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Bed & Breakfast"Nazira"ーーウズベキスタンがどういう国だかわからなくなってゆく旅 19

    路地にあるホテル、
    Bed & Breakfast"Nazira"。
    表からはドアと壁が見えるだけ。
    しかし、入ると中庭があり、
    吹き抜けになった中庭を囲むように、
    一階に数部屋、二階に数部屋がある。
    こぢんまりとした気持ちのいいホテルだ。

    中年男のオウナーが笑顔で出迎えてくれる。
    かれの名前はAzizbek、タシュケント育ちのロシア系ウズベク人、42歳。
    私たちは中庭のテーブルに座っている。
    若奥様のShakhzoda さんがお茶を淹れてくれる。
    黒髪セミロングで、ほっそりした体つき、少年のような顔立ちをしている。

    このホテルはいかにも中央アジアのオアシス都市における民家建築で、
    「ハヴィリ(Hovli)」と呼ばれる伝統様式であるらしい。
    「中庭」は 家庭の中心で、 部屋同士をつなぐ廊下の役割も兼ねている。
    料理や食事、お茶(チャイ)を飲むひとときなど、
    家族やゲストが顔を合わせる場所がつねにこの吹き抜けの中庭なのだ。
    この「中庭を四方から囲む配置」は、普通の住宅だけでなく、
    ブハラの歴史的なメドレセ(神学校)やキャラバンサライ(シルクロードの旅籠)とも共通する、
    中央アジア・中東建築の伝統的なプロポーションであるらしい。
    一泊30USドルである。

    Azizbekは、私の赤いパスポートを見て私がヤポンマン(日本人)であることを知ると、スマートフォンの自動翻訳を使ってこんなことを言う、
    「私の夢は、トヨタのランドクルーザーを買うことです。
    トヨタのジープは最高です。」

    しばらくするとウズベク青年が戻って来る。
    かれの名はBekhruz、23歳のIT系、
    このホテルのオウナー一族であるようだ。
    かれはウズベク語の他に、
    ルシアン、タジク、ターキッシュ、
    そして英語を話せる。

    ウズベキスタンにいると英語話者に会えることがありがたい。
    なにしろ私は日本語と英語以外になにもしゃべれないのだ。
    きっとそれはウズベキスタン人にとっては驚くべきことだろう、
    なにしろウズベク人にとっては4つや5つの言語を使えるのが、
    あたりまえなのだ。

    私はBekhruzに、ウズベキスタンの教育事情を訊いてみた。
    かれが言った、「ウズベキスタンではね、
    小学校で、ウズベク語、もしくはロシア語を選べるんだよ。
    ハイスクールでは、第二言語として、
    ロシア語か英語のどちらかを選ぶ。
    ただし、ロシア語を選ぶ人が多い。
    英語を選ぶのは、ぼくみたいにテック系に進む奴くらいかな。」

    私は感心した。そもそも義務教育が多言語対応になっているのだ。
    そしてまたウズベキスタンの多くの人が(?)話せるタジク語は、
    みんな家庭や街のなかで覚えるのだ。
    これもまた興味深い。
    そしてBekhruzは言った、「ボロハウズへ案内するよ、
    せっかくブハラへ来て、夜のボロハウズを見ないなんて、
    もったいないからね。」



    ボロハウズ・モスクおよびその近所の歴史的地域には、モスクがあり、池があり、飲食店があって、夜はいっそう賑やかであるようだ。


    A Journey in Which I Gradually Lose Track of What Uzbekistan Is

    Chapter 19 — Bed & Breakfast “Nazira”

    In a quiet Bukhara lane, I discover a small hotel called Bed & Breakfast “Nazira.”

    From the street, there seems to be little more than a door and a plaster wall. Inside, however, there is a courtyard surrounded by rooms on two floors.

    The owner, Azizbek, is a Russian-speaking Uzbek man from Tashkent. His wife serves us tea. The building resembles a traditional Central Asian courtyard house, where the courtyard becomes the center of domestic life.

    Later, a 23-year-old IT worker named Bekhruz returns to the hotel. He speaks Uzbek, Russian, Tajik, Turkish, and English.

    We talk about education and languages. He explains that children may study in Uzbek or Russian, while later they can choose another language, with Russian still more common than English.

    Once again, the country refuses to fit a simple national identity.

    Bekhruz then offers to take me to see Bolo Haouz Mosque at night.

    I follow him.

    つづく

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    #CentralAsia

     
     
    アジアを歩き、文学と歴史の記憶をたどる紀行エッセイスト。文明が揺れ動く時代に、人間の声を探しています。  julliassuzzy.tokyo@gmail.com

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