
CMに一瞬でノックアウトされた日。
テレビを見ているとき、
CMに切り替わるタイミングで
台所へお茶を取りにいったり、
トイレに行ったりすることはよくあるもの。
一生懸命CMをつくっている方々には
申し訳ないけれど。
けれども時々、
100%のちからでこちらの気を引いてくる
CMもあるのだ。
くったりとソファに身をあずけていたら、
不意にテレビから
耳を惹く言葉や音楽が飛んできて、
前のめりになる。
なんだなんだとテレビの前ににじり寄り、
ほとんど拝むようにして見入る。
そしてCM明けには放心状態になっている。
なんだ今のは。
なんだったのだ。
すごいすごいすごいすごい!
という興奮と、
ええもん見せてもろた...
といった見られた幸運への
しみじみとした歓喜とが、
同時に沸き起こるのだった。
それからすぐにスマホを取り出し、
今見たばかりのCMの動画をネットで漁る。
曲を作ったのは誰か。
ナレーションは誰か。
映像を撮ったのは誰か。
コピーを書いたのは誰か。
少し前に見たCMで、
私はとんでもない衝撃を受けた。
コピーだ。
たったひとことのコピーが
私の心を一瞬でつかんで、離さなくなった。
そんなことを仕掛けてくる言葉がある。
アサヒ贅沢搾りプレミアムのコピーだ。
【こっち濃いよ】
CMでそのコピーが流れた瞬間、
私は思わず、
ぅぅぅッゎぁぁああああー
(つぶやきのような小さな声から
徐々に大声になる感じ伝わるといいのですが)
と、唸るように声を上げ悶えた。
あまりにもコピーが凄すぎて、
映像も商品も
頭から飛んでいってしまったくらいだ。
それではCMの意味がないって?
いや、そんなことはないだろう。
そのあとスマホでCMを検索したので、
効果はあるのだと申し上げたい。
なにしろダブルミーニングが秀逸すぎる。
『来い』と『濃い』。
さらに『恋』の成分も含まれている。
これ以上はないくらい削ぎ落とされて、
ダイレクトに迫る言葉。
「こっち来いよ」
という誘い文句であり、
「こっちのは濃いよ」
という提示であり、
「これは恋なんだ」
というドキドキ感。
ひとつの言葉でこんなに上手いこと言えるのか!
私は、ひっくり返ったきり元に戻れない亀のように手足をバタつかせて
「降参」
と、つぶやくしかなかった。
人の心を瞬時につかむものは、
凝った言い回しよりも
日常使われている何気ない言葉のなかにある。
大切なのは、その組み合わせだ。
言葉を知り尽くしたコピーライターの方々は、
研ぎ澄まされた感覚でそれらを作りだす。
なんと恐ろしい才能なのか。
私が痺れたこのコピーを
どなたが作られたのかは、案の定わからない。
あなたの言葉にぶち抜かれましたよ、
ということを、この場に置いておく。
文章を書いている身として、
私は言葉のちからを信じている。
言葉は時には人を傷つけもするが、
心に希望の火を灯すこともできる。
人と人とを繋げるために、
言葉は生まれた。
よりよく伝えられたらいいのにと思う。
*
コピーだけでなく、好きなCMはたくさんある。
私は熱心なCMウォッチャーではないけれど、
気になったCMは少し深掘りして
YouTubeで何度も見返したりしている。
とにかく好きなんだよ!としか
言いようがない。
古くはJR「そうだ京都行こう」の
その場所に立ちたい気持ちにさせる映像と
長塚京三さんのナレーション。
少し前になるがポカリスウェットの
「きみはきっと誰かの太陽」。
STUTSさん作曲の楽曲、
ハッとするほど美しい映像、
青春のストーリー。
すべてが完璧だった。
九州新幹線全線開業CM。
東日本大震災とのエピソードも相まって、
見るたびに何度も泣かされた。
CMは何かをアピールするためのものではある。
けれども時には対象のものだけではなく、
その時代や背景も映している。
そのようなCMの作り手の方々に、
思いを馳せる。
もうCMのあいだに
トイレに行ったりするのはやめよう。