
ピアニスト映画がきっかけで南米の闇歴史を知る
"ボサノヴァ〜撃たれたピアニスト"2023 (日本公開2025春)
英題"They Shot The Piano Player"
そりゃあもう大好きなピアニストなので見て来ました。ブラジルのピアニストTenorio Jr.(テノーリオジュニオール)のドキュメンタリーのアニメーション映画。演奏旅行の旅先のアルゼンチンで失踪&軍事政権に捉えられて射殺されたというところまでは知ってはいたものの、彼を知る未だ存命の人にインタビューを取っていきながら彼の実像を浮かび上がらせようとする映画なんだけど、きっと動画が大して残ってないが故だろう、アニメーションにするという選択は大正解に思った。ともすればマニアックなドキュメンタリーになりそうな内容を、ポップでカラフルにまとめ上げられていたからね。
何せテノーリオはブラジル音楽好きと、一部のHip Hopディガーがサンプリングソースとして一部の曲を知っている以外はそこまで知られていない人だと思う。アルバムもこの"Embalo"(1964)しか残してない人だしね。でもほんといいんですよ彼のピアノ、そして曲。もちろん映画の中でも語られるように、もし生き延びて長生きしたら色々更なる名作を残したかもしれないけれど、そんなタラレバを語るまでもなく、彼のスタイルおよび楽曲は後世に残っていきますよ。実際、多くのアーティストに強烈な印象を残したことが紹介されるインタビューでもわかるしね。かくいう俺も影響受けてますし。
で、なるほど!と思ったのが、彼の風体も似てるんだけど、Bill Evansの影響を受けていたということ。その美しいリリカルなピアノタッチをブラジル〜サンバのリズムに乗っけて作り上げたのがテノーリオのスタイルだったのかと。
他にも錚々たるブラジル代表なアーティストのインタビューがこの映画の中で紹介されるんですが、中でもMilton Nascimentoの言葉が印象的だった。彼はフランソワトリュフォーの「突然炎のごとく」(1962年)の映画に痛く感銘を受け、その夜に3曲書いたと語る。そのうちの一つが"Travessia(Bridges)"なのだと。ブラジル人がフランス映画の影響を受けて曲を書き下ろしていたというのは面白いなと。
で、さらにこの映画の原題"They Shot The Piano Player"も分かる人には分かるだろう。フランソワトリュフォーの名作"ピアニストを撃て"という映画のオマージュのようにもなっているのだ。何せトリュフォー映画の英題が"Shoot The Piano Player"だからね。
個人的にさらに驚いたのは、そのテノーリオの事件の起きた1976年ごろというのは南米〜ラテンアメリカ各地で軍事政権が勃発し、不慮の死を遂げた&失踪したとされる人が数十万人にものぼるという史実。彼はワンオブでしかないのだ。しかもその軍事政権を支持・アシストしたのは大抵の場合アメリカなんだと。あ〜既視感でしかない、ウクライナはもちろんのこと、俺がすぐ思い出せるだけでもリビア・エジプト・イラク〜〜〜枚挙にいとまがない。音楽は政治を世界を動かしてきた側面ももちろんあるんだけれど、政治によってどれだけの音楽・音楽家が命を落として来たんだろうという印象にもなる映画でした。
でも最後に、テノーリオが残した"Viva Donato"という曲の譜面があり、それは先輩ピアニストJoao Donatoへ捧げた曲に違いないということでDonatoが譜面を見ながらピアノを弾くというシーンで終わるんだけど、その曲がまた素晴らしいのだ。音楽に愛され、音楽を愛したが、他が不器用であったためにややこしいことに巻き込まれて短命で終わったテノーリオだったが、その音楽愛が確かに後世に刻印を残したという素敵なシーンに俺も感動して涙が出てきた、そんなエンドロールでした。
ブラジル音楽好き、じゃなくてもピアノ好きな人、はたまた音楽と政治に興味がある人にも良き映画だと思いました。ここまで読んでくれちゃってある程度のネタバレがあったとしても、この美しい造形のアニメ映画を見るのはオススメしますよ。
■SpotifyでTenorio Jr.が演奏している楽曲プレイリストを作ってみちゃいました。よかったらどうぞ。