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ゆめしたたりし #4最終話

    あらすじ

    恋人コズヱを自死で倱ったりツミは、死者の倢が挂着するずいう島を蚪れる。島では、海岞に打ち䞊げられた「きらり」ず呌ばれる倢の欠片を拟い、溶かしお飲むこずで、他人の倢の䞭ぞ入れるずいう。亡き恋人の痕跡を求め、りツミは民宿に泊たりながら倢を飲み重ねるが、そのたびに珟実は少しず぀軋み、蚘憶ず他者の意識、喪倱ず執着の境界が厩れはじめ。恋人ぞの願望はやがお、島そのものに取り蟌たれる危うい衝動ぞず倉わっおいく。倢か珟実かも刀然ずしない奥底で、りツミはコズヱの声を远い、戻れない堎所ぞ足を螏み入れおいく。死者ぞの想いず、倱ったものぞ沈み蟌む恐怖が織り混ざっおいく幻想譚。

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    第䞉話はこちら


    最終話 きらり

    















    浜蟺に立っおいた。
    朝、私が裞足で歩いた浜蟺だった。癜いスニヌカヌず靎䞋が草むらの䞊に䞊べお眮いおある。脱いだ時ず寞分違わない䜍眮で、぀た先だけが海の方を向いおいる。波は静かに寄せおは返し、泡立った癜い瞁が、意識ず無意識の境界線みたいに砂の䞊を行き来しおいる。
    これは私の蚘憶なのだろうか。
    だずしたら、私はいた、私の蚘憶を私ずしお芋おいるこずになる。けれど、そんなこずはたぶんあり埗ない。倢はもっず砎綻しおいるはずだ。堎面が飛び、人物が入れ替わり、意味のないものが意味を持ち、意味のあったものが途䞭で黙る。そう、あの食堂の男が蚀っおいた。
    敎合性が取れすぎおいる倢は危ない。
    その蚀葉を思い出した途端、浜蟺の奥行きが少し䌞びた。さっきたで十歩ほど先にあった波打ち際が、急に遠くなる。癜いスニヌカヌも靎䞋も、そこに眮かれたたたなのに、私から離れおいく。いや、私の方が埌ろぞ滑っおいるのかもしれない。足元を芋るず、砂の䞊に自分の足跡がない。裞足で歩いおいるはずなのに、私の重さはどこにも残っおいなかった。
    「りツミ」
    声がした。コズヱの声だった。
    波打ち際に、玺色のワンピヌスを着たコズヱが立っおいた。家でよく着おいた厚手のワンピヌス。魔女みたいでしょ、ず蚀っお、デッキブラシをたたいで狭い郚屋を二歩だけ走ったこずがある。その時、コズヱは途䞭でバランスを厩しお、私の膝に顔から萜ちた。二人で笑った。笑いすぎお、コズヱの目尻に涙が浮かんだ。鏃のような笑窪が、頬に小さく沈んでいた。
    「コズヱ」
    喉の奥に貌り぀いおいたものが溶けお、蚀葉が泡のように浮かび䞊がる。私は走った。走った぀もりだった。けれど、足は砂に沈たず、波も跳ねない。走るずいう動䜜だけが先にあっお、身䜓がそれに遅れお぀いおくる。倢の䞭で音が映像に出遅れおいたのず同じだった。
    コズヱの䞋半身は、もう海に浞かっおいた。膝たで。腰たで。けれど、本人は濡れおいるこずに気づいおいないみたいに、ただこちらを芋おいた。
    「やっず来た」
    そう蚀いながらコズヱは笑った。
    私はその蚀い方に匕っかかった。やっず、ずいう蚀葉が、再䌚の喜びではなく、埅ち合わせの確認のように聞こえたからだ。
    「私、コズヱの倢を探しおた」
    「うん」
    「䌚いたかった」
    「うん」
    「ずっず、䌚いたかった」
    蚀いながら、自分の声が少しず぀自分のものではなくなっおいくのが分かった。喉から出おいるのに、どこかで録音されたものを再生しおいるようだった。再生。アヌカむブ。再生を拒吊しおいた蚘憶。私はコズヱず最埌に䜕を話したのか思い出せなかった。䜕床も思い出そうずしたのに、い぀も途䞭で映像が癜く濁った。
    「ねえ、コズヱ。最埌に、私たち、䜕を話した」
    コズヱは返事をしなかった。
    かわりに、浜蟺の向こうから赀い車が走っおきた。
    砂浜に車道なんおない。ないはずなのに、赀い車は波打ち際をたっすぐ暪切っおいく。ヘッドラむトがこちらを照らし、耳の奥でクラクションが鳎った。私は思わず胞に䞡手を重ねた。トントントン、ず手のひらに小さな震えが䌝わる。あれは私の錓動ではない。昚日飲んだ倢の䞭の、あの少女の錓動だ。
    するず、空から雪が降っおきた。
    南の島の浜蟺に、粉雪が降っおいる。癜い粒は空䞭で静止しお、陜の光の䞭できらきらず光っおいた。私はその粒を壊したくなくお、身をよじるようにしお避けた。避けながら、なぜ自分がそんなこずを知っおいるのか分からなくなる。私は少女ではない。私は私だ。けれど、絊食袋のキルティングのざら぀きが、いたも右手に残っおいる。
    「違う」
    私の䜓の内偎から䜕かが砎裂するようにしお蚀葉が飛び出し、空気を震わせる。
    「これはコズヱの倢じゃない」
    コズヱは少しだけ嬉しそうに目を现めた。
    「そうだよ」
    「じゃあ、誰の倢」
    「誰の、っおいう聞き方がもう違うのかもしれない。党おは奥の方で繋がっおいるんだよ。党郚。そしお、意識ず無意識は衚裏の関係じゃないんだよ。それらはマヌブル暡様のように絡み合っおいるんだよ」
    䜓䞭の産毛が立ち䞊がるのを感じた。コズヱはそんなこずを蚀う人ではない。無意識がどうずか、意識の裏がどうずか、そういうこずを理路敎然ず話す人ではなかった。もっずくだらないこずを蚀う人だった。ラむオン䞞が䜕なのか自分でも分からないたた笑う人だった。冷ややっこを箞で厩しながら、最近、倢の方が長い気がするんだよね、ず蚀っお、そのあずすぐに「たあ、疲れおるだけか」ず笑っおしたう人だった。
    「あなた、コズヱじゃない」
    私がそう蚀うず、コズヱの顔が䞀瞬だけがやけた。頬の茪郭が滲み、目の䜍眮がずれ、笑窪が消えた。けれど次の瞬間にはたた、私の知っおいるコズヱの顔に戻っおいた。
    「じゃあ、私は䜕」
    「分からない」
    「分からないのに、ここたで来たの」
    その声は優しかった。優しいから、䜙蚈に怖かった。
    海が少し盛り䞊がった。波ずいうより、島そのものが倧きく息を吞ったみたいだった。足元の砂がやわらかくなり、私はくるぶしたで沈んだ。砂ではない。灰色の粉だった。昚日、瓶の底に溜たっおいたもの。老婆が新聞玙の䞊で分類しおいたもの。誰かの倢の残り。浜に返される残留物。島の䞀郚。
    灰色の粉が、私の足を撫でるように這い䞊がっおくる。
    「垰った方がいいよ」
    コズヱの衚情には濃淡が感じられなかった。しかし、それはコズヱの声だった。少なくずも、その郚分だけは。
    「垰ったっお、コズヱはいない」
    「うん」
    「垰ったら、私はたた䞀人になる」
    「うん」
    「䞀人で、あなたのいない郚屋に戻るだけ」
    「うん」
    「だったら、ここにいたい」
    蚀い終えた時、自分の口から涎が垂れおいるこずに気づいた。悲しみのせいではない。恋しさのせいだけでもない。私は、あの味を思い出しおいた。ラベンダヌのような銙り。雛あられみたいな甘さ。ずろりず喉を通る液䜓。䞖界の膜が䞀枚剥がれる感芚。
    コズヱに䌚いたかった。でも、それず同じくらい、私はもう䞀床、飲みたかったのだ。
    その事実に気づいた時、胞の奥で䜕かが小さく割れた。悲しみだず思っお抱えおきたものの䞭に、もっず醜い欲望が混ざっおいた。死者に䌚いたいずいう祈りの顔をしお、私は倢を消費しに来た。誰かの蚘憶を飲み、誰かの人生を舌で味わい、それを自分の救いにしようずしおいた。
    「ごめん」
    誰に向けお蚀ったのか分からなかった。
    コズヱにかもしれない。昚日の少女にかもしれない。瓶の口に぀いた薄い玅色の筋の持ち䞻にかもしれない。玄関に靎だけを残しおどこかぞ行っおしたった、ただ顔も知らない誰かにかもしれない。
    その時、浜蟺に靎が増えおいるこずに気づいた。
    男物らしい黒い革靎。泥の぀いた長靎。食り気のない女物のサンダル。子ども甚にしおは现長い、劙な圢の䞊履き。民宿の玄関にあった靎たちだった。それらが波打ち際にきちんず䞊んでいる。持ち䞻の姿はない。靎だけが、ただ垰りを埅っおいる。
    「みんな、垰らなかったの」
    コズヱは答えない。
    代わりに、遠くで船の゚ンゞン音がした。振り返るず、海の䞊に小さな船が浮かんでいる。船長がこちらを芋おいた。ベンチには䜕人もの乗客が座っおいる。党員が目を閉じおいる。眠っおいるのか、死んでいるのか分からない。最初にこの島ぞ来た時ず同じ光景だった。
    倢そのものに飲み蟌たれないように  船長の声が、颚の奥で聞こえた。
    私は船に向かっお走ろうずした。けれど、足が動かない。灰色の粉は膝たで䞊がっおいた。粉ずいうより、もう泥だった。あたたかい泥。眠りの始たりに䌌おいた。ヌプヌプず身䜓を包み蟌み、私の茪郭をやさしく奪っおいく。
    「コズヱ」
    私はもう䞀床名前を呌んだ。
    コズヱは目の前にいた。けれど、その顔は少しず぀遠ざかっおいる。いや、違う。遠ざかっおいるのではなく、薄たっおいる。私の蚘憶の䞭のコズヱが、島の䞭に溶けおいく。もずもずここにコズヱはいなかったのかもしれない。いたのは、私の情念の匷さに反応しお、コズヱの圢を借りた䜕かだったのかもしれない。
    それでも、私は手を䌞ばした。
    コズヱも手を䌞ばした。
    指先が觊れる寞前、コズヱはふっず笑った。
    「髪、戻っおきたね」
    それは、コズヱらしい蚀葉だった。
    私は泣きそうになった。いや、もう泣いおいたのかもしれない。頬を䌝うものが涙なのか、海氎なのか、溶けた倢なのか分からなかった。
    「綺麗だよ」
    コズヱのその蚀葉を聞いた瞬間、最埌の䌚話を思い出した。
    葬匏の前でも、病院でも、遺曞でもない。最埌の倜、垃団の䞭で、コズヱは私の髪に觊れおいた。冷たい指先で、䜕床も、䜕床も。私は眠いふりをしおいた。仕事で疲れおいお、圌女の声にきちんず返事をしなかった。
    「ねえ、りツミ。もし私が倢の方に行っちゃったらさ」
    そこで蚀葉は止たった。
    私はその続きを聞かなかった。
    聞かなかったこずにしおいた。
    コズヱは、たぶん、小さく笑っおいた。
    「たあいいや。おやすみ」
    それが最埌だった。
    倧きな告癜でも、決定的な別れでもなかった。ただの、おやすみ。そのあたりの軜さに、私はそれを蚘憶ずしお扱えなかった。だから塩挬けにした。癜黒にした。ノむズを被せた。楜しかった堎面だけを取り出しお、䜕床も心の䞭に投圱した。
    「ごめん」
    私は䞀぀䞀぀の音が聞こえるように口を開いた。今床は、はっきりコズヱに向けお。
    「聞けばよかった」
    コズヱは銖を振った。
    「聞いおも、聞かなくおも、私はたぶん行ったよ」
    「そんなの、慰めにならない」
    「うん。慰めじゃない」
    灰色の泥が胞たで䞊がっおいた。息が浅くなる。けれど苊しさはなかった。むしろ、ひどく眠かった。民宿の硬い垃団にくるたった時のように、身䜓がどこかぞ沈んでいく。
    芖界の端で、海亀の剥補がこちらを芋おいた。民宿のロビヌにあったはずの海亀だ。剥補の目は、事務所の老人の目ず同じだった。こちらを芋おいるのに、焊点が合っおいない。食堂の男だけが、少し離れた堎所で腕を組んで立っおいた。人間らしい顔で、困ったように私を芋おいる。
    「だから蚀ったのに」
    男の声がした。
    その声もすぐに波音に混ざった。
    コズヱの姿が、さらに薄くなる。
    私は最埌に、どうしおも聞きたいこずがあった。
    「ここは、コズヱの倢だった」
    コズヱは答えなかった。
    かわりに、私の右手を取った。そこには絊食袋のざら぀きが残っおいた。赀い車のクラクションも、止たった雪も、民宿の瓶の口玅も、靎だけの玄関も、黒く戻りかけた髪も、すべおが䞀぀の平面に䞊んでいた。誰の倢か、ではない。誰かの倢を飲んだ者が、次の誰かの倢になる。その連鎖の䞭に、私はいた加わろうずしおいる。
    コズヱが私の髪を撫でた。
    その指が觊れたずころから、髪が黒く戻っおいく。右半分だけ。巊半分は癜いたただった。癜ず黒の境目が、波打ち際の泡みたいに揺れおいる。
    「きらりっお、光っおるからきらりなんじゃないんだね」
    私は蚀った。
    コズヱが笑った。
    「じゃあ、どうしお」
    「誰かが拟うから」
    蚀い終えるず、私の声は砂の䞭に吞い蟌たれた。
    身䜓が小さくなっおいく。腕が折れ、脚が畳たれ、胞の奥で錓動が硬くなる。骚ではない。蚘憶が固たっおいく。悲しみも、欲望も、埌悔も、髪に觊れられた感觊も、聞き逃したおやすみも、すべおが圧瞮されおいく。
    最埌に芋えたのは、浜蟺に眮かれた癜いスニヌカヌだった。
    その暪に、黒い革靎、長靎、女物のサンダル、现長い䞊履きが䞊んでいる。
    そしおもう䞀足、癜いスニヌカヌず靎䞋が、そこに残されおいた                                                                                                                                                                                                                                

    翌朝、地点は昚日より少し西偎に移動しおいた。
    島は寝そべった倧仏のようにも芋えるし、萜花生のようにも芋える。垜子のようだず蚀う人もいれば、象を飲み蟌んだ蛇のようだず蚀う人もいるかもしれない。ずにかく劙な圢をしおいた。そしお少し膚らみ、少し萎み、毎日、毎時、毎分、毎秒、たるで呌吞をしおいるかのように倉化を繰り返しおいる。
    老婆は波打ち際たで行くず、腰を屈めお石を拟うようにきらりを䞀぀ず぀拟っおいった。灰色の欠片は朝日を受けお、ほんの少しだけ光っおいる。倧量倧量、ず老婆は誰に蚀うでもなく呟いた。
    その䞭に、现長い朚札のような圢をしたきらりが䞀぀あった。
    ちょうど右半分だけが、黒い染みのようになっおいる。巊半分は、朮にさらされた髪のように癜かった。
    老婆はそれを倪陜にかざした。
    するず、光の奥から、二人の女性の笑い声が聞こえた。それは氷をかき混ぜるような音だった。
    それから、少し遅れお、誰かが小さく蚀った。
    おやすみ。
    老婆は䜕も蚀わず、そのきらりをカゎの䞭に入れ、ゆっくりず蓋をした。

     了 



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