
ティッシュとシンクの狭間で
ティッシュが目に入ってしまった。
現在、私はキッチンのシンクの前に立っている。茶碗を洗うために水道のレバーを上に持ち上げていたところで、ふと目線を上げて気がついてしまった。
キッチンのカウンター越しに見える、今日の我が家の風景。よくあることなんだけど、テレビの前のテーブルの上に丸めたティッシュが残っているぞ!
ティッシュを片付けた場合
ティッシュを片付けるかどうか迷う。犯人と思われる娘が帰ってくるまではあと8時間もある。その間、私はテーブルで昼ごはんを食べるだろう。ゴミと一緒に食べるのは嫌なので、ティッシュを片付けることにする。
出しっぱなしになっていた水を停めて、歩くこと数歩。なんてことない作業だ。ティッシュをゴミ箱に捨てて茶碗洗いに戻れる…と思ったらゴミ箱がいっぱいだった。
今度はゴミ箱のビニール袋を替えないと。今日は燃えるゴミの日でまだ8時半。このままゴミ箱をキレイにして、ティッシュのゴミを捨てに行こう!
そんなこんなで、私のタスクは一生増える。まだ茶碗は洗われていない。
歩き出した瞬間にやろうとしていたことを忘れる
実を言うと、ティッシュを片付けようと歩き出した瞬間にもう茶碗洗いのことは忘れている。
以前はこんなことはなかったが、最近の私ではティッシュをうまくゴミ箱に捨てられた時点で及第点だ。だって、ティッシュを片付けようと歩き始めて、きちんと捨てるところまで完了したんだもの。えらい私。
以前はもっとできた。シンクとティッシュがあるテーブルを隔てるカウンターを片付けつつ、ティッシュまで到達してティッシュを拾い、そのゴミをもったままロールカーテンを開けて、ゴミ箱にティッシュを捨てるのが、今日の仕事が何時までに終わるだろうかなどと考えながらでも出来ていた気がする。
歳のせいだ
なんで、私はバカになってしまったのだろう。ちょっとした家事もできないなんて…と悲観してしまうが、まあ歳だし仕方ないことにした。
どうやらワーキングメモリという一時保存場所の容量がめっきり減ってきているらしい。
これが仕事で起こったら大問題だけど今のところ仕事では大丈夫なのでよしとする。
モヤモヤを抱えて仕事はできるか?
ただし、ティッシュのことは馬鹿にできない。
日常のメモするまでもないタスクを抱えてしまうのは結構きつい。ティッシュを捨てた場合、なんかやるべきことが残っている気がする…とモヤモヤを抱えたままティッシュを片付けて、ゴミ箱をキレイにして、モヤモヤの正体がわからないまま仕事を始めてしまうかもしれない。
そうすると私が再びキッチンに立つのはちょっとお腹が空いて追加のカフェラテを飲もうとする10時半だ。
2時間もモヤモヤしながら仕事をするのはなんか支障が出る気がする。
いっそティッシュは片付けない
もしかしたら、ティッシュを片付けようと歩き出すのがよくないのかもしれない。
だって、私は茶碗を洗おうとしていたのだ。タスクを終わらせないで、ちょっとしたことだからと次のタスクに移ってしまうのがよくないのだ。
ティッシュが目に入った。「だからなに?あとで片付ければいいじゃない」と、ちょっと高飛車なキャラを降臨させて後回しにしよう。
茶碗洗いっていいよね
ティッシュを一旦おいておくことを決定したら、茶碗洗いに集中しよう。まず蛇口を捻り、水を出す。シャワー状に出てくる水の音。
今日の水の温度
泡と一体になったスポンジのもちもち感
一瞬オレンジ食べたっけ?って勘違いしてしまう洗剤の香り
排水溝に消える泡の軌跡
そんなことを体感している間に、茶碗はみるみる食洗機に吸い込まれていく。全部洗い終わったら、乾燥ボタンを押して完了!
(我が家の食洗機は10年ものなので、食洗機能はあまり使っていない)
目の前のことに集中しよう
以前は茶碗洗いのついでにYouTubeを見るとかやってみたことがあるけど、茶碗洗いの時間がやたら長くなってしまうのでやめた。
茶碗洗いは5分程度で終わる。その5分に集中して、水と泡の自由な動きを楽しみ、すっきりとタスクを完了させる。
それでいい気がしてきた。
40代。私の脳はある時はティッシュに侵食され、それが気になってままならない時がある。でも、目の前のことにちゃんと集中すれば、「あとでやろう」としっかり横に置いておけるかもしれない。
さて今日も茶碗洗いを楽しみますか。