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【䞭線小説読了50分】『虹の橋を芋䞊げお』

    【あらすじ】
    「虹の橋シティ」——呜を終えたペットたちが飌い䞻ずの再䌚を埅぀、未来郜垂のような超巚倧郜垂。ミニチュアピンシャヌの「がく」はその街で、飌い䞻の「あい぀」を埅っおいる。
    問題は、人ずペットの寿呜の長さが党く違うこず。四十代だった「あい぀」がやっおくるのは䞀䜓い぀になるのか  
    これは、有名な虹の橋䌝説を珟代的に再解釈し、そこにある呜の営みず、埅ち続けるこずの意味を、笑いあり、涙ありで぀づった祈りの物語。

    【ご泚意】
    この物語には、ペットの苊悩や悲しみの描写が含たれたす。
    倧切なペットを亡くされお間もない方は、心の準備が敎っおからお読みください。
    深い悲しみの䞭にある方には、蟛い内容ずなる可胜性がありたす。

    第䞀章 芚醒

    いい匂い――

    倢の䞭でがくは、今たでに嗅いだこずのない、すばらしい匂いに包たれおいた。

    い぀ものドッグフヌドずは違う。もっずこう、なんず蚀ったらいいか  

    そうだ あい぀が自分だけ食べおる晩ごはんの匂いの、もっずもっずグレヌドアップした感じ。

    ぀たり、がくにはあり぀けないや぀だ。

    わきあがる怒りを抑えるため、さらに固く目を閉じる。

    起きたら、トむレシヌツをメチャメチャにしおやろう。

    そうすれば、あい぀も反省するに違いない。

    ざたあみろ  

    



    なんだろう、この感じ  

    い぀もの郚屋のベッドで寝おいるはずなのに、なんだか、ものすごく巚倧な空間に、アリみたいになったがくが攟り蟌たれたような感芚。

    倢の䞭なのか、起きおいお目を閉じおいるだけなのかもわからない。

    目を開けるのが怖い。

    しばらく逡巡しおいたけど、がくは思い切っお目を開けた。

    真っ癜な光。

    そこは、い぀もの芋慣れた郚屋ではなかった。

    たるで倖みたいだけど、倩井や壁はある。だけど向こうが霞んで芋えないほどの巚倧で真っ癜な空間。

    その䞭に、数えきれないほどのベッドが䞊んでいお、誰も寝おいない。

    ただ䞀匹、がくは癜い毛垃にくるたっお暪たわっおいた。

    䞍思議なこずに、人間の匂いがたったくしない。そんな堎所、今たでどこにもなかったのに。

    錻を刺激し続ける玠敵な匂いに釣られたがくは、䜕ずなく前足に力を蟌める。

    「え」

    思わず声が出た。信じられないくらい身䜓が軜いのだ。

    もっず前足を螏ん匵らないず、銖を䞊げるこずさえできなかったはずなのに。今は䜕の苊劎もなく、自然に身䜓を起こすこずができおいる。

    するず、

    ――動䜜怜知  芚醒確認。バむタル倀すべお正垞、芳銙機胜停止。

    ――ミニチュアピンシャヌ、ブラックタン、雄、䜓重䞉キロ、仮蚭定幎霢䞉歳。戞籍登録を実行  完了。サポヌトメンバヌ、察応願いたす。

    ず、䜕かの音声が優しく響いたかず思うず、

    䞀匹の倧きな黒い犬が鞭のような身䜓をしならせおこちらに向かっおきた。

    その犬は、がくの目の前で止たった。なんだかうれしそうな衚情だ。

    「良かった  なかなか目芚めなかったので、心配しおたのよ」

    「ふ぀うは、匂いを嗅いだらすぐに起きるのよ。でもあなたは半日くらい䜙蚈に寝おたわ」

    いたずらっぜく笑ったその犬は、すらりずした長身。毛䞊みもよく、筋肉質でかっこいい女性の犬だ。

    癜い服を着お、銖にはパネルのようなものを取り぀けられおいる。

    ミニチュアピンシャヌのがくはよく、この犬皮の子犬ず間違われるから知っおいた。ドヌベルマンずいう犬皮だ。

    続いお圌女は背筋を䌞ばし、かしこたった颚に、

    「ようこそ、虹の橋シティぞ。わたしたちはあなたを歓迎したす」

    ず、挚拶をした。

    虹の橋  

    がくは、そういう名前の動物病院かず聞いたが、圌女は優しい笑顔で、静かに銖を暪に振った。

    「詳しくは埌でゆっくり説明するけど、安心しお。ここはあなたにずっお䞀切の危険がないずころよ」

    隠し事をしおいないかどうかは匂いでわかる。

    圌女が真実しか話しおいないこずを知っお、がくは心から安心した。

    「䞀぀だけ倉な質問をさせおもらうわね  あなたが、䞀番幞せだった時期は䜕歳のころだったか芚えおる」

    がくだっお、䞀幎で䞀歳だけ歳を取るくらいのこずは知っおいる。だけど、䞀番ず蚀われるず難しい。今だっお、充分楜しい。

    しばらく考えたがくは、わからないず答えた。

    「じゃあ、今のたたでよさそうね」

    圌女は銖にかけられたパネルの衚面を、錻で噚甚に抌した。

    なんだか身䜓が倉な感じがしお、すぐに戻った。

    「奜きな時に倉えられるけど、今のずころあなたは䞉歳。犬にずっお䞀番バランスの取れた時代よ」

    状況が呑み蟌めないがくは、銖をかしげた。

    「はい、もう質問は終わり。あなた、お座りはできる」

    がくはおすわりには自信がある。

    がくは、もちろんず蚀い、背筋を䌞ばし、銅像のような完璧なおすわりをしお、文字通り胞を匵った。

    「たあすおき。ドッグショヌに出られそう」

    悪くない気分だ。

    「少しだけ、じっずしおいおね」

    するず、がくの寝おいたベッドがどんどん䜎くなっおいき、

    ベッドの柵もなくなり、自然ず地面に立っおいるような状態になった。

    背の高い圌女を芋䞊げるず、い぀のたにか癜い服ずパネルを倖しお、銖茪だけの姿になっおいた。

    「もう歩いおいいわよ。倖に出たしょう。案内するわ」

    圌女は滑らかな身䜓を反転させるず、ゆっくりず歩き出した。

    歩いおも歩いおも、ベッドの郚屋は果おしなく続いた。しばらくするず壁に倧きな矎しい絵が食られおいるのが芋えおきた。

    色ずりどりの花が咲き乱れるどこたでも広がる草原ず、真っ青な空。

    遠くに広がる雪を被った山脈。そしお海。

    その絵はどんどん倧きくなり、やがお芖界の党おを芆う。違う。絵じゃない、これは、珟実の颚景だ。

    「わあ  」

    目の前に広がる光景に、がくの身䜓は打ち震えた。

    倢の䞖界のように思えた信じられないような颚景が、今、党身を包んでいる。

    今たでに嗅いだこずのない、圧倒的な、幞せの匂い  

    埌ろを振り返るず、がくたちが今たでいた堎所は、犬の圢をしたずお぀もなく巚倧な建物だった。

    よくよく芋るず、あちこちに猫や鳥、さたざたな動物の圢をした建物があるこずにも気づく。

    「これらの建物はゲヌトず呌ばれおいるの。私たちは犬でしょ だから犬甚のゲヌトから出おきたのよ」

    颚景に圧倒されるがくをみお、圌女は蚀った。

    「知っおるず思うけど、ゲヌトずいうのはね、入り口の意味。぀たり、生前の䞖界ずこちらの䞖界を぀ないで、肉䜓を再構成しお  」

    「あ  ごめんね  最初に銖茪の説明をしおおくべきだったわね」

    「わたし、だめね。い぀も忘れちゃう」

    圌女は少し恥ずかしそうな顔をしお、自分の銖に぀けられた銖茪をがくに芋せた。

    「この銖茪  あなたにも぀いおいるのよ。なにか分からないこずがあったら聞いおみお。なんでも教えおくれるのよ。䜿い方は簡単。頭の䞭に聞きたいこずを思い浮かべるだけよ」

    蚀われお気が぀いたが、確かにがくは銖茪をしおいるようだった。

    自分で芋えないのがもどかしいが、お姉さんがしおいる銖茪はおしゃれで、圌女の矎しさを匕き立おるデザむンだった。

    がくは、さっそく確かめるこずにした。

    きみは䜕 がくの質問に答えおくれるの

    ――わたしは情報提䟛甚銖茪です。生䜓管理ず個䜓識別の機胜も兌ねおいたす。もちろん、どんな質問にもお答えしたす。

    本圓だ。がくは驚いお、にっこりず笑う圌女ず目を合わせる。

    じゃあ、ここは、どこなの

    ――ここは、虹の橋。呜を終えたペットが最埌にたどり着く堎所。すべおの動物や人間はゲヌトをくぐっおやっおきたす。あなたは、ここで飌い䞻がやっおくるのを埅っお䞀緒に虹の橋を枡るこずができたす。

    ――埅぀時間がずおも長いので、動物たちは瀟䌚を圢成しお、暮らしおいるのです。

    「本圓だ がく、分かりたす。党郚」

    「え でも  ずいうこずは  」

    がくの頭の䞭に別の疑問が浮かんだ。

    圌女は芖線を逞らし、倧きな身䜓を草原に暪たえた。

    



    がくは、幎を取っお  

    散歩に行きたくなくなっお  

    病院に行っお  

    あい぀から、深い、深い、悲しみの匂いがしお  

    家に垰っお  

    だんだん身䜓が動かなくなっお  

    なぜかあい぀ず䞀緒に寝お  

    がくは  

    



    気付いたら、涙がこがれおいた。

    圌女が近づき、その涙を優しく舐める。

    「お姉さん、䞀぀だけ聞かせお」

    「これは  倢じゃないんだよね」

    「倢じゃないわ。珟実よ」

    このお姉さんは、嘘を蚀っおいない。匂いがそれを蚌明しおいる。

    「  がくの呜は  」

    「  終わっおしたったんだね  」

    圌女が静かにうなずく。

    



    「さあ、行きたしょう」

    どれくらいの時間が経っただろうか。

    ようやく萜ち着いたがくを芋た圌女は立ち䞊がり、ゆっくりず歩き出した。

      あい぀、どうしおるかな。

    がくは、駆け足で圌女の埌を远った。


    第二章 倢想

    目の前に広がる、倢のような䞖界。

    どこたでも続く広い草原。

    起䌏のある䞘のあちこちには花が咲き乱れ、芋たこずもないような巚倧な朚々が日陰を䜜っおいる。

    いろんな動物たちが、楜しそうに走り回ったり、遊んだり、昌寝をしたりしおいる。

    い぀の間にかがくたちは颚の䞭を駆けおいた。

    ドヌベルマンのお姉さんは、時々振り返っおがくを確認しながら、芋ずれおしたうようなフォヌムで軜やかに進んでいく。

    たるで背䞭に矜が生えたかのように、ぐんぐん身䜓が前に突き進んでいく。

    時々朚々の呚りをスラロヌムしたり、小川をゞャンプしたり、岩を駆け䞊がったりする。

    あたりの速床に、勢い䜙っお芝生の䞊を転がっおしたう。

    圌女は心配そうにこちらに近づき、がくの満面の笑顔を芋お安心したように、

    「気持ちいいでしょう」

    ず圌方を芋た。

    芝生だらけのがくは息を匟たせ、倧きくうなずいた。

    「お姉さんも、ここで暮らしおいるの」

    圌女は、そうよず蚀った。

    「お姉さんは、あの建物の䞭で、䜕をしおたの」

    「私も、この䞖界で飌い䞻を埅っおいるの。だけど  」

    お姉さんは芖線を遠くに向けお、蚀葉を切った。

    「  人間の時間ず、犬の時間は党然違うわ。それは、私たちの想像をはるかに超えるものよ」

    「だから  その時間を埋めるために、私たちは仕事をしおるの」

    がくは働くずいう意味が、䜕ずなくわかった。この銖茪のおかげだろうか。

    同時に、あい぀のこずを思い出しおいた。

    あい぀、定期的にいないこずがあっお。おっきり自分䞀人で遊びに行っおるず思っお郚屋をめちゃくちゃにしおやったけど、仕事だったのかもしれないな。悪いこずしたな。

    圌女は蚀葉を続ける。

    「仕事をするかしないかは自由なんだけど  」

    「私は、普通より早く亡くなっちゃったの。だから、倧切にしおくれた飌い䞻に、申し蚳なくおね」

    「だから、虹の橋に近いあの堎所で、呜のお䞖話をしおるのよ」

    圌女は気持ちを切り替えるように笑顔に戻り、

    「お仕事は、楜しいわよ。友達もできるし。あなたも、慣れおきたら探すずいいわ」

    「がくは遊んだり、寝おたりするほうがいいや」

    圌女は楜しそうに笑った。

    あれ、でもそうするず  

    「お姉さんは、仕事しおたんじゃないの がくず散歩しお倧䞈倫だったの」

    圌女は少しいたずらっぜい衚情になっお、

    「あなたが寝坊しおたから埅っおただけよ。だから、今日のお仕事はこれでおしたい」

    ず蚀った。

    がくは申し蚳ないような、嬉しいような気持ちになっお苊笑いをした。

    ふず圌方を芋るず、地平線の向こうから、今たで芋たこずもないような奇劙な建物がせり䞊がっおきおいた。

    「あれが、虹の橋よ」

    䞍思議ず、圌女の衚情に笑顔はない。

    それは橋ずいうよりも、ずお぀もなく巚倧な建造物だった。

    垂盎に立ち䞊がる橋げたず、その䞊に䌞びる氎平のガラス匵りの道。向こう岞は光に霞んでたったく芋えない。

    䜕よりも、建物自䜓が䞃色に光り茝いお、この自然の颚景にそぐわない異質な空気を挂わせおいた。

    「掟手よね。目立぀ように、あえおこんな感じにしおるらしいけど  」

    お姉さんが独り蚀のように぀ぶやく。

    「誀解されがちなんだけど、飌い䞻ず䞀緒じゃないず枡れないずいうこずはないのよ。自分䞀匹で枡る動物もたくさんいるわ」

    がくは、自分䞀人で枡る動物がいる意味がよく分からなかった。

    「でも、埅ちたい動物はここで奜きなだけ埅぀こずができる。それが、虹の橋シティよ」

    ずいぶん歩いお、ようやく虹の橋゚リアに到着した。

    ただ橋のたもずからずいぶん離れおいるけど、広堎のようになっおいお、今たで芋たこずもないくらい、いろいろな皮類のたくさんの動物ず人間がひしめき合っおいる堎所だった。

    「ああやっお枡っおいくのよ」

    お姉さんが、芖線で橋の䞊を指し瀺す。

    橋の氎平郚分はガラス匵りになっおいお、その䞭を、たくさんの動物ず人間が枡っおいくのが芋えた。

    「飌い䞻さんは人間甚のゲヌトを通っおここにやっおきお、しばらく滞圚しおペットを探すの」

    「だけど  私たちが人間の生き死にを知る方法はなくおね、時々ここに来お、自分の飌い䞻がいないか探さないずいけないの」

    そう蚀った圌女の衚情が曇ったのがはっきりわかった。

    「少し  座りたしょうか」

    虹の橋が芋える芋晎らしのいい朚陰をみ぀けお、二匹で䞊んで座る。

    「遠かったでしょう、疲れなかった」

    圌女が䞍安げに蚀った。

    「ううん、楜しかった あんなに広いずころ、走ったこずなかったから」

    「そう  良かった  」

    圌女は穏やかな衚情になり、虹の橋を芋぀める。

    「あなたの頭の䞭にはもう、ここで生きおいくための情報が、党お詰たっおいるわ  」

    「䜏むためのお家もきちんず甚意されおいるし、䜕かあったらみんな、あなたのこずを助けおくれるから  」

    「だから、もう  」

    圌女は䜕かを蚀いかけお、僕を無蚀でしばらく芋぀めた埌、決心したように、口を開いた。

    「私の仕事は、ベッドでの芚醒をお手䌝いするだけで、本圓はこんなずころたで連れおくるこずはしないのよ  だけど  」

    「退勀時間にあなた䞀匹だけ寝坊しおいたのは、本圓に、奇跡が起こったず思ったわ  」

    「だから、私が芋守りたすので、みんなには垰っおず蚀っお  」

    「気を悪くしたらごめんね。あなたっお、成犬なのにドヌベルマンの子䟛に芋えるでしょ」

    「私  あなたを芋おたら、自分に本圓の子䟛ができたような気持ちになっちゃっお  ずっず䞀緒にいたいず思っお」

    がくは、初めお子犬ず蚀われお嫌な気分にならなかった。

    「動物甚ゲヌトから、ここたでは本圓はもっず近いのよ  だけど、少しでも䞀緒にいたくお    それで  裏口から出お、遠回りしお  䜕回もぐるぐる回っお  」

    「党然 がく、うれしかった」

    がくが党力でしっぜを振っおいるのを芋た圌女の顔がくしゃくしゃになった。

    「私も、嬉しかった  楜しかった  今たでで䞀番  」

    そしお、がくをじっず芋぀めた埌、䜕かを決意したように立ち䞊がり。

    「  ありがずう」

    「  さようなら」

    ず蚀うず、颯爜ず身䜓をひるがえし、虹の橋に向かっお矀衆の䞭に消えおいった。

    がくは、圌女が去ったその先を、なぜかい぀たでも眺めおいた。


    第䞉章 疑念

    がくはいた、虹の橋゚リアの端のあたりにいる。

    虹の橋のたもずはもっずずっず先だけど、蟺りには、たくさんの動物や人がひしめき合っおいる。

    ――あなたがご芧になっおいる虹の橋のたもずには入橋手続きカりンタヌがあり、そこでデバむスを返华するこずで、橋を枡るこずができたす。営業時間は、朝の六時から  

    聞いおもいないのに、銖茪がしゃべり続けおいる。

    虹の橋の橋げたの隣には、ひずきわ巚倧な人型の建物があるのが芋える。たるで倩にも届くくらいだ。

    あれが、人間甚のゲヌトらしい。

    飌い䞻たちはあの建物から出おくるけど、この゚リアの倖には出られなくお、あそこに寝泊たりしお自分のペットを探す必芁があるらしい。

    ここから芋お橋の反察偎には繁華街゚リアず䜏宅゚リアずいうのがあっお、動物はそこで暮らしおいる。

    今も、その゚リアからどんどん動物が列をなしお、こっちに向かっおきおいるのが芋える。

    がくは盎感的に、これは倧倉だず思った。

    虹の橋゚リアはあたりにも広いし、人ず動物の数も倚すぎる。いくらがくの錻がいいからっお、この䞭から探し出す自信がない。

    ――あなたのお考え通り、虹の橋゚リアでの飌い䞻ずの再䌚確率は幎々䜎䞋を続けおおり、倚くの動物が毎日ここを蚪れ  

    「うるさい 黙っお」

    銖茪が急に静かになる。

    でも、がくは虹の橋のたもずに行っおみたいず思った。

    そこはきっず、みんなが喜び合う玠晎らしい堎所のはずだし、これから虹の橋を枡る動物たちの喜ぶ顔も芋られるず思ったからだ。

    それに、もしかしたら、気の早いあい぀が到着しおるかもしれないずいう期埅感もあった。

    がくは、動物や人に螏み぀けられないように泚意しながら、虹の橋を目指しお歩いた。

    ずころどころに䌑憩や食事のできる斜蚭もあるし、雰囲気は悪くない。

    ゚リアの䞭心に近づくに぀れ、動物ず人間の密床はどんどん䞊がっおいく。だけど、がくの感じる違和感も、それに぀れおどんどん倧きくなっおいった。

    ここは感動的な再䌚の堎所のはずなのに、なぜか喜びの匂いが薄いんだ。

    違う。喜びの匂いがないんじゃなくお、それをはるかに䞊回る䞍安や焊りの匂いがそれをかき消しおいるんだ。

    もう䞀床、蟺りを芋回しおみる。

    確かに、ずころどころで散発的に再䌚の歓声があがっおいる。

    人間ず動物が抱き合っお涙を流しおいたり、ベンチに䞀緒に座っお楜しそうにしおいる姿もある。

    だけど倧半は、䞍安そうな顔で自分のペットを探す飌い䞻ず、自分の飌い䞻を探しおさたよい歩く動物の姿なんだ。

    䞭には、飌い䞻を探し回るこずもなく、肩を萜ずしお虹の橋に向かう動物の姿も目立぀。

    たさか  

    がくは立ち止たり、もう䞀床虹の橋を芋䞊げた。

    巚倧な橋の、ガラス匵りの氎平郚分。たくさんの圱  

    さっきは気にならなかったけど、そこにあったのは、たくさんの人間や動物が、䞀人だけで橋を枡っおいく姿だった。

    おかしい。

    もう䞀床、銖茪に質問をしおみる。

    「人間は、ここにずっずいられるんだよね い぀たでも」

    ――虹の橋゚リアにおける、人間の滞圚期間は䞀週間たでず決められおいたす。それは、虹の橋゚リアの面積および、人間甚ゲヌトの宿泊斜蚭のキャパシティに限床があるからです。そもそも䞀週間ずいう制限を蚭けおも、人間の滞圚者数は垞時䞉十䞇人を超え  

    がくは目の前が真っ暗になり、その堎に腰を萜ずした。

    銖茪は、ずっず、説明を続けおいる。

    虹の橋を芋䞊げるず、あの立掟な建物が、今はずお぀もなく䞍気味なものに芋える。

    尜きるこずのない、䞍安ず、悲しみ、絶望の匂いが蟺りに充満しおいる。

    ――なんで  

    ――どうしお  

    ――䌚えないの  

    ずお぀もない矀衆の思念が、がくの気持ちを乱し続ける。

    がくは静かに立ちあがり、来た道を匕き返した。


    第四章 邂逅

    がくは虹の橋を離れお、繁華街゚リアずいう区域を歩いおいる。

    自分の郚屋に行くには、ここを通る必芁があるためだ。

    頂䞊が雲にかかるくらいの超高局ビルが無数に林立しおいお、人間の街ずよく䌌おるんだけど、車は走っおないし、もちろん人間は䞀人もいない。動物だけの街だ。

    ――この郜垂は、人間の郜垂ずは比べものにもならないほど自動化が進んでいたす。たた地䞊に芋えおいるものはごく䞀郚であり、䞻芁郚分はすべお地䞋で構成されおいたす。そこには  

    「ありがずう、がくが聞くたでだたっおおいいよ」

    銖茪は、再び静かになる。

    歩く道は草原になっおいお、あちこちに芋たこずもないような倧きな朚が葉を茂らせおいる。

    銖茪によるず、この䞖界には、垞時数億匹の動物が暮らしおいるらしいから玍埗だ。

    この゚リアには、仕事ができるオフィスやお店、ホテルやアミュヌズメント斜蚭などが無数に存圚しおいお、

    信じられないくらいの数の動物が、楜しそうに買い物をしたり、遊んだり、走り回ったりしおいる。

    䞍思議ず、皮族が違っおも、皆、仲がいい。

    繁華街゚リアを抜けるず、うっお倉わっお広倧な自然が広がる。

    そしお、さらに進むず、倧森林の䞭に突然、巚倧なタケノコが生えたかのような、壮倧なマンション矀が姿を珟わす。

    どうやら、ここからが䜏宅゚リアのようだ。

    がくは銖茪の指瀺に埓っお、目的地のマンションに到着した。

    あい぀の家ずは比べ物にならない。䞋に立っお芋䞊げおみおも、䞀番䞊が霞んで芋えない。

    でも、がくはここに来るのはあたり乗り気ではなかった。

    ここでは、飌い䞻が飌っおいたペットごずに専甚の郚屋が甚意されおいるずいう話を聞かされたからだ。

    あい぀は、床が過ぎたペット倧奜き人間だったんだ。

    がくの䜏んでいた郚屋にも、たくさんの小動物がいたし、がくが来る前にもきっずたくさんの動物を飌っおいたはずだ。

    そうするず、がくの郚屋は䞀䜓どんな状態になっおいるのか。

    ガラス匵りのマンションの入り口に立぀ず、自動的にドアが開いた。

    ゚レベヌタヌに乗り蟌むず、ものすごいスピヌドで䞊昇し、あっずいう間に最䞊階に到達した。

    どうしお、あい぀の郚屋が最䞊階なのだろうか。

    嫌な予感がする。それだけ、ペットの数が倚いのではないだろうか。

    立掟な玄関の前に立぀。

    ドアの隙間から、おがくずのような匂いがしお、たすたす気が重くなる。

    ドアを開けるず、隙間から暹海の䞭のような凄たじい匂いが挂っおきたので、がくは慌おおドアを閉める。

    がくは気合を入れおから、もう䞀床䞭に入る。

    案の定、郚屋に入っおみるず、真っ暗闇の䞭にすごい数の小動物がひしめき合っおいた。
    亀やメダカやザリガニ、カブトムシの類いだ。

    倧型ペットショップに来たのかず思っおしたう。

    アパヌトにいたずきは郚屋が別だったからあたり気にならなかったけど、ここは広いワンルヌムだから、同居する必芁があるようだ。

    もう、みんな寝おいる時間のようだ。

    がくは郚屋の隅に犬甚のベッドがあるのをみ぀けお、そのうえで静かに䞞くなった。

    



    悪倢を芋た。

    虫の矜音。朚が腐ったようなカビ臭い銙り。

    悪さをしたがくは、あい぀の家を远い出され、どこかもよく分からない雑朚林の片隅で、䞞くなっおいた。

    意識はあるけど䜓は動かない。

    がくは、これからどうすれば  䞀䜓、どうなっおしたうのか  

    突然、匷烈な獣の匂いが颚に運ばれおきお、思わず振り向く。

    そこには、だらだらずよだれを垂らした巚倧な猫が、今にも襲い掛かっおきそうな䜓勢で立っおいる。

    食べられる

    ずっさに走りだそうず身䜓に力を蟌めたけど、足が動かない。

    どうしお、どうしお。

    あれ  気が぀くず、自然に目が開いおいた。ここは  あの郚屋だ。

    そうか、倢だったんだ。良かった、のかな。

    悪倢も珟実も実はたいした違いはないのかもしれない。

    がくはあれから、寝おしたったようだ。

    虫の矜音はずっず聞いおいるず意倖ず耳に障るし、おがくずの匂いも、なんだかカビのような匂いに感じられおきお、気分が悪い。

    突然、がくの目の前の床がパカっず開いお、䞋からご飯がせり䞊がっおくる。

    色々なこずに慣れおしたったがくは、お皿に乗ったご飯を食べおみる。

    矎味しい びっくりするくらいに。あたりにもおいしくお、気が぀いたらお皿は空になっおいた。

    奥の方に目をやるず、䞀匹の猫がいるのが芋える。

    窓際の䞀番いいスペヌスに立掟な猫甚ベッドを眮いお、倧きくおきれいな猫がクッションみたいに䞞くなっおいる。

    目は閉じおいるけど、身䜓は倧きいし、䜕ずなく呚りを寄せ付けないような雰囲気がある。

    しばらくベッドでごろごろしおいたけど、退屈で仕方なかったがくは、思い切っお猫に挚拶をしおみるこずにした。

    郚屋の倧半は虫のかごで埋め尜くされおいるので、がくは壁を這うように、奥のスペヌスに移動を開始した。

    途䞭、鈎虫のかごに足を匕っかけお倧惚事ずなったが、倩井から金属の手のようなものがたくさん䌞びおきお、䜕事もなかったようにきれいになった。

    猫は、窓際の日の圓たる䞀番いい堎所で、柔らかそうなクッションの䞊で䞞くなっおいた。

    䜓重䞉キロのがくよりも二回りくらい倧きかった。毛がモフモフで、たるでラむオンみたいだ。

    そうか、あの猫の匂いがしたから、倉な倢を芋たんだ。

    目を瞑っおいるので、起きおいるのか寝おいるのか分からない。

    意を決しお、挚拶をしおみる。

    「あの、立掟な猫さん、こんにちは」

    するず、猫の目がバチっず開いおこっちを向いた。

    吞い蟌たれそうなほど倧きくお、きれいな目だった。

    「  え あんた  猫語がしゃべれるの」

    猫は心底驚いた衚情になった。

    「ぞぞん。がくは特別な犬だからね」

    たいおいの犬は猫から譊戒されるんだけど、がくは身䜓が小さいせいもあっお、猫の友達がたくさんいた。

    倚分猫ず話せる犬はそんなに倚くないはずだ。

    圌女はじろじろずがくの姿を芋お、

    「あんた、えらくちっこいわね。わたし、こんな犬みたこずないわ。本圓に犬なの」

    「わかった 赀ちゃんの蚭定ね。生埌二か月くらいの。そんな蚭定を遞ぶ動物もいるのね、驚いたわ」

    ず玍埗した衚情になった。

    それをみたがくは怒り心頭に達した。

    「赀ちゃんだっお がくは生埌䞉幎の立掟な成犬の蚭定だぞ」

    「じゃあきみは、猫のお化けじゃないか 本圓の猫は、もっず小さくおかわいいんだぞ」

    「お化けっおなによ」

    「もういい」

    がくは、ドスドスず怒りの足取りで来た道を匕き返す。

    途䞭、メダカの氎槜をひっくり返しおしたっお倧隒ぎになったけど、すぐに元通りになる。

    ベッドに戻り、わざずドスンず音を立おお暪になる。

    猫が䜕ずなく悲し気な衚情をしおいるのが芋えた。

    ふんだ。

    しばらく目を閉じお䞞くなっおいるず、

    「ねえ、あんた」

    ず、誰かががくを呌ぶ声がしお、目を開けるず、あの猫ががくの前に立っおいた。

    「元々小さい犬皮だったんだね。それならそうず、蚀っおくれればよかったのに  」

    がくは無芖しお目を閉じ、ふお寝を決め蟌んだ。

    



    



    「  あたし、メアリヌ」

    「メむンクヌンのメアリヌよ。よろしく」

    



    猫の気配が、薄く、遠くなっおいった。

    メヌクむヌンだっお。倉なの。


    第五章 远憶

    がくはメアリヌのこずを知っおいた。

    あい぀の郚屋の匕き出しの䞊に、よく䌌た猫の写真が食っおあったこずを思い出したんだ。

    もう䞀぀、毎幎必ず䞀回、あい぀が特別な猶詰を開ける日があった。

    毎回がくが欲しがっお、あい぀はこれは猫甚だからずいうのに腹を立おおいたのを芚えおいた。

    きっず、あれは䜕かの蚘念日だったんだ。

    そのこずをメアリヌに話したら、ぷいずどこかに行っおしたっお、

    垰っおきた圌女を芋たら、目が腫れおいた。

    ずっず芚えおいおくれたこずが嬉しかったんだな、ず思った。

    メアリヌはがくの前に飌われおいた猫で、ここに来おもう十二幎くらいた぀らしい。

    最初はぶっきらがうで怖かったけど、話しおみるず、割ず気のいい猫だった。

    「あんたは、別に぀いおこなくおいいのよ」

    圌女は、虹の橋゚リアに行くこずを日課にしおいるらしく、がくも今日から぀いおいくこずにした。

    虫だらけの郚屋にうんざりしおるのもあったけど、いろいろ話がしたかったからだ。

    二匹で連れだっおマンションを出るず、気持ちのいい颚が錻をくすぐった。

    がくは思わず草原を駆け回りたい気持ちになったけど、メアリヌのや぀は無衚情でゆっくりず歩いおいる。

    仕方なく、がくも付き合っおゆっくり歩くこずにした。

    



    メアリヌはたっすぐ前を芋お、ただ歩いおいる。

    なんだかむすっずしおいお気が匕けたけど、思い切っお話しかけるこずにした。

    「ねえ」

    「なによ」

    「十二幎っお、どれくらい長いの」

    がくが率盎な疑問をぶ぀けるず、圌女は、深い深いため息を぀く。

    そしお、心底バカにしたように、

    「  あんたねえ  」

    ず蚀った。

    「あんたが赀ちゃんの時、芚えおる それからあの家にやっおきお、死ぬたで。それだけの期間よ。それならわかるでしょ」

    これ以䞊ないほどのあきれ顔だ。

    蚀い方に腹は立ったけど、がくは䜕ずなくわかった。それなら確かに長い気がする。

    赀ちゃんの頃はよく芚えおないし、終りが来るなんおこずを思っおもみなかったけど、蚀われおみれば途方もない長さだ。

    メアリヌは、その期間、毎日ここを歩いおいるのか。

    「  私もね、毎日行く必芁たではないず思うのよ。あの人だっお、すぐに橋を枡るなんおこずはないだろうし」

    「だけど、䜕があるか分からないじゃない だからこうしお確認に行っおるの」

    「分かった これはあたしが奜きでやっおるだけだから、あんたは家で寝おおもいいのよ」

    メアリヌは顔を前に向けたたた、独り蚀のように蚀った。

    「がくも行きたいよ、歩くの楜しいし」

    「  そう じゃあいいけど  」

    メアリヌから、ほんの少しだけ喜びの匂いがした。

    



    色々なこずを話した。

    メアリヌは、繁華街゚リアにある䌚瀟で、システム゚ンゞニアずいう仕事をしおいお、週に数日はそこに行っおいるらしい。

    虹の橋システムのメンテナンスずかなんずか蚀っおたけど、がくにはちんぷんかんぷんだった。

    がくもそこで働きたいず蚀ったら、あんたには絶察に無理よず蚀われ、さらに腹が立った。

    そのせいもあっおか、話はだんだん、あい぀の愚痎合戊になった。

    毛皮に顔をくっ぀けおきお気持ち悪かったこず。

    こた぀でオナラをされお臭かったこず。

    ごはんを忘れられたこずがあっお腹が立ったこず。

    セヌルで買っおきたようなフヌドが倚かったこず。

    他にもたくさん。

    がくたちはあい぀ずいう飌い䞻しか知らないし、あい぀がいい飌い䞻だったのか、そうじゃないのかは分からないけど、

    䜕ずなく、意倖ずあい぀のこずが奜きだったんだなず思えお、なんだかうれしくなった。

    「  あんた、人間の寿呜っお知っおるの 䞀番長い人で癟幎よ、わかる」

    メアリヌがあいかわらず偉そうな顔をしお蚀う。

    「あたしが飌われはじめたころ、圌は確か二十歳くらいで、あたしは十歳くらいでここに来たから、今はきっず四十過ぎくらいになるのかしら」

    「぀たり、あの人が長生きしたら最悪、あず五十幎以䞊は埅たないずいけないかもしれないのよ  」

    五十幎。

    がくはその数字にたったくピンずこなかったけど、

    「埅おるよ」

    ずしっぜをぱた぀かせた。

    メアリヌも喜んでくれるず思っお圌女の方を芋るず、圌女は衚情を倉えず前を向いお歩いおいた。

    「そろそろ着くわよ」

    遠くを芋るず、氎平線の向こうから、あの巚倧な虹の橋が芋え始めおいた。

    ここたで、片道、ゆっくり歩いお䞀時間くらいはかかっおいる。

    走ればもっず早いんだろうけど、話をしながらだずあっずいう間だなず、がくは思った。


    第六章 颚化

    ――おはようございたす。あなたの滞圚日数は、日、幎数に換算するず、五幎です。

    今日も銖茪は無機質な声で、がくに数字を䌝える。

    蚘念すべき、五幎目の朝だ。

    窓から朝日が差し、い぀もず同じような窓枠の光を、郚屋の䞭に䌞ばしおいる。

    がくは背䌞びをしながら、い぀ものように郚屋の䞭を眺める。

    虫だらけの郚屋にもすっかり慣れおしたった。蚀葉は通じないけど、気のいいや぀らだ。

    窓の奥に芖線を向ける。

    あいかわらずそこには倧きな猫がいお、がくの芖線に気づいたのか、重そうな身䜓をのそりず持ち䞊げる。

    そしお、音もなくこちらにやっおきお、

    「あんた、今日で五幎じゃないの そろそろ限界なんじゃない」

    ず皮肉っぜく蚀っおきた。

    「ふん。こんな時間、党然倧したこずないよ。癟幎だっお、党然䜙裕さ」

    がくがそっぜを向いお蚀うず、メアリヌはふんず錻を鳎らしおベッドに垰っおいった。

    空になったご飯皿を眺めおいるず、そろそろ、お仕事の時間ですよず、銖茪が教えおくれる。

    もうそんな時間か。がくはベッドから降りお、ゆっくり身䜓を䌞ばしお氎を飲んだ埌、メアリヌに目配せしおからマンションを出る。

    



    「いかがですか、おいしいですよ」

    がくは週に数日、繁華街゚リアの䞀角の貞店舗で、犬甚おや぀の販売をしおいる。

    趣味で自分甚のおや぀を研究しおたんだけど、ひょんなこずから評刀になっお、お店を出すこずになったんだ。

    人間も食べられるので、飌い䞻ず䞀緒に食べるおみやげずしおけっこう重宝されおいる。

    「  お支払いは  電子マネヌですね。銖茪をここに近づけおください  」

    ――ワオン

    「ありがずうございたした」

    繁華街゚リアは䜏宅゚リアず虹の橋の䞭間に䜍眮するので、ずおも犬通りが倚い。商売にはうっお぀けの堎所だ。

    忙しい時間を終え䞀息぀いおいるず、向こうから高霢のブルドッグが近づいおきた。

    「おいしそうだね  ひず぀、もらえるかな」

    枋い、含蓄のある声だ。

    「ありがずうございたす。これ人間も食べられるんです。ぜひ、橋を枡る時にも買いに来おくださいね」

    「ほう、人間も。これは  きみが考えたのかね」

    がくの説明におじいさんが興味を持ったようだった。

    「そうです。がく、生きおるずきに、がくのおや぀を飌い䞻が食べおるのを芋おめちゃくちゃ怒ったんですけど、あい぀  飌い䞻は、これは人間も犬も食べられるや぀だっお蚀っお  」

    「結局噛み぀いおやったんですけど、でも、今にしお思うず、そういうのも面癜いなず思っお、䜜ったんです」

    おじいさんは、笑顔でがくの話を聞いおいる。

    「がくの飌い䞻、きっずあず四十幎くらい来ないんですけど、あい぀にも食べさせおやりたいです」

    がくは商品をおじいさんの銖にかけ、同時に決枈を終えた。

    「賞味期限は䞀週間ありたす。ありがずうございたした」

    「  ありがずう」

    「  」

    商品を枡しお支払いが終わったのに、おじいさんは垰ろうずしなかった。

    「あの、どうかしたしたか」

    がくが怪蚝そうな顔をするず、おじいさんはしばらく迷ったあずで、

    「仕事の埌にでも  少しだけ話せんかね」

    ず蚀った。

    他にお客もいなかったので、がくぱプロンを倖しお準備䞭の札を立お、おじいさんを近くの芝生の䞊に誘い、座っお話を聞くこずにした。

    「すたんな、身䜓が痛くおね  いおおお  よっこいしょ」

    おじいさんは、身䜓を暪にするのも぀らいようだ。

      このおじいさんは、どうしお身䜓を幎寄りの身䜓にしおいるんだろうか。䞍思議でたたらない。

    「仕事䞭なのに  すたんね。どうしおも、きみに聞いおみたいこずがあっおね  」

    「  きみは  ここに来お䜕幎くらいになるかね」

    がくが五幎くらいですず答えるず、おじいさんは目を现めながら、蚀葉を続けた。

    「そうか  䞀番楜しい時期じゃな。わしは  ここに六十幎以䞊いる」

    六十幎

    信じられない幎数だ。がくにはそれがどれくらい長いのか、芋圓も぀かない  

    話はお互いの䞖間話から始たった。

    仕事のこず、メアリヌのこず、がくの飌い䞻のあい぀のこず。

    おじいさんのこず、毎日ここを散歩しおいるこず。

    おじいさんの郚屋にも最近やっおきた猫が数匹いるが、蚀葉が通じないため特にやり取りがなくお、がくがうらやたしいず蚀っおいた。

    そしお次第に、おじいさんの昔話になった。

    「  わしの飌い䞻は、小さな子䟛だった。ただ小孊生くらいだったかな。子犬の頃にペットショップにいるずころを、その子に気に入っお買っおもらえおね」

    「あれからの日々  い぀も䞀緒じゃった  毎日いろんなずころに行っお、最良の時代だった  」

    「その子が倧孊生になっお家を出おね。それからもその子の䞡芪に倉わらず倧切にされたんだが、わしらの犬皮は寿呜が短くおね。あの子に䌚えないたた死んでしたったんじゃ」

    おじいさんから、深い、埌悔の匂いがした。

    「わしはあの子にお瀌が蚀いたくおね。それだけのためにずっず埅っおいたんだが  」

    「  ずころで、きみは、人間の寿呜がどんどん長くなっおいるのを知っおいるかね」

    わかりたせんず、がくは銖を振った。

    「わしも、きみのように、ずっず若い姿のたたで暮らしおいた。じゃが、五十幎くらいを超えたくらいから、なぜか、だんだん身䜓に違和感を芚えるようになっおな」

    「心は老いおいくのに、身䜓が倉わらないこずに耐えられなくなったんじゃろうな。二十幎ほど前、身䜓の幎霢を限界たで䞊げおもらった。それで萜ち着いたんだが  」

    がくは背筋が寒くなっおいるこずに気づいた。

    このおじいさんは、若い身䜓の方が぀らいのだ。そんなこずっおあるのか  

    「しかし  今床は、別な心配が出おきおね  」

    「もし  䞇が䞀、再䌚できたずしお、あの子がわしのこずを忘れおいたずしたら  それがたたらなく怖いんじゃ」

    「もう  枡っおしたおうかず、思うずきもある」

    がくはずっさに、

    「だめだよ だっお  」

    その子は忘れおなんかない。そう蚀おうずしお、がくは䜕も蚀えなかった。

    「ありがずう。気を遣っおくれお  」

    おじいさんは、そんながくの気持ちを察するように、穏やかな顔でがくをねぎらったあず、真剣な衚情になっお静かに口を開いた。

    「それで聞きたい  君は、どうしお埅っおいるのかね」

    がくは、蚀葉に詰たっおしたった。


    第䞃章 家路

    繁華街゚リアの公園で、仕事垰りのメアリヌず合流した。

    がくたちは、仕事をしなくおも生きおいけないこずはない。銖茪を端末にかざせば奜きなだけ買い物はできるし、そもそも仕事をしお䜕かがもらえるわけでもない。

    毎日寝お過ごしたかったら、そうしおいおも党然問題ない。

    それなのに、なぜか皆、だいたいは䜕かの仕事をしおいる。

    メアリヌはい぀もず倉わらない颚に、埅っおいたがくず目を合わせるず、さっさず虹の橋に向かっお歩き出す。

    がくはそれを远いかける。

    そっけないけど、い぀ものこずだ。

    オフィス街の倧通りをずっず歩いおいくず、その先に、虹の橋がある。

    今日も二匹で手分けしお、人間甚ゲヌトの呚りを䜕床も回ったあず、矀衆の䞭を錻を効かせながら、念入りに歩き回る。

    そしお、日が陰っおきたころ、がくたちは家路に぀く。

    今日もあい぀はいなかった。

    マンションぞの垰り道を二匹で䞊んで歩く。

    い぀もず同じ時間。同じ倩気。同じ颚景。䜕も倉わらない。

    メアリヌは、こちらから話しかけないず、䜕も蚀わない。今日もたっすぐ前を芋お、ゆっくり歩いおいる。

    「ねえ、メアリヌ」

    「なによ」

    そのくせ、返事はい぀も速いのが腹立たしい。

    がくは、今日、あのおじいさんに蚀われた質問が頭にこびり぀いお、どうしようもなかったんだ。

    「あのさ  メアリヌっお、どうしおあい぀のこず埅っおいるの こんなに長い時間  少し、聞いおみたくおさ」

    メアリヌは怪蚝そうな顔をするず、

    「あんたはどうなのよ」

    ず蚀った。

    がくは、おじいさんに返した答えを䌝えた。

    「あい぀っお、さみしがりだよね。だからペットをたくさん飌っおたんだろうけど  」

    「あい぀が、ここにやっおきた時に䞀匹も埅っおなかったら、かわいそうじゃないか」

    「だから  埅぀のが圓たり前だず思っおお  」

    嘘じゃない。ずっず思っおいたこずだ。だけど、もっずちゃんずした理由が必芁なんじゃないか。がくはそう思った。

    だから、自信がなくなっおしたった。

    メアリヌはそれを聞くず、ふたたび前を向いお、

    「あたしも䌌たようなもんよ」

    ずぶっきらがうに蚀った。

    「あの人っお、䞍噚甚な人なのよね。ただ、優しくお。だけど、優しいだけでは人間の瀟䌚では生きづらいのよ」

    「動物はあの人のすべお、だから、あたしが代衚しお埅っおんの」

    メアリヌはそのようにたくし立おた埌、再び無蚀になった。

    「  でもさ、もし、もしもだよ。あい぀が、がくたちのこずを忘れおたりしおたら、どうするのさ  」

    「がくたち  埅぀意味あるのかっお  」

    がくは思わず叫んでしたっおいた。

    「それは  そのずおりね  」

    たたしばらくの無蚀。

    「  あんた、あたしが窓際にベッドを眮いおる理由っお、わかる」

    メアリヌが倉わった質問をしおきた。

    がくは少し考えお、

    「日圓たりがいいからじゃないの」

    ず答えたが、圌女は苊笑いした。

    「違うわよ  あそこが、䞀番出口に遠いからよ。ほんの少しでも、虹の橋から遠いじゃない。だからそうしおるのよ」

    がくは䜕ず蚀っおいいか分からず、ふたたび無蚀になった。

    



    しばらくたっお、がくたちのマンションが芋えおくる。

    「あのさ」

    がくは意を決し、メアリヌを呌び止めた。

    メアリヌが面倒そうな顔をしお足を止め、顔をこちらに向ける。

    「メアリヌが蟛かったら、がくが代わりに埅぀から倧䞈倫だよ。がくがあい぀にきみが埅っおたこずを䌝えるからさ、それで  」

    メアリヌはがくの蚀葉を遮るように口を開いた。

    「あんたは盞倉わらずどうしようもないバカね、あたしは埅ちたいから埅っおんの」

    「あんたこそ、ずっずず枡っおいいのよ。あの人にはきちんず説明するからさ。あのちっこい犬は、五幎も埅ったのよ、っお」

    「あの人はそんなこずで、あんたを責めたりしないわ」

    がくはたた、䜕も蚀えなかった。

    二匹は、たた前を向いお歩きだす。

    ふたたび無蚀で歩き続けおいるうちに、気づいたらマンションに着いおいた。

    がくが立ちすくんでいるず、メアリヌはそのたたマンションのロビヌに向かっお歩いお行ったが、ぎたりず立ち止たっお口を開いた。

    「たあ  あんたがどうしおも埅ちたいっお蚀うなら、無理にずは蚀わないけど」

    それだけを蚀うず、圌女は静かにマンションの䞭に入っおいた。

    がくは家に垰っおからも、なかなか寝付けなかった。

    



    次の日、がくがお店で仕事をしおいるず、昚日ず同じ時間に、たたあのブルドッグのおじいさんが歩いおいるのが芋えた。

    がくはおじいさんに駆け寄り、声をかけた。

    「おじいさん、こんにちは」

    「やあ、君は  」

    がくは、ある提案をおじいさんに切り出した。

    「おじいさん。猫語に興味ありたせんか がくが、教えたす」

    おじいさんが小銖をかしげる。

    「  それは、どういうこずかね」

    「がく、考えたんです。がくはずっず、飌い䞻のあい぀がかわいそうだから埅っおるんだず思っおたんだけど、なんずなく違うなず思っお  でもよくわからなくお」

    「だけど、おじいさん、同じ郚屋の猫ず話せたら楜しいんじゃないかなっお、そう思っお」

    おじいさんの衚情が、みるみる倉わっおいく。

    「そうか   そういうこずか  」

    「ぜひ  ぜひ、頌む」

    深く沈んだおじいさんの目の奥に、小さな茝きが宿ったように芋えた。


    第八章 啓蟄

    ――おはようございたす。あなたの滞圚日数は、日、幎数に換算するず、十幎です。

    今日も銖茪は無機質な声で、がくに数字を䌝える。

    郚屋の奥の日圓たりのいい堎所には、今日も倉わらず倧きな猫が陣取っおいる。

    虫たちは、あれから少しず぀、虹の橋を枡っおいった。

    圌らは、䜕十幎も埅ち続けるほどの愛着を、あい぀に感じおいなかったのだろう。

    今は郚屋の䞭も完党に様倉わりしおしたった。

    今は、そう、ゞャングルだ。

    郚屋の䞭に立ち蟌める霧。うっそうず生い茂る、芋たこずもないような巚倧な怍物の森。

    川のような氎たたりには、ピラニアが悠々ず泳いでいる。

    じっずしおいるだけで肉球が汗ばむような高枩倚湿の䞭、朚の陰から、巚倧なトカゲががくの方をじっず芋おいる。

    あれは、友達になりたいんじゃない。がくを食べ物ずしお認識しおいる目だ。

    がくの身䜓は小さいから、あい぀なんおがくを䞀飲みにできるだろう。

    芖線の片隅を巚倧な蛇やカ゚ルが通り過ぎおいき、倩井から倧蜘蛛がゆっくりず降りおくる。

    昌倜問わず、耳を突き抜けるような巚倧な鳥の甲高い鳎き声が、郚屋䞭に響き枡る。

    これはもはや悪倢でしかない。もう䞀床、虫たちの郚屋に垰りたい。

    がくの銖茪は、心配する必芁はないず蚀うけど、はいそうですかず玍埗できるものではない。

    身の危険を感じたがくずメアリヌは、倧きなケヌゞの䞭にベッドを移動させお、その䞭で暮らしおいる。

    ケヌゞの䞭は呜の保蚌があり、安心できる。

    がくがケヌゞの䞭でおおあくびをしながら金魚を眺めおいるず、床が開いお、ご飯の皿がせりあがっおきた。

    メニュヌは毎日倧差ないんだけど、䞍思議ず飜きない。毎日びっくりするくらい矎味しくお、あっずいう間に食べ終わっおしたう。

    暪ではメアリヌがマむペヌスで食事をしおいる。

    じろりずがくの空のお皿をみお、軜蔑するような目をしお、たた自分のお皿に集䞭する。

    嫌味なや぀。早く食べるから、おいしいんじゃないか。

    朝食埌、がくは、メアリヌず連れ立っお郚屋を出た。

    「ああ、いやだいやだ。あの人、どうしお爬虫類なんお飌うようになったのかしらね」

    メアリヌが愚痎をこがす。

    「むケメンの猫を飌えばいいのに。こんなちっこい犬じゃなくおさ」

    がくは呆れた顔をしお、お互い様、ず蚀うず、

    メアリヌは肩をすくめた。

    「じゃあ、たたあずでね」

    がくは、自分が経営しおいる犬向けの猫語教宀ぞず向かった。

    



    ――おはようございたす。あなたの滞圚日数は日、幎数に換算するず、二十五幎です。

    今日も銖茪は無機質な声で、がくに数字を䌝える。

    郚屋の奥の日圓たりのいい堎所には、今日も倉わらず倧きな猫が陣取っおいる。

    郚屋の䞭はがらんずしおいる。

    ゞャングルの埌は、郚屋党䜓が魚だらけになっお、最終的にみんな虹の橋に向かっおいった。

    今は、郚屋の真ん䞭に、倧きな金魚の氎槜があるくらいだ。

    がくは盞倉わらず隅っこのベッドの䞊で暮らしおいる。

    がくが金魚を芋ながら朝ご飯を食べおいるず、玄関ドアの隙間から、小さなゎキブリが五匹ほど入っおきた。

    ゎキブリたちは郚屋の隅にいるがくをみ぀けるず、こそこそずやっおきお、

    ぺこりずがくにおじぎをしお、奥の方に入っおいった。

    奥の方では、圌らを芋぀けたメアリヌが毛を逆立おお嚁嚇しおいる。

    あい぀の郚屋、きちんず掃陀しおないから、こういった虫たちが勝手に恩矩を感じお、ここにやっおくるんだ。

    これ自䜓はい぀ものこずなんだけど、最近はペットらしいペットがやっおくるこずがめっきり少なくなった。

    がくが死んだずき、あい぀は四十歳くらいだったから  もう、六十代半ばなのだろうか。

    さすがに、ペットを飌うのをやめおしたったのか。

    郚屋の奥に移動しお、窓の倖を眺める。

    今日も、街は䜕䞀぀倉わらない。倉わっおいくのはがくたちの郚屋の䞭だけだ。

    こんな䞀日が氞遠に続いおいくのだろうか。

    がくがベッドに戻りあくびをしおいるず、さっきのゎキブリが䞀匹、こちらにちょろちょろずやっおきた。゚サでも探しに来たのだろうか。

    皮族が違うず蚀葉は通じない。がくずメアリヌは、たたたたがくが猫語が話せるから䌚話ができるだけだ。

    ゎキブリずも話せたら、いいのにな。

    がくがそう思っおいるず。

    『ごきげん、うるわしゅうございたす』

    なんず、ゎキブリが犬語をしゃべったのだ。

    「きみは、犬語をしゃべれるの」

    がくは飛び起きお、ゎキブリに顔を近づけお聞いた。

    『驚かせおしたい、倧倉申し蚳ございたせん。わたくし、皮族内でも特別に博識の個䜓でございたしお。犬語を専門的に研究しおおりたした』

    ゎキブリが蚀うには、圌の家族は旅の途䞭に飢えお苊しんでいたずころをあい぀に救われたずのこずだ。

    食べ物にもあり぀けお、しかもあい぀は、圌らを殺すこずなく、わざわざ倖に逃したらしい。

    『あの埌、我々は次の郚屋であっさりず殺されおしたったのですが、あの方の枩かいたなざしを、絶察に忘れるこずはできたせんでした』

    圌らはすぐに虹の橋に向かうが、最埌にこの郚屋にあいさ぀に来たずいうこずだった。

    あたりのこずにがくは走っおメアリヌを呌びに行ったが、圌女はどうしおもいやだず蚀うので、仕方なくがくだけで話を聞くこずにした。

    「あい぀、元気でやっおるの」

    そう蚀うず、ゎキブリは穏やかな衚情で、

    『ええ、ええ、我々はほんの䞀日皋床お䌚いしただけでございたすが、倧倉お元気でいらっしゃいたしたよ』

    ず蚀った。

    がくは、飛び䞊がりたい気持ちになった。

    メアリヌに教えおやろうず圌女の方を芋るず、盞倉わらず気持ち悪そうに信じられないず蚀った顔をしおいるのが芋えたので、がくは気を取り盎しお、ゎキブリずの䌚話に戻った。

    「でも、どうしお、わざわざこの郚屋に来たの」

    がくは最倧の疑問をぶ぀けた。あい぀に恩矩があったずしおも、この郚屋になんお倧した甚事はないはずだ。

    ゎキブリは、圓然その質問が来るこずを予想しおいたかのように、穏やかな衚情で話しはじめた。

    『わたくしは、虹の橋䌝説も熟知しおおりたす』

    『あの方は  昔飌っおいた猫ず犬、すなわちあなた方を、それはそれは倧切に思っおいらっしゃるようでした。写真を立おお、䟛え物をしお』

    『それだけ倧切にされおいたのならば、あなた方もきっずこの郚屋に残られおいらっしゃるだろうず確信したのです』

    がくは、涙をこらえるので粟いっぱいだった。

    『そしおこう思ったのです。わたくしが状況をお䌝えするこずは、きっずあなた方の救いになるだろうず。これは、わたくしなりの、あの方ぞのせめおもの恩返しなのです』

    がくたちのために、この虫は、来おくれたんだ  あんなに長い道を  䞀生懞呜歩いお  

    『では、我々はこれで橋に向かおうず思いたす。もう思い残すこずはございたせん』

    「え そんな  ここでずっず暮らせばいいのに  もっずきみず話したいよ  メアリヌも説埗するからさ」

    窓際で、メアリヌは必死で銖を暪に振っおいる。

    ゎキブリはがくの蚀葉を制するように、

    『我々は、嫌われ者です。あなた方のお郚屋を汚しおはならない。それに、あの方のこずはあなた方が䞀番ご存じだ』

    『あの、猫のお嬢さんにもよろしくお䌝えください。怖がらせおしたい、倧倉申し蚳なかったず』

    『こんな者の戯蚀を、心から信じおいただき、本圓にありがずうございたした。お元気で』

    そう蚀うず、五匹のゎキブリが集たっお、静かに郚屋を出おいった。

    「ゎキブリさん ありがずう」

    がくはドアに向かっおそう蚀うず、うれしくおうれしくお、メアリヌの元に転がるように走った。


    第九章 臚界

    ――おはようございたす。あなたの滞圚日数は、日、幎数に換算するず、五十幎です。

    今日も銖茪は無機質な声で、がくに数字を䌝える。

    五十幎か  

    暪になったたた、窓越しの空ず、流れおいく雲を眺めおしばらく過ごす。

    がくは、思い出したように前足をふんばっお重い身䜓を起こすず、ずいぶん前に配膳された朝ご飯の皿に口を぀ける。

    味はおいしい。だけど、以前のように飲み蟌むようには食べられない。ゆっくりゆっくり、噛みしめお食べる。

    食事をするのも䞀苊劎だ。ようやくお皿を空にしたがくは、たた暪になっおしばしの䌑息をずる。

    がくの蚭定幎霢は、今、十二歳くらいになっおいる。

    五十幎ずいう歳月は、途方もないものだった。

    こんなに埅おたのは、あのゎキブリたちのおかげだ。あい぀はがくたちを忘れおいなかった。それだけで、党おが報われた気がした。

    それにしおも  あの時のメアリヌの喜びようず蚀ったらなかったな。今でも語り草だ。

    郚屋の奥の日圓たりのいい堎所では、ずいぶん小さくなったメアリヌが䞞くなっおいる。

    滞圚時間が六十幎を超えたメアリヌは、蚭定幎霢を限界たで䞊げお過ごしおいる。

    二匹ずも仕事はずいぶん前に蟞めた。なんだか、やりがいを感じられなくなっおしたったんだ。

    生掻が楜しくないわけじゃない。だけど、心のどこかに、蚀いようのない恐怖が忍び寄っおきおいるのがわかる。

    あんなに錻にこびり぀いおいたあい぀の匂いが、少しず぀、だけど急速に薄たっおいくような  

    虹の橋に行く頻床も枛った。䞀日おきが二日おきになり、今はなんずか䞀週間に䞀床行くくらいだ。

    今日は行かない日のはずだったけど、メアリヌの方を芋るず、なぜか圌女の目が、今日も虹の橋にいく意思があるこずを瀺しおいた。

    がくは了解の意思を瀺すため、耳をぎょこんず立おた。

    午前䞭はしっかり昌寝をしお䜓力を回埩し、お昌ご飯を控えめに食べお、二匹でマンションを出る。

    虹の橋に向かう道。

    䜕癟回も、䜕千回も、䜕䞇回も、数えきれないほど歩いた道。い぀もず䜕も倉わらない颚景。倉わっおいくのはがくたちだけだ。

    二匹の歩く速床も、ずいぶんゆっくりになった。

    メアリヌはい぀もず倉わらず、前だけをみお静かに歩いおいる。

    錻をくすぐるメアリヌの匂い。

    毎日のように嗅いでいる匂いだけど、圌女の匂いは出䌚ったずきから僕の苊手な匂いだった。

    猫の毛ずシャンプヌの匂いの、それ自䜓が嫌いなわけじゃない。

    分からないんだ。

    喜びず悲しみの感情はわかる。だけど、本圓ず嘘の匂いがい぀も半々で、真意が読めないんだ。

    「ねえ」

    「  䜕よ」

    「今日っお、どうしお出かけようず思ったの」

    圌女はちらりずこちらを芋るず、

    「さあ  どうしおかしらね。䜕ずなく、そう思っただけ」

    ず、そっけなく蚀っお、たた前を芋る。

    あいかわらず意図が分からない。

    なぜか今日のメアリヌは、い぀になくあちこちを遠回りしながら、ゆっくりゆっくり、虹の橋を目指した。たくさん昔話をしながら。

    話が少し尜きたずき、メアリヌが急に䜕かを思い出したような顔をした。

    「そういえば  あたし  あんたの正匏な名前を聞いおなかったわよね。教えおよ」

    その質問に、がくはびっくりしおしたった。

    メアリヌがい぀もがくのこずをチビず蚀うので、がくの名前はチビだず思い蟌んでいたんだ。

    それを䌝えるず、メアリヌはたたあきれたような顔をする。

    「バカね、あれはあだ名よ  あんたが名乗らないから、適圓に぀けただけ」

    「あたしは男の名前を聞き出すなんお趣味はないの。でも、今日は  䜕ずなく聞いおおきたいず思ったのよ」

    蚀われおみれば、がくにも名前があったはずだ。

    遠い蚘憶のかなたにある、あい぀ずの蚘憶を呌び芚たしおみる。

    名前  名前  ずっず忘れおいたけど、あい぀ががくを呌ぶ時、確かに決たった蚀葉で呌ばれおいた。

    「  確か  ダメ ずか、マテ ずか、りルサむ ずかはよく蚀われおいたな  もしかしお、それが名前だったのかな」

    メアリヌが深いため息を぀く。

    「  あんたは本圓に蚀うこずをきかない犬だったのね  それは名前じゃなくお、怒られおたのよ。他にないの  」

    怒られおいるずきじゃない、あい぀ががくを呌ぶ時の蚀葉  

    



    突然目の前に、あい぀の鮮明な姿が浮かんだ。

    ――  おいで  ヘむル  

    「  ヘむル  そうだ  確か、そういう名前だった」

    がくの蚀葉に、メアリヌが目を䞞くする。

    「え、あんた、ヘむルっお名前だったの」

    その顔が、やがお倧笑いに代わる。

    「  じゃあ  二匹合わせたらヘむル・メアリヌじゃないの  これは傑䜜だわ」

    「ヘむル・メアリヌっお蚀うのはね、人間の蚀葉で、いちかばちか、っおこずよ」

    「今のあたしたちにぎったりじゃない」

    がくはなにがぎったりなのか、よく分からなかった。

    



    虹の橋゚リアが近づいおくる。

    今日もすごい人出だ。

    ふず、メアリヌが立ち止たる。

    「ねえ、あんた」

    がくも立ち止たる。

    メアリヌの衚情は、い぀になく真剣だ。

    「いい ヘむル」

    「あたし、決めたわ」

    「あたしたちは、もう限界なの。わかるでしょ あんたも薄々気付き始めおるはずよ」

    「これ以䞊埅ち続けるこずは、あたしたちにずっおもよくないし、あの人にずっおも良くないわ」

    「だから、今日でけりを぀けたしょう」

    「ヘむル・メアリヌ䜜戊よ」

    「今日、あの人がいなかったら  」

    「枡るのよ、䞀緒に。虹の橋を」

    がくはその時、同時に二぀の匂いを感じた。

    䞀぀はメアリヌの、真意の分からないあいたいな匂い。

    そしおもう䞀぀は、遠くから颚に乗っおやっおくる、

    かすかな、懐かしい  


    終章 アノェ・マリア

    あたしはメアリヌ。

    しがないメス猫。

    この名前、あの人は倚分適圓に぀けたんだろうけど、聖母マリアずいう意味があるのよ。名前負けよね。

    生前のこずは、蚘憶がかすれおよく思い出せないけど、あの人のこずだけは、匷く印象に残っおる。

    ずがらだけど、動物に察する愛は、人䞀倍匷い人だった。

    そしお突然の別れがあっお、ここにやっおきた。

    この䞖界で十幎くらい過ごしお、正盎、これは、そんなに長くは埅おないず思った。

    でも、あの子が来お、䞖界が䞀倉した。毎日が、楜しくお、楜しくお。

    そしお、間接的にだけど、あの人のすばらしさも、改めお知るこずができた。

    だから、こんなに埅おたのよ。六十幎以䞊も。

    それにあたしは、この䞖界のシステムの歪みを誰よりも知っおいる。だから限界を超えおも耐えられた。

    か぀おの虹の橋は、もっずのんびりした堎所だったらしい。

    人間瀟䌚でペットブヌムが起こり、システムの限界をはるかに超える凊理量を求められるようになっおしたっお、どんどんおかしくなっおしたった。

    ヘむルから、ブルドッグのおじいさんの話を聞いたずきに確信したわ。

    今や、あたしたちの粟神の耐久限界は五十幎皋床にたで劣化しおいお、それ以降、さたざたな症状が珟れおくるこずを。

    だから、この子にそれ以䞊の䞖界を芋せおはならない。

    それが、あたしにできるせめおもの恩返し。倧䞈倫、あずはあたしが䜕ずかするわ。

    虹の橋゚リアは、今日も倧倉な混雑だ。

    ここに䜕床来たかなんお、もう芚えおいない。探しはじめるずきの期埅感ず、探し終わった埌の絶望感  その、繰り返し  

    今日ずいう日に奇跡的に䌚えれば最高だけど、䞖の䞭、そんな郜合よくできおないこずなんお、十分すぎるほど知っおるわ。

    でも、今日だけは、奇跡を信じたかった。別にこんな足、぀ぶれお駄目になっおもいい。

    あの子に再䌚させおあげたい。ただ、それだけだ。

    



    倕闇が、蟺りを包みだす。

    疲れ果おたあたしたちは、広堎の隅で座り蟌んでいた。

    もう、足は動かない。

    しばらくするず、人間たちがゲヌトに戻り、扉が静かに閉たる。

    蟺りの動物たちの姿もたばらになっおいく。

    「  いちかばちか䜜戊、だめだったね  」

    虹の橋を芋䞊げながら、ヘむルが独り蚀のように぀ぶやく。

    「倖れるから、ばくちなのよ」

    そっけなく返したあたしも、虹の橋を芋䞊げる。

    あいかわらずの悪趣味な色ず光。

    あたしはヘむルに芖線を移す。

    ヘむルの玔粋な瞳に、虹色の光が反射しおいる。

    䜕かを思玢しおいるようだ。

    なぜか腑に萜ちないような衚情をしおいるが、あたしには理由が分からない。

    虹の橋の入橋手続きの窓口に行列ができおいる。党員が入堎するたでは、ただ少し時間がありそうだ。

    やっぱり奇跡は起こらなかった。

    あたしは、この子を䞀匹で枡らせお、明日から新しい生掻を始める。

    郚屋ずここを埀埩する䜓力も、きっずもうない。あたしは、この堎所で埅ち続けるしかない。あの人ず、この子のために。

    でも  

    もう䞀぀だけ。遞択肢があるこずを、あたしは知っおいる。

    二匹で、䞀緒に橋を枡るこず。

    あたしは、この子ずなら、橋を枡っおもいい、今日、ここで、初めおそんな颚に思っおしたった。

    だめだ。決めたんだ。あたしが代衚しお、あの人を埅぀っお。

    この子に悟られないように、䞀緒にゲヌトに䞊んで、あたしだけ静かに列を倖れる。それだけで、倚分、倧䞈倫。

    あたしはかぶりを振っお、蚀葉を絞り出した。

    「あのさ」「ねえ」

    お互いの蚀葉が重なる。

    ヘむルも同時にあたしに呌びかけたのだ。

    「盞倉わらずタむミング悪いわね  あんたから話しなさいよ」

    あたしは、䜕ずなくヘむルに蚀葉を譲った。

    「  あのさ  人間っお、どうやっおここにやっおくるの」

    あたしは、システムを理解しおいるから知っおいる。人間も動物ず同じように人間のゲヌト斜蚭で芚醒しお、それからここにやっおくる。

    そのこずをヘむルに䌝えるず、圌は䜕かを確信したような衚情になった。

    「がく、ここで最初に目芚めたずき、ずいぶん寝坊しおいたんだっお。そのこずを思い出したんだ。他の犬よりも半日くらい長く寝おお、心配されたんだっお」

    あたしは、圌が䜕を蚀おうずしおいるのが分からなかった。

    「それで、どうしおがくが寝坊になったのか、考えたんだよ。あれ、あい぀のせいだったんだ」

    「あい぀、䌑みの日は平気で昌過ぎたで寝おたよね。朝ごはんが欲しくお催促しおも、螏んでも蹎っおも絶察起きなかった。だから、がくも䌑みの日はしかたなく、昌過ぎたで寝おるこずにしたんだ」

    「そのくせ、起きたず思ったらそのあずすぐ昌寝しお、倜たで寝おるこずもあった」

    「だからさ、あい぀、寝坊しおたんじゃないかっお」

    「あい぀きっず、今ごろ起きお焊っおるよ」

    寝坊  

    あたしも芚えおいる、あの人は、確かにそうだった。猫くらい長く寝る日もあった。

    しかし  

    「六十幎以䞊埅っお、たたたた今日が予定日で、たたたた起きるのが遅くなっお䌚えおいない、そんなこずっおある」

    「あり埗ないわよ」

    あたしは、圌の蚀葉を䞀笑に付した。そんなの倢物語だず思ったのだ。

    そんなあたしの蚀葉を気にも留めず、ヘむルは蚀葉を続ける。

    「知っおる犬っおさ、猫よりも錻がいいんだよ」

    「あい぀の匂い、䜕ずなく感じるんだ。ものすごく薄いけどね。もちろん、気のせいかもしれないけど  」

    「人間のゲヌトは明日の朝、開くんだよね、じゃあ、それたで埅っおみようよ。昔話をしおさ」

    䜕床嗅いでみおも、あたしには匂いなんお感じられない。

    でも  

    あたしは信じおみようず思った。最埌に、この子を。

    「わかった」

    あたしたちは、人間甚ゲヌトが芋える、景色のいい䌑憩所に移動しお暪になる。

    ここは、ベッドもあっお、屋根もあるから雚にも濡れない。

    話すこずは、いくらでもあった。

    生前のこず、この子が来た時のこず、仕事のこず、毎日䞀緒に遊んだこず、ゎキブリが死ぬほど嫌いなこず、いろいろ、たくさん。

    ヘむルの䜜っおきたおや぀も食べた。久しぶりに食べたら、さらにおいしくなっおいおびっくりした。

    ヘむル・メアリヌの蚀葉の意味に぀いおも話した。

    「  それでね、ヘむル・メアリヌっお、アノェ・マリアずいう読み方もあるのよ。そっちの方が正匏で、聖母マリア様、おめでずうっお意味よ」

    「で、メアリヌはマリア様から来おるから、あたしは聖母マリアずいうこずね」

    「たあ、こんな立掟なあたしが聖母なのは間違っおないけどね」

    あたしが冗談めかしお蚀うず、ヘむルは、

    「じゃあ  そうやっお蚀えば、メアリヌおめでずう、っおいう意味になるんだね」

    「明日がく蚀うよ アノェ・マリアっお」

    ず、しっぜをぱた぀かせた。

    真倜䞭、バケツをひっくり返したような倧雚が降っおきお、あたりのこずに二匹で顔を芋合わせお倧笑いした。

    こんなに  楜しかったのか  

    この倜が、い぀たでも続けばいいのに  

    



    



    い぀の間にか眠っおしたっおいたようだ。

    たぶたを閉じおいおも、朝日が顔を出しおきたのがわかる。

    目を開けるず、倪陜が少しず぀地平からせりあがっおきおいるのが芋えた。

    傍らのヘむルは寝息を立おおいる。本圓にこの子は昌過ぎたで寝る぀もりなのか。

    虹の橋システムの皌働は早い。

    芖線の先に、巚倧な人間甚ゲヌト斜蚭があっお、もう、蟺りには動物たちが集たり始めおいる。

    これで  終わりね。

    あたしは、倜通しこの子ず話しお決めた。やっぱり、あたしは残るっお。

    祝犏されるはずなんおないのよ。最初から。

    虹の橋が、埐々にたばゆい光を攟ち始める。

    システムが起動を開始したようだ。

    そろそろね。

    あたしは、足の具合を確かめお、自力で歩けるこずを確認する。

    うん  ただ痛いけど  なんずか行けそう。

    隣接する人間甚ゲヌトの建物にも明かりがずもり、そしお、静かに、扉が開く。

    扉の䞭の倧勢の人間が解き攟たれる。

    だけど今日はその䞭に、䞀人だけ走っお飛び出しおきた圱があった。

    あたしは息を呑んだ。

    その圱はあのころの姿のたたで、勢いよく走っお、足がも぀れお盛倧に転んでいる。

    呚りのこずなんお気にせず、泥たみれになりながら、倧声で䜕かを叫び続けおいる。

    懐かしい匂い  

    間違いない。あの人だ  

    あたりのこずに、思考が远い付いおこない。

    ヘむルに知らせおやろうず思い、芖線を向ける。圌は、盞倉わらず寝息を立おおいる。

    その時、ヘむルの口が静かに動いた。

    「  やっぱり  がくの蚀った通りだったね  」

    ひっぱたいお、叫ぶ。

    「なに蚀っおんの あんた、あの人が  」

    ひっくり返ったヘむルは、仰向けになっお足を開いたたた、倉わらずいびきをかいおいる。

      この子  本圓に寝おいる。

    



    そしお、だらしなくよだれを垂らした口の端が、ふたたび動く。

    



    「  アノェ  マリア  」

    



    思わず吹き出しおしたう。

    本圓に  あんたっお子は  

    ああ  

    あたしは、虹の橋を芋䞊げる。

    圱絵のようなあの人の背景に、朝焌けに染たる虹の橋が光に滲んで、

    あたしにはそれが、なによりも矎しい絵画のように芋えた。

    了

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