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あれを私は「耳をすたせば珟象」ず呌ぶ

    小6の倜

    倜の11時半でした。小孊校6幎のずき、実家の2階にある小さなテレビの前で、「はっ」ず目を芚たした。

    目の前に流れおいたのは「耳をすたせば」の゚ンドロヌル。あの有名な「カントリヌロヌド」が流れおいた。でも数秒埌、状況を理解した。
    やっおしたった。

    最埌の30分寝おしたった。

    「あヌやっちたった」
    「結局どうなったのよヌ、あの二人」

    小6の男子にずっお、あの映画は少しこそばゆい。実家の2階。ブラりン管の小さなテレビ。クッションを枕代わりにしお、床に寝ころびながら芋おいた。

    普段なら10時過ぎには寝おいたころだ。
    10時半くらいから埐々にたぶたが重くなる。

    物語が流れおいれば倧䞈倫。でも11時のCMだ。
    「ちょっず目を぀むろう。」
    「すぐたた始たるだろう。」
    それが呜取りだった。私は物語の結末を芋るたで、2幎埌の再攟たで埅぀しかなかった。

    『耳をすたせば』は、私が小5のずきの映画だ。ドラゎンボヌルやゎゞラなら、友達ず映画通ぞ行った。でも『耳をすたせば』は違った。気になる。でも恥ずかしい。

    同玚生の女の子たちは、「あの映画どきどきしたね」などず話しおいた。
    孊校の音楜の合唱では、「カントリヌ・ロヌド」を歌っおいた。
    でも私は、物語をよく知らなかった。

    「たあ、ゞブリならテレビでやるだろ」

    予想通り䞀幎埌。金曜ロヌドショヌで攟送されるこずを、新聞のテレビ欄で知った。これは芋たい。そう思った。でもリビングで芋る気にはなれなかった。だから芪に
    「䞊でテレビ芋るわ」
    ず蚀っお2階ぞ䞊がった。

    「もう小だし、11時半たでなら倧䞈倫だろ」
    気楜にそう思っおいた。

    耳をすたせば珟象

    あの頃は、ただ悔しい思い出だった。でも倧人になった私は、あれを自分のために別の名前で呌んでいる。

    「耳をすたせば珟象」である。
    (図曞カヌドの話ず思った方、すみたせん)

    ずっず物語の䞭にいたはずなのに、
    気が぀くず、倧事な時間が過ぎおいた、
    そんな珟象だ。

    倉化は突然起きるわけじゃない。
    毎日少しず぀進んでいる。
    ただ僕らは芋おいないだけだ。

    気が぀くず、倧きく倉わっおいる。
    気が぀くず、物語が進んでいる。
    耳をすたせば珟象は、たぶんその間に起きおいる。

    䞡芪

    久しぶりに母から電話が来た。
    「今床お父さん手術するの。あなたも立ち䌚っお。」
    「ん」
    ず思った。

    ぀いこの前たで元気だった気がする。盆に垰ったずきも、正月に垰ったずきも。でも考えおみれば、その「぀いこの前」は半幎以䞊前だった。

    私は父の老いる速床を知らない。半幎ごずにしか芳枬しおいないからだ。
    気が぀くず、少し歩くのが遅くなっおいる。
    気が付くず腰の曲がりが倧きくなっおいる。
    気が぀くず、病院の話が増えおいる。
    気が぀くず、手術の日皋が決たっおいる。
    家族の物語はずっず進んでいた。

    垰ったら孫を芋せる。
    おいしいごはんをみんなで食べる。
    䌚いに行ったずきは元気な姿。

    でも䌚っおいない間の静かな時間。
    私は、
    途䞭を芋おいなかった。

    芪友

    久しぶりに芪友ず飲んだ。
    「俺、今床䌚瀟蟞めお叀着屋やるよ」
    「ん」
    ず思った。

    友人はアパレル䌚瀟で働いおいた。店長を任され、店舗のむベント䌁画もやっおいた。䌚瀟から衚地されたこずもある。
    「これもい぀かは、ず思っおね」
    そんなこずを蚀っおいた。
    未来を考えおいたらしい。私はその途䞭を知らない。地元に残った芪友。幌皚園からの付き合いだ。
    スペヌスゎゞラを芋に行った。
    デストロむアも芋に行った。
    子どものころは、毎週顔を合わせおいた。

    でも倧人になるず、䞀幎に䞀床䌚えればいい方になる。
    䌚わない間に、仕事を蟞める決心をしおいる。
    䌚わない間に、人生の舵を切っおいる。
    友人の物語もずっず進んでいた。
    私は、その決心が育぀時間を知らない。

    街

    10幎ぶりに䞋北沢に降りた。
    「え」
    知らない街だ。

    倧孊生のころ、私は近くに䜏んでいた。
    恋人ず埅ち合わせた駅前。
    出たこずがあるラむブハりス。
    よく行った叀着屋。
    友達ず飲んだ駅前。
    歩き回るのに、ちょうどいい街だった。

    今では螏切もない。東京で䞀番奜きだった街が、知らない街になっおいた。
    街の物語もずっず進んでいた。
    倉わったのは街なのか。
    久しぶりに戻った私なのか。

    嚘

    平日単身赎任をしおいる。
    ある週の週末垰った日。
    「今日はSnow manのテレビ芋るからね」
    「えヌ聞いおない」

    い぀ファンになったのか。い぀の間にかファンクラブに入っおいたのか。劻ず嚘は結蚗しおいた。

    ある週はSnow manのシヌルが壁に食られはじめた。
    ある週は雑誌がテヌブルに眮かれおいた。

    垰省の車の䞭で、い぀もは私の音楜優先だった。でも最近は、
    「Snow Manかけお」
    になった。
    劻ず嚘の物語が進んでいた。気が぀くず、私だけ知らない曲が増えおいた。

    自分

    久しぶりにギタヌケヌスを開けた。
    「あれ」
    ず思った。
    匟きたくならない。

    䞭孊二幎のずき、お幎玉で買ったギタヌ。圓時はEric Claptonに憧れおいた。30歳くらいたでは、毎日のように觊っおいた。
    10分でも匟く。
    深倜でも匟く。
    コヌドを芚えお、コピヌしお、飜きずに続けおいた。
    倧孊の時にバむト代で買い替えた倧切なギタヌ。
    でも気が぀くず、ケヌスを開ける回数が枛っおいた。
    い぀からだろう。思い出せない。
    毎日の倉化は小さすぎお、自分でも芋えなかった。
    気が぀くず、気持ちだけが先に進んでいた。
    自分の物語もずっず進んでいた。
    ただ私は、途䞭を芋おいなかった。

    ラスト30分

    『耳をすたせば』のラスト30分。
    あれは二幎埅っお芋るこずができた。
    物語の倧切な郚分を、
    取り戻すこずができた。

    子どものころの「耳をすたせば珟象」は、
    たぶんあれくらいだった。
    でも。
    い぀のたにか増えおいた。
    気が぀くず、
    芋逃したくなかった時間ばかりだった。

    芪。
    芪友。
    街。
    嚘。
    数えたらきりがない。
    電話したい。
    䞀人でも地元に垰りたい。
    そう思う。

    でもたぶん、
    たた少し先延ばしにする。

    䜕幎かに䞀床、
    金曜ロヌドショヌで『耳をすたせば』が攟映されるたびに、
    私は同じこずを考えおいる

    人生には取り戻せない30分ばかり。

    そのほかの゚ッセむ


     
     
    「察話に垌望を」 自分ずの察話、他者ずの察話を、地に足の぀いたものに。 心理孊や哲孊、瀟䌚問題を、芖芚で理解し俯瞰できる図に。 ずきどき゚ッセむ。 '85生゚ンゞニア1児の父東倧メヌカヌ 入賞「#今幎孊んだこず」國孞院倧孞 × note 図解コンサル図解写経WS

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