
【13.ドナーになった兄】_母の葛藤










医療の進歩によって、救えるようになった命がたくさんあります。
「臓器移植」も、そのひとつです。
誰かの体の一部となって、どこかで生き続けて
困っている誰かを救うことができる。
それは理屈では、本当に素晴らしくて、尊い技術なのだと分かっています。
ただ、「脳死」という現実を前にしたとき、残された家族の心の支えになるかもしれないと、最初はそう思える瞬間もあるのかもしれません。
だけど…。
実際に説明を聞き、突きつけられる現実はあまりにも残酷でした。
「たくさんの臓器を元気な状態で提供するためには、心臓が動いている間に手術をする必要があります」
その言葉を聞いた瞬間、胸が押しつぶされそうになりました。
医療者側のおっしゃることは正しい。
それは、頭では分かっているんです。
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でも、母としての本音は、そんなに簡単に割り切れるものではありません。
「心臓が動いているうちに、摘出しなければならないなんて――」
母親としては、たとえそれがどれほど短い時間だとしても、1分1秒でも長く、この子の命が尽きるまで、ただ生きていてほしい。
温かいままで、そこにいてほしい。それが本音であり、嘘偽りのない祈りだからです。
このお話を私の母の隣で聞きながら、私は自分の息子の顔が頭にチラつきました。
もし自分の身に同じことが起きたら、私はどうするだろう。
親が子どもを失うという、どうしようもないほどの絶望と悲しみの気持ちを想像して、胸がいっぱいになってしまいました。
命の選択に、正解はありません。
綺麗事だけでは片付けられない、家族の、そして母親のリアルな葛藤でした。