
神話統合体 標本記録簿補遺記録D「応募書類、一件」
あらすじ
神話の器官は、信仰されていたのではない。保管されていた。
ある施設で、記録が積み重なっていく。槍。眼球。靴。槌。首。箱。三つの頭。指輪。樹。龍。船。四つの顔。
記録官Iは、見たものをそのまま書く。判断しない。感想を書かない。ただ記録する。
やがて気づく。記録するたびに、何かが決まっていく。取り消せない何かが。
最後の記録欄は、空白のまま残されている。誰かが、埋めるまで。
以下は、施設外部より収集した文書記録である。
収集経緯:不明。収集日時:不明。
[求人応募書類 志望動機欄 提出日:██年██月██日]
志望動機を、正直に書きます。
インターネットで、この求人を見つけました。
求人サイトには載っていませんでした。
どこで見つけたのか、正確には思い出せません。
ただ、気づいたら読んでいました。
職種は「記録管理補助」とありました。
勤務地は「非公開」とありました。
給与は「応相談」とありました。
応募条件は、一つだけでした。
「記録することに、抵抗がない方。」
私は記録が好きです。
学生時代から、日記をつけています。
観察したことを、そのまま書くことが好きです。
感想より、事実を書く方が向いていると思っています。
だから、応募しました。
面接の案内が届きました。
場所は、駅から車で40分と書いてありました。
最寄り駅の名前は、書いてありませんでした。
当日、担当者から電話がかかってきました。
「迎えに行きます」と言われました。
どこに迎えに来るのか聞く前に、電話が切れました。
翌朝、自宅の前に車が止まっていました。
電話番号を教えた記憶はありません。
住所を伝えた記憶も、ありません。
車に乗りました。
乗らない理由が、思い浮かばなかったためです。
[面接記録 聴取者:不明 記録日時:不明]
Q:なぜ記録の仕事に興味を持ったのですか。
A:記録することが好きだからです。
見たものをそのまま残すことが好きです。
Q:「見たまま」とはどういう意味ですか。
A:判断を加えない、ということです。
良い悪いではなく、あったことをあったとして書く。
Q:あったことが、あったかどうか判断できない場合は?
A:…両方記録します。
Q:正解です。
A:質問してもいいですか。
Q:どうぞ。
A:この施設は、何をしている場所ですか。
Q:記録をしています。
A:何を記録するのですか。
Q:記録する価値のあるものを。
A:それは誰が判断するのですか。
Q:最初は私たちが判断します。
A:最初は、というのは?
Q:慣れれば、判断しなくなります。
[採用通知 送付日:██年██月██日]
採用のご連絡をいたします。
入職日は、追ってご連絡いたします。
施設の場所については、初出勤日に改めてご案内します。
なお、ご家族への勤務先のご連絡については、
「研究関連施設」とお伝えいただければ十分です。
詳細についてはお伝えいただく必要はございません。
入職後にご理解いただけます。
担当:████
[志望者の日記 最終記録 日付:入職前日]
明日から、新しい仕事が始まる。
施設の名前は、まだ知らない。
でも、なぜか不安はない。
記録することが好きな自分には、向いている仕事だと思う。
見たものをそのまま書けばいい。
判断しなくていい。
それだけでいい、と言われた。
それだけでいい、と私も思っている。
ただ一つだけ、気になることがある。
面接の帰り道、車の中で窓の外を見ていた。
施設を出てから10分ほど走ったところで、
来た道と景色が違うことに気づいた。
行きと帰りで、通った道が違う。
担当者に聞こうとして、やめた。
やめた理由が、自分でもわからない。
聞いても、答えてもらえる気がしなかった。
あるいは。
答えを知りたくなかったのかもしれない。
この日記の、以降の記録はない。
筆者の名前は、記載されていない。
施設の在籍記録に、該当する人物がいるかどうかは、確認されていない。
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