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産んだらまた、産みたくなった ~助産院でエンジョイバース~


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    創作大賞に応募するため、Kindle出版した原稿を編集したものです*
    Kindle版はこちら↓

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    0. はじめに

    「あれーもう産まれたの!?意外にすぐ終わったー!しかも私、結構元気です!」

    これが、出産直後の私の口から出た言葉です。

    当日の夜中から軽い痛みがあり、明け方、助産院に電話したのが朝5時過ぎ。
    夫と第1子の息子が寝ている中、1人でタクシーを呼んで助産院に着いたのが朝7時頃。

    そして同日朝11時頃に、第2子となる娘が生まれました。

    今回の助産院での出産は、経産婦ということもあるかもしれませんが、とてもとても安産でした。出産後は2時間ほど横になっていましたが、その後、和室の地べたに座ってお昼ご飯を完食し、自力で歩いてお手洗いに行けるほどだったのです。

    初めに断っておきますが、私は助産院の回し者でも、病院(産婦人科)の反対者でもありません。1人目を産婦人科で、2人目を助産院で出産した30代の会社員という中立的な立場から、助産院の良い点からいまひとつな点まで、正直な意見を綴ったのが本稿です。

    ただ、個人的で率直な感想として言えることは、助産院での出産は、

    ・一言で『めっちゃ良い!』(また産みたくなる)

    ・妊娠、出産、子育てに対する向き合い方が、良い意味でガラッと変わる

    そんな経験であった、ということです。

    人生に1度あるかないかという貴重な出産の機会。「色々なところで体験してみたい!」という好奇心と、持ち前の健康オタク&食いしん坊精神から選んだ今回の助産院(以下、A助産院)での2人目のお産。出産や育児に対する想いがこれほど変わるとは、本当に驚きでした。

    このエッセイが、「助産院ってなに?」という方や、出産に対する恐れがある方、過去の病院での出産に違和感を持った方、そして「エンジョイバース(お産を楽しむ!)」を経験したい方の背中を押すきっかけになれば幸いです。男女問わず、助産院という場所を知っていただく機会になれば嬉しく思います。

    そして将来、娘に読んでもらえたらいいな、というのが勝手な母親の願いです。

    是非、気軽なお気持ちでお楽しみください。

    1. 助産院ってどんなところ?(超概略)

    皆さんは、そもそも「助産院」という言葉を聞いたことがありますか?

    私は1人目の出産の際は、助産院なんて選択肢に挙がりすらりませんでした。

    病院(産婦人科)との大きな違いとしては、以下の点が挙げられます。

    • 医療行為ができない(会陰切開、陣痛促進剤・無痛分娩のための麻酔投与、鉗子・吸引分娩など)

    • 正常分娩以外の場合は取り扱えない(肥満や早産、多胎児など)

    助産院で出産するためには、37週以上42週未満でのお産であり、胎児・母体ともに健康体であることが絶対条件となります。後述しますが、私は35週の頃に切迫早産になってしまったため、「助産院で産むためには何としても37週まで持ちこたえなければ……!」と毎日、お腹の娘に祈りながら過ごしていました。

    しかし、本来お産は医療行為がなくても、自然にできるものです。

    助産師さんの手は、本当にすごいです。薬がなくても、特別な機械がなくても、赤ちゃんが自力で出てこられるように、助産師さんの温かい手が全力でサポートしてくれます。

    2. 助産院の良い点、いまひとつな点

    私が助産院を一言で表すならば、「助産師さんと共に妊娠・出産に前向きに取り組み、楽しみ、穏やかな子育てへと導いてくれる場所」です。

    具体的に何が良いのか、逆にいまひとつな点はどこなのか。とある都内の助産院で、1度だけ出産した私の個人的な意見としてまとめました。

    助産院の良い点

    ① 妊娠中:丁寧な健診と指導、楽しいイベント

    A助産院の健診は30分枠で、問診・触診に加えて足裏のマッサージとお灸がありました。待合室では温かいハーブティーを飲み、先輩方の出産体験記ノートを読んでくつろぎます。大病院のような最新のエコーはありませんが、助産師さんは胎児の心拍を確認し、お腹を触って赤ちゃんの位置や母体の様子をしっかり診て下さいます。

    「足が冷たすぎる!」
    「このツボが固い。便秘でしょう?」

    院長先生には、毎回のように身体の状態を見抜かれました。

    「冷えは安産の大敵」と、冬の健診後は足湯をしながら全身を米糠カイロで温めてもらいました。また、卵・乳製品・小麦を控える、毎日3時間歩く、テレビやPCを控えるといった少し厳しい指導もありました。私は6割くらいしか守れませんでしたが、これらの指導のおかげで安産だったと感じています。

    また、『安産ご飯の会』や『両親学級』、同じ予定月の妊婦さんが集まる『エンジョイバース』といったイベントも豊富でした。院長先生や助産師さんの長年の経験に基づく具体的なアドバイスを聞き、妊婦さん同士で交流することで、お産に対する怖いイメージはなくなり、いつでもどんとこい!という前向きな気持ちになれました。


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    米糠カイロ

    ② 分娩・産褥入院時:丁寧なケアと美味しい食事

    お産は15畳ほどの和室で行われました。陣痛の最中はずっと助産学生さんが身体をさすって寄り添ってくれ、分娩時には5人程の助産師さんに囲まれるという安心感。これまでの妊娠期間を一緒に歩んできた助産師さんが一緒だと思うと、「もう少し頑張ろう!」と思えました。

    そして、私がA助産院を選んだ最大の理由でもある「食事」。大好きな酵素玄米を中心に、動物性食品はほとんど使われないものの、彩り豊かで味付けにこだわった4種類ほどの野菜料理が並び、毎食が本当に幸せな時間でした。

    ③ 産後:回復が早く、穏やかに子育てができる

    医療行為に頼らない自然なお産だったため、会陰切開の傷も軽く、全身の疲労感は1人目の半分ほどでした。産後2時間でランチを完食し、自力でトイレに行けたのには自分でも驚きました。自身の生活習慣を見直して臨んだお産だったからか、産まれた娘はよく眠り、機嫌が良い時間が長く、私自身も自信を持って穏やかに子育てができています。

    助産院のいまひとつな点

    ① 医療機関でないことによるデメリット

    東京都の場合、健診費は一旦満額を支払い、後日自治体に申請して還付を受ける手間がありました。また、薬の処方ができないため、必要な場合は提携病院に行く必要があります。新生児の聴力検査も自費で外部の病院を探して受ける必要がありました。

    一番納得がいかなかったのは、切迫早産で助産院に産前入院した際、医療機関ではないため「高額療養費制度」の対象外になってしまったことです。

    ② アナログな点や方針の相性

    食事制限などの厳しい指導は、人によっては受け入れ難いかもしれません。また、予約が電話のみだったり、健診時のエコーが簡易的で写真がもらえなかったりと、最新設備を求める方には不向きな部分もあります。出産後の豪華なエステやプレゼントといったサービスもありません。

    しかし、その代わりに「助産院での安産」という、一生ものの、お金では買えないかけがえのない経験を与えてくれるのです。

    3. 助産院との出会いと、それまでの私

    1人目の時は、近場で食事が豪華で評判の産婦人科を選びました。「助産院」という選択肢すら頭にありませんでした。その病院での出産に不満はありませんでしたが、陣痛時に「切開してもいいから早く産んでしまいたい!」と当たり前のように会陰切開を受け、産後は円座クッションが手放せませんでした。

    私の価値観が変わったのは、1人目の育休中に受講したヨガの資格講座(RYT200)です。そこで自然派やヴィーガンの思想に触れ、食生活を見直すようになりました。結局ヴィーガンは数ヶ月でやめましたが、玄米菜食の心地よさに目覚めました。

    そんな中、酵素玄米の美味しさに感動し、妊活の願掛けも兼ねて産院を調べていた時に見つけたのがA助産院でした。「ここで産みたい!」と一目惚れし、2人目を授かった時は本当に嬉しかったです。

    4. TOEIC受験でまさかの切迫早産

    院長先生のアドバイス通り、妊娠中は片道2時間弱かけて歩いて助産院へ通う日もあるほど、順調な妊婦生活を送っていました。

    しかし妊娠35週目、将来助産師を目指すための大学受験用にTOEICを受験した際、試験中にお腹が急に張り始めました。帰宅後も張りが収まらず、助産院に連絡すると「とにかく動かないで休んで」と厳しい口調で言われました。「眼を使うと子宮に良くない」という先生の言葉を思い出しました。

    翌日、嘱託医から張り止めの薬を処方され、助産院の勧めで大事をとって2泊3日の産前入院をすることに。個室の壁を見つめながら、「TOEICなんて受けなきゃよかった。お腹の子が『自分のキャリアよりも私のことを気にかけて!』とメッセージを送っているのかな」と猛省しました。

    その後はひたすら安静にし、無事に正期産となる37週目を迎えられた時は、心の底からホッとしました。

    5. ついに出産・入院

    38週2日。出産前日、私は「そろそろ産まれそうだな」と感じていました。

    自宅から1時間半ほど歩き、新大久保のネパール料理屋でダルバートを食べました。これが出産前最後のランチかもしれない、と思いながら。

    その夜、日付が変わった頃から生理痛のような痛みで何度か目が覚めました。朝5時過ぎ、痛みは15分おき。冷蔵庫の生鮮食品を片付けたくて、陣痛に耐えながら台所でビワを剥いていました。

    朝6時前、助産院に電話すると、「2人目だし、念のため来てみましょうか」と言われました。

    夫と息子を起こさず、私は1人で陣痛タクシーを呼びました。

    朝7時に到着すると、助産学生さんがずっと背中をさすってくれました。

    人の手は、本当に温かい。

    この経験から、誰かが痛がっているとき、手で撫でることは、気休め以上の力があると信じるようになりました。

    朝9時過ぎ、常勤の助産師さんたちが集まり、ケアが本格的に始まりました。お灸、全身を温めるカイロ、肩甲骨のアロママッサージ。恥骨を緩めるためには肩甲骨をほぐすのがよい、という院長先生の判断でした。

    気づけば分娩室には5人ほどの方がいて、私のお産を支えてくれていました。

    病院なら陣痛促進剤を使う場面もあるのかもしれません。でも私の場合、身体を温め、ほぐしてもらったことで、陣痛は一気に進みました。

    朝10時頃には、痛みで歩けないほどになりました。四つ這いの姿勢になり、破水し、やがて「頭が見えているよ」と言われました。

    「赤ちゃんの頭が下から出てくるから、両手でつかまえてね」

    そう言われ、私は自分の手と助産師さんの手で、股から出てくる娘を受け止めました。

    2,978グラムの元気な女の子でした。


    夫と息子は出産に間に合いませんでした。それぐらい急にお産が進んだのです。

    自分の股から出たばかりの我が子を胸に抱きながら、「あぁ終わったぁ~~!!意外にすぐ終わりました!ありがとうございます!!」と歓喜の声を上げていました。

    産後2時間で自力で歩いてトイレに行き、昼食を完食。

    その後の産褥入院は、テレビもWi-Fiもない和室で、赤ちゃんとずっと一緒に過ごす至福の時間でした。こだわりの食事は本当に美味しく、夜中には夜勤の助産師さんが握ってくれるおにぎり(お夜食)が密かな楽しみでした。困った時はいつでもコールでき、本音を受け止めてくれる助産師さんの存在が、産後の不安定な心をしっかりと支えてくれました。

    6. そしてまた産みたくなった

    子供はとても可愛いですが、私はそこまで子育てが得意な方ではなく、「子供は2人で充分」と産前は思っていました。

    しかし、2人目を助産院で出産してすぐに「あー、もう1人、助産院で産んでみたい」と思ったのです。それは「子供が欲しい」というより、「もう一度助産院で産みたい」という不思議な感覚でした。

    なぜそう思ったのか。それは、妊娠中に主体的に身体をメンテナンスし、助産師さんとの信頼関係の中で「やりきった!」という達成感を得られたからだと思います。まさに『エンジョイバース』を体感できたのです。

    食事目当てで選んだ助産院でしたが、結果的に第1子よりもずっと安産で、大満足のお産となりました。もしまた出産する機会があれば、必ず助産院で産みたいです。なんなら、何度でも産めるのであれば、全国の助産院巡りがしたいほどです。それくらい、助産院での出産は、私にとって良い意味で衝撃的で、幸せな体験でした。

    7. おわりに

    このエッセイを書き終えようとしている2023年3月中旬、助産院から1通の手紙が届きました。手書きの封筒を開けると、出産直後の娘の足形と、お産に関わって下さった助産師さんからの温かいメッセージが入っていました。


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    これを見て、また助産院で出産したくなってしまいました。笑

    A助産院には、過去数十年分の妊婦さん直筆の「出産ノート」が残っています。笑いあり涙ありのそのノートには、「医療行為に頼らなくても、こんなに自然分娩ができるんだ!」という安産のストーリーが詰まっていました。

    あのノートを読めば、誰もが助産院の魅力に取りつかれるだろう。そう思いながら、その代わりとして、私自身の出産記を執筆してみました。

    助産院の魅力を言語化するのは難しいですが、本稿を読んで「助産院」での出産が1つの選択肢となり、幸せなお産を経験する方が1人でも増えたら、これほど嬉しいことはありません。

    最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。



     
     
    1991年生まれ、0,3,6歳児の母。育休中。 通訳案内士の勉強始めました。 *食べること(酵素玄米、異国料理🫶) *旅行、移動、新しい場所に行くこと *雑談 *助産院 2027年中に週3でゆるく会社員、週2で通訳案内士として働く予定✊

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