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僕は変な学校に通っていた。



    ~僕は変な学校に通っていた~



    野犬から逃げるために高速道路を走るバスを追い抜かしたことがある。


    ドラム缶風呂を炊くのに夢中でズボンを燃やしたことがある。


    ほぼ野外みたいな病院で尿検査に失敗したことがある。


    フィリピンの熱帯夜で無数の箸巻きを作り続けたことがある。


    引きこもり史上初、体中を蚊に刺されたことがある。


    無人島で海に浮かんで朝を待ったことがある。



    僕は変な学校に通っていた。
    そこがお似合いに見えたから。



    教室で席に座り続けることがとても辛く、とても不安で、行くのをやめてしまった高校一年生の秋頃。


    学校に行かず部屋に引きこもる僕を、母親はたくさん心配してくれていたらしい。

    僕がトイレにいると、母がトイレのドアを叩いて言った。


    「アフリカに行けるよ!アフリカに行ける高校があったよ!」

    なんだその変な学校。


    「世界中を旅する高校だって!」

    だからなんだその変な学校は。


    「来年の春から設立されるみたい!一期生になれるみたい!」

    え、まだないの?大丈夫なの?


    「インフィニティ国際学院って調べて!」

    名前がやばすぎる。間違いなく大丈夫じゃないな。


    母親を心配で追い込みすぎたのだと思った。

    トイレの壁越しに受け取れる情報だけでは、まともな判断で子供に勧める学校ではなさそうだった。


    でも僕もまともではなかった。

    いつまでも落ち着けなかった教室より、この狭いトイレより、その変な学校が自分の居場所な気がしてしまった。

    すぐにドアを開けて母に言い放った。

    「俺、その学校行きたい。」

    とても開放的な気分だった。
    その心の軽さが充実した学校生活の兆しに思えた。

    その開放感がそんなに良い物ではなく、
    パンツもはかずにトイレを出たせいだったと気がついたのは、4人しかいない同級生と迎えた入学式の時だった。

    僕は変な学校に入ったのだ。

    〜苦手な人しかいません~



    「僕たちは一期生です!!
    完全な実験台なのです!!
    このモルモットがドブネズミになるか、百獣の王ライオンになるか、
    それはこれからの学校生活次第なのです!!」


    4人しかいない同級生のうちの一人ヒデが、事前に学校に直談判をして入学式で一人プレゼンをしていた。

    どこかで何度も聞いたことのある挑戦の大切さや努力のあり方などを、自分の言葉ですみたいな顔でまくし立てる。

    そんな本当に嫌なプレゼンの締めくくりで彼は先ほどの言葉を言い放った。

    少し間が開いてからバラバラに始まった拍手の中で、自己啓発本の目次みたいな男だな、嫌いだな。と思った。

    でも同時に、鼻息荒く隣の席に戻ってきたヒデの満足げな顔を見ると、負けたな。とも。


    僕を含めたった5人のインフィニティ国際学院一期生の初顔合わせは、ひどいものだった。


    「ねぇ、女の子一人しかいないから、取り合いじゃん」

    もうすでに最悪のプレゼンを披露したヒデは、また最悪な言葉を重ねた。
    5人しかいない一期生のうち、1人が空気の読めない自己中だった。


    「え~外国人のイケメンしか無理~」

    唯一の女子であるマイは、日本人しかいない現場でとてつもないカウンターを放った。
    5人しかいない一期生のうち、1人はあまりにも強い意見の持ち主だった。


    「ばりたのしみっちゃけど!!!」

    コテコテの博多弁を喋る男リュウは、さっきまでシャドーをしていたゴツゴツの腕を出して強すぎる握手を求めてきた。
    5人しかいない一期生のうち、1人が確実にヤンキーだった。


    「・・・・・・」

    イヤホンをつけたまま、ずっとぼけっとしていた高身長のキムは、仲間と仲良くなるより先にゲームを始めた。
    5人しかいない一期生のうち、1人がマイペースお坊ちゃんだった。


    「よろしくお願いします。」

    この現場で初めてまともな言葉を喋った人間になった僕は、もう全員を苦手だと思っていた。

    クラスメイトが30人いたら、全員が別のグループだったに違いない。
    そんなメンバーがたった5人で世界を旅して共同生活。
    無理に決まってるではないか。


    5人しかいない一期生のうち、1人が入学式のその日の夜に母親に辞めたいと電話してしまった。


    話が違う。と思ったけど、話なんてなかった。
    話がないところまでやってきたのは僕だった。

    ~思ってたのと違うな!~



    入学式を終えた僕らは、まず一年間、語学留学をするフィリピンに向かった。

    全員がそれぞれに尊敬も信用もないまま越えた国境は最悪だった。


    日本を出てから、フィリピンの田舎の寮につくまでの長い時間。

    「毎分毎秒鼻につくヒデ」と「いつでも最大火力でキレることのできるリュウ」という最低の二人がとめどなく揉め、
    キムは傍観し、マイはその状況をしっかりと声に出して嘆いた。

    その傍観と嘆きは何度も喧嘩を盛り上げた。
    その度に僕は全員をなだめ、日本人を恐れそうになっているフィリピン人に下手くそに微笑んだ。



    寮の4人部屋に着く頃にはとっくにヘトヘトになった僕を馬鹿にするように、彼らは自分たちの生活を始めた。


    三つ子の長男であるリュウは、同じくヤンキーであろう弟たちと繋いだ電話をスピーカーにしてありえない声量で喋り、


    やけに荷物の多かったキムは、家からわざわざ持ってきたデカすぎるモニターとPS4でゲームを始め、


    そんな二人に「やれやれ」と言う顔を作ったはずのヒデは、ビジネス書の『はじめに』に栞を挟み、くりーむしちゅー上田さんのツッコミ集を見て下手なツッコミを勉強していた。


    せめて、せめて僕だけは前に進めますように。

    そうやって開いた単語帳に書いてあった単語は一つも覚えていない。


    博多弁で披露されるフィリピン漫談と、
    止まらないコントローラーの鳴る音と、
    「半ライスとアン・ルイスくらい違うな!」をシャドーイングしている情けない声はしっかりと覚えている。

    フィリピン初日、僕は環境の違いに戸惑う隙も無いまま、ぐっすりと寝ていた。

    遠くの部屋から聞こえるマイが虫を拒絶する声で、夜中に一度起きた。
    その時もまだ、部屋には電気がついていた。

    〜フィリピンの景色〜



    朝、近くの村を歩いた。
    長い一本道に並ぶたくさんの家。
    その一つ一つの軒先で、それぞれのおじさんが水浴びをしている。
    とてもキュートな景色だった。



    フィリピンで飲み物を買うと、ポリ袋にジュースを入れて、ストローを刺して渡される。

    初めてそれを渡された時、何かの間違いじゃないかと周りを見渡したら、嬉しそうにそれを飲む現地の子供達がいて安心した。

    ポリ袋のジュースが黒、緑、黄色と、一人一人の手元で光るのがきれいだった。

    右手に大量のポリ袋を握り全色コンプし、左手で二つジュースを一緒に飲むリュウが通りかかって冷めた。



    ヒデがフィリピンの美容院に髪を切りに行った。
    面倒な男ヒデは、口うるさく注文をつけた。

    その結果、それを全部無視した美容師が、ヒデの髪型を、完璧なタラちゃんヘアに仕上げた。

    おもしろすぎる髪型だった。

    切った本人も笑っていた。

    感情を隠さないフィリピン人達に街中で笑われていた。

    切られた本人も笑うしかなかった。

    最高の国だと思った。



    バスターミナルでいきなり現れた二人組の青年が「どこに行きたいんだ?」と聞いてきて、笑顔で案内してくれた。

    親切だなと思っていたらバスの前で「チップをちょうだい」と言った。

    これが彼らのお金の稼ぎ方なのだと知り、
    感謝もしていたし、少しくらいならとチップを払った。

    フィリピン人の友人にその話をすると「そんな大金を渡したのか?」と言われ、
    現地の感覚ではチップとしては大金過ぎてしまったことを知った。

    お金という物で、誰かの日常に土足で踏み入ってしまったような気持ちになった。



    大きな街に行くと、たくさんの子供、女性にお金をせがまれた。
    どうすればいいか分からなかった。

    その中に腕のない子供がいた。

    現地の友人が「可哀想に見せてお金をもらえるように、親に腕を落とされる子供がいるらしい」と教えてくれた。

    僕の低い英語力が大きく聞き間違えただけであることを願った。

    ~光る物、光らせた物、光らない物~



    夜、現地の友達に誘われ、ヒデとリュウとキムと近くの村の市場に遊びに行った。


    祭りみたいに盛り上がっている。
    慣れない市場の夜の顔に戸惑いながら、ふらふらと歩いていると、
    明るい市場の端の方にぽつんと暗い場所があって、そこには不気味に眠る小さな小さな遊園地のようなものがあった。

    ビルで言えば3階くらいの高さで、観覧車と言うには座るところがむき出しすぎる観覧車?と、
    横に回りそうな(ディズニーランドのダンボみたいに)これまた乗る部分がむき出し過ぎるアトラクション。

    現地の友人が、移動式の遊園地であること、高級でみんな乗らないからずっと電気も止まっていること、を教えてくれた。


    すぐに、キムは近くにいた青年に声をかけてお金を渡した。

    青年がむき出しになっているバッテリーの大きなスイッチをつけると、二つの遊具は、

    バチ!!バチ!! 

    と音を立てながら、下からゆっくり順々に光っていった。


    それはビカビカと光った。


    賑やかに思っていた街を霞ませるようにとにかく強く多くの光で発光した。


    珍しく光るそれをぼーっと見ていた現地の子供達にキムが気付き、
    「みんなも乗れば良いんじゃない?」と言った。

    青年が一人ずつにお金がかかることを伝えてくると、ヒデが調子よく手を挙げ、

    「俺が全員分出しちゃいます!」

    と言って大きな紙幣を青年に手渡した。



    全員乗せるなんて、

    これの安全性は大丈夫なのだろうか、

    子供達の親に確認しないでいいのだろうか、

    子供達の特別をノリで消費するようなマネをしていいのだろうか、、 


    そんなことを僕が考えている間に、 


    リュウはもっと遠くにいた子供達もたくさん連れて来て、
    すごく楽しそうな顔で「乗れ乗れ!」と言っていた。


    ヒデは紙幣をもう一枚青年に渡しながら嬉しそうに嘆いていた。



    僕らと乗れる限りの子供をぎゅうぎゅうに乗せた旋回アトラクションはギシギシと悲鳴のような音を出しながら、回り始める。

    回り始めてすぐに気付く、脳内にダンボを描いていた僕が間違いだった。

    それは絶叫アトラクションのスピードで回った。

    あまりの怖さにしばらく叫び続けた頃、

    ふと外側を見ると、外の骨組みをつかんで一緒に回る数人の青年達が見えた。

    あまりのおっかなさに声が出なくなった。


    声が出なくなると、たくさんの声が聞こえる。

    子供達のはしゃぐ声、叫ぶ声、笑う声。

    「みんな楽しそうすぎる」と嬉しそうなキムの声、

    「最高やんけ!」と子供以上にはしゃぐリュウの声、

    「僕のおごりだからね!」と情けない声で言い続けるヒデの声。


    事実以上にビカビカとその時間は回り続けた。



    寮に帰ってからも、子供達の笑顔と声とがずっと頭から離れなかった。

    布団の中でも目を閉じても。
    いつまでもビカビカと光り続けた。


    三人の重なるいびきに合わせて、まぶしさ以外の眠れない理由が膨らんでいく。


    勝手に与える側の気になって、
    尊厳、安全性、埋められない違い、そんなことばかり頭に浮かべていた僕は、

    あの場で一人だけ乗る資格がなかったように思えた。


    だから僕があの光る旋回アトラクションを思い返す時、
    頭には、光るアトラクションに、一点だけ光っていない映像が流れ続ける。

    ~普通じゃないだけのもの~



    入学当時、自分のことを「こんな変な学校に通う普通じゃないやつ」と思っていた僕は、
    とっくに世界の特別っぷり、同期達の非凡っぷりに圧倒され、自信を失っていた。

    そんなことは知らず、僕を世界で挑戦する素晴らしいOBであると勘違いしてくれていた母校の中学校が、文化祭に来て英語でスピーチを読んで欲しいというお願いをしてくれていた。





    バレルマンというどうしようもないおもちゃがフィリピンにはある(絶対に調べないでいい。)


    文化祭のために日本に一時帰国するにあたって、現地のフィリピン人の友達に良いお土産はないかと聞いた。

    「お世話になった先生に持って行ける、素敵な物だと嬉しい。」と伝えると、

    お調子者の彼は「スペシャルな物がある!特別なお土産を教えよう!」とバレルマンを教えてくれた。


    バレルマンがどんな物か説明せず、とにかく特別であることを説明した彼は、
    「ここの名産品なんだ」と、バスを乗り継いで4時間かかる街を教えてきた。


    冗談のつもりだったのかもしれないが、僕はバレルマンがどうしても気になって、次の日の早朝にバスに乗ってその街へ向かった。


    4時間の不安を超え、辿り着いた山の上の方にある街の市場で、
    「バレルマンを探しにきた」と言ったら笑われ、
    何がおかしいのか分からないまま、指をさされた方向に行くと。


    黒ひげ危機一発のように樽から顔が出てる木の置物がたくさん並んでいた。


    サイズも、キーホルダーくらいの物から、ラグビーボールくらいの大きな物までたくさんある。


    「これは何?」と聞くと、


    お店のおばさんはその置物を一つ取って、樽を外した。


    樽を外すと、


    バネで作られた手と陰部が飛び出し、揺れていた。


    どうしようもないおもちゃだった。


    何も特別じゃなかった。


    普通じゃないだけだった。


    友人に向かってあのバカと思いながらも、悔しかったので一番大きいのをくださいと言った。


    おばさんが「おぉ」と言った。


    バレルマンを連れて帰る帰り道。

    バスの中で僕は、初めて訪れた街で見た、日本と色が違う気がした夕焼け、

    行き先を告げたときのトライシクル運転手の「任せろ」という笑顔、

    名物だと見せてもらった瓶に入ったいちごのジャムの輝き、

    街中だろうと明確に愛を示し合うカップル、

    たくさんの、いつまでも慣れないだろう特別な景色を思い返していた。


    バレルマンは2回樽を外したらもうとっくに慣れて飽きていた。

    でもバレルマンに不思議な親近感があって、ずっと外しては戻してを繰り返し、
    腕と陰部をいつまでも揺らさせながら寮に帰った。


    寮に着く頃、遊びすぎて、僕のバレルマンの陰部の先の塗装は少し剥げていた。


    帰国のためにフィリピンの空港を歩いていると、
    大量のバレルマンが売っていた。




    帰国初日、すぐに中学校に帰って、先生にバレルマンを渡した。

    先生はたくさん笑い、この残念なおもちゃを特別な物として受け取ってくれた。

    そんな先生をまっすぐ見ることができなかった。

    4時間かけて買いに行ったことだけを伝え、空港にあったことは伝えなかった。

    隠す物が増えた僕は、またもう一つバレルマンに親近感がわいた。


    2日後文化祭本番を終え、帰り際に先生に挨拶に行くと、
    先生は机の上に置いてあったバレルマンを、宝物として見せてくれた。


    先生が勢いよく樽を外すと、
    渡したときよりもう少し塗装の剥げた陰部の先が、勢いよく揺れていた。

    〜僕の人生みたいな一瞬〜


    高速道路(フィリピンの高速道路は普通に歩行者が歩ける、どころか家や店も建ってる)を歩いていると、確実にやばそうな野犬に見つかり、全速力で逃げた。

    自分でもあり得ないと感じるすごいスピードで走った。
    そのまま高速道路を走るバスを追い抜かしたその一瞬、僕は何者にでもなれる気がした。

    振り向いたら犬がいなくて、恥ずかしくて、徐々にスピードを落としていくとき、僕は何者にもならない気がした。



    誰に対する恥じらいだったんだろう。

    フィリピンの、何が育つか全く見当のつかない畑と高速道路に挟まれたこの場所で、
    誰が僕なんかを見ていると思ったんだろう。

    でもその一瞬は、確かに恥ずかしくて。

    僕はおそらくもう一度同じ状況になったら、
    恥ずかしいのは嫌だから、ちゃんと犬が追いかけてきているかを気にしながら走って、

    後ろをチラチラみる情けない走り方で犬に追いつかれて噛まれて、病院にでも運ばれて。

    その時、本当の恥をかく。


    僕の人生はそんなことを繰り返している気がする。

    気にしなくていい目を気にして、
    考えなくていいことばかりを考えて、
    嫌いにならなくていい自分を嫌って、 

    置いていかれたり転んだり、
    全速力で走れたことなんてないのに、本当の自分というものをどこかに置いて行って。
    わからなくなってる。


    だから同期の彼らに憧れていた。
    どうしようもなく自由で、わがままで、譲らず、笑いながら、全速力で走っている。
    普通じゃないだけの僕とは違う、特別な彼ら。


    そんな彼らを追い抜いた時、僕は何者にでもなれる気がするはずだから。

    振り返ったら彼らはいなくて、
    「張り合っていたのは自分だけだった」と気付くところまで予想はついているけど、

    彼らを気にしながら走る。走る。

    それが僕の学校生活だった。


    走った先。

    一瞬だけだけど、抜かしたと思うことの出来たその時、

    しっかり勘違いをして、僕は大きく出ることになる。


    その話は、怪物同期が2人増え、恋をして、フィリピンでも引きこもり、ズボンを燃やし、無人島に飛ばされ、海に浮かんだ、その後の話。


    僕は変な学校に通っていた。
    そこで、僕の中で唯一特別な時間を過ごした。



    #創作大賞2026
    #エッセイ部門

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