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普通は人それぞれ、でもルールは共通です

私は平塚市で写真を撮っています。
スタジオサミットという写真館で、日々「普通」を量産している人間です。

七五三の普通です。
成人式の普通です。
就活写真の「ちょっと良さそうな自分」という名の普通です。

気がつけば、普通に囲まれて、普通に生きています。
普通に息をして、普通にシャッターを切っています。
普通って、意外と重たいです。

そんな私が今朝、コーヒーを飲みながらSNSを眺めていましたら、なかなか刺激的な投稿が目に入りました。

「麻薬捜査官に理不尽な捜査を受けた」
「こんなことが許されるのか」
「ちょうどその頃、芸能人が大麻で逮捕されたという報道があった」
「たかがこんなことで人生を壊されていいのか」

朝からなかなかのフルコースです。
目玉焼きどころか、いきなりステーキです。

気持ちは分かります。
理不尽に感じることもあるでしょうし、納得できない気持ちも理解できます。

ただ、私が一番気になったのは、その後のコメント欄でした。

「普通に生活していれば、捜査なんてされないですよ」

それに対する投稿者の返しが、こちらです。

「あなたの普通を押し付けないでください」
「あなたの普通は世界基準なんですか」

はい、出ました。
ネット名物、「普通論争」です。
普通という言葉を武器にして、みんなで殴り合うやつです。

実は以前、私はこのnoteで
「普通は人によって違う」というテーマで書いたことがあります。

それ自体は、今でも間違っていないと思っています。
普通の定義は、人それぞれ違います。

ただ、今回はそこに一つ付け足したいのです。

それを言っていいのは、ルールを守っていることが大前提ではないでしょうか。

私は写真を撮る仕事をしていますので、日々「枠」を意識しています。

構図があります。
光の向きがあります。
立ち位置があります。

「自由にしてください」と言われても、
本当に完全自由にすると、だいたい人は動けなくなります。

どこに立てばいいか分からない。
どう写ればいいか分からない。
結果、謎の直立不動になります。

人は、枠があるからこそ自由になれるのです。

心理学でも「制約がある方が創造性は高まる」と言われています。
コンストレイント理論という、名前だけはやたらかっこいい理論です。

ルールは、縛るためだけのものではありません。
考えるための土台です。

何かを否定すること自体は、悪いことではありません。
現状がおかしいと思うことも、間違っていないと思います。

「麻薬くらいやってもいいだろう」
そう考えること自体は、思想の自由です。

ただし、それは
ルールを無視していい理由にはなりません。

写真で例えるなら、
ピントが合っていない写真を出して
「これは味です」と言うようなものです。

本当に味にするなら、
先に「今日はピントを外します」と宣言する必要があります。

芸能人が大麻で逮捕されて、
「こんなことくらいで人生が壊されるのはおかしい」

その気持ちも分かります。
ですが、私は少し違う見方をしています。

本気でそれが正しいと信じているなら、
やる前に言うべきではないでしょうか。

「これは問題ないはずだ」と。
「このルールはおかしい」と。

堂々と、世間に。

言わない。
言えない。
でも隠れてやる。

それは信念でしょうか。
私は、ただの欲に近いのではないかと思ってしまいます。

心理学では、こうした状態を
「認知的不協和」と呼びます。

自分の行動と信念がズレていると、
人は都合のいい理由を後付けして、心のバランスを取ろうとします。

「みんなやっている」
「捕まる方がおかしい」
「時代が遅れている」

信号無視で捕まって、
「信号の色が古い」と言われても、
警察官は困ると思います。

「個人が訴えても、何も変わらない」

その気持ちも、痛いほど分かります。

私も写真館で
「証明写真、もっと自由でよくないですか」と思っていますが、
背景はいまだに青か白が主流です。

でも、小さな声でも、
言い続けることで、
「それ、分かります」と言ってくれる人が現れることがあります。

写真の表現も同じです。

最初は
「これは写真なのですか?」
と言われていたものが、

いつの間にか
「それっぽいですね」
になることがあります。

何もしなければ、何も変わりません。
誰も疑問を持ちません。
誰も考えません。

だから私は、
普通を否定する前に、
まず普通のルールを守ります。

その上で、
「これ、ちょっと変ではありませんか」と言いたいのです。

写真も人生も、
順番を間違えると、
ただの事故になります。

今日も私は、
普通の写真を撮りながら、
普通にツッコミを入れています。

普通というものは、
思っている以上に、奥が深いです。

そして私は今日も、
人生がなるべくピンボケしないように、
必死にピントを合わせています。

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