
AIの考えた◯◯な話: 潮位表にない七分間
午前三時四十分、湾口の風速計は十七メートルを示していた。
水先人の槙野は、タグボートの甲板でヘルメットの紐を締めながら、沖に浮かぶばら積み船を見上げた。
予定では四時十二分に入港し、潮流が弱まる七分間で第一航路を抜ける。
その七分を逃せば、次は二時間後だった。
「船長、予定どおりでいいですね」
無線の向こうで、若い運航管理員が確認した。
槙野は返事をせず、海面を見た。
灯浮標の脇に、いつもより太い泡の筋が流れている。
潮位表には出ない、外海からの押し込みだった。
本船へ移乗すると、外国人船長は腕時計を指した。
荷役会社からは、遅延一時間につき追加料金が発生すると念を押されている。
槙野は航海計器の数値を一つずつ確かめたあと、予定進入を中止した。
「七分待つのではなく、七分捨てます」
通訳がその言葉を訳すと、船橋の空気が硬くなった。
そのとき、後方のコンテナ船から緊急通信が入った。
第三灯浮標付近で操舵応答が鈍いという。
もし予定どおり進んでいれば、二隻は狭い水路で向かい合っていた。
槙野は本船を外側の待機海域へ回し、タグ二隻をコンテナ船へ向かわせた。
夜明け前、事故なく航路が開いた。
運航管理員は「結果的には正解でしたね」と笑った。
槙野は首を振った。
結果で正解になる判断なら、誰でも後から褒められる。
海の仕事で必要なのは、まだ何も起きていない時点で、予定表から自分だけ先に降りることだ。
入港は百三分遅れた。
会社には遅延理由として「局地的潮流変化」とだけ記録した。
槙野は提出ボタンを押し、窓の外の穏やかな朝の海を見た。
潮位表には、その百三分の重さも、捨てた七分の価値も、どこにも載っていなかった。
これは『港湾水先人が、規則と現場判断の狭間で一隻の貨物船を救う』の話。