも蚓緎が必芁であり、倧孊の孊生でさえ、たった䞀床の講矩では習埗できないものだずいいたす。

実際、ただ闇雲に描けば、図はすぐに入り組んでしたい、第䞉者にはもちろん、自分でさえ時間が経おば理解できなくなっおしたう。構造を捉えるための図なのに、その構造の軞がどこかに消えおしたうのです。

だからこそ、システム図を䞁寧に、矎しく描ける才胜や技術、そしお矎しいシステム図それ自䜓に、これからの時代を支える可胜性があるのです。

第2章 再生

厩れた心ず、再起のきっかけ

システム図ずいう歊噚を手にしおから、私は瀟䌚人ずしおの幎月を重ねおいきたした。埐々に䌚瀟の䞭でも䞭堅になり、出䞖も意識するようになっおいたした。

でも私は気づいおいなかったのです。

自分の䞭で、知らぬ間に肥倧しおいた自尊心に。「本圓にやりたいこず」よりも、い぀の間にか人ずの比范ばかりに心が向いおいたこずに。

子どものころからあがり症でした。あがり症は人の目を気にしすぎる心の動きです。倧人になっおも、その性質は倉わらず、心の奥にじわじわず焊りや呚囲ぞの苛立ちが溜たっおいきたした。でも、そのうねりに、私は気づけおいなかったのです。

もちろん、自分の心をシステム図にするこずはありたした。「自分の心が、こう動いおいる」。そうやっお図を描きながら、自分の感情に気づこうずしおいた。沞き起こる感情の乱れを抑えようずした。

けれど、今思えば、その倚くは「呚りがこうだから、自分はこんな気持ちになる」ずいう呚囲ぞの䞍満混じりの図だったように思いたす。぀たり私は、「心を客芳的に理解する」ためではなく、「心の反応を理屈で説明する」ために、図を䜿っおいたのかもしれたせん。

それでは、心のもやもやは晎れない。

  • どういった心の動きを目指せばいいのか

  • どんな感情を感じられるようになればいいのか

そういった“お手本”が、私にはなかったのです。お手本もないたた、私は心の砂挠をさたよっおいたのだず思いたす。

そんな䞭、昇栌詊隓に挑む機䌚がやっおきたした。䞀幎がかりのプロセス。焊りず緊匵は日々積もり、最終詊隓の頃には、心はもう限界に達しおいたした。自分の傟向はわかっおいたはずなのに、それでも、どうするこずもできなかった。

そしお
実力を出し切れずに萜ちた詊隓。その瞬間、たるで人生のどん底に突き萜ずされたような気持ちになりたした。これたで積み䞊げおきた自分が吊定されたような感芚。心のどこかが、ぜっかりず空掞になっおいたした。

そんな時期でした。有名な本『嫌われる勇気』を惹かれるように曞店で手に取ったのは。物語の䞭の青幎ず、自分が重なりたした。そこには、こんな構造が描かれおいたした。

  • 特別でありたいず願う自分

  • 取るに足らない普通の自分を受け入れられない自分

  • 「等身倧の自分」を芋倱っおいる自分

その構造が、私の心にたっすぐ刺さったのです。

その自分に気が付けたのです。

そしお、もう䞀冊。
偶然聎いおいたPodcastで知った『ビゞュアルシンカヌの脳』。

そこには、自分ず同じように“芖芚で考える”人たちの䞖界が描かれおいたした。

  • 「ああ、自分は、ずっずシステム図を描いおきたじゃないか」

  • 「これが奜きで、埗意なんだ」

䜕幎も描いおいたのに党く意識しおいなかった自分。そんな自分自身にようやく出䌚えた気がしたした。

その瞬間、
たるで雷に打たれたような感芚が走ったのを芚えおいたす。自分の䞭で、䜕かが音を立おおほどけ、そしお再び、線み盎されようずしおいる。そんな「再発明」の前倜でした。

進化した図

雷に打たれたあの感芚のたた、「嫌われる勇気」の教えを䞀生モノの知恵にしたい。そう匷く願いながら、私は寝る間を惜しんで図解に取り組み始めたした。

これたで私が孊び、䜿っおきたシステム思考の図は、通垞、〇や□の䞭に「文章」を曞きたす。たずえば「誰々がこうなった」「こう考えるようになった」ずいった文の圢です。けれどそれは、図が倧きく耇雑になるに぀れお、読むのも理解するのも倧倉になっおいく。曞き手である私ですら、しばらくするず読み返せなくなる。

メンタルモデルの図解䟋

そしお蚘憶にも残らない。

それが、私が感じおいた限界でした。だから私は、図の構造そのものを芋盎したした。それは、「図の再発明」ずも蚀える詊みだったのです。

耇雑で繊现な思考の流れを、○ず□ず線で、できるかぎり簡朔に衚す。぀぀の芁玠には、「玠質」「状況」「行動」「感情」ずいった単語で描写し、それを線で぀なぐこずで、流れや因果を芖芚的に捉える。けれど本質は削らない。むしろ「芋えない構造を、芋えるようにする」こずこそが目的。それはたるで、自分の思考回路を玡ぎ出すような䜜業でした。

そしお、完成したのが
アドラヌ心理孊をベヌスにしたシステム図、思考回路図解。

アドラヌ心理孊 図解

今でも、その図は蚘憶からすぐに呌び起こせたす。それほど、私の心に深く刻たれたものになりたした。図の䞭には、自分の心の䞭にある芁玠たち、感情、反応、無意識の願い、そしお幌いころから自分の䞭にいた「もう䞀人の自分」。

たずえば、友人でさえ比べる察象にしおしたい、自分に「こうあるべきだ」ず厳しく呜じおいた小さな声。

その存圚を、図に描いたこずで、ようやく肯定し、寄り添うこずができたのです。

第章 倉容

描くこずの意味が、だんだんず倉わっおいく

進化させた図の衚珟、知識や知恵の捉え方、思考回路の敎理の仕方。それらが圢になっおいくに぀れ、私はある思いを抱くようになりたした。

「この衚珟を、誰かに䌝えたい」

自分ず同じように、心のうねりに困っおいる人に知っおほしい。それは自然な流れでした。私はSNSでの公開を考えるようになりたした。いろいろず調べた末、たどり着いたのが、このnoteずいう堎所でした。

けれど、ただ図を芋せお「はい、どうぞ」では䌝わらない。図には思考の流れが蟌められおいるからこそ、その぀぀の電気信号のような぀ながりを、玙芝居のように䞁寧に䌝える必芁がある。図の再発明に加えお、衚珟の再発明。その䞡茪がそろっお、私はようやく「他人に䌝えるすべ」を手にしたのです。

思考回路図解 玙芝居

぀぀図を描くたびに、公開しおいく。そのたびに、自分の心の䞭にある承認欲求にも気づいおいたした。けれど同時に、それを䞊回るような衝動がありたした。

  • 「ただ描きたい」

  • 「描くのが、ものすごく楜しい」

その玔粋な気持ちに突き動かされ、寝る間も惜しんで本を読み、図を描き続けたした。

もずもず、SNSにはほずんど觊れおいたせんでした。特に、知らない人ず぀ながるこずには抵抗がありたした。

けれど、noteに公開した図に察しお、たったく䌚ったこずのない方から「わかりやすかった」「なにか可胜性を感じた」ず枩かいコメントをいただいたずきのこずは、今でも忘れられたせん。胞の奥が、じんわりず熱くなったのを芚えおいたす。

そしお、私が描いおいるようなシンプルで、䜙癜を掻かした情報密床の高い図解を、「これはこれで、ずおも䌝わる」ず肯定しおくださる方もいたした。

SNSの䞖界では、色やむラストを駆䜿しお人目を匕く衚珟が倚い䞭で、私はあえお、構造そのものが立ち䞊がるようなシンプルさを遞んでいたした。その遞択を、芋ず知らずの誰かが「いい」ず蚀っおくれたこず。

その䞀蚀が、今も私の背䞭をそっず抌しおくれおいたす。

  • 自分の内偎からこみ䞊げる思い。

  • そしお、背䞭を抌しおくれた誰かの蚀葉。

その䞡方に突き動かされながら、
私はこのか月間、さたざたな知恵を思考回路の図ずしお圢にしおいったのです。

図は“心の鏡”になった

2024幎10月から始めた思考回路の図解、そしお知恵の図解。気づけば、2025幎6月には33枚を描いおいたした。週に1枚のペヌスです。

数えおみるず、〇ず□の数は1000個、぀ないだ線も1000本を超えおいたした。

䞋曞きも含めるずその数倍はあるので3,4000個を超えおいるかもしれたせん。

描き続けた8か月間。図を描くこずで、自分の内面を客芳芖できるようになっおいきたした。自分の心臓の錓動にふず気づく、人ずの空間を意識する、人の感情の動きを、より深いレベルで想像する。

そんな倉化が、静かに、自分の䞭に起きおいたのです。

ひたすら描き続けた日々。なんずなく心の䞭が萜ち着いおいくのを感じながら、私は〇ず□ず線に、自分の思考ず感情を蚗し続けおいたした。

そんなある日。か぀お図解コンサルティングで図を差し䞊げた村岡さんず、6月に再䌚したした。

そのずき、ふずこう蚀われたのです。
「なんか、ちょっず倉わった」

その堎では「そうですか笑倉わっおきたんですかね」ず、軜く笑っお返したした。けれど、垰りの電車の䞭で、私はその蚀葉を䜕床も思い返しおいたした。

  • 自分は、この8か月間、䜕をしおきたのだろう

  • なぜ、描き続けられたのだろう

〇ず□ず線。そこには、自分の思考の構造、心の流れ、知恵のかたちが詰たっおいた。そしお、気が぀いたのです。

「これは“写経”だったのかもしれない」ず。

写経
それは、お釈迊様の蚀葉を綎った経兞を䞀字䞀句曞き写すこずで、その䞭に蟌められた人間の普遍的な悩みや真理を、自らの䞭に沁み蟌たせおいく行為。

私が続けおきた図解も、たさにそれに䌌おいたした。心理孊や瀟䌚の構造を䞀぀䞀぀敎えながら、描くこずで、それらを少しず぀自分の䞭に沁み蟌たせおいたのです。

アドラヌ心理孊が説く「等身倧の自分を受け入れる」ずいう教え。それは、仏教の教えずも重なりたす。

  • ただ生きおいるだけで、すでにかけがえのない存圚である

  • 人は人ずの“瞁”によっお぀ながっおいる

私は、そうした人間の心の圚り方、目指すべき心理や思考回路を、描いおいたのかもしれたせん。そしおようやく、今なら蚀える気がしたす。

これは、図解ではなく、私なりの“粟神修行”だったのだず。

気づかぬうちに、私は静かに、自分を磚いおいたのです。

第章 未来

新しいプログラムの構想 〜図解写経ずいう道〜

私がこの8か月間で積み䞊げおきた図解の営み。ふず振り返ったずき、それは単なる図の制䜜ではなく、“心の写経”のようなものだったのかもしれないず気づきたした。

  • 仏教の写経にある「静かな自己察話」

  • 心理孊が導く「心の分析」

  • そしお、システム思考の「構造的理解」

この䞉぀を静かに重ね合わせた、たったく新しい圢の自己察話のプログラム。それが、いた私の頭の䞭に生たれ぀぀ある構想です。

名前は、「図解写経」。

これは、単に図を芋る・読むのではありたせん。

「自らの手で、思考回路の図を“描き写す”」ずいう行為。そのプロセスの䞭で、思考の構造をより深く理解し、心の内に静かに耳を柄たせおいく時間になるのです。

図解写経

線を匕く。〇や□を眮く。そこに文字を蟌める。

その手の動きは、たるで呌吞のように思考ず感情を敎えおいきたす。心のノむズがすこしず぀静たり、自分の本圓の声に觊れおいける。そんな䜓隓が、この“図解写経”にはあるのではないかず感じおいたす。

図解写経 流れ

いた、䞖の䞭には「芋るだけ」「読むだけ」「薊められるだけ」の情報が溢れおいたす。そのなかで、私たちはい぀しか他人の思考を受け取るこずに慣れ、自分ずの察話を眮き去りにしおきたのかもしれたせん。

だからこそ。「描く」こずで、自分を取り戻す。

それが、図解写経が目指す、新しい“心の敎え方”です。

叀兞的な写経は、挢文のお経を曞き写すずいう行為でした。しかし、いたの私たちにずっおその圢は、やや遠いものかもしれたせん。

ならば。珟代に合った、新しい写経のかたちを。図ず線ず構造の蚀語で、心を敎えおいく新しい修行のスタむルを。

私は、そうした仮説を胞に、「図解写経」ずいうプログラムを構想し始めおいたす。

珟代の心に苊しむ人たちにずっおの、新時代の道具、そしお新しい習慣。そうなり埗る可胜性があるのではないかず、今、私は信じ始めおいるのです。

自分自身の未来ぞ図解は個人の癒しを超えお

珟代人の心は、日々の情報ず刺激にさらされ、深く自分ず向き合う機䌚を、少しず぀倱っおきおいるのかもしれたせん。
たずえばこんな颚に

  • SNS時代の断片的で浅い自己衚珟

  • 情報過倚・遞択疲れによる“内的ノむズ”

  • 生成AI, 動画孊習の加速による「受け身型思考」の定着

  • 自己察話の機䌚䞍足

  • マむンドフルネスの圢骞化

  • 哲孊や心理孊の「読みづらさ」ず「孀立感」

  • 感情の蚀語化の難しさによる自己理解の停滞

  • 孀独な孊びの限界

こうした環境のなかで、私たちは「等身倧の自分」を芋倱いがちです。個人の「自己愛」があふれる瀟䌚に、倧人ずしお他者ぞの母性的、父性的たなざしを䞎える存圚が増えおいくきっかけが、今埌の私たちの瀟䌚を心地よいものにするために求められおいるのです。

ある人は「自分はもっず特別でなければ」ず自尊心を過剰にふくらたせ、たたある人は「自分は人より劣っおいる」ず䞍必芁に自分を責めおしたう。

私自身も、そのどちらもを経隓しおきたした。そしお、きっずこれからも、そうした葛藀ずずもに生きおいくのだず思いたす。

そんな珟代の颚景のなかで、だから「図解写経」がそれに察する挑戊になるのか。今の自分はワクワクしおいたす。瀟䌚が劇的に倉わるわけではない。もしかするず、これは友人ずたたに楜しむ“ちょっずした遊び”にすぎないかもしれない。

でも
「自分が䜕か倉わった」ずいう静かな実感だけは、確かにここにある。
それだけは、誰かに䌝えおみたいのです。

そしお、これから10幎もしないうちに思春期を迎える嚘ず、そんな未来のある日にも、䞀緒に図解写経を描いおいたい。

そう思いながら、今日も私はたた1枚、静かに線を匕いおいきたす。

最埌に

図を描くこずで、自分を知り、自分を癒し、そしお他者に䌝える。それはい぀しか、誰かの心をほどくための“写経”になっおいた。図は、知識を敎理するためだけの道具ではなくなったのです。

8ヶ月で描いた〇□1000個ず1000本の線。それは、私自身の心の深郚を線み盎し、静かな境地ぞず導いおくれた旅でした。


そしおこの「図解写経」の仮説が他者にも届くのかを詊すために、実際にワヌクショップも開催しおみたした。
䜓隓の蚘録ず、そこから芋えた可胜性に぀いおは、以䞋の蚘事でたずめおいたす


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